撤収
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「――アリィ、頼まれてたやつ積み込んだよ。他になければ――」
「ありがとう、ウル。大きいのは今ので最後だから、今度はこれをお願い」
「……はーい」
展覧会会場の裏手、展示品の撤収作業で忙しない人たちに混じってボクは『シュルノーム魔導器工房』の片付けを手伝っていた。完全にボランティアでやってるんだけど、姉弟子のために労働を苦にしない身体を役立てる分には望むところだ。……けれど、本来の目的はなかなか達成できそうにない。
あの要塞の襲撃から今日で四日が経ってた。予定していた滞在期間は過ぎているんだけど、そもそも襲撃のせいで魔導技術博覧会自体が中止になってしまっていた。けれどそのまますぐに解散ってことにはならず、たくさんの魔導士や機工士が集まっていることを幸いとばかりに、その日のうちにプルストから鹵獲した要塞及び戦術魔導体の検分が依頼されたらしい。ボクもやろうと思えばたぶんできるけど、さすがに普段は臨険士として活動してるボクに対してそんな依頼は来なかった。ちょっと残念だったけど、行ったら行ったで一騒動起こりそうな気がしたのでおとなしくしていることにした。
対してアリィはその依頼に嬉々として応じた訳だけど、一日作業して帰ってきたかと思ったら『少しだけウルのことを話したい相手がいるかもしれない』なんて要領を得ないことを言ってきた。どういうことかと尋ねれば、襲撃事件の犯人として捕えられた人が制作者で、しかも昔イルナばーちゃんに破門された人かもしれないとのことだった。そういえばずっと前に『破門した弟子が一人いる』ってばーちゃんがポロッと漏らしたことがあったっけ。その時はふーんくらいの感想だったけど、まさかここでその存在が出てくるとは。
まあまだそうかもしれないってだけで、そうじゃなければ話したりしないってけっこう必死な様子だったから、後でどうなったか報告してもらうことを条件にオッケーを出した。どうせ今回かなり派手に暴れた自覚があるし、今更多少秘密が漏れたところでもうどうしようもないレベルだしね。ゴメンね、ガイウスおじさん。でもああしなきゃ無駄に被害が出てただろうからシカタナイヨネ。
翌日騎士団からの迎えがあったアリィを見送って、ボクたちは事前にその日に緊急依頼の報酬を渡すと言われていたので臨険士組合に向かった。あ、ハインツに預けてた外套はちゃんと返してもらってたからしっかりフードは被って行ったよ。
同じように緊急依頼を受けた臨険士でごった返す中、周囲からものすごく視線を浴びつつ報酬を受け取った。内訳は緊急依頼達成分としてそれぞれに千五百ルミル、さらに騎士団からの報酬がパーティに対して一万ルミルで昇格点もたくさん。山分けしても一人頭四千ルミルが一度の依頼で入ってきたことになるけど、あのちょっとした戦争みたいなのに参加して生き残った報酬として妥当なのかはよくわからないね。
ちなみに、リクスたちは騎士団からの報酬はまるまるボクの取り分だって主張して一悶着あった。確かに魔導体の大半を倒したのはボクだけど、一緒に戦ってくれて助かってたし、そんなにお金があっても使い切れなくなりそうだし、何より報酬は仲間と山分けにしたい。そう主張してすったもんだのあげくになんとか山分けを了承してもらった。まったく、謙虚な姿勢は好ましいけど、活躍した人が総取りなんかしてたら『仲間』感がなくなっちゃうじゃないか。
それでもそろって納得いかなそうな顔をしてたもんだから、「次は正当な報酬だって思えるくらいに頑張ってよ」ってちょっと煽ってみたら、みんなものすごくやる気をみなぎらせていい返事をしてくれた。うん、向上心は大事だよね。
それからもののついでに今回の襲撃で出た被害について尋ねた。すると把握しているだけで最初の攻撃で施設の崩落に巻き込まれた数人、要塞の牽制砲撃の対象になってしまった臨険士から十数人、さらに要塞に乗り込んだ後で防衛システムに返り討たれた騎士から数人の死者が、その他の重軽傷者はもう少し出ていたとのこと。けど、下手をしたら戦争規模の戦闘になってただろう状況から考えると驚くほど少ないとのことだった。……うん、まあ、それくらいの被害で済んでよかったと思っておこう。
その後はリクスとシェリアの武器を新調するため、ケレンの長杖を買った『グラスゴー武具店』を初めとした武器屋をいくつか巡ってから宿に戻った。
そして帰ってきたアリィに結果を尋ねたところ、やっぱり破門された弟子本人だったとのことだ。色々説得して改心させ、罪を償わせる方向に持って行けたらしい。良かった良かった。話を聞く限りじゃマッドサイエンティスト風な人だったらしいし、イルナばーちゃんの関係者から『悪人』が出るなんてことにならなくてホントに良かった。
ただまあ、その時アリィが何か非常に言いにくそうな顔をしながら口を開こうとして、結局何も言わなかったことが気になるかな。それとなく促しても「大丈夫、たいしたことじゃないの」って言いながら笑ってごまかしてたし。
でも逆にそう言われると気になるよね。一緒にいたサリアさんもなんだか難しい顔をしてたし、何かボクに関わることかもしれないと思うと余計にね。
そんなわけで、昨日からはさりげなさを装ってたびたび話を促してるんだけど、そのたびに笑ってごまかされている。むむむ、普段のドジっ娘ぶりからしてすぐにポロッと漏らすんじゃないかって思ってたけど、情報に関しては意外にガードが堅い。
そして検分は昨日のうちに終わったらしく、今日は朝から撤収作業にかかっている。だから諦めずに聞き出そうと手伝いとして参加したんだけど、てきぱきと仕事を割り振られるおかげでなかなか話をする機会が訪れないでいる。……たぶんこれ、アリィもボクの下心に気づいてやってるよね?
「――おやおや魔導師シェンバー、もう帰り支度ですか? ずいぶんとお急ぎのようだ」
会話の機会を虎視眈々と狙いながら撤収作業を手伝っていると、見たことのある爺が作業を指揮しているアリィに近づいてきた。ダルクスとかいうムカつく奴だ。この忙しい中で嫌味でも言いに来たのかな?
「お疲れ様です、魔導師バーストン。そうですね、魔導技術博覧会も中止になってしまいましたし、この街でわたしがやれることはもうほとんどなさそうですし」
「なるほどなるほど。ですが実にもったいない。実はですね、これはあまりおおっぴらにできる話ではないのですが……」
また何かムカつくことを言ってきたらちょっと痛い目にあってもらおうと思って片付けを続けながら耳を澄ましていると、ダルクスはなにやらもったいぶったように言いながら声を低めた。というか、おおっぴらに言えないなら言うなよ。
「……我が研究所に対して、今回の襲撃に用いられた戦術魔導体の研究と生産を、国から直々に依頼されたのですよ」
実はたいしたことないんじゃないかと思ったら国からの依頼らしい。しかもあれの研究開発とかけっこう大事だよね? わりと機密事項なんじゃない?
しかもその得意げな様子からして、どう考えても国家規模のプロジェクトに抜擢されたことを自慢したくて仕方がないようにしか見えない。それでいいのか研究者。しかもいい年こいた爺が。
「そうなんですか。それはおめでとうございます」
まあそんな自慢話にも特に動じた風もなく、何のてらいもなく素直に称賛できるアリィはなかなかだと思う。ダルクスも思って多様な反応がなかったからか肩すかしを喰らったような微妙な顔をしてる。はは、ざまぁ。
「……ゴホン。この話は真っ先に我が研究所へ持ち込まれました。戦術魔導体の研究において我が研究所に勝る者はいないと。さすがは魔導大国と言われる我が国です、我が研究所の価値を正しく理解されておられる」
「本当にそう思います。魔導師バーストンならあれも正しく扱うことができますね。こう言っては失礼かもしれませんが、わたしも安心です」
暗に『うちはお前のとこよりすごいんだぞ!』って言ってるのを見事な笑顔でスルーされて、今度はダルクスの顔が引きつった。端から見てると結構面白いかもしれないけど、あれってアリィ、絶対計算とかしてないよね。天然ってある意味頼りになるけど、ある意味恐いよねぇ……。
「――ンンゥン! これで我が研究所は飛躍的な成長を遂げることでしょう! 誠に遺憾ながら今回はあなたに後れを取ってしまったようですが、次はないと心得ておいてください」
「え? えっと……?」
仕切り直すような咳払いと共に宣告を受けて、だけど意味がわからない様子で戸惑うアリィ。けれどそれはボクも同じだ。なんか勝手に負けたみたいな発言をしてるけど、アリィがダルクスと競い合ったような事実はない。魔導技術博覧会ではそれぞれの展示や発表が最終的に評価を受けるからそれで優劣を付けられなくもないけど、中止になったせいでそこまで進んでないから違うだろう。後は検分の時に何かあったのかと思ったけど、アリィの様子を見るにそういうのもなさそうだ。
そんなアリィを見たダルクスは『やれやれ』とでも言いたげに肩をすくめて首を振った。
「魔導師シェンバーも人が悪い。表向きには相変わらず日用魔導器を作っているように見せかけて、あのようなものを隠しているとは思いもしませんでしたよ」
「あの……何のことですか?」
「とぼけるのもお上手のようですね。今回の襲撃事件、非常に強力な戦術魔導器を手足のように操る臨険士により被害を最小限にとどめられたと聞いています。そしてその臨険士があなたの関係者であることも聞き及んでいるのです。おそらく、あなたの工房で作られた物をまたとない機会として試験運用させたのでしょう?」
確信を持った様子でそう断言するダルクス。そのドヤ顔は思わず殴りたくなるような見事なものだったけど、それはおいといて意外としっかり情報を掴んでいることに若干驚いた。残念ながらボクは純正の『シュルノーム魔導器工房』製じゃなくていわゆる系列店製だけど――師弟関係ってことを考えたら親会社製になるのかな? それでも最終的な結論も事情を知ってれば笑えるけど当たらずとも遠からずだし、さすがに有名な研究所で魔導師を名乗ってるだけはあるね。ただの嫌味を言ってくるだけの爺じゃなかったんだ、正直ちょっと見直したよ。好感度は変わらずマイナスに振り切れてるけど。
「まったく、今まであなたのことを侮っていた自分を叱りつけてやりたい気分でしたよ。ですが、真の実力が暴かれた今、次は私があなたを上回っていることを見事に証明して見せましょう! では、いずれまた」
言いたいことを言い終えたのか、ダルクスは最後に挑戦的な笑みを浮かべるときびすを返して悠然と立ち去っていった。後に残されたのは何か言いたげな様子のアリィ。
なんとなく近づいてポンポンと肩を叩くと、非常に困った様子の顔がボクを見下ろした。
「……ウルはお師匠様の子なんだけど」
「まあ向こうが勝手に勘違いしてるだけだし、別に放っておいていいんじゃない?」
「よくないわ。魔導師バーストンみたいに思ってる人が他にもいたとしたら、わたしの工房に戦術魔導器の発注をしたいって言う人が出てくるかもしれないのよ?」
「じゃあその時に本当のこと話せばいいんじゃない? あれはイルナばーちゃんの遺作ですーって」
「……それはそれで譲って欲しいって言う人がつめかけそう」
「その辺はサリアさんと相談したらいいと思うよ。一応言っておくけど、ボクは誰の下にも付かないし武装も譲る気はないからね」
「うん、それはわかってるわ。大丈夫、ウルに迷惑はかからないようにするから」
毅然とした表情で断言してくれる姉弟子に「頑張ってねー」とエールを贈りつつ、自然な感じで撤収作業に戻った。……よし、その面倒もボクが『全力』出したせいだってことは気づいてないみたいだ。余計な面倒に巻き込まれるのもイヤだし、聞き出しは断念してほとぼりが冷めるまで接触は控えとこう。
そう決めて撤収作業に集中した。そうだ、明日はレイベアに向けて出発だし、今夜は景気づけにパーティーで街に繰り出そう。まったく、とんだ護衛依頼になったもんだね。
……あ、サリアさんなら元凶がボクだって気づきそう。何か交渉で持ち出されそうな雰囲気があるし、今のうちにいい訳考えとこう。
これで三章は終わりです。魔導や機工についてようやく触れた感じですね。ウルにも少しは『兵器』らしい活躍をしてもらいました。……改めて見ると、最強系主人公なのにあんまり戦闘してない気がしますね。しかし次の章は――どうぞお楽しみに。
この話と同時に、気分転換にちまちま書いていた作品の連載を始めます。よければそっちも見てやってください。
『最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~』
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