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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
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標的

 先日、総PV数が50,000を超えました。いつもありがとうございます。

 これが年内最後の投稿になりそうです。

=============


「――つまりはだ、予選を抜けるにはいかにカモを見つけるかってのが肝心なわけだ!」


 そんな風にやけに得意げに持論をブチ上げるゴーグズ。もはやいつものことではあるものの、そんな街のチンピラみたいな狡い考えをしてるからなかなか実力が伸びないんだと言いたくなるのをグッと堪えてため息を吐いた。例え不機嫌になることを承知で言ったとしても、変なところで頑固なこいつは一向に改めようとしないのはすでに仲間の誰もが知っていることだ。現に他も『また始まった』とばかりに諦め顔で首を振っている。

 そんなヤツがパーティのリーダーを務めているのだから世も末だ。なまじカッパーランクとはいえ、それなりに食いつないでいける程度の腕っ節があるせいで余計に話が面倒になっている。

 ……まあ、なんだかんだ言いつつも、そうとわかってずっと付き合っている俺達もずいぶん物好きなもんだが。


「――お、あいつらなんか良さそうじゃないか!」


 不意にそんなことを言って指し示す先を見てみれば、それほど広くはない通りの端で準備運動のように身体を動かしている四人組がいた。そのうち三人は十七、八ほどに見える若いヒュメル族。片手剣と盾を持った軽装の少年に握剣(カタール)なんて珍しい形状の剣を持った斥候風の少女、長杖型の魔導器(クラフト)を持つ後衛装備の少年だ。もう一人はフード付きの外套で全身を隠すようにしているせいで外見も装備もわからないが、背格好からして成人したてと言ったところだろうか。デュカス族ならその限りでもないだろうが、連中があんなに細身なわけはないから外してもいいだろう。

 思い思いな身なりからして全員が臨険士(フェイサー)。十五で成人してすぐに登録していたとしても、順当に行ってカッパーランクになって日は浅いといったところか。フードの子供に関してはおそらくブロンズ。さすがにストーンで大会に出ようなんて無謀はいないだろう。察するにようやく一人前と認められる程度にはなったため、腕試しのつもりでこんな大会に参加したに違いない。

 ようやく胸を張って臨険士(フェイサー)を名乗れるようになり、喜び勇んで武闘大会に乗り込んだ若者達。まったく、確かにこれはいいカモじゃないか。本当に、こういった方向にだけには変に目聡いのだから始末に負えない。


「よし、手始めにあいつらにしようか! レス、ビーリオ、今の内に回り込んで頃合いを見て挟み撃ちだ!」


 さらには大会開始前から挟撃の下準備と無駄に勤勉だ。夢と希望に満ち溢れた少年少女を足蹴にするのに微塵の躊躇がないときた。どういった育ちをすればこんな風になるのだろうか。

 内心で愚痴りつつも言って聞く相手でもなく、一つ大きくため息を吐いてから心の内で彼らに手を合わせた。申し訳ないが、やっかいな相手に目を付けられてしまったのが運の尽きと思ってくれ。憐れみだけで手を抜いた代償にしばらくの間ゴーグズにネチネチと言われ続けるのは是非とも避けたい。内心思うところはあっても所詮凡俗の身だ、言葉を交わしたことのない相手よりも我が身が可愛い。幸いあんなのでも大会の原則には則り殺す気は皆無だから、手痛い授業料と割り切ってもらうほかない。

 やがて例年通りに皇帝陛下の開会の言葉とお決まりの悶着が終わり、前途ある若者達に引導を渡す時がやってきた。


「――行くぜ、野郎ども!」


 街に響き渡る鐘の音に負けじと張り上げられるどこの盗賊だと言いたくなる発破と共に駆け出したゴーグズに続き、オレともう一人は目標のパーティに向かって走った。向こうもそんな俺達に気づいたようで、剣と盾を構えた少年と得物を手に自然体で佇む少女が迎え撃つように前に進み出る。逆に長杖を持つ少年は二人から離れるように後退し、小柄なフード姿もそれに寄り添うように追従した。前衛を受け持つ二人を比較的安全な後衛から魔導器使い(クラフトユーザー)が支援する定番の陣形だ。フードの攻撃手段は不明だが、同じく下がったことを考慮すればこっちも遠隔攻撃手段を持っているのだろう。まさかわざわざ大会に出場していて戦闘能力が皆無とは思わない方がいい。


「ドック、そっちの女を相手しろ! コラン、オレと小僧をやるぞ!」


 構える二人を見たゴーグズが簡潔に指示を飛ばしてくる。数だけ見れは四対三だが、後衛が支援する間もなく相手を倒せば実質的に向こうの前衛二人に対してこちらが三人の状況。一人が一方を押さえている間に二人がかりで片方を潰し、後衛の二人を抑えようというつもりだろう。万一しくじったとしても意識が前に集中している間に回り込んだ二人が後衛を叩き、動揺する隙に決着を付ける算段だ。らしい作戦だ。二人がかりの対象を少年にしたのはせめてもの良心か。

 そう考えて短く了承を告げると、指示通り少女めがけて手にした短槍で鋭く突きを放つ。狙いは少年に近い方の脇腹をかすめる辺り。あえて避けやすい場所を攻撃することで回避させ、相方の少年と距離を取らせるためだ。例え反応が遅れて避け損なったとしても、この位置なら致命傷にはならない。

 しかし、その思惑は上手くいかなかった。迫る穂先を怯えることなく冷静に見つめていた少女はスッと半身を引き、ただそれだけの動作でほとんどその場から動くことなくやり過ごした。そしてそのついでとでも言わんばかりの無造作にも見える動きで握剣(カタール)を振るう。ただし、その通り道には突きを放った勢いで流れる俺の首がさらされている。


「うおっ!?」


 慌てて身体を捻れば俺の首がなんとか皮一枚で冷たい刃のすぐそばを通過し、すぐさま斬り返された一閃から慌てて距離を取る。が、それよりも速く懐に踏み込まれた瞬間、低い姿勢から彼女の二刀が閃いた。ただ拳を撃ち込むように最短距離で白刃が走り脇腹を狙う。それを短槍の柄で弾いたかと思えばわずかな時間差を付けて反対側から横殴りに襲いかかるもう一つの刃。咄嗟に跳び下がることで体勢を崩しつつもなんとかやり過ごせば、流れた攻撃の勢いをそのままにくるりとその場で回転、さっき弾いたばかりの刃が勢いを増して裏拳のごとくなぎ払ってくる。これを際どいながらも短槍で受け止めた瞬間、それを支えにするかのように少女はふわりと浮き上がった。

 そして腹部に叩き込まれる重い衝撃。両脚をそろえた見事な跳び蹴りを受け、盛大に体勢を崩した上に槍で受けることもできない俺は自分でも呆れるほど簡単に蹴り飛ばされた。

 追撃を恐れて勢いのままに地面を転がって距離を取り、なんとか立ち上がったところで目にしたのは少年が相手取る二人に襲いかかる少女の姿だった。


 ――あの少女、強い!


 一見無造作に見えても無駄の少ない動きにそれを実現させられる身体能力、何より顔色一つ変えずに躊躇なく急所を狙ってくる容赦のなさ。咄嗟の動きでなんとかしのげたのは、おそらく彼女がそうなるように加減をしていたから。多少の油断があったとはいえ、それなりの期間をカッパーランクの臨険士(フェイサー)として生きてきた俺に対してそんな余裕を持つことができるなら、まず間違いなくシルバーランク相当だ。

 そしてもう一つ驚くことがあった。今の時点でまだ少年が武器を構えて立っていたことだ。まだ立っていると言うことは体格に勝る二人からの攻撃をしのいでいると言うことに他ならない。

 見たところ防戦一方でその表情にも余裕が見あたらないところからすればかろうじて持ちこたえているのだろうが、二人がまだ押し切れていない間に手の空いた少女が加わるならそれも意味のある防戦になった。横合いから不意に襲いかかってきた刃にコランが慌てて下がるが、続く連撃にさらに距離を置かざるを得なくなる。

 これで前衛はそれぞれ一対一。予定が狂い舌打ちするゴーグズに対して少年は多少余裕を取り戻したようで、まだ防戦気味ではあるが渡り合い始めた。一方少女と斬り結んでいるコランは必死の形相だが、対する少女は変わらない無表情で淡々と刃を振るっている。

 現状は拮抗。なら体勢を整えた俺はどちらに加わるべきか。おそらく実力は少年の方が下だ。なら当初のゴーグズの腹づもりのようにこっちを先に無力化するべきか。

 そう決断して踏み出そうとした瞬間、少女がこちらを見やったのが視界に映った。

 それを疑問に思うと同時、少女の攻撃が加速した。突然始まった猛攻にコランの対応が見る見るうちに遅れ始める。


 ――まさか、誘っている!?


 俺が行動を起こそうとした途端、まるで見せつけるかのように始まった猛攻とどんどん追い詰められていくコラン。保たれていた均衡は崩れ去り、明らかに格上の少女を二人がかりで相手しなければ一方的に不利となっていくだけ。


「――クソッ!」


 誘いに応じるしかなくなった俺は悪態をついてから少女へと短槍を繰り出した。今度は遊びも何もない、真っ直ぐに身体の中心を捉えた一撃。けれどもそれは余裕を持ってかわされてしまう。

 だがそれは予想通り。わざわざ向こうから誘ってきたのだ、それなら横合いから打かかったとしても対処されて当然だ。なにせ相手は格上なのだから。だからこそ目的は回避させることでコランへの猛攻を中断させること。


「ドック、助かった!」

「女子供だからって舐めるな、コラン! こいつはほぼ確実にシルバーだ!」

「おうよ!」


 ようやく一息付けたコランに注意を促してから二人並んで少女に相対する。こちらの様子をうかがうようにしていた少女は俺の言葉が聞こえた瞬間に軽く眉を跳ね上げたが、それ以上の反応は示すことなく沈黙したまま静かな目で見据えてくる。鮮烈な赤い髪を揺らすその姿はただ自然体で佇んでいるだけなのに、迂闊に斬りかかれば即座に手痛い反撃を喰らう未来しか見えない。それはコランも同様のようで、情けないことにまだ少女といっても言い相手にして二人揃って打ちかかれずにいた。

 対する少女はそんな俺達をなんの感情もこもらない目で見据えつつ、しかしなぜか動く気配を見せない。さすがに二体一の状況に慎重になっているのか? だとしたら好都合だ。このまま対峙が続くなら、少し待てば少年を無力化したゴーグズが参戦するだろう。さすがに三人がかりになれば格上相手でも勝利の目が見えてくる。

 そう思って少女に意識は向けつつも我らがリーダーの戦況をうかがったが、端から見る限りどうにもよろしくない状況のようだ。

 攻め手は一貫してゴーグズなのはすぐにわかるのだが、それを迎え撃つ少年もたいしたもので、体格に勝るゴーグズの剣を自身の剣や盾を駆使して巧みにいなしている。それでも危うく受け損ねそうになる時があるが、そこへ決まって水の塊や風の刃がゴーグズを狙って飛んでくる。後衛にいる魔導器使い(クラフトユーザー)からの援護だ。

 それを苛立たしげに悪態をつきながら回避するのに合わせて少年も意外に鋭い反撃を繰り出してくるおかげでゴーグズは決定打を放てず、結果として膠着状態になっていた。おそらくは持久戦になれば地力のあるゴーグズが勝つだろうが、あの様子だと少年もかなり粘りそうだ。その間、俺達と対峙している少女が動かない保証はどこにもない。

 ただし、後衛からの援護がなくなれば早々に決着はつくだろう。そして幸か不幸か、ゴーグズが彼らの背後に回り込ませた仲間がまだ残っている。想定外の事態に奇襲の時機を逃したのかまだ姿を見せてはいないが、あの二人が加わればまた戦況が変わるはずだ。

 そう期待を込めて彼らが隠れているはずの路地を見やり、それを見てまず頭の中に疑問符が浮かんだ。

 問題の路地の入り口でモゾモゾとうごめく人影。屈んでいるためかより一層小さく見えるそいつは少年達の仲間の残り一人だ。さっきまでフードを目深に被った小柄な人間なんてそいつしかいなかったから間違いない。それがいつの間にかあんなところで何をしているのか?


「――お、あったあった!」


 直後に聞こえた鼻歌でも歌い出しそうなほど脳天気な声。かと思うとのんびりとした様子で立ち上がり、何かを引きずるようにして戻ってきた。


「なっ――!?」


 その物体が人の形をしていて、ついでによく知る仲間のものだとわかった瞬間絶句した。レスにビーリオ、事前に背後を突くべく回り込んでいたはずの二人だ。血の流れた後は見あたらないものの意識は完全にないようで、荷物のごとく無造作に引きずられているにもかかわらずピクリともしない。少なくとも、戦力として期待できそうにないのは一目瞭然だろう。


「苦戦してるねー、リクス」


 大の男二人を片手でそれぞれ引きずりながら、けれどその重量がまるでないかのような平然とした様子で後衛の少年の元に戻ったフードの子供が、ゴーグズの攻撃をしのいでいる少年を見ながらそんな感想を漏らした。


「マジで後ろにもいたのかよ……ご苦労さん、ウル」

「あれ、信じてなかったの?」

「いやいやいや、そんなことはない――」

「てめぇガキ! 俺の仲間に何しやがった!!」


 そんなのんきな会話が交わされる中、ぐったりとした仲間を目にしたゴーグズが吠えた。完全に防御を捨てた猛攻にさしもの少年も耐えられず、援護を受ける間もなく押し切られて体勢を崩したところを蹴飛ばされる。


「げ、リクスっ!?」

「仲間の仇だ、死ねぇええっ!!」

「いや、気絶させただけだよ?」


 後衛の少年は慌てて転がっていった少年を追いかけるが、そんなのは眼中にないとばかりに物騒な宣言と共に突撃するゴーグズ。対して標的にされたフードの子供はどこか呆れた風に言いつつも一筋の恐れも見せずに正面から迎え撃った。

 激高したゴーグズの横薙ぎを外套の下から現れた細身の剣ががっちりと受け止めた。大柄な部類に入るゴーグズの渾身の一撃を、子供のものにしか見えない華奢な細腕一本で、だ。

 次の瞬間、反対側の腕が外套から高々と掲げられ、その手にした棒状の物体をゴーグズの脳天に容赦なく振り下ろした。直後に鈍い音と共にゴーグズの身体が勢いよく沈み、一度地面で跳ねてから沈黙する。あれは死んだんじゃないかと思うような光景だったが、うつぶせに倒れ伏した身体が緩く上下してるところを見るとちゃんと生きているようだ。


「――まだやる?」


 その一部始終を見届けて絶句するしかない俺にそう声をかけたのは対峙する少女。一度として背後を振り返る様子はなかったにもかかわらず、まるで今起きたことを正確に把握しているかのような口ぶりだった。

 それを聞いてなんとか我に返った俺は傍らのコランを振り返った。そうすればなんとも言い難い表情で見返してくる目と合う。たぶん、今の俺も同じような顔になってるんだろう。


「……どうする?」


 そんなことを聞かれても、回り込んでいた二人がやられた時点で俺達の勝ち目は薄くなっていた。だというのにゴーグズをあっさりと返り討ちにするような得体の知れない子供までいる状況で取れる選択肢は一つしかない。

 俺は一つ盛大にため息を吐いて肩をすくめてみせると、握りしめていた短槍を地面に転がした。


「降参だ」


 そう宣言すると、カモと思って挑みかかった相手にまさかの惨敗を喫したことでゴーグズが少しでも懲りたことを願いつつ、素直に大会メダルを差し出した。



 いつも読んでいただき、ありがとうございます。良いお年を。^^ノシ

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