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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
72/197

開戦

「……本当に影も形もないな。本当に攻撃があったのかな?」

「でなきゃ騎士団が動いて緊急依頼が出されるような事態になるかよ。気をつけろよリクス、ひょっとしたら地面の下かもしれないぞ」


 時々会話を交わしながらも警戒は解かずに進んでいく。……もうけっこう街から離れたな。もう五百ピスカくらいは来てるね。他の臨険士(フェイサー)の人たちもかなり広範囲に散らばってるみたいだけど、さすがにもう何か見つかってもいいんじゃ――


「――あれ?」


 そんなことを考えてたら、不調ながらも展開しっぱなしだった『探査』の感知領域に何かが引っかかった。現状だとかなり広い範囲で何かがおかしいくらいしか感じられないけど、このタイミングでまさか無関係ってことはないだろう。


「どうしたの、ウル?」

「えーっと……向こうの方がなんか変なんだ」


 ボクの漏らした声をすかさず察知したらしいシェリアに対して異常があった辺りを指さしながら、何か見えやしないかと目を凝らす。……うん、特に何も見えないな。


「何もないように見えるけど、どうしようか?」

「……あてもなく探すよりはマシじゃないかしら? リクス、ケレン!」


 いまいち自信が持てずにシェリアにどうしようかと尋ねてみると、彼女はほとんどためらうことなく残りの二人を呼んだ。


「なんだなんだ?」

「何か見つけたのか、二人とも?」

「……ウルがあの辺り、怪しいって言ってるわ」


 そう言ってシェリアがさっきボクが指し示した辺りを指さすと、リクスとケレンはその先に視線を向けて何もない空間にそろって首をかしげた。


「……なんかあるようには見えないんだが?」

「……わたしもそう見えるわ」

「いやおい、どういうことだよウル」

「まあなんていうか、今ちょっと調子悪いみたいであの辺がなんか変としかボクにも言いようがないんだけど、変なのには違いないから調べた方がいいかなって……」


 二人にはボクの正体を知らせてないし、ボク自身も不調の原因がわからないしで曖昧なことしか言えない。最悪ちょっと行ってくるってボクだけで行った方がいいかな?

 そんなやりとりの間、じっと何もない空間を見ていたリクスは唐突に頷くと、ボクたちに向き直ってきっぱりと言った。


「行ってみよう。ここまで何もなかったのにウルが急に変だって言うなら、きっと何かがあるんだ」


 なんか知らないけどものすごく信用されてるみたいだ。一見何もない所をボクの言葉一つで調べようなんて、いつの間にそこまで信用度が上がったんだろう。まあ話は早いから野暮な突っ込みはやめておこうっと。


「お前がそう言うならおれに否やはないけどな、一応ハインツさんに声かけてからにしようぜ」

「わかってる」


 そうしてボクたちは少し離れたところにいたハインツたち『永遠の栄光』に一旦合流した。


「――というわけで、おれ達はウルの言った辺りを調べてみます」


 かいつまんだリクスの報告を聞いたハインツは一瞬ボクの方を見たかと思うとすぐに頷いた。


「何かあるかもしれないならそっちの方がいいな。俺達も行こう。――イルバス、合流してくれ!」


 そうやってハインツが声を張り上げたけど、なぜか返事がない。不審に思ったハインツが首を巡らせた先を見れば、駆け寄ってくる途中でなぜか一方向を凝視して固まっている『轟く咆吼』の姿があった。


「おい、どうし……」


 そんな彼らの視線の先を追ったイルバスが驚愕に目を見開く。同じように視線をたどったボクの目にもそいつが映った。

 ちょうどボクが怪しいって言った辺り。ついさっきまで何もなかったはずのそこに、何か揺らめきのような残滓が残る中でいつの間にか特大の建造物がでんと居座っていた。博覧会の会場になった建物くらいはあるだろうか、やたらゴツゴツとした厳めしいお城のような外見の明らかな人工物だ。


「な、なんだあれ!?」

「おい、マジで当たりかよ……」

「……」


 他のみんなも気づいたようで驚き立ち尽くす中、その建造物の外側に取り付けられている厳つい装飾のような部分が次々と動き出す。遠目から見るその様子が、前の世界の記憶にある近未来を舞台にした戦争映画の一場面を連想させた。


「……まさか、要塞?」


 その呟きに答えるように厳つい装飾の先端に光がともり、次の瞬間プルストの街に向かっていくつもの特大の光弾が飛んでいき、『緊急城壁』の青い光の壁に当たっては爆音を伴って弾けた。

 ……え、ちょ、ホントに要塞!? なんで街からすぐのこんなところにそんなものがあるのさ!? 前の世界の記憶にあるゲームとかじゃ機械系のモンスターとかが普通にエンカウントしてたけど、この世界もそんなノリがあったりするの!?


「……ねぇ、外の世界じゃあんな特大の魔導体(ワーカー)なんかが魔物みたく普通に出没したりするの?」

「――んなわけあるか、あってたまるか!!」


 ボクがおそるおそる発した問いかけはケレンの絶叫が否定してくれた。だよね、あんなあからさまな人工物がその辺で湧出(ポップ)するとか普通ないよね。よかった。


「……ねぇ、今のを撃ったやつ、こっちに向いてるように見えるんだけど」


 そんな安堵もつかの間に、シェリアが緊張をはらんだ声を上げた。言われてよく見ればさっきの攻撃を放った部分――砲塔がそれぞれてんでバラバラのように向きを変えているんだけど、そのうち一つがどう見てもこっちを狙ってるようにしか見えない。


「やばい、逃げ――」


 ハインツの警告が終わるのを待つことなく、砲塔に収束した魔力の輝きが宿った。視界の端でケインが新調したばかりの杖を構えるのが見える。確か『障壁』の魔導式(マギス)が搭載されてたはずだけど、どう頑張ってもあの規模の戦術魔導器(クラフト)相手じゃあってない程度の出力しかない。

 躊躇する暇もなく特大の光弾が発射されようとするのを見て、咄嗟に両手を前に掲げた。


呼出(アウェイク)重層結界(マルチシールド)!」


 術式登録(ショートカット)を叫ぶと同時に向こうから放たれた特大の光弾は、瞬時に両腕の上に描かれた魔導回路(サーキット)によって起動した四重の『障壁』に真っ向からぶつかった。わずかな拮抗の直後に一枚目が破壊されたのを感じ、即座に現状扱える魔力のありったけを魔導式(マギス)に込める。

 続く二枚目も魔力の供給が追いつく前に突破されたけど、その時間差でなんとか強化の間に合った三枚目でほとんど威力を殺しきり、四枚目の表面であっけなく霧散した。


「……あっぶなかったー」


 まさか『平常』の出力であんな規模の大きい攻性魔導式(マギス)を防ぐハメになるとは思ってもみなかったから内心冷や冷やものだったけど、なんとかしのげたみたいだ。

 安堵の息に肩を下ろした次の瞬間、身体を動かすための魔力までかなり使ったせいで姿勢を維持できずに倒れ込みそうになる。


「ウルっ!!」


 そうしたら血相を変えたシェリアが駆け寄ってきて、咄嗟に身体を支えてくれた。おかげでかっこうわるく倒れるのは免れたけど、ボクの体重を支えるのはなかなか骨が折れることだ。さすがにそんな重労働を女の子にさせられるわけもなく、大急ぎで新しく生成された魔力を分配して動くのに必要最低限を確保する。


「ありがと、シェリア。ちょっと魔力を使いすぎただけだからもう大丈夫だよ」


 体勢を整えつつ言って軽く周囲を見回した。ここ以外にも砲弾が飛んでいった場所はあるようで、見える範囲で十を超える場所で土煙が上がっている。しかもめくれ上がった土の匂いに混じって、かすかに鉄さびにも似た異臭を優秀な嗅覚機能が嗅ぎ取った。加えて悲鳴とも苦悶とも取れる声も拾ったことを考えれば、この付近で偵察をしていた臨険士(フェイサー)の間にかなりの被害が出たことは間違いない。

 チラリと砲塔の様子を見れば、さっきまでこっちを向いていたものも含めてほとんど全部が砲口をプルストの方へと向けている。たぶん今のは比較的近くにいた相手への牽制射撃みたいなものだったんだろう。この要塞に近づくのは危険だとボクたちに刻み込むためのもので、実際ついでのように軽くなぎ払われた命の存在が身を以て教えてくれている。

 ……これはあまり楽観できる状況じゃないね。『平常』状態の魔素反応炉(マナリアクター)の出力じゃ一撃を防ぐだけで精一杯なら、最低でも『本気』を出さないとならないような事態だ。もしかしなくても『全力』案件かもしれない。

 けど、今はまだボクが『全力』を出すための条件がそろっていない。登録者(レジスター)の条件を満たしているのは今のところシェリアだけだ。それだって条件を満たしているだけで登録自体はしていないから今はなんの意味もない。

 ボクが最善の方策を探している間にも要塞の砲塔に容赦のない砲撃の光が次々と点り、はるか前方へと放たれては地面を耕し『緊急城壁』を叩いていく。どうやら向こうは待ってくれる気はさらさらないらしい。まあ期待するだけ無駄だよね、知ってた。


「……出力変更(アウトプットシフト)戦闘水準(レベルアーム)


 とりあえずもう一度狙われた時に余裕を持って防げるように、魔素反応炉(マナリアクター)の出力を一段階上げておくことにした。稼働率が高まり溢れんばかりに生み出される魔力を身体の隅々まで行き渡らせ、身体を淡い緋色に染め上げる。


「みんな、いったん戻ろう。今の状態じゃあれはちょっと無理だと思うんだ」


 雨あられと砲弾を撃ち出す要塞を視界の端に収めつつ、まわりをぐるりと見回してそう言った。そうすればずっとボクのことを注視していたらしいシェリアを除いた戸惑い顔の群の中から、おそるおそるといった様子でリクスが口を開いた。


「……ウル、今のはその――君がやったのか?」


 どうやらさっき特大の光弾を防いだことに驚いていたようだ。まあ確かにあんなのが真っ正面から突っ込んできたら普通死んだと思うよね。でもゴメンね、今はどう考えても非常事態だから後にしてくれないかな?


「一応そうだよって言っておくけど、詳しい話は後にして。まずは戻って騎士団の人たちと合流しよう。最低でもあそこにあった戦術魔導器(クラフト)とか魔導体(ワーカー)でもなければどうにもなりそうにないと思うよ」


 現状ボクが『全力』を出せない状態なら、次点の最大火力を持ってるのはプルストの騎士団だ。用意されている物によってはそれだけでカタがつく問題かもしれないから、それならわざわざボクが目立つ必要もない。一応自前の火力としてサンダロアを撃つっていう選択肢があるけど、あんな拠点兵器の目の前で悠長にチャージなんてしてられないしね。


「早く戻ろう。またあの砲撃がこっちに飛んでくるかもしれないよ?」

「……そうだな、あれは俺達の手には余る。ひとまずはこの街の騎士団に任せよう」


 軽く脅しを込めながらもう一度促せば、一番早く我に返ったハインツがみんなを促した。そうしてどうにも納得がいかない様子ながらも、とにかくきびすを返して撤退を始める。もしも砲弾が飛んできた時に備えてボクは要塞の様子をうかがいつつ、みんなの一番後ろをついて行く。


「――ウル、よかったの?」


 そんな中でボクの行く少し前を行くシェリアが小さく気遣わしげな口調でそう聞いてきた。主語が抜けてるせいで一瞬なんのことかわからなかったけど、彼女が心配するようなことはお互いに共有する秘密くらいしかないとすぐに思い至って苦笑した。


「みんなを守るために、背に腹は代えられないからね。状況次第じゃ説明しなきゃならないかもしれないし。あ、でもそれでボクの秘密が知れ渡ってもシェリアのことは絶対に口にしないから、そこだけは安心してほしいな」

「……そう。あなたが納得してるなら、わたしは何も言わないわ」

「うん、心配してくれてありがとう」

「気にしないで。友達でしょ」


 そんな会話を交わしている間にも、頭上をいくつもの砲弾が飛び越していく。今のところ直接こっちを狙ったり流れ弾だったりはないようだけど、その分きっちり『緊急城壁』とその周辺に着弾しているから騎士団の人たちが心配だ。一応遠目には『障壁』系の魔導器(クラフト)でも作動させているのか布陣している辺りに光の壁が形成されているのが見えるけど、魔力が尽きれば当然のことながらなくなる。それは『緊急城壁』の方も同様のはずで、このまま防御するだけじゃジリ貧になってしまう。

 そんなボクの心配が届いたのか、飛んでいく砲弾の間隙を突くように騎士団のまわりにある障壁が消えたかと思うと、整然と並べられた戦術魔導器(クラフト)及び魔導体(ワーカー)から一斉に砲撃が発射されるのが見えた。敵要塞の攻撃と比べても劣らない数の大小様々な砲弾が頭の上を通過したのを見て、反射的にその軌跡を追って振り返る。真っ直ぐに目標に向かって飛んでいく砲弾の群が命中するかと思えた瞬間、要塞は攻撃を中断したかと思うと揺らめくように景色の中に姿を消した。

 思わず目を疑った次の瞬間、ついさっきまで要塞があった辺りでしっかりと騎士団が放った砲弾が炸裂するのが見えた。ただし、それは要塞本隊に命中したというよりはその手前で何かに阻まれた感じだ。

 ……ひょっとして『障壁』系の術式に光学迷彩とかそんな感じの機能を盛り込んであるのかな? それなら突然現れたように見えるのも納得だね。

 再び揺らめきと共に姿を現した要塞はお返しとばかりに猛然と砲撃を行うけど、その頃にはついさっき途切れた間に発射された騎士団側の次弾が迫っている。またも砲撃を中断して姿を消しつつ騎士団の攻撃を防ぐ間に、同じように攻撃を中断して飛んできた要塞の砲撃を光の壁で防ぐ騎士団。

 そんな感じでボクたちが駆け戻る間に派手な砲撃戦は撃っては防いで、防いでは撃ってって感じの応酬に移行してきた。なんかある種のターン制バトルみたいになったけど、このままだとどっちかの魔力が尽きるまでこの状態が延々と続くことになるんじゃないかな?

 そんなことを心配しているうちにボクたちは無事騎士団の元に辿り着いた。前の作戦説明にあった通り、『緊急城壁』内で待機していた人や物資が今は外側で広く陣形を組んでいて、攻撃や防御の指示なんだろう怒号がひっきりなしに飛び交っている。

 要塞から飛んでくる砲弾があるからそれに巻き込まれないように少し離れたところでいったん止まって、砲撃が途切れるタイミングに合わせて防御の内側まで駆け込んだ。その時周囲を警戒していた騎士の人に誰何されたけど、ハインツが緊急依頼の依頼票を見せるとすぐに通してくれる。どうやらボクたちの他にも手に負えないと判断して戻ってきた臨険士(フェイサー)が何人もいるみたいだ。まあ、普通ならそう判断して当然だろうね。

 ついでに騎士団の人たちの様子を尋ねると、砲撃の応酬を繰り返すかたわらで合流してきた増援と合わせて別働隊を編成しているところらしい。なんでも機工兵器をお互いに持っている場合の大規模戦闘の場合、砲撃で相手を牽制している間に別働隊で接近して制圧するのが定石らしい。本来なら人間同士の戦争で使うような戦術だけど、現状の膠着状態がまさに当てはまるらしく、打開策の一つとして決行するとのことだ。



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