同行
友人から再びイラストが! 最後に載せておきます。
「よせと言っているだろうがシグレ!」
扉を開け放った体勢のままものすごくいい笑顔でそう主張したのは誰あろうシグレで、それをいさめようとしていたらしいヒエイはボクとガイウスおじさんの視線を浴びて硬直した。
「シグレ、減点だ」
「そのくらいの減点、連れて行ってもらえるならどうってことないです!」
「その減点のために同行を却下されるとは考えなかったのか?」
なぜか胸を張って言いきったシグレだったけど、続いたガイウスおじさんの言葉に見事にフリーズ。どうやら考えてなかったらしい。お間抜けさんであるけど、シグレらしいといえばシグレらしい。
……うん、まあ例によってボクが来たのを聞きつけて出待ちしてたんだろうけど、会談中に乱入してくるほどアグレッシブなのは初めてだね。発言の内容からしてどうやら是非とも武闘大会の見学に連れて行って欲しいみたいだけど、なりふり構わなくなるくらいのものなのかな? ハッ!? まさかシグレもボクと同じく前の世界の記憶が……いや、ないね。それだったらとっくの昔に判明してるだろう。
「急にどうしたの、シグレ?」
理由を知るべく手っ取り早く本人に尋ねてみたところ、呼びかけで再起動したシグレは縋るような眼差しをボクに向けてきた。
「ウル様! ウル様からもわたし達を連れて行ってくれるよう、ガイウス様に頼んでください! お願いします!」
「いやまあ、頼んでもいいけどなんでそこまで必死なの? 武闘大会なんて今まで聞いたこともなかったんじゃ?」
「あ、その武闘大会とかがあるっていう話は使用人の人から聞いたことはあります」
「あ、そうなんだ……」
どうやら都会に出てきているマキナ族で一番情報が遅かったのはボクらしい。地味にショックだ。
「まあそれはいいとして、前から知ってたならなおさら急にどうしたのさ?」
「だって、ウル様がその武闘大会に出るんでしょう!?」
内心の動揺は押し隠してもう一度尋ねれば、なぜかそれで自明とばかりにボクの出場を持ち出してきた。マキナ族の聴力なら扉を隔てた程度の会話を拾うことなんてわけもないし、話の内容を聞いていたならボクが武闘大会に出るつもりなのもすぐにわかるだろう。だけどそれが理由だという意味が本気でわからない。
「……失礼ながら、王がその武闘大会とやらに参加され、かつ自分達もそれを見る機会があるのでしたら、自分も同行を希望させていただきたい」
ボクが首を傾げていると、ようやく立ち直ったらしいヒエイが進み出て、控えめにだけど熱の籠もった主張を繰り出した。いつもならシグレの暴走を押さえているのに今回に限って何でかと思ってたけど、どうやら内心は同じように連れて行って欲しかったようだ。この調子だと今はいないタチバナも、同じ話を聞いていたら似たような反応をしたんだろうなってことがわりと簡単に想像できる。マキナ族の子はボクに対する反応がなぜかおもしろいくらいに同じなんだよね。
「珍しいね、ヒエイまで。そんなに武闘大会が見たいの?」
「はい。正直なところその武闘大会というものにはそれほど興味はありませんが、王が出場されるというのなら話は別です。マキナ族の一員として、是非とも王の晴れ姿をこの目に収めねばなりません!」
なんか今まで見たことないくらい力強く断言された。なるほど、あれか、スポーツ選手を親に持つ子供が晴れ舞台を見に行きたがるようなのと同じか。まったく、なんて愛い子たちだ。これはボクも一肌脱がざるを得ない。
「――ガイウスおじさん、せっかくだし三人を連れて行ってあげてくれないかな?」
「……まあ、公爵家の使用人として恥ずかしくない姿を見せられるのなら良かろう」
「ガイウス様、先ほどは大変失礼いたしました。何かご用があればお申し付けください」
ガイウスおじさんの発言を聞いた瞬間、ピシリと姿勢を正して恭しくお辞儀するシグレ。口調もいつもとはまったく違った使用人らしさバツグンのものになっている。正直『誰だこいつ?』って言いたくなるような変貌具合であり、ついでに驚くばかりの変わり身の速さである。『ちゃんとできるから連れてってください!』っていうアピールの全力ぶりがすごいね。ガイウスおじさんなんて眉間に寄った皺をもみほぐしながら盛大にため息を吐いてるよ。
「……これまでの教育が全くの無駄でなかったことを喜ぶべきか」
「なんか、ウチの子がゴメンね?」
「よい。世話を引き受けたのだ、その程度の労は些細なことよ。それに、この調子ならしばらくは身が入ろう。この間にせいぜい詰め込ませてもらうとしよう」
なんとなく申し訳なくなってそう言うと、おじさんは首を振ってくれた。そして不穏な発言が聞こえたらしいシグレの顔が若干引きつったように見えたけど、今は『完璧な使用人』モードだからか騒ぎ出したりはしなかった。うん、ぜひとも頑張って同行権を勝ち取って欲しいところだ。
「――ガイウス様、王。どうやら昼食の用意が調ったようです」
そんな中で応接間前までやってきた別の使用人の人から伝言を受け取ったヒエイがその内容を伝えてくれた。こちらはシグレと違っていつも通り――というかいつもが普通に使用人っぽいから特に変わったように見えないだけだけど、たぶん内心じゃシグレ同様やる気に満ち溢れてるんだろうな。
「わかった、すぐに向かおう。ウル、お前も食事を摂っていくのだろう?」
「うん、そのつもりだよ」
帝都行きが決まってから仲間たちと旅の準備の打ち合わせをしたりしてたから、公爵家に来たのはお昼前だった。それでなくても来るたびにお相伴にあずかってるので、この辺はもう当然のようになっている。
ちなみに今ここにタチバナがいないのも、ボクが来たのを知って厨房に直行しているためだ。帰ってきた報告で来た時もなかなかの上達ぶりを見せてくれたので、ボクとしても楽しみである。
ガイウスおじさんと共にいつも通り隙のないヒエイと、いつもとは違ってしおらしいシグレに案内されるように食堂に向かった。入ってみればすでに公爵家の皆々様が勢揃いしていて、それぞれと簡単に挨拶を交わす。ここぞとばかりに進み出てきたシグレに案内されて席に着くことしばらく、本日の昼食が運ばれてきた。
メニューは軽く炙った薄切りの肉に特製ソースをかけたソテーがメインに、色からして牛乳を使ってるだろうクラムチャウダーに似たスープ。あとはお肉に添えられた色鮮やかなサラダとふっくらした白いパン。ここじゃあ昼間からディナーみたいな食事が毎回出るんだよね。さすがはお貴族様。おいしいので文句なんてあるはずもない。
嬉々として公爵家お抱えの料理人の腕前を遠慮なく楽しんでいると、カラカラと音が聞こえてきた。何かと思って振り向けば、蓋が被せられた皿を乗せたカートを押したタチバナがやってくるのが見えた。今日の衣装は男物の侍従服……なんだけどお屋敷の誰とも違う妙に可愛らしいデザインだ。え、まさか侍女の人たちのオーダーメイド? 何やってんのさ公爵家の使用人たちは。
「――始祖様、料理作った」
「あれ、タチバナの作った料理はまだだったんだ」
内心で女の人の着せ替えに対する熱意に戦慄していると、タチバナはずいとたった今運んできた蓋付きの皿をボクの目の前に並べた。てっきり出されたメニューのどれかに関わってるのかと思ってたけど、どうやらボクがお屋敷に来るのが遅めだったせいで間に合わなかったみたいだ。
「召し上がれ」
その一言と共にタチバナの手で蓋が外されて料理が露わになる。大きめのディナー皿中央で存在を主張しているのは焦げ目の付いた肉の塊。挽肉を楕円になるように薄く形を整えて焼いた上からソースがかかっている。
「お、ハンバーグだね」
何も添えられずに肉塊がデンと鎮座してるだけなのは時間がなかったせいだろう。特に気にせず切り分けわくわくしながら口に運ぶ。一つ噛みしめた瞬間にあふれ出る絶妙な味わいの肉汁。切り分けた時点で溢れてはいたけど、口の中で甘辛いソースと絡んで得も言われぬハーモニーを生み出している。食べたのは久しぶりけど、里で出された時よりも格段に進歩してるのがわかるね。
「――うん、すごくおいしくなってるよ」
正直な感想と共に思わずタチバナの頭を撫でれば、普段はあまり動かない顔を全力で緩ませている。ブンブンとちぎれそうな勢いで振られる尻尾を幻視するほどの上機嫌さだ。
そうしていると、ふと視線を感じたのでそっちを見た。するとそこには使用人らしく控えた体勢のまま撫でられるタチバナをガン見するシグレとチラ見するヒエイ……何というか、うん、後でこれまでのガイウスおじさん講座の成果を聞き出して褒めてあげよう、そうしよう。
「ほう、変わった料理だな。それはマキナ族の郷土料理か?」
可愛い同族へのねぎらいを心に決めていると、珍しくレンドル公爵閣下が話しかけてきた。その視線が向いているのはボクの目の前にある食べかけのハンバーグ。
「えっと、郷土料理っていうか……その前にこういった料理ってこの国にはないんですか?」
「少なくとも私は初めて見るが、どのようなものなのだ?」
ナデナデを中断しつつ尋ねればそんな答えが返ってくる。へぇ、こっちの世界じゃハンバーグはないんだ。そういえば街の食堂のメニューでも見た覚えはないね。というか、よくよく思い返してみればそもそも挽肉料理自体に出会ったことがない。
ぶっちゃけ『料理? 栄養が足りれば充分だろう』なんて言い切ったイルナばーちゃんに見切りを付けて、文化的な食事のために前の世界の記憶にあるレシピを再現しただけなんだけど、この世界にないならいっそマキナ族の郷土料理ってしちゃうのも手かな?
「そう言うことならこれはマキナ族が創った料理です。ハンバーグって言って、潰したお肉にパン粉や刻んだ玉葱を混ぜて固めて焼いた料理です」
ちなみに、レシピの記憶は残っていてもなぜか味の記憶は残っていないので完全に再現できているかを確かめる術はなかったりする。まあおいしく食べられれば別に再現に拘る必要もないけどね。
「『はんばーぐ』か、なるほどな。他にも独自の料理はあるのか?」
「まあ、それなりには」
文化的な食事のためと前の世界の記憶にあるレシピは一通り料理本みたいにまとめたから、マキナ族の故郷カラクリじゃじゃそれを元にした料理が一般的だ。と言っても前の世界のボクは料理人ってわけじゃなかったみたいだからそこまでレシピの数は多くないけど、それでもタチバナを初めとした料理好きな子が色々と試行錯誤しているから意外に種類はあったりする。
「それは実に興味深いな。どのようなものがあるか是非とも見たいものだ」
「あ、それならタチバナがほとんど作れます。良ければ教えさせましょうか?」
「良いのか?」
「お世話になってますから、それくらいは。タチバナ、お願いできる?」
そう言ってタチバナを見れば普段通りのぼんやりとした表情ながらコクコクと頷いてくれた。口数が少ないからその辺りが若干心配だけど、そっちは料理人の人たちに期待しよう。食文化が豊かになるのは大切だよね。
おっとそうだ、ついでだから武闘大会について確かめてみよう。
「話は変わるんだけど、タチバナ。今度お隣の国である武闘大会について聞いたことある?」
そう聞けば頷きが一つ返ってきた。やっぱり一番情報が遅れてたのはボクらしい。
「タチバナはその武闘大会に興味ある?」
次に返ってきたのは横への首振り。どうやら本当に興味ないらしいね。
「じゃあ、その武闘大会にボクが出るって言ったら?」
「行きたい!」
間髪すら入れずの即答でした。さっきまでのぼんやり具合が嘘のように目を輝かせて身を乗り出している。どうやら予想通りにボクが関わるとマキナ族のみんなはこういった反応になるらしい。嬉し恥ずかしだ。
「そっかそっか。公爵家の使用人として恥ずかしくないようにできるなら、ガイウスおじさんが連れて行ってくれるって」
「頑張る!」
はい、いいお返事です。この様子なら三人揃って連れて行ってもらえそうだ。外の世界を見るいい機会だし、是非とも頑張ってもらおう。
「ウル様、グラフト帝国の武闘大会に出場されるのですか!?」
そんなボクたちのやりとりが聞こえたらしく、やや興奮気味に尋ねてくるエリシェナ。ああ、そう言えば前から楽しみにしてるってガイウスおじさんが言ってたっけ。
「そのつもりだよ、とってもおもしろそうだしね」
「そうなんですか、楽しみが増えました! わたし、ウル様のこと応援しますね!」
「姉上、僕たちが見ることができるのは本戦からですよ。それまでにウルが負けていたら応援するどころじゃありませんよ」
「カイアス、ウル様が予選で負けるはずがありませんよ! 必ずや本戦まで勝ち進んで勇姿を見せてくださるはずです!」
「確かにあいつが強いのは認めます。けど、武闘大会には他にも強い者がやってくるのです。途中で負けてしまう可能性は十分にありますよ」
頬を上気させるエリシェナを見て微妙に不機嫌そうに水を差すのはカイアス。なるほど、武闘大会には予選と本戦があるんだね。それくらいは予想してたけど、カイアスの口ぶりからして招かれたお偉いさんが観戦するのは本戦からのようだ。まあ確かに、どれだけの期間なのかは知らないけど、国の中枢に関わる人があんまり長い間不在だったら色々問題が起こるだろうし当然と言えば当然か。
しかしカイアスくん、このボクが予選で脱落すると考えてるの? 戦うために生まれたこの身、舐めてもらっちゃあ困るね。
「そこまで言われたら、意地でも本戦まで進まなくちゃね。ロヴと決着付ける約束もしちゃったし、最低でもそこまでは頑張らないと」
「ふん、せいぜい恥をさらさないようにするといい」
「ウル様とロヴ・ヴェスパーの勝負! それは絶対に見逃せませんね! ああ、とても楽しみです!」
冷めた態度のカイアスと今にも席を蹴立てそうなエリシェナ。見事なまでに正反対な姉弟の反応だなあ。あ、エリシェナがロウェナさんにたしなめられた。うん、あれはさすがに興奮しすぎだよね。食事中は節度ある賑わいを、これ大事。
まあでも、ウチの子三人に加えてエリシェナ、あとたぶんカイアスにまで期待されてるんだから、予選敗退なんて格好悪いところは見せられないよね。ガイウスおじさんもボクの戦いを見たがってる風だし。九割方は大丈夫だとは思うけど、ルールによっては万が一ってこともあり得るから油断はしないでおこう。




