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四章開始です。今回は待望のあのイベントが――!
「あらウル、おはよう。お仲間さんはさっき戻ってきてたわよ」
「おはよう、イスリア。うん、だからボクも降りてきたんだ。みんなもすぐに来ると思うし、朝食をお願い」
「任せてちょうだい」
ボクたち『暁の誓い』が拠点にしている宿『空の妖精』亭に朝が来た。しっかり外套を着てフードを被った状態で一階に下りてきたボクは、そろそろお馴染みになりつつあるやりとりをイスリアと交わしてから食堂になってるスペースを見渡す。まだようやく太陽が昇りきったような時間帯だけど、宿泊客の多くが臨険士なせいかそれなりに混み合っている中から四人で座れそうなテーブルを見つけると早速確保に向かった。
前回の依頼、アリィの護衛をしながらここレイベアに帰ってきてから三日が経った。初めての護衛依頼を無事に――うん、行った先で色々あったけど、道中の護衛自体は無事に終わり、そこから昨日までは休暇にしようということになった。数をこなさなければすぐに生活が逼迫するようなブロンズランク以下ならいざしらず、カッパーランク以上の臨険士は大きな依頼を達成したらその後数日は休養に充てるのが一般的だとのことだ。うん、休むことも大事だよね。普通の人はマキナ族みたいに不眠不休なんて無理なんだし。
ただまあ、休暇と言いつつも、リクスたちは羽を伸ばしながら日課の鍛錬なんかは欠かさずしているようで、街にいるときはだいたい早朝から三人そろって走り込みをしたり素振りをしたりと熱心に汗を流している。意外なのは魔導器使い(クラフトユーザー)という、いわゆる『魔法使い』ポジションのケレンも積極的に身体を鍛えているところだけど、本人に言わせれば『前衛だろうと後衛だろうと体力は絶対に必要』だからだそうだ。言われてみれば場合によっては森だったり山だったりを駆け回るんだし、切ったはったをしなくても体力がないとやっていけないよね、うん。
……ボク? そもそも鍛える意味がない身体ですが何か?
そんなわけで食堂の一角で朝の慌ただしい雰囲気を堪能していると、身支度を調えたパーティーの仲間たちが降りてきた。全員ちゃんと汗をぬぐった上でトレーニング用の服から普段着に着替えているから、端から見た限りじゃ今まさに起きてきたようにしか見えないね。
「あ、みんなこっちだよー!」
ブンブンと手を振って存在をアピール。すぐに気づいた三人が席に着くとほとんど同時にイスリアが朝食を持ってきてくれた。今日もご飯がおいしそうだ。
「――そういやお前、普通に飯食うんだよな」
みんなよりは少なめに盛られた朝食を味わっていると、不意にケレンがポツリと漏らしたのが聞こえた。
「何が?」
「いや、お前の身体って、その、あれだろ? 今まで普通に食ってるの見てたから何の疑問も持たなかったけどよ、改めて考えると食う必要あるのか?」
「――あ、本当だ。それで身体の方は大丈夫なのかい、ウル?」
首をかしげて尋ねてみれば、ケレンからは途中の言葉を濁した疑問が返ってきた。ついでに言われてようやく気づいた様子のリクスがなぜか気遣う様子を見せる。
「栄養の摂取って意味じゃ確かに必要ないけど、味はちゃんとわかるし分解もできるからね。みんながおいしそうに食べてるのにボクだけ仲間はずれとかイヤだよ?」
「はー、さすがはかの魔導機工技匠が創ったってだけはあるんだな。聞いた話じゃ水をぶっかけただけで動かなくなった魔導体があるみたいだがよ」
「え、それ本当かケレン!? ウル、本当に大丈夫なんだよな!?」
「いや、ボクけっこう暴れたよね? あれだけできるのにそんなヤワなわけないでしょ」
ケレンの発言を真に受けたリクスが慌てた様子で聞いてくるのを呆れた目で見返す。というか、ガイウスおじさんも似たような話してたよね。そんな日常で起こるようなハプニングで動かなくなるような繊細すぎる物が出回ってて、機工の世界は大丈夫なんだろうか?
「……少なくとも、水浴びしても大丈夫だったわね」
「ほう、水浴び。そこんところもうちょっと詳しうおっ!?」
『水浴び』という単語に喰いつきを見せたケレンの顔をかすめるように木匙を投げつけたシェリアは、チラリとボクの様子を見ながら言葉を続けた。
「魔物の群も機工の軍勢も一人でほとんど潰すし、わたし達が心配するようなことはなにもないわよ。そうでしょ?」
なんだかものすごい信頼を寄せられてるみたいだ。まあ確かに『頑丈さ』にかけては他の追随を許さないだろうって自負してるけど、さすがにどんな生存不可能領域でも生きていける訳じゃ――ん? 水中とか地中とかは呼吸しないしかなりの高圧でも絶えられることは実証済みだから問題なし、毒沼なんかも含めた汚染地帯も状態異常は無効だから余裕だし、高々度も飛べればオッケー。あれ、本気でどこでも生きていけそう?ああでも溶岩の中はさすがに……どうなんだろう? そういえば試したことないけど、やっぱり溶けるのかな? 火山に行くような機会があったら実験してみようか。
そんなどうでもいいことを考えているうちに朝食を食べ終わり、ボクたちはそろって組合に向かった。休暇は昨日までだし、その間に全員新しくした武器にもある程度馴染んだようだから普通の依頼をこなす分には問題ないはずだ。ただし、多少慣れたからといって難易度高めの依頼にぶっつけ本番で挑むのも危ないから、今回は無難な討伐依頼でも受けて実戦で慣らそうと意見が一致している。気にせずガンガン行くのもいいかもしれないけど、生き残るためなら慎重なのに越したことはないよね。命は大事に、これ大切。
そんな感じで組合の扉をくぐったボクたちは、朝早くから少しでもいい依頼を掴もうと押し合いへし合いしているところから少し距離を取って遠目に依頼掲示板を眺めていた。とは言っても、ボクは魔物の強さとか依頼の難易度とかがいまいちわかってないからホントに眺めてるだけだったりするけど、他の三人は真剣な様子で話し合いながら吟味している。まあ、ここは先輩方にお任せしよう。
「――よう、ウル! 元気そうだな!」
そんな時に後ろから聞き覚えのある声で呼びかけられた。なんだか妙に懐かしく思いつつ振り返れば、予想通りの傷だらけの顔が笑いながら近づいてくるところだった。
「やっほー、ロヴ」
気の弱い人なら夢に見そうな光景だったけどボクにとっては今更の話、気安い調子でプラチナランクの大先輩を迎えてあげる。
「聞いたぜ、護衛依頼で行った先の街で大騒動に巻き込まれたってな!」
子供が泣き出しそうなニッカリ笑顔のままでバシバシと遠慮なく肩を叩いてくる。ついこの前のことなのに、情報伝達が前時代レベルのこの世界でどうやってそんな情報を仕入れてくるんだろうか? 謎だなー。
「まあ、ちょっと大変だったかな。それより、なんだかものすごく久しぶりな気がするね」
「一月近く会わなきゃそう思うだろうよ。まあ、臨険士同士ならそれくらいはザラだがな」
詳しい話を突っ込んで聞かれても面倒だから話を逸らすと、ロヴは特に疑問を挟む様子もなく乗ってきてくれる。よし、このままの話題でしばらく話しておこう。
「あれ、もうそんなになるの?」
「いや、お前らついこの前まで長期の護衛依頼やってたんだろ? その前はでかい調査依頼に参加してたじゃねぇか」
「あ、ホントだ。でも間に何日かあったはずだけど、その時も見かけなかったよね? どこかに出かけたりでもしてたの?」
「まあな。依頼だよ、依頼。お前らの参加した調査でどでかい破壊跡が見つかったって話だったろ? その原因の調査だよ」
「へ、へぇ、そうだったんだ」
何気ない口調で告げられたことに思わず視線を逸らした。うん、ゴメン、その原因って今目の前にいたりするんだよね。
「そ、そんな調査をなんでわざわざプラチナランクのロヴが受けたのさ?」
「三百ピスカなんて広範囲を更地にできるようなやつが相手かもしれない調査だぞ? そこらの臨険士に任せられると思うのか? おかげでオレは休暇を切り上げるハメになったぜ」
「そ、そっか、それは気の毒だったね」
言いながらチラリとロヴの様子をうかがえば、なにやら意味深な視線をじっとボクに注いでいる――気がする。え、まさかバレてる? いやでもあそこからボクの仕業だって結びつけるような要素は……あ、待った、プルストでの事件の話を知ってるんだよね? どこまで把握してるのかはわからないけど、最悪ボクが大暴れした話も……? だとすると『ボクが関わっていた』ってことから結びつけられる? うわ、そうだとしたらどうしよう?
助けを求めて仲間の方をうかがったけど、いつの間にかこっちを見ていた三人にはそろってなんとも言えない顔をされただけだった。ああ、どうしよう!?
――いや待てよ。最悪の想定はしてみたけど、まだそれは確定した訳じゃない。それに関連性を見出したからってあくまでそれは推測の域を出ないはずだから、ボクが無関係を主張すれば行ける! うん、大丈夫!
そうとなれば、今は情報の正確な把握に努めるのが最善! ここは話を続けてロヴがどこまでわかってるのかを確かめないと!
「じゃあ、ロヴがここにいるってことはその調査は終わったの?」
「まあそうだな。あの辺を中心にあちこち飛び回ってはみたが、どこにもやばそうなやつがいないどころかいた痕跡すらなし。結局依頼で指定された期限が来て異常なしで報告するしかなかったわけだが」
そりゃそうだろう。やったのはボクなんだし、カルストの森以外で暴れたのはプルストの街くらいだし、痕跡なんかなくって当然だ。
「ソウナンダネー。その調査ってプラチナランクのロヴでも本当になにもわからなかったの?」
「ああ、まったく、これっぽっちもな。残った可能性はいきなりそこに現れて消えてったか、それか思った以上にずっと小さいやつでその痕跡を見つけられなかったかくらいだな」
そう言うロヴの目がボクのことをじっと見ている……ような気がする。いや、これはきっと被害妄想だ。心にやましいところがあるからそんな風に感じるだけであって、そもそも人と話すときに視線を向けるのは当然のこと! 恐れるな、ボク。なんてったって証拠は一切ないんだから!
「スゴイネ、ヨノナカソンナノガイタリスルンダー」
「……なんだ、その棒読み台詞はよ?」
「ナンデモナイヨー」
ロヴはしれっと言ってのけたボクのことをしばらくうろんげな顔で見ていたけど、最終的に「まあいいか」と呟いて肩をすくめた。よし、乗り切った! 言い方からして完全にボクの仕業って思ってるわけじゃないみたいだし、もうしばらくは大丈夫そうだ。
「ま、なんにせよグラフトの武闘大会までに片付いてよかったぜ。これでなんの気兼ねなく馬鹿騒ぎができるってもんだ」
そんなボクの思いを知ってか知らずか、ロヴは新しい話題を振ってきたけどちょっと待って今ものすごく興味をそそられるワードが出てきた気がするんだけど気のせいじゃないよね!?
「『グラフトの武闘大会』って?」
「ん、なんだ? お前それも知らないのか? 本気でむちゃくちゃ田舎から出てきたんだな」
「そうなんだけどそんなことどうでもいいからその話詳しく!」
「やけに食いつくな。まぁ、この辺じゃ誰でも知ってるような話なんだがよ――」
詰め寄るボクにやや面食らった様子を見せながらもロヴが教えてくれたことによると、どうも近々お隣の国であるグラフト帝国の帝都で腕自慢が競い合う大会が開かれるらしい。しかも国内だけでなく、周辺諸国からも参加者が集まるような特大規模の催し物とのことで、ブレスファク王国で活動する臨険士なら一度は腕試しにと参加するレベルで知れ渡っているって話だ。
振り返ってリクスたちにも聞いたところ、「知ってるよ。いつか出たいとは思ってるんだ」「むしろお前が知らなかったことが驚きだ」「有名ね、興味はなかったけど」とそれぞれからお言葉をいただいた。どうやら世間一般でもよく知られているらしく、『話すまでもない話』と思われていたようだ。うん、それなら仕方ない。なんせ十五年も秘境に引き籠もってたのはボクの方なんだから。というかそれくらい教えて欲しかったよ、イルナばーちゃん。
まあそれはそれとして……『武闘大会』、こんな素敵でどうしようもなく惹かれるイベントがあると知って参加しないなんていられるだろうか。ムリです。




