黄金
「じゃあさ、全部なんて言わないから十枚くらいちょうだい!」
そう言いながらにっこり笑って手を差し出してみた。もちろん、これでくれるなんて微塵も思っちゃいない。だって、これは単なる宣戦布告なんだから。
案の定、フィリップは笑みを深めつつもスッと眼を細めた。
「……おもしろい冗談を言うね、君。少年かな、それともお嬢さん?」
「冗談のつもりはないよ。ダメかな?」
「お、おいウル。さすがにやめとけ、相手はゴールドランクだぞ?」
やりとりの最中、後ろからケレンが引きつり気味に声をかけてくるけどあえて無視。ボクの目的のためにも、ここはできれば戦っておきたい場面だ。
「こう見えてボク、カッパーランクのルビージェムドなんだ。勝ち目はあると思うんだけど、大先輩から見てどう?」
「宝飾付き? 君のような子供が――いや、失礼。本当のようだね」
たぶん信じてもらえないだろうなーって思ったから言うと同時にボクの登録証をかざしてみせれば、フィリップはすんなりと信じてくれた。まあ現物見せればさすがに信じるしかないよね。
「だが、君はまだまだ経験不足だね。僕が君を侮っている内に不意を打てれば、あるいは君が勝利できたかもしれないのに。そういった慢心が、いつか身を滅ぼすよ」
「ご忠告ありがとう。でもボクとしては侮って欲しくなかったからね」
無駄な戦闘はなるべく早く終わらせたいから普段なら喜んでそうさせてもらうけど、今回に限っては油断している相手に不意打ちで勝ってもボクの目的は達成されないからね。
「だからさ、これだけで終わらないでよ――ね!」
言い終えると同時に今の全力で踏み込んだ。そのまま最短距離で接近して外套の下から遠慮なくスノウティアを振り抜けば、向こうは驚いたように目を見開きながらも半歩退いて身体を沈めることで無理なく避けつつ、同時にボクの顔めがけて反撃の突きが飛んでくる。
たぶん条件反射レベルで放たれた正確無比な致命の一撃だけど、その軌道はしっかり見えているから問題はない。軽く身体を捻りつつ首を傾ければ細剣の先はフードを引っかけるだけに終わった。
次の瞬間飛び離れるフィリップをあえて追いかけず、その場でスノウティアを突きつけるように構えながら内心ほくそ笑んだ。思った通り、ゴールドランクだけあって高い戦闘能力を持っているみたいでボクの目的にうってつけだ。
ボクがこの武闘大会に出場した目的。一番は定番のイベントに出場して楽しむことだけど、それが現在進行形で達成中の今、同じくらいの重要度を誇るのがロヴとの再戦で勝利すること。できれば大会に優勝したいけど、そのためにもいつかはどこかでロヴに勝たなきゃいけないのは変わらない。
そこで問題になるのが、以前の戦闘訓練という名の模擬戦でボクが負け越していること。実際は完全に決着がつく前に打ち切りになったけど、『平常』状態で一撃をもらった上に『本気』状態でも互角にしか渡り合えなかった。さすがに『全力』まで出せば圧倒できるだろうけど、ボク個人の権限で上げられる出力の上限は戦闘水準までだし、仮に戦術水準まで出せたとしてもその時点で負けた気がする。だってそこまでしないと一個人に勝てないって、兵器として失格でしょ?
じゃあ勝つためにはどうすればいい? ボクの身体は機工だから元から高水準で設定されているものの、逆に言えばいくら鍛えたところで成長しない――というか鍛えられない。ロボットに筋トレして強くなれとかどんな無茶振りだ。
なら結論は一つ。より効率的な身体運用法や最小の労力で最大の効果を発揮する技――戦闘技術を学ぶしかない。前の世界の記憶にあるバトル物でも良くある展開だ。主人公が『能力は高いが技術が伴っていない』っていうヤツ。そして修行で技術を身につければ戦力アップするあの展開にそのまんま当てはまりそうなのが現状のボクだ。
ただ、前の世界のボクも今のボクも武術なんて全然縁がなかったし、技術者なイルナばーちゃんは言わずもがな。他のマキナ族の子に前世の記憶持ちもないなかったから学びようがなかった。
故郷周辺の魔物狩りは能力任せのごり押しで充分だったから特に問題はなかったけど、だからこそ身近に武術に長けている人なんて一人もいない。かと言って誰かに師事するのは、余計なしがらみが生まれそうだからマキナ族的にはできれば遠慮したいところ。
だからボクは、見て覚えることにした。幸いなことにマキナ族は記憶力がバツグンにいいし、精度を上げた『探査』の魔導式は対象の動きをつぶさにトレースすることができる。後は参照できるデータを増やして比較検証すれば最適な動きがわかっていくって寸法だ。そういう面からすれば、この武闘大会は必然的に多くの対人戦闘を見られるから打って付けってわけだ。
リクスやシェリアの動きは当然として、これまでカッパーランク相当の人ばかりだったおかげである程度は溜まってきていたものの、さすがにその程度でロヴには通じるとは思えない。だからちょうど高い実力を持つ相手のデータが欲しかったんだよね。
「うんうん、いいね。がっかりさせないでよ?」
上機嫌に言いながら外套の留め具を外した。さっきの交錯でフードも脱げたことだし、真面目な戦闘になったら邪魔なだけだから外套を脱いでその辺に放る。そうしたらシェリアの反応が動いて外套を回収してくれた。ありがとうシェリア、気が利くね。
「――なるほど、言うだけのことはあるみたいだね」
対するフィリップはそれまで浮かべていた笑みを一度消して目を閉じると、唇の端をつり上げて歯を剥き出しにした。さっきまでのイケメンスマイルとは打って変わってどこか凶暴さすら滲ませるその笑みを見て、『笑顔とは本来威嚇するための表情である』って言葉を思い出した。目の前にあるのがまさにその通りだ。
「先ほどの失礼な物言いをどうか許して欲しい。君は十分に『強者』のようだ。まさか一次予選で巡り会えるとは、今年は実に幸先がいい」
どうやらこの人、見た目の印象とは違って実は戦闘大好き人間のようだ。しかも今の発言内容からして、相手が強ければ強いほどいいらしい。なるほど、初めて見たけどこれが本当の戦闘狂ってヤツか。
「できれば仕切り直しをさせてもらいたい。君の名前は?」
「ウルだよ」
「僕はフィリップ。フィリップ・ウェヌス。戦いを求めるしがない剣士だ。ウル、一戦願えるかな?」
「それ、今更じゃないかな?」
「そうだね。では先にお礼を言わせてもらおう、ありがとう」
そう言いきった直後、なんの合図もなくフィリップが踏み込んできた。半身に構えたまま人間業とは思えないほど素早く、けれど上体を一切ブレさせない綺麗な動きで目の前まで迫ると細剣を突き出してくる。狙いはまっすぐ、ボクの左胸――つまり生身なら心臓のある場所。どう考えても殺る気満々だけど、もし受けたとしてもボクのそこに心臓はないし、そもそも胴体は中枢部分だから防御は完璧でほぼ間違いなく細剣を弾ける。
だけど、今回ボクは自分ルールを決めている。すなわち『生身なら重傷以上の攻撃を喰らったら負け』だ。確かに傷を無視して特攻すればだいたいの相手には勝てるだろうけど、そんなゾンビみたいな戦い方でごり押ししても技術が身につくとは思えないし、あのロヴに勝てるなんて微塵も思えない。
だからここは回避と思って身体を捻った瞬間、剣先が届くよりもだいぶん前でピタリと細剣が止まったかと思うとあっという間に引き戻され、間髪入れずに首を狙って突き出された! うわ、フェイント!?
慌ててスノウティアを割り込ませて間一髪逸らせたと思ったのもつかの間、すぐさま引き戻された細剣が今度はお腹を狙っての突き。しかも先の二発と比べてまだ速い! 完全にこれが本命の一撃、受けたら重傷必至! 間に合え!
咄嗟に身体全体に行き渡っている魔力を脚に集中して無理矢理バックステップ。瞬間的かつ局所的に身体能力を上げるマキナ族の小技だけど、地面を少しへこませる代償にギリギリ突きから逃げられた。剣先が服に完全に触れてたし、ホントに危ないところだったよ。
そうしてフィリップの腕が伸びきったところへナイトラフを突き出し、お返しとばかりに銃撃一発。狙いはガンガン急所を攻めてくれた意趣返しに顔面だ。飛び退いてる途中とはいえこの距離でボクが外すわけもなく、着弾までコンマ数秒の至近。これは当たったと確信した瞬間、発射した直後の光弾が切り裂かれて消滅した! マジか、今の防げるの!?
切り裂いたのは堅短剣。いつの間にかフィリップの左手に握られていたその刃からはかなりはっきりとした魔力が感じられる。どうやら単純に流した魔力を放出する機能らしいけど、銃弾も攻性魔導式も言ってしまえば魔力の塊。小規模かつ見切れるならばそれで十分に相殺できるってわけだ。
そういうことなら遠慮はいらないと思って連続で引き金を引く。フィリップはそのことごとくを堅短剣で切り払いながら距離を詰めようとするけど、迎撃しながらの前進と比べればさすがにボクの強化バックステップの方が速い。間合いの外にいる間に無事着地してさらにもう一蹴り飛び離れながら素早く思考を巡らせる。
相手の主戦法は高速で正確な刺突だ。点の攻撃だからしっかりと見ていれば避けたり防いだりするのはそんなに難しくないけど、今の連撃はその避けたり防いだりした先まで狙ってきていたように思える。つまりは息もつかせない連撃で相手の体勢をどんどん崩していって、どうやっても避けきれない体勢になったところで本命の一撃をズブリが基本なんだろうな。今の最後の一撃を避けれたのはたぶんフィリップの予想を超える身体能力を発揮したおかげだろう。もう一回同じ方法で逃げるのは難しいかな。
じゃあどうする? 剣の間合いの外から遠距離で飽和攻撃が答えとしてはベストだろうけど、ボクの目的に合致しないから却下。仮にやったとしても生半可な魔力攻撃は全部たたき落とされる未来が見える。
接近戦は前提。だけどフィリップの刺突はボクがスノウティアを一回振る間に三回も四回も届きそうな速度だ。今までみたいにただ闇雲に、身体能力に任せてごり押ししてるだけじゃ勝てる気がしない。肉を切らせて骨を断つ? 肉とか骨とかの次元じゃなくて確実に命を切られるね。ボクなら死なないけど、当然ゾンビアタックは禁じ手だ。
――そう、こういう感じの戦闘経験が欲しかったんだよね。
思わず頬が緩み、ないはずの心臓が高鳴った気がした。身体能力的に最大限の速度を出したよりもなお速いを相手にどうすればいい? 答えは単純、ムダな動きを減らして最適化すればいい。そして幸いなことに、ボクのこの機工の身体はボクが思った通りに動いてくれる。
二度目の短い滞空を終えて地面に足を付けた直後に素早く体勢を変える。左足を引きスノウティアを握る右手が一番前になるように半身になり、重心を安定させるために少し腰を落とす。左手にあるナイトラフを一瞬手放し、空中に浮かんでいる内に素早く銃身の半ばくらいで握り直した。
そんなボクを見て、今この瞬間にも間合いを詰めてきているフィリップが一瞬眉間を寄せたのが見えた。今まで何の構えも取ってなかったボクが急に自分とよく似た体勢になったんだから怪訝に思ったんだろう。似てるのも当然、目の前のお手本を参考にさせてもらってるんだからさ。
スノウティアは細身とはいえ長剣に分類される程度には刃渡りがあるし、細剣に比べれば剣幅も広い。縦や横に振るならどっちの方が速いかは一目瞭然だ。けど、遠心力とかの影響が小さい突きなら、腕に配分する魔力を多めにすれば強引にでも速度勝負の舞台に立てるはず。そして突きが主体の戦法なら目の前にいる達人を見習わないでどうするってことだ。
そして準備が整ったところで今度はボクの方からも踏み込みながら再び交錯。剣同士が交差した瞬間に弾こうと思って横に払ったけど、まるでそれを予測してたかのようにヒョイと引かれて空振りに終わる。直後にがら空きになった胴体めがけて鋭い突きが飛んでくるけど、ちょっと上体を反らすだけでそれは空を切った。
思った通り、身体を相手に対して一直線にすれば見た目の面積が減るから当然狙える場所も減る。ついでに身体のど真ん中を狙われても、正面を向いている時とは違って避けるのに必要な移動量が格段に減るから体勢が崩れにくい。
そして外れたと見るやいなや素早く引き戻される細剣。そしてすぐさま二撃目が来るんだろうけど、今回はボクも一度はかわされたスノウティアをとっくに引き戻している。引き戻す動きを真似たら想像以上に素早く戻ってきたら自分でもびっくりだった。
そのまま向こうの突きが来る前に胴狙いの突き。さっきボクが受けた攻撃と同じだけど、本家はどんな風に避けるんだろうという期待が籠もっている。
果たしてフィリップはスッと右足を外側に動かしつつ、自分の身体の前に堅短剣を滑り込ませると触れたスノウティアを軽く押したように見えた。そしてただそれだけで軌道が逸れ、けれど勢いは失わないままに空を貫く。
そしてカウンターのごとく突き出される細剣。ただし今度の狙いは前に出ているボクの右脚で、抉るような角度でその刃を突き立てようとしてくる。どうやら機動力を削ぎに来たようだ。
けれどこっちも元々すぐに引き戻すつもりで放った突き。スノウティアを引いた勢いで半歩下がれば細剣は一瞬前に右脚があった場所を貫いて――と思ったら今度はすくい上げるように斬り上げてきた! その先にあるのは引き戻したばかりの右腕! ヤバイ、引き戻して止めた直後だから若干硬直中!
咄嗟の判断で中途半端に持ったナイトラフを割り込ませたことで間一髪受け止めた! 危ない、銃撃が牽制くらいにしか使えないから堅短剣代わりにと思って同じくらいの長さになるように持ってたけど、おかげで小回りが利いた!
素早く細剣が戻っていくのを見送りながら反撃には拘らずにいったん後ろに下がる。当然のようにフィリップは追いかけてくるけど、ほんの数秒間は開くから仕切り直すには充分。やっぱり、ただ見たままを真似するだけじゃ限度があるね。
それでもほとんどが突きだけとはいえ、フィリップの剣捌きはぜひとも習得したいところだ。より一層集中して動きを観察して、細剣が風を切って放たれるに合わせて迎え撃つようにスノウティアを突き出した。




