告白
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そして一息ついたボクたちの元にさっきの指揮官の人がやってきて、あの要塞の情報を求めた。どうやら戻ってきた臨険士の中でもボクたちが一番あの要塞に近いところにいたらしく、これから攻め立てようとする相手の情報が少しでも多く欲しいようだ。ボクたちにそれを断る理由もなく、代表としてハインツが可能な限り詳細な様子を話し出した。
その様子を少し離れたところから眺めていると、一度チラッとハインツがボクの方を見た。すぐ後に指揮官の人もボクの方を見たことを考えれば、ボクが要塞の牽制攻撃を防いだことでも話したんだろうな。うん、これは放っておいたら話がややこしくなりそうな予感。
「リクス、ケレン、ちょっと話したいことがあるんだけど、来てくれないかな?」
「……それは、さっきのことに関わってるのか、ウル?」
今のうちに最低限の条件だけでも満たしておこうと思って話を振ると、妙に警戒した様子でリクスが尋ねてきた。
「それも含めて、ボクのことについて知っておいてほしいことがあるんだ」
「……今ここで伝えなきゃならないようなことなのか?」
「保険のためにも、できれば聞いてほしいな」
重ねられる問いかけに応じつつ頼み込めば、リクスはなぜか難しい顔で黙り込んでしまった。どうしたんだろう、人の秘密を聞くのがそんなにイヤなのかな?
そう思って首をかしげていると、そんなリクスの方をケレンが気安げに叩いた。
「何を迷ってるんだか知らないが、ウルもこう言ってるんだし聞いてやってもいいんじゃないか?」
「ケレン……でも、おれは――」
「お前らしくないぜ、リクス。俺もお前もウルの何かを知って、それで何が変わるんだ?」
どうやら何かしら察しているらしいケレンの言葉にハッとした様子のリクス。幼なじみだからか男同士だからか、ともかくそれで二人はなにやら通じ合ったらしい。
そしてリクスは何か覚悟を決めたような顔でボクの方に向き直った。
「わかったよ、ウル。君の話を聞かせてくれ」
「ありがとう、リクス。シェリアも居てくれると嬉しいんだけど、ダメかな?」
「行くわ」
こっちは即答してくれたシェリアも引き連れて、人の少ないところへ向かう。といっても相変わらず要塞の砲弾は飛んできているから行ける範囲はそれほど広くもなく、けど大声を出さなければ他の人には聞こえづらいだろうってくらいは離れた場所で改めて仲間たちと向かい合った。
「――さて、ボクが二人に話したいのは、ボクの種族についてなんだ」
「おいウル、二人ってのは俺とリクスのことだよな? シェリアはいいのか?」
「うん、シェリアはもう知ってるからね」
「知ってるって……ああ、あの時言ってた秘密ってそういうことか」
疑問の声を上げたケレンは、昇格祝い兼ボクの歓迎会の時のことを思い出したのかやけに合点がいった様子だった。
「ウルの種族……確かマキナ族って言ってたね。おれもケレンも聞いたことないって話はしてたんだけど」
「聞いたことがあったらむしろその方がびっくりだよ。なにせ十五年前に一人目が生まれた時にはその名前すらなかったし、それからずっと誰も来ないような秘境の中でひっそりしてたんだからさ」
「十五年前? 秘境で? え?」
混乱したらしいリクスの様子を見ながら、申し訳ないとは思いつつも余計に混乱させる言葉を放つ。
「ボクたちマキナ族は稀代の大天才、魔導機工技匠イルヴェアナ・シュルノームが創り出した、意志と心を持った機工の身体を持つの一族なんだ」
それを聞いた二人の反応はそれぞれの性格を如実にあらわにしていた。リクスは完全にキョトンとした『何を言われたのか理解できていない』っていう顔になっているのに対して、ケレンの方は方眉を跳ね上げた『こいつ何言ってるんだ?』といううろんげな表情をしている。
「まあ百聞は一見にしかずって言うしね」
どっちも予想できたことだから特に気にせず、外套から左腕を突き出し袖を肘までまくっていつもより緋色に染まった状態の腕を剥き出しにすると、おもむろに抜いたスノウティアでスッパリと切り込みを入れた。
「――ウルっ!?」
「ちょ!? おま、何して……」
唐突なボクの行動にあからさまにうろたえた二人だったけど、指を埋められるほどパックリと開いた傷口から血の一滴たりとも流れないことに気づいたところで信じられないと言わんばかりの表情で固まった。
「呼出・損傷復元」
ボクがそう呟けば二人が凝視している腕を含めた全身に『復元』の魔導式の魔導回路が浮かび上がり、図形の断裂が起こっている部分を徐々に修復していく。ただの斬り傷だったおかげで完全に元通りになるまでそんなに時間はかからなかった。
「――見ての通り、血も涙もない身体なんだ。他にも普通の人種より性能が高かったりするけど、一番の特徴は今みたいに身体の上に魔導回路を描けること」
そう言って袖を元に戻すと今度は手袋を外して手の平を見せ、ガイウスおじさんにして見せたように簡単な魔導回路を描いて何もないところから火を出してみせる。よっぽど信じられなかったのかリクスが驚愕の表情を浮かべたまま手を伸ばし、当然のように火にあぶられて慌てて引っ込めた。
「……確かに魔導回路だな。てことは、手ぶらでも魔導式が使い放題ってことか? じゃあさっきの『障壁』は――」
「うん、ボクが出して防いだよ」
「マジか……」
ボクが肯定するとケレンは片手で顔を覆って天を仰いだ。まあ自分でも存在自体が反則臭いなって思うから気持ちはわからなくもない。
「もちろん攻性魔導式だって使える。ボクたちマキナ族は『生きた兵器』なんだ」
手の平の魔導回路を消してそう告げる。これで『登録』のための最低条件は満たした。後は二人の反応次第なんだけど……うう、怖がられたり気味悪がられたりするかもしれないと思うと、ちょっと……かなり……すごく緊張するなぁ。
ありもしない心臓がバクバクいってるような錯覚を感じながらも二人をじっと見つめていると、そっと肩に手を置かれた感触があった。驚いてそっちを見れば、いつの間にかすぐそばにいたシェリアから心配そうな雰囲気が漂っていた。表情は相変わらずあまり動いていないようだけど、なぜかそう感じ取れた。
……自分でもちょっと情けないと思えるけど、最悪の場合でもシェリアがいてくれると思うだけで少しだけ気が楽になった。
そんな自分が恥ずかしかったのと、シェリアに大丈夫だって伝えたいと思ったのとで自然に浮かんだ微苦笑を返してもう一度二人の方に視線を向ければ、リクスもケレンもちょうど自分を取り戻したところだったようだ。
「……ごめん、ちょっと唐突すぎて理解が追いついてないんだけど……」
「聞いただけならまず間違いなく笑い飛ばすたぐいの話だな」
今得た情報を必死になって整理しようとしている様子のリクスに対して、ケレンは呆れたように首を振ると妙に据わった眼でボクのことを見返してきた。
「――で、今の話が本当だとすると、そうそう漏らしていいような感じじゃないんだが、そこんところはどうなんだ?」
「そうだね、今はまだなるべく秘密にしておきたいとは思ってた」
「そんな話を今ここで俺達にした理由は?」
「ボクたちは『兵器』だからね。そんなのが自分勝手に全部の機能を使えたら恐いでしょ? だから『全力』を出すのに条件が設定されていて、できればそれを満たしておきたかったから」
マキナ族が『全力』を出すための条件――それは『マキナ族以外の第三者かつ、マキナ族が生きた兵器であることを知る登録者三名以上の同意』だ。たった今伝えた二人にシェリア、あとはガイウスおじさんとジュナスさんに、アリィとサリアさんも登録する資格はあるけれど、ボクとしては一緒に行動することになったパーティの仲間に最初の登録者になってほしいと思ってる。
そのことを伝えると、なぜかケレンは呆れたような納得したような微妙な表情になった。
「ていうことは、だ。ウル、お前今まで全力出したことなかったのか? いやまあそんな気はしてたけどよ」
「一応断っておくけど、『本気』や『全力』じゃないからって手は抜いてないよ? いつも真面目に、真剣にやってたからね?」
「それであの戦闘力かよ。そんなお前が全力出したらどうなるんだ?」
そう問われてちょっと言葉に詰まる。なにせ性能テストや開発した武装の試し打ちにイルナばーちゃんが創造者権限で限定的に解除した時くらいしか出したことはないし、カタログスペックは当然知ってるけどそれをどう言い表せばすんなりと通じるのかがわからない。
「……ウル、あの時は『全力』じゃなかったの?」
うーんと唸っていると、不意にシェリアが尋ねてきた。あの時っていうと……思いつくのは小鬼の大群を殲滅した時だね。あれ以外でシェリアの目の前で『平常』じゃない出力にしたことはないし。
「小鬼の時のことだよね? あの時は『本気』だよ」
「……『本気』と『全力』ならどっちが上?」
「そりゃあ、『全力』の方だね」
「そう」
ボクの返事を聞いたシェリアが一瞬遠くを見つめるような目をしたけど、一度首を振るとケレンを見据えた。
「……ケレン、この前の大規模調査、覚えてる?」
「まあついこの間だしな。くっきり円の形でいきなりできた更地以外は特に何もなかったと思うが、それがどうした?」
「……その更地、『本気』のウルが造ったやつよ」
「……は?」
シェリアの発言を受けてマジマジとボクを見つめてくるケレン。なるほど、確かにあれをやらかしたのはボクだし、ここにいるみんなが共有している情報だから例に出すのは悪くないね。
「……マジか?」
「……本当よ。どこからか持ち出した設置式の戦術魔導器の一撃でああなったの」
「……まあそれは本当のことだとして、なんでシェリアが知ってるんだ?」
「……目の前で見たから――あの時は背筋が寒くなったわ」
後半ボソリと呟かれた一言を拾ってしまい、思わず視線を明後日の方向に向けた。あの後受け入れてくれたとはいえ、実際はかなりきわどいところだったらしいことを知って、かきもしない冷や汗が流れた気がした。うん、あの時は状況的にあれがベストだったとはいえ、今度から実演する時はもうちょっと穏便なものからにしよう。
「その辺の話も聞きたいところだが、今は後回しにしておくぜ。確かにあれぐらいのことをやらかすなら制限があった方がいいのも納得――おい待て、『本気の時』って言ったか? さっき『全力の方が上』とか言ってなかったか!?」
言ってる間にそのことに気づいたケレンが恐れ戦いた様子で引きつった笑みのままボクを凝視する。シェリアもシェリアで何か言いたげな視線をじっとボクに注いできた。
……なんかある意味期待されてるように感じる。ここはそれに応えるべきだよね!
「当然、あれよりすごいこともできるよ!」
そうえへんと胸を張って見せた。厳密に言えば魔素反応炉のリミッターがさらに一段階外れるおかげで出力は上がるけど、魔導式に設定されてる上限を超えることはできないから破壊力自体はそんなに違わない。ただ、供給される魔力の桁が上がるおかげで連射力とかそっち方面が上がるから、結果的に総合的な攻撃力が上がったりはする。
そしてそれを聞いたケレンは変なうめき声を上げて再び天を仰ぎ、シェリアは何かを諦めたかのような盛大なため息を吐いた。
「あなたって、本当に規格外よね」
「いやー、それほどでも」
「褒めてないわよ」
だろうね。解せる。
場を和ませようと思って放ったちょっとしたジョークが不発に終わって少ししょんぼりしていると、今まで必死な形相で考え込んでいたリクスが何を思ったか大きく首を横に振ったかと思うと真剣な目でボクの方を見た。
「ウル、おれはケレンみたいに頭がいい訳じゃないから、正直なところ難しいことは全然わからない。だから一つだけ聞きたいんだ」
ものすごく真面目な顔で問いかけられたので、実質的に『考えるのをやめた』宣言には突っ込まないでおいてあげようと思う。
「ウル、君は――何をしたいんだ?」
リクスの問いはいたってシンプルだった。たぶんこの場合の『何がしたい』は今この場でっていう意味じゃなくて、『ボク』という存在が何をしたいかってことなんだろうというのは察せられた。
そんなものは決まってる。ボクが『ウル』になってから、それがボクを形作っている根幹なんだから。
「ボクはこの世界を楽しみたい。あちこちを旅して、おいしいものや面白いものを見つけて、一緒に笑い会える人たちと出会いたい。そんな風に好きなものを増やしていって――好きなものを守りたいんだ」
当然、即答だ。それがボクの望むことで、ボクに望まれたこと。それが『ウル』っていう存在なんだ。
「――そっか、わかった」
ボクの答えを聞いたリクスは何か妙にすっきりしたような顔になったかと思うと、それ以上のことを聞いてくることはなかった。
……受け入れてくれた、のかな? だといいんだけどなー。




