兵器
「武装変更・殲滅士、堅砦士」
維持していた魔導回路をさらなる術式登録で変化させ、亜空間から目的の武装を取り出した。右隣に重量音を響かせてでんと現れたのはサンダロア。まさに砲撃戦の真っ最中な現状にはピッタリの武装だ。
そして左腕を覆うように装着されたのは中央に目印用の魔導回路が刻まれた白い菱形の金属プレート。何重にも重なった剛性緋白金で構成された、展開式多層盾『サンラスト』だ。素材由来の素の防御力は言わずもがな、表裏をびっしりと『障壁』の魔導式の魔導回路が覆っていて、魔力を流すだけでいわゆる全方位バリアを一発起動可能。さらには積層構造になってる部分を展開すれば最大で大人一人くらいなら全身を隠せるくらいの面積になり、比例してバリアの効果範囲も拡大する素敵仕様だ。まあ『全力』じゃないと一定範囲以上は実用的な強度にならないんだけど。
ざっとサンラストに視線を走らせて異常がなさそうなのを確認すると、サンダロアからぶっとい接続鎖を引っ張り出して首に装着し、さらにアタッチメントを取り出して本体を右腕に固定する。重量的に思いっきり振り回すことはできないけど、狙いを付けるくらいなら十分。これぞシェリングスタイル――別名移動砲台モードだ。なお、出力が『本気』の場合はサンダロアを持って走り回る余裕がないので固定砲台モードになったりする。サンラストは出してなかったけど、前回の小鬼軍団殲滅の時がまさにそれだった。
「――よし、準備いいよ隊長さん」
出撃準備完了といったところでサンダロアへの魔力供給を始めながら顔を向けると、そこにはこぼれ落ちそうなほど目を見開きあんぐり大口を開けているという、実に間抜けな顔をした指揮官の人がいた。
「隊長さーん?」
もう一度声をかけてみてもなんの反応もない。ちょっと衝撃が強すぎたのかな? でもこのくらいで呆然としてるようだと本格的に戦闘を始めたらどうなるんだろう? なんか心配になってきたなー。
「――ウル、あれ」
そこにシェリアの鋭い声が割り込んできた。どうしたのかと思ってその指し示す先を見れば、いつの間にか要塞の足下付近になにやらわらわらとした影が。
「……魔導体だね」
最大望遠で目の焦点を合わせれば、四脚をうごめかせる機工の兵隊がわんさかといるのが見えた。どこから出てきたかなんて考えるまでもないね、要塞からに決まってる。こんな状況で出てくるくらいだから確実に戦闘用だろう。騎士団の魔導体と比べても真新しく、全体的にがっしりとしつつもどこか優美なフォルムを描いている。見た目からしてなんとなく強そうだ。あれの制作者はなかなかいい仕事をしているみたいだね、ロボは見た目も重要ってことをよくわかってる。どこかのムカつく魔導師の試作品とは大違いだ。
……たぶん騎士団の考えと同じで、制圧用の戦力なんだろうな。それはまあ順当としても、方や疲れ知らず恐れ知らずの魔導体軍団、こなた優秀だろうけど生身の人間騎士団。うん、どう考えても相性最悪だよね。一緒に突撃したところでさすがに被害をゼロにできる自信はない。というかむしろ余計な人員はボクの足枷にしかならなそうだ。
「あー……よし、予定変更。さっさと突っ込んでさっさと潰そう」
決意表明を口に出せば、それが当然のように頷くシェリアとギョッとした顔をするその他の面々。
「ということで隊長さん、悪いけどボクは先に行くね。最低でも露払いくらいはしておくから、後の制圧の方はよろしくね」
それだけ伝えると装備をガシャガシャいわせながら次の砲撃に備えている『障壁』の方へと歩き出した。別な足音が付いてくるのに気づいてチラリとそっちを見れば、当たり前の顔をして隣を歩いているシェリア。あの状況を見ても付いてくる気は満々らしい。うん、そんなことだろうと思ってた。まだそこまで長い付き合いじゃないけど、シェリアが言いだしたら聞かないのはなんとなくわかってた。
ただ、さすがに他に付いてこようとしてる人はいないようだ。まあそれが普通の判断だよね。リクスもケレンもああ言ってたけど、なんだかんだ言って無謀なことくらいは判断できる頭は持ってるからね。
……なんて思ってたら、後ろからなにやら慌ただしい足音が二つ。嫌な予感を覚えつつ顔だけ振り向けば、大急ぎって様子でボクたちのことを追いかけてきている賢いと思っていた仲間が二人。うん、もう何も言うまい。
「――次に『障壁』が途切れるのに合わせるよ。さっきも言ったけど、絶対にボクの近くから離れないでね」
追いついた二人にも聞こえるように念押しすれば、三者三様の承諾が返ってくる。正直なところ『兵器』として戦うにはお荷物でしかないだろうけど、そのくらいで身近な仲間すら守れなくて何が『守るための兵器』だとも思う。
更に言えば今回は他にプルストの街が後ろにある。騎士団や臨険士の人みたいに戦うことが仕事な人たちはともかく、ただ日常を過ごしている普通の人たちが理不尽にさらされるのは託された願いとボクの矜持が許さない。
……あれ、この状況ってよく考えたら機神の本格的な初陣にピッタリじゃない? 突如現れた巨大兵器に対抗する騎士団。街を守るべく奮戦するも侵攻を抑えるのが精一杯で、現状打開のために動き出そうとすればさらなる凶悪な敵が現れ、状況的には一層絶望的、だがそれを良しとしない一握りが苦境を打破すべく突撃する。おお、見事にヒロイック! なんかテンション上がってきた!
理不尽な敵を打ち倒し、共に行く仲間と背にする街を守り抜く。半分以上ノリで名乗った身でおこがましいとは思うけど、機神だって嘯くからにはそれくらいのことは成し遂げて当然だよね!
「救いをもたらす者がこの身の誓いに基づき、あいつをぶっ壊して友と人々を守り抜こう!」
ほとばしるパトスのままに叫んだちょうどその時、要塞からの砲撃を受けきった『障壁』がいったん解除された。
「行くよ!」
一声かけると間を置かず走り出す。頭上を騎士団の反撃が追い越していくのを視界に映しながらサンダロアのチャージ具合を確認する。いろいろなところに分配しながらも生成魔力は有り余ってるから、全部で五つある魔力タンクの半分く以上はもう溜まっているね。それじゃあまずは軽くご挨拶。
「――ってぇっ!!」
勢いで発射号令をかけつつ適当に狙いを定めて砲身から一射。騎士団の砲撃に遅れて飛んでいった勝るとも劣らない魔力の塊は要塞の砲撃とすれ違い、反撃をしのぎきって再び姿を現した直後の要塞に見事着弾した。命中箇所は狙いからそうはずれていない外壁部分。走りながらっていう不安定な状態から無理矢理撃ったにしてはいいところに当たってくれたね。遠目にも着弾箇所が若干凹んでるのが見て取れる。この様子なら騎士団の砲撃も防がれなきゃ有効打になりそうだ。
けど、そうして有効打を与えられたのは相手もわかったんだろう。それまでずっと騎士団とその周辺を照準していた砲塔の一部がわずかに狙いを変えたのが見えた。
それを確かめた瞬間、即座にサンラストを展開。腕を覆うくらいだった盾はガシャガシャと音を立てながらあっという間に上半身を覆い隠すくらいまでに拡張する。すかさず刻んである魔導回路に魔力を流せば、サンラストを中心としておよそ半径三ピスカの半球状に『障壁』の魔導式が起動した。
次の瞬間、前と後ろから轟く砲撃音。空中を飛び交う多数の砲弾のうち、要塞側からのものが三つボクの方に向かって飛んで来る。その軌道を見る限り一発は狙いを外して離れたところに飛んでいくけど、残った二発は直撃コースだ。同じように見て取ったのか、すぐ後ろを走る足音がの二つが乱れた。
「離れないで!」
咄嗟に叫ぶも『絶対に大丈夫だから』って続ける前に砲弾が『障壁』に命中。けれどボクたちを覆う光の膜を毛ほども揺るがすことなくあっけなく四散した。
それもそのはず、この世界の魔力を用いた攻撃っていうのは色々といじったり簡単に威力を上げられる反面、実は意外と防ぎやすいのだ。
基本的な原理として、異なる魔力同士はぶつかると『相殺』される。厳密に言えば形状や圧縮率なんかが関係してきて単位面積辺りの魔力量の競り合いになるんだけど、極論形状が球だろうと壁だろうと、双方の魔力が同じく『百』なら真っ向からぶつかり合えば『ゼロ』になる。
なので『障壁』の魔導式は、言ってしまえば『ぶつかって来るであろう魔力よりも多い魔力を用意して壁にする』のが基本だ。わかりやすく言うなら飛んできた砲撃の魔力が『千』としても、今ボクたちを守っている『障壁』の魔力は『一万』だからそれ以下の攻撃は完全にシャットアウト。当然相殺だから受けた攻撃分は目減りするけど、超高性能な魔素反応炉搭載のボクからほぼ無尽蔵に魔力が供給されるから即座に最大値まで回復する。
つまり、現状の砲撃程度じゃボクたちには傷一つ付けることができないのだ!
「このくらいなら、今のボクには通用しないよ!」
ビクともしない『障壁』を前に宣言して、後に続く仲間たちを奮い立たせる。確かな結果を見たおかげか、その一言だけで一瞬乱れた足音は再びしっかりとリズムを刻み始める。
走り続けながらいったん『障壁』を解除してサンダロアをもう一射。騎士団の砲撃に火力を添えるけど、さすがに通常砲撃が一発増えたくらいじゃ要塞の方はビクともしないようだ。
そしてこっちに飛んでくる砲弾は変わらず三つ。そのくらいじゃ小揺るぎもしないっていうのに、標的が小さいからなのか牽制ができればいいっていう意識なのか、なんにせよ舐められてる気がする。あと、砲撃が飛んでくるたびに視界が遮られて地味に鬱陶しい。
「……それじゃ、本番いってみようか!」
要塞の砲撃を防ぎつつ、ある程度距離を詰めたところで有効射程内にになったため急停止。固定はそのままにサンダロアを接地させてレバーを操作し砲身を展開させる。
「おい、急に止まってどうし――」
「二人とも、ウルより後ろに下がりなさい!」
急に足を止めたボクを追い越した仲間たちが振り返るけど、ボクの様子を見たシェリアが血相を変えて警告を出すと大急ぎでボクより後ろに待避した。それを見たケレンとリクスは一瞬顔を見合わせ、こちらも大慌てでとって返してくる。シェリアは一回見てるからボクがこれから何をしようとしてるかわかったんだろうけど、そこまで慌てることかな? さすがに射線上に仲間がいたら撃たないよ。
「サンダロア、発射シークエンス開始!」
前回の様式を踏襲して雰囲気だけの発声をしつつ砲身内で魔力を圧縮。『全力』中なこともあってあっという間に充填を完了した。その間に要塞の砲撃が一度飛んできたけど、サンラストを同時展開する余裕は十分にあるからあっさりと防ぐ。
「発射!」
今回は索敵するまでもなくそびえている要塞にぶっ放すだけなので、チャージが完了してすぐさまトリガーを引いた。それを契機にサンダロアから極太のレーザーがほとばしり、飛来中の砲弾をあっさりかき消すと砲撃直後の要塞に着弾、砲塔の一部を吹っ飛ばした。
「次弾装填、どんどん行くよー!」
続けてチャージからの第二射。だけど今度は先に要塞の『障壁』が展開し、その表面で拡散して『障壁』を揺るがしはしたもののダメージは与えられず。むぅ、生意気な。
すかさず再チャージ。ただし今度は通常なら魔力タンク半分のところを贅沢に一本分まるまるつぎ込んでみた。
「貫けー!」
気合い一発トリガーを引けば、圧縮率二倍で見た目は変わらない極太レーザーが姿を隠したままの要塞に向かって勢いよく伸びていく。
瞬く間に要塞の『障壁』に着弾、けれど今度は特に拡散することなくその場に留まったかと思えば、一拍を置いてその延長線上から再び現れた。ちょうど見えない何かを貫通したような感じだね。
直後、『障壁』が揺らめくようにかき消えると土手っ腹に風穴を開けた要塞が姿を現した。やばい、必殺のマップ兵器があっさり防がれたからってちょっとやりすぎた。爆発とかしないよね?
そんなボクの心配をよそに、ここぞとばかりに騎士団からの砲撃が飛んでくる。要塞も応じるように撃ち返すも、どちらかというと火力を迎撃に割いているご様子。それでもボクが砲塔を減らした影響か、弾幕をかいくぐった砲弾が次々と要塞の上に着弾していった。だというのに要塞はなぜかさっきまでと違って『障壁』を張る様子はない。これは運良く『障壁』の発生装置でも撃ち抜いたかな? ラッキー。
「じゃあまた突撃しようか!」
「……え? あ、ああ、うん」
「お前マジで『兵器』なんだな……」
振り返ってそう告げると、呆然としていたリクスとケレンがなんとかといった様子で我に返った。ちなみにシェリアの方は何かを諦めたかのような呆れ顔だ。




