白兵
※2018.8/8:時間単位の変更・修正
「――ウル、来たわよ」
と思ったら表情を引き締めて行く手を目線で示した。そっちを見れば急速接近してくる魔導体軍団。どうやらボクのことが危険だとようやく悟って慌てて戦力を差し向けてきたみたいだ。砲撃が効かないから物量で押しつぶすつもりかな?
「無駄なのになー。砲撃準備っと――」
まとまって向かってくるところを手早く吹き飛ばそうとチャージを開始。けれどその途端に魔導体軍団が素早く射線上から逃れた。あ、こいつら意外と賢い。
ならばと思って狙いを変えると同時にトリガーを引くも、思った以上の高速で回避されて巻き込めたのはせいぜい五機ってところ。これじゃあ効率が悪すぎる。この調子だと通常砲撃も避けられそうだし、かといって小鬼みたいに範囲ごと吹き飛ばすには近づかれすぎている。これは困ったな。
「……しかたないね、白兵戦で潰そう」
うだうだ迷っていたらあっという間に接近されそうだし、開き直ってそう口にするとサンダロアの固定を外して接続鎖を格納する。
「呼出・虚空格納――武装変更・壊戦士」
サンダロアを空間のひずみにしまい込んで、代わりにレインラースを取り出す。うーん、敵はロボットだから質量で叩きつぶすのが一番だと思うんだけど、今回は仲間がいるし、下手に飛び散らしたら邪魔になるかな?
そう考えてレインラースの柄を捻れば変形機構が作動し、三日月型の刃がせり上がりつつ前傾していって左右に大きく刃が伸びる大鎌の形を形成する。
直後に魔導体軍団からの銃撃が降り注いできたけど、問題なくサンラストの全方位バリアを展開して弾いた。砲撃すらあっさり無効化できる『障壁』が今更数十数百くらいの銃撃でどうにかなるはずもない。
チラリと要塞の方をうかがえば、ここぞとばかりに騎士団からの砲撃が絶え間なく降り注いでいた。要塞も必死に迎撃しているようだけど、そもそも大砲なんて弾幕を張るには向いていない。最初にボクが吹っ飛ばした分も加えて迎撃をかいくぐった砲弾によって徐々に使える砲塔が減っていっているのがここからでも見える。あっちはそう遠くない内に決着が付きそうだから任せても大丈夫そうだね。となれば、残る問題は目の前の魔導体軍団だけだ。
「呼出・周辺精査」
マキナ族の近接戦闘時の常套手段として術式登録で『探査』の魔導式を起動したものの、入ってくる情報の少なさに思わず顔をしかめた。やっぱりというか全体にジャミングがかかってるみたいに感度が悪い。この調子じゃ後ろに敵がいることがわかっても、何をしようとしているかまで把握するのは無理そうだ。このままじゃみんなを守りながら戦うっていうのは難しい。
「ねえ、今更だけど――」
「一緒に戦うわよ」
口にしかけた言葉を、まるで予測していたかのように遮るシェリアの宣言。思わず彼女の方を振り返ると、なぜかものすごい睨み付けがボクに向いていた。解せぬ。
「……あなたから見ればわたしは守らなきゃ行けないくらいに弱いんでしょう。でも、わたしだってシルバーランク間近の臨険士よ。自分の身を守って友達の助けになるくらいはできるわ」
不機嫌そうに言いながら愛用の握剣を抜き放つ。どうやらボクがシェリアのことを完全に保護対象って思ってるのがお気に召さなかったみたいだ。そのせいか明らかにやる気満々の様子で迫り来る魔導体軍団を見据えている。
「おいおい、今更引けとか言うつもりだったのか? そりゃないぜウル」
「あんな魔導体の群を前に、仲間を置いて逃げるなんてできないよ。まだキミみたいに強くはないけど、おれ達だって戦えるんだ」
さらにはリクスとケレンからまで非難がましく訴えられた。見れば二人ともそれぞれの武器を構えてすでに臨戦態勢。本人達の言葉通り退く気はさらさらなさそうだ。
……そうだね、仲間だって言うなら守るばっかりじゃなくて、頼るところはちゃんと頼らないとだよね。
「……三人とも、戦術魔導体と戦ったことってある?」
「ないわ」「ねぇな」「ないね」
ひとまず確認してみると予想通りの答えが返ってきた。まあ戦闘用の魔導体なんてイルナばーちゃんいわく基本軍事物資とのことだ。前の世界の記憶にあるゲームでたまにあったようにその辺でなんの脈絡もなくポップするわけがなく、戦争に参加するか国営の重要施設なりものすごく裕福な商人の館なりを襲撃でもしない限り戦うことなんてまずないらしい。まっとうに臨険士をやっていれば敵対することはほとんどないだろう。
けど、生物の範疇に入る魔物と生き物ですらない魔導体を同じに考えて戦えば取り返しの付かないことになる。それだけは断固阻止だ。
「なら魔導体との戦い方を教えるね。手早く行くからよく聞いて」
魔導体軍団がボクの張る『障壁』を越えてくるまで時間はあまりない。魔力を使った攻撃に対してはめっぽう強い反面、物体を防ごうと思えば比べものにならないくらいの魔力が必要になる上に相殺する訳じゃないから強引に突破なんてこともできる。この辺の性質は水に近いかもしれないね。
とにもかくにも、魔導体軍団が『障壁』に到達した瞬間が戦闘開始の合図だ。
「まず、装甲部分を突破しようと思ったらものすごい力業が必要になるから、狙うとしたら可動部分を狙って」
加工のしやすさと耐久性を考えれば、ロボットの装甲を金属製にするのは当然の帰結だろう。それはこの世界でも変わらない上に、魔導式なんてものまである。装甲の裏側にでもちょちょいと『硬化』系の魔導回路を刻んでおいて余剰魔力を流せるようにしておけばあら不思議、ただの鉄でも手軽に鋼以上の硬度を持たせることができる。材料が鋼とかこの世界特有の金属類なら硬さはさらに跳ね上がるわけで、そんなものを馬鹿正直に壊そうと思えばそれこそ魔導兵器でもない限り時間の無駄だ。
けれど可動部分はその性質上どうしても断裂が生じるから魔導式で補強なんてできず、純粋に素材の強度しか持たせられない。シェリアやリクスの武器でダメージを与えようとするならここしかないだろう。
「次に、魔導体は『電撃』系の魔導式に弱い。最低でも数分刻くらいは行動を阻害できるよ」
金属が電気を通しやすいのはこの世界も同じらしい。加えて魔導式で発生した電気は同時に魔力としての性質も併せ持つようだ。そして魔導体がどうやって動いているかというと、動作用の魔導式に従って駆動している。だから当然のことで動力は魔力だ。
つまり、魔力の性質を持った電気が中に浸透すると、動力として流れている魔力と相殺が起こるわけだ。もちろん供給元が内蔵されているわけだから相殺された分もすぐに魔力の流れは元に戻るんだけど、それにはどうしたってタイムラグが発生する。その時間は内蔵している供給源のスペックにもよるけど、ケレンの新しい長杖型の魔導器には高威力の『雷撃』があったし隙を作るには充分だろう。
ちなみに魔力の電撃で魔導回路を焼き切ることも理論上は可能だけど、そのためには馬鹿みたいに魔力を必要とするので普通なら無理だ。
「それから痛みなんか感じないから怯んだりしないし、その場から動けなくなっても動力が繋がっていれば射撃とか普通にしてくるから、動力を壊すか動ける部分を完全にもぎきるまで絶対に油断しないこと」
これが一番やっかいなところだ。文字通り血も涙もないから物理的に行動手段を潰しても砲の前に敵が飛び出てきた瞬間ぶっぱなすんなんて普通にやれる。本体を大きく叩き壊して「やったか?」なんて言った瞬間、実はまだ動力が生きてて反撃を喰らうとかが実際に起こりうるわけだ。油断大敵、ダメ絶対。
「最後、制作者次第だけど、ひょっとしたら同士討ちとか躊躇わないだろうから壁にしてても警戒は怠らないで」
これはロボットが敵の場合のお約束だ。最悪新しく作り直せば補充は効くんだから場合によっては平気でフレンドリーファイアをしてくる。まあ前の世界の記憶にある物語とかからの受け売りだけど、あながち間違っちゃいないはずだ。敵味方巻き込んでもろとも自爆とかよくあるよね――あ、そうだ自爆の可能性もあった。
「ついでに自爆の可能性があるからずっと張り付いてたら危ないかもしれないよ。最低限こんなところかな?」
一通りの注意事項を伝えて確認を取れば、それぞれから真剣な返事があった。ちょうどいいあんばいに魔導体軍団も『障壁』から数ピスカの距離。到達までほんの十数秒だろう。総数はざっと見るだけでも百機はいるだろう。忙しなく動く四脚の上に載っている胴体は意外と安定しているようで、その両脇から伸びる格闘用と思われるブレードの付いたアームも上部に設置されてる二門の銃座もブレは少ない。
「あいつらが『障壁』を越えたら解除するから攻撃だよ」
迫り来る敵を見据えて告げつつ、大鎌状態のレインラースを持ったまま腕をかざして指鉄砲を形作る。先制攻撃に備えて思い描くのは当然のごとく『雷撃』の魔導式。指先から肩まではもちろん、『探査』用の魔導回路を迂回して背中側から全身に広げるようにして可能な限り術式を連結して威力を上げる。
そして戦闘の一機が『障壁』に到達し、ほんのわずかに抵抗を受けた様子を見せながらもぬるりと内側に入り込んできた瞬間解除。サンラストに流していた魔力もまとめて『雷撃』の魔導式につぎ込んだ。
「ばりばりぃっ!」
正真正銘『全力』中の全力を注ぎ込んだ『雷撃』は、雷鳴にも似た轟音と共に魔導体軍団へ襲いかかった。稲光は標的になった先頭集団を文字通りに蹂躙し、直撃を浴びた何台もの魔導体がでたらめな挙動をしたかと思うと何台かはその場に擱座して動かなくなる。たぶん魔導回路が焼き切れたんだろうね。そのためには馬鹿みたいな魔力が必要なんじゃないかって? 『全力』のボクならそれくらいは容易いことだよ!
まあ、言うほど簡単じゃなくてちょっと溜めが必要だし、魔力を一気に放出しちゃったから一瞬重装備を支えきれなくなってフラついたりしたし。相手が正面から突っ込んできてくれたからできた攻撃なんだよね。
減った魔力を即座に満たして戦果を確認。完全に機能停止してるのが先頭の五機、明らかに挙動がおかしくなってるのが十機くらい、被害を受けてないのよりも動きが鈍くなってるのが二十機ちょっとってところかな? 成果はまずまずってところだね。
「行くよ! 『障壁』は張っておくから弾避けにしてね!」
サンラストをさらに展開、小柄なボクなら少し屈めば隠れられるほどにしてから改めて『障壁』を起動した。光の膜が半径十ピスカくらいで現れたのを確かめて、レインラースを引きずるように構えながら突撃を敢行。遅れずついてくる三つの足音を聞きながらロボットの群へと躍りかかった。
擱座している魔導体を飛び越えて、動きの怪しい魔導体二機の前に着地すると同時にレインラースを横薙ぎに振るう。大斧の時と違って大鎌形態はちょっとしたコツがあって、力任せに振り切るんじゃなく、持ち手を少し傾けて目標を鎌の内側に引っかけるように斬りつける。そうすれば鎌の威力に加えて対象が受ける遠心力も合わさるから切れ味がマシマシだ。
それでなくても余剰分の魔力をあらかたつぎ込んだ結果、深紅に輝きながら分厚い陽炎を纏う大鎌は魔導体の胴体部分を二つ続けて上下に両断した。赤熱した断面をさらした後、二機とも別れた上下仲良く力を無くしたように動かなくなる。中枢は胴体部分にあるだろうと当たりを付けてたわけだけど、どうやら狙い通りに破壊できたみたいだ。
けど、周囲はもれなく敵だらけ。しかもどいつもこいつも血も涙もないからボクが飛び込んできたのを幸いとでも言うように素早く行動に移っている。手近にいた一機がブレードの付いたアームで攻撃してきたからサンラストで防いだけど、反対側からもう一機が躍りかかってきた。偶然なのかレインラースは振り切ったままで、絶妙に付いた時間差のせいでちょっと対処が遅れそうだ。まあたいしたダメージにもならなそうだし、薄皮斬らせるつもりでカウンターに蹴っ飛ばそう。




