登録
「とりあえずボクの打ち明け話はこれで終わり。あとは三人に登録者になってもらいたいんだけど、どうだろう?」
余計に目立たなくていいならそれに越したことはないけど、現状は膠着状態だ。騎士団の保有火力はボクの思っていたほどじゃないみたいだからこのままならいたずらに長引くだけだろうし、別働隊が上手くやれる保証もなし。そうなったら逆に被害が拡大する可能性だってあるわけで、そんな状況を黙って見過ごすのも寝覚めが悪い。最悪の状況も想定するなら『全力』くらいは出せるようにしておきたいところだ。
「いいわ」
「わかった。その登録者とかになるよ」
一切の迷いもなく頷いたシェリアに続くようにリクスも首を縦に振った。そのことにちょっと嬉しくなりつつケレンを見れば、やれやれとでも言いたげに両手を広げて大きなため息をついている。
「ま、いいんじゃないか」
「ありがとう。それじゃあさっそく――資質登録」
両手の革手袋を外しながら口頭鍵を口にすれば、ボクの中で意識が切り替わるような感覚があり、同時に専用の『解析』の魔導式が起ち上がった。その証として外気にさらした両手と、ボクからは見えないけど顔には一定の紋様が現れているはずだ。
「“機人の掟に従いて、我はかの者を資格あるものとして記憶す”」
つづる文言は一種のパスワードで、手に浮き出ていた紋様がより一層輝きを増す。同じように光ってるだろう顔を三人の方へ向けて両手を差し出した。
「ボクの手を握って。それからボクの言葉の後に名前を言ってくれればいいから」
「わかったわ」
真っ先に進み出てきたのはシェリア。躊躇なくボクの両手を取ると、先を促すようにボクの目を真っ直ぐに見つめてくる。
「“その名を証と刻もう”」
「シェリア・ノクエス」
シェリアが淡々と名乗れば、内蔵されている『解析』の魔導式を通して彼女の名前と声と魔力の形がボクの記憶を司る記録結晶にしっかりと焼き付けられた。
「“登録、シェリア・ノクエス”――これでシェリアはいいよ」
「そう」
結びの定型文で締めてそう告げた。これで七面倒な削除処理をしない限り、ボクはシェリアを絶対に忘れない。
「次はどっちにする?」
「あ、じゃあ俺が先でいいか、リクス?」
「ああ、わかった」
そんな短いやりとりの後でボクの手を握ったのはケレン。
「それじゃあシェリアと同じようにしてね――“その名を証と刻もう”」
「ケレン・オーグナーだ」
「 “登録、ケレン・オーグナー”」
「……さっきも見てて思ったけど、ずいぶんあっさりしてるよな。本当にこんなんでいいのか?」
登録を終えて離した自分の両手をしげしげと見つめるケレン。さっきまでボクの身の上を聞いてものすごく衝撃を受けていたように見えてたけど、今はそんなこともないみたいだ。割り切りがいいのか切り替えが早いのか、それとも単に好奇心の方が強いのか。
「そういう機能だから深くは考えない方がいいよ。最後はリクスだね」
「ああ、頼むよ」
そう言ってなんの気負いもなく近づいてきたのを少し嬉しく思いながら、ボクはしっかりリクスと両手を繋いだ。
「“その名を証と刻もう”」
「リクス、リクス・ルーン」
「“登録、リクス・ルーン”」
これで三人がボクの登録者として記録された。念のため記憶領域を意識してみれば、その存在をしっかりと感じ取れる。
「“刻みはつつがなきにて、その身友としてあらんことを”」
登録終了の定型文を口ずさめば、両手に浮かんでいた紋様がすぅっと薄れて消えた。同じように顔も普段通りになってることだろう。
「ありがとう、無事に登録は終わったよ。……こんな得体の知れないボクだけど、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」
革手袋をはめ直しながら、できるだけ冗談口調を意識してそう言った。
「当然よ。友達でしょ?」
真っ先に返ってきたのはシェリアの言葉。いつも通りあまり表情は動いてないように見えるけど、どことなく若干不機嫌そうな気配が漂っている。なんかよくわからないけど、後で謝っておいた方が良さそうだ。
「まあ、臨険士なんかやってたら訳ありって相手にはけっこう出会うもんだしな。お前の場合はその訳が桁違いだったが、まあ言ってみればそれだけだしな」
続いてケレンもそう嘯くと軽く肩をすくめて見せた。それが本心からの言葉なのかどうかはちっとも見当がつかないけど、それでも普段通りに接してくれるつもりらしい。
「ウル、おれは君に命を助けてもらったし、まだ短い付き合いだけど君が悪いやつじゃないってことくらいはわかってる。おれにとって、君は誓いを交わした大切な仲間だ」
そしてリクスはしごく真面目な顔つきで、そんな嬉しいことを面と向かって言ってくれた。言うにはちょっと恥ずかしい台詞でも、臆面もなく真っ直ぐに伝えられるのは彼のいいところだと思うんだ。
「ホントにありがとう、みんな」
……うん、さっきの反応からある程度予想はしてたけど、実際のところはどんな返事が返ってくるか内心ドキドキしてたからすごくホッとしている。ふぅ、兵器生まれの身体だと友達作るのにもすごいプレッシャーがかかるね。
何はともあれ打ち明け話に登録者設定も無事終わったし、なんとか今まで通りの関係も確保できた。まさに後顧の憂いはなしって状態だね。後はバカスカ魔力砲を撃ち込んできている傍迷惑な要塞をなんとかするだけだ。
「じゃあ、ついでに今から『全力』を出すためのちょっとした儀式に付き合って。ボクの言葉に対して自分の思ったとおりの返事をしてくれるだけでいいからさ」
そう言って三人が頷くのを確かめてからその口頭鍵を口にする。
「機人誓約」
今度は全身に浮かび上がる魔導回路とは違った紋様。まあほとんど服の下で見えないけど、いつもより強い緋色の煌めきが布越しに輪郭を露わにしている。
「“我は我が身に課されし願いの元、危難に『全力』を以て当たるを必要と判断す。我が登録者に問う。我が判断を承認するや?”」
「承認するわ」
すかさずシェリアが応じ、ケレンも肩をすくめると「承認した方が良さそうだ」と口にした。
「承認するよ」
最後にリクスが真面目な顔で頷けば、ボクの意識の中で枷の一つが外れる感覚がした。これで必要な事前準備は良し。いつでも『全力』が出せる。
仲間を促してハインツのいるところまで戻ると、そこには護衛仲間の他に例の指揮官らしき人が待っていた。どうやら今まで『暁の誓い』での話し合いとして余計な口を挟まずにいてくれたようだ。
「君がウルだな。聞けばカッパーランクながらジェムドルビーであり、あの砲撃に対抗できる『障壁』の魔導器を所有しているとのことだが、相違ないだろうか?」
「まあ、だいたい合ってるかな」
その指揮官の人が慎重な口ぶりで尋ねてきたから頷くと、元々厳めしかった顔がさらに引き締められた。
「ならば、危険を承知で騎士団の編成した別働隊に参加してもらえないだろうか。正直なところ、あの未知なる超大型魔導兵器に対してはいくら戦力があっても足りない。むろん、臨険士であるそなたには別途十分な報酬を約束しよう。どうしても無理だというならば、せめてその所有する魔導器を貸与願えまいか? こちらの場合でもある程度報酬を出そう」
「いいよ、参加する」
元々吶喊でもしようかと考えていたところにこの提案だ。渡りに船とばかりに了承したけれど、そうしたらなぜか指揮官の人は目を剥いた。え、何その反応? 誘ってきたのそっちだよね?
「……か、感謝する。早速で悪いが、こちらの部隊に合流してもらえるだろうか?」
「わかった。じゃあ、そういうことだからボクは別行動を取るね」
断続的に響き渡る砲撃の着弾音に危機感を煽られたのか、焦った様子でうながしてくる指揮官の人に頷いて仲間を振り返ったところ、いつの間にかすぐ隣にシェリアが当然のような顔をして立っていた。
「シェリア?」
「わたしも行くわ。戦力はいくらあっても足りないんでしょ?」
えー、マジですか。絶対危ないからボクとしては残ってくれた方が色々と助かるんだけど……。
「そっちに合流したら追加報酬出るんだって? それって俺らにも適用されんの? なら借金抱える身としては是非とも参加させてもらいたいぜ」
キミもかケレン! なんだかんだで頭いいし、こんな状況でお金と命、どっちの方が大切かなんて言わなくてもわかってると思ってたのに!
「……あのさ、二人とも。これからあの砲撃のまっただ中に突っ込んでいくんだよ? なんでそんな明らかに危ないところに付いてこようとするのさ」
「友達だからよ」
「はんっ、危険に臨んでこその臨険士だぜ? 金と名誉のためならそれくらい切り抜けなくてどうするよ?」
いさめるつもりで言ったらそれぞれの理由でドキッパリと言い返された。いっそ清々しいくらいの思い切りだ。
「おれ達は『暁の誓い』の仲間だ。そんな危険だってわかりきっているところに、仲間をたった一人で送り込めないさ。どんな時でも共に朝日を見ようって誓ったんだから」
「リクスまで……」
なんかデジャヴを覚える殺し文句に、どれだけ言っても聞かないだろうってことをそうそうに察した。ホント、素敵な仲間たちで嬉しいよ。出会は偶然とはいえ、ボクなんかにはもったいないくらいだ。
「――じゃあ約束。絶対にボクのそばから離れないでね」
そう釘を刺すと仲間たちはそれぞれ威勢のいい返事を返してくれた。しかたない、こうなったらさっさとあの要塞をぶっ潰そう。戦闘時間が短ければそれだけ危険も減るからね。
そう決意してフードを払う。なにやら一部男性陣から息を呑むような音が聞こえてきたけど、構うことでもないからそのまま留め金を外して外套を脱いだ。普段から愛用している外套だけど、これからやることには少し邪魔になるんだよね。
「ハインツ、悪いんだけどこれ預かってくれないかな?」
「……あ、ああ。わかった」
簡単に畳んだ外套を半ば呆然としているハインツが受け取ってくれたのを見届けて、少し距離を離して口を開く。
「呼出・虚空格納――武装拡張・機人装備」
お馴染みの術式登録で『亜空接続』の魔導式を起動。続けた術式登録で魔導回路に合わせて広がる空間のひずみが全身の要所要所を覆ったのを確認すると、それから逃れるように一歩前へと踏み出した。そうすればひずみから抜け出した足には白金に輝く脚甲が装着され、地面を踏むとジャキリと金属音を奏でる。同様にひずみから抜け出た両腕に両肩、胴体、腰回り、そして頭部には同じ素材の装甲がピッタリと装着されて、最後にもう一方の足にも脚甲が装着される。
「この格好も久しぶりだなー。具合は……よさそうかな?」
言葉通り本当に久しぶりなので念のためそれぞれの装着具合を確認する。マキナ族専用の戦装束は元々ジャストフィットするように調整してあったから違和感はない。全体的な印象は前の世界の記憶にある北欧神話に登場する戦乙女の甲冑に近いかな? あれよりはもっと装甲部分が多いけど、全体的に優美な形状だ。当然のごとく全部が全部剛性緋白金でできているため素の防御力も高いけど、魔力を流せばより堅牢になってくれる優れもの。反面重量も相当にかさむから『本気』の出力でもけっこう動作に支障が出るんだけど、魔素反応炉の出力をさらに一段階上昇させれば、溢れんばかりの魔力を受け取った靭性緋白金はその重量をものともせずに動いてくれる。
「“我は危難打ち払う刃なり”――出力変更・戦術水準」
戒めも込めたパスワードと共に口頭鍵を口にすれば、また一つ意識の枷が外れると同時に魔素反応炉がさらなるうなりを上げて大量の魔力を吐き出す。基本的には本体部分に回して全体的にスペックを引き上げて、余剰分のいくらかは装甲の方にも流せばほんのり緋色に色づく。当然緋白金の性質上けっこうな熱を持つわけで、ボクたちみたいに高温を気にしない身体じゃないと存分に機能を発揮させられない。その辺のことも含めて完全にマキナ族専用の鎧なのだ。
「……美しい」
放心状態でポツリとそんな言葉を漏らしたのは指揮官の人。うーん、飾らない言葉で褒められるとなんだか照れるね。




