緊急
ざわざわと落ち着きのない発表会の場から抜け出して階段を下りると、ボクの目に飛び込んできたのは続々と博覧会会場に流れこんでくる一般の人たちだった。ただ、誰も彼もが不安そうな顔をしているところを見ると展示品を目当てに来たってわけじゃなさそうだ。緊急事態ってことで避難してきたのかな? この会場になってる建物、規模としては避難場所にうってつけだしね。
とりあえず様子を見るには外に出なきゃいけないから、人の流れに逆らって入り口をくぐる。こっちの世界の平均身長よりは小柄なボクには人の群の中じゃなかなかまわりの様子が見えなかったけど、通りまで出ればその余裕も出てくる。
ざっと見回してみれば、プルストの街を囲うように青く光る壁が発生しているのが見えた。地面から真っ直ぐに立ち上っているらしいそれは一定の間隔で角を作って街全体をぐるりと囲っている。高さは五階建ての建物よりも更に二、三階分は高いくらいで、天井部分はないのか自然な青空が広がっていた。さながら上面のない多角柱ってところかな? 柱って言い張るにはかなり平べったいことになるけど。あと、『障壁』の魔導式の性質からして平面になるのはしかたないとして、上空からの攻撃があったときとかあんまり意味がないんじゃないかな? ある意味正しく『城壁』だけどさ。
「――ウル!」
そんな風に『緊急城壁』の構造に首をかしげていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。そっちを見ればリクスを初めとしたパーティ仲間が人の流れを避けつつ駆け寄ってくるのが見える。どうやら三人も緊急事態と判断して会場から飛び出してきたみたいだ。緊急事態だってわかっているからか、それぞれがいつでも武器を使えるように構えているようだ。
「良かった、合流できたな」
「この人混みの中からよくボクのこと見つけたね。身長的に埋もれてたと思うけど」
「そんなもん一発でわかるだろ。お前みたいに四六時中頭から外套を被ってる奴なんてそうそういないっての」
あーそっか。もう外歩く時のデフォルトになってて意識してないけど、フードまで被って全身すっぽり覆ってたらそりゃ目立つか。最近じゃ寝る時くらいしか脱いでないんだよね。おかげで同室になってる女性の皆様方から珍しい髪だからって散々いじられた。
まあそれはどうでもいいとして、現状把握が最優先だ。この世界の大先輩になるみんなにも聞いてみるとしよう。
「何か襲撃でもあったんじゃないかって思って出てきたんだけど、リクスたちはどう思う?」
「襲撃どころの騒ぎじゃないぜ。『緊急城壁』が作動するなんて異常発生か他の国との戦争くらいだ。プルストは国境から遠いし、たぶん異常発生の方だろうな」
ケレンの言葉は普段通りのようでいながらどこか緊張をはらんでいる。異常発生って、たしか魔物が大量に湧いて出る現象だよね? 戦争にしろ軍隊規模が相手みたいだし、今こそ『兵器』なボクの出番って気がするね。
「そういう時って街の人はどうするの?」
「だいたいは普通の人なら家の地下室か、近くにある避難場所に指定されてる建物に避難することになってるはずだよ。騎士団の関係者ならたぶん非常呼集がかけられると思う」
なるほど、やっぱりさっき博覧会会場に流れこんできてたのは避難する街の人たちだったわけだ。あそこは展示会ができるほどに広くて大きいし、造りもしっかりしてそうだしね。
「リクスたちは避難しないの? 会場が避難場所になってるみたいだったけど」
「馬鹿言え。魔物の群が出てきたってのに、そこから逃げる臨険士がどこにいるよ?」
「何か緊急事態が起こった時は、たいてい組合から緊急依頼が出ることになってるらしい。おれ達はそっちを確認して、緊急依頼が出てるならそれを受けようと思ってる」
なんでもカッパーランク以上が受けられるそうで、得られる報酬も昇格点も通常の依頼とは段違いらしい。ただし、その性質上だいたいは討伐系の依頼になる上に事前情報も少なくなるから危険度は高い。まあ当然だろうね、そういった危険手当みたいなのも含まれてのリターンだろうし。
とりあえず現状聞けそうなことは聞けた。緊急依頼を受けに行くなら組合に行くんだろうし、依頼が出るなら多少は情報もあるだろうからそっちに行った方が早いかな?
そう結論付けると、短いやりとりで方針を決めてから組合へ向かった。場所は初日に観光した時にバッチリおさえてあるから問題ない。
そして組合に到着すると、かなり慌ただしい様子が簡単にうかがえた。臨険士らしき人たちが何人も建物に駆け込んでいき、同じくらいの勢いで飛び出してはある方向に向かって駆け去っていく。入ってみればレイベアの支部と似たような雰囲気の中、溢れそうな人の間をいくつもの大声が飛び交っていた。
ざっと見回して緊急依頼の依頼票を配っている場所を見つけ、押し合いへし合いしている間にそろって割り込んでいった。しばらくの奮闘の後、簡潔すぎる依頼票をなんとか確保して係の人の指示通りに受領手続きに回る。
「――以上で登録は終わりです! 現状で組合が把握している情報をお伝えします!」
だいぶん省略した手続きを終えた緊張を滲ませる担当の人によれば、不意に飛来した何らかの攻撃によって街の外縁部にある建物がいくつか破壊されたらしい。それに対して街の防衛を担当する人が追撃を警戒して『緊急城壁』を起動すると同時に騎士団への出動を要請、現在集結中とのこと。臨険士組合も不測の事態に備えるべく、緊急依頼を出したようだ。
「――臨険士のみなさんは、攻撃があったと思われる西側へ向かってください!」
「わかった! みんな、行こう!」
言うなり組合を飛び出すリクス。ボクたちも置いて行かれないように大急ぎで後を追いかけたけど……なんか違和感があるんだよね。
「ねぇケレン、これ本当に異常発生だと思う?」
「あん? どういうことだ?」
隣を走るいぶかしそうなケレンに違和感を言葉にしてぶつけてみる。
「大量の魔物が近づいてきたら、普通それに気づいた時点で警報とか警告とかを出して『緊急城壁』を起動すると思うんだけど、さっきの人の言い方だと攻撃されたから慌てて起動したように聞こえたんだよね」
「……確かにそうね」
ボクの言い分に対してすぐ後ろに続くシェリアが頷いた。たぶん、発表会で感じた変な揺れと音がその攻撃だと思うんだよね。
「つまりは見えない場所から一方的に攻撃された状態なんだと思うんだ。ボクはあんまり魔物の種類とかに詳しくはないんだけど、そんなことができる魔物っている?」
「いやまあ、鱗翼鳥とか下級竜とか探せばいくらでもいるだろうが……」
「そういうやつの接近って、気づかないものなの?」
「……そりゃあり得ないな。『緊急城壁』で防がなきゃならないような攻撃をしてくる奴はたいていでかいから、攻撃される距離なら見えないってことはないはずだ」
だよね? 里のある秘境でも強力な遠距離攻撃をしてくる奴はたいてい大きかったことからの推測だけど、外の常識と差がなくて良かった。
「――で、そんなことを言ってどうする気なんだ?」
「え? 別にどうも。何か判断しようにも情報が少ないし、現場に向かうのは変わらないよ。ただ、普通とは違いそうだって心に留めておいたらいいんじゃないかなって思っただけ」
誰だって予想外の事態に陥ったりしたら混乱するだろうし、それは簡単に隙に繋がることだろう。普段ならともかく、これから行こうとしてる先には十中八九街に攻撃を仕掛けてくるような何かがいる。命の危険もあるような場所で動揺するのはどう考えても危険だと思う。機工の身体のボクならともかく、生身の仲間にはどんなことがあっても受ける衝撃を和らげられるように是非とも構えておいてもらいたい。せっかく仲良くなったのに、こんなところであっさりお別れなんて絶対にイヤだ。
「ウル……お前本当に成人したてなのかよ? 見た目はまるっきり子供なのに、この状況でなんでそこまで考えられるんだ?」
「……ボク、やればできる子だから」
そうしたらなぜかケレンに感心二割呆れ八割の目を向けられたので、適当な言い訳を口にしつつにっこり笑ってごまかしておく。まさかの人生を留年してるなんて言えないよね。前の世界の記憶によれば今の倍以上は生きてたみたいだし、充実した教育に多種多様な知識や物語のことを考えれば、この世界での年相応とズレが出てもしかたないと思うんだ。
それはともかく、しばらくしてプルストの街の西端にたどり着いた。組合じゃおおざっぱに西側としか言われてなかったから具体的にはどうすればいいのかってことに走ってる途中で気がついたけど、その心配は行く先で集まっている臨険士のみなさんを見つけたことで杞憂になった。
建物が少なくなってちょっとした広場になっているそこにはすでに五十人以上の人が集まっているようで、ボクたちの後からも続々とやってきている。この街の臨険士が全員集合してるんじゃないかってくらいだ。そして戦闘の方では臨険士とは違ってそろいの金属鎧を身につけた人たちが声を張り上げている。外套も同じ紋章が縫い取られたおそろいだし、たぶんプルストの騎士団の人たちだろう。
「――よって我々が求めるのは予想される敵対勢力の発見、及び不測に対する臨機応変な対処能力である! 現段階で待ち受ける危険は計り知れないが、臨険士たる諸君らにとってはそれも日常であろう! 各自の奮闘を期待する!」
……どうやら何かの説明をしてる途中だったみたいだね。最後の方だけだとなんの話か全然わからない。聞きに行った方がいいのかな? それとも待ってたらリピートしてくれたりするのかな?
「――ハインツさん!」
この後どうしたらいいのかと首をかしげていると、唐突にリクスが声を上げた。そのまま集まりの中に分け入っていく先を見れば、アリィの護衛依頼の実質リーダーなハインツがいた。まわりには『永遠の栄光』の面々と、ついでに『轟く咆吼』も集まってるみたいだ。
「お、『暁の誓い』か。お前達も参加するんだな。今来たところか?」
「はい! 緊急依頼も初めてなので、できればいろいろと教えてください!」
気合い充分といった様子のリクスを見たハインツは不敵な笑みを浮かべた。
「なに、やることは普段と変わらないさ。全体に合わせて動きつつ、自分達のやりやすいように、無駄に死なないように、だ。ただ、今回はどうも特殊みたいだから十分に気をつけろ」
「特殊って言いました? そこんとこ詳しく教えてもらえませんかね?」
その言葉に反応したケレンが尋ねると、ハインツは丁寧に教えてくれた。一言で言えば、敵の姿がまったくこれっぽっちも見えないらしい。
騎士団からの説明によれば、突然飛来した攻撃によって街の西端にあった施設が完全に崩落。たまたま近くを警邏中だった騎士の人たちがその様子を目の当たりにして、呆然としながらもほとんど反射と言っていいくらいの職業意識で『緊急城壁』の起動を要請する信号を発したらしい。
日頃の訓練のおかげで即座に『緊急城壁』が展開されて、まず付近にいた騎士団員が集合したけれど、攻撃が飛んできたと思われる方向にいくら目をこらしても敵らしき姿は影も形も見あたらない。ひとまず警戒しつつも施設の崩落に巻き込まれた人たちを救助しながら騎士団の本隊が到着するのを待っているのが現状だそうだ。
「さっき騎士団に配備されてる魔導体が何台も通っていったから、集結自体はそろそろ終わるころだろう。それで今さっき騎士団から俺達臨険士に振られた役目の説明があったわけだ」
騎士団の計画によれば、魔導体を含んだ騎士団本隊を主力として、その周囲に臨険士を配置して遊撃を担当してもらうとのこと。探索から戦闘までなんでもござれな職業として索敵及び伝令役として期待されているようだ。確かに敵の姿が見えない状況じゃ、身軽に動ける臨険士の方が周辺警戒とかは向いてるだろうね。適材適所ってやつだ。
「わかりました! おれ達はハインツさんの近くにいた方がいいですか?」
「そうだな、多少でも知った顔の方が連携は取りやすいだろうし、そうしてくれると助かる。『轟く咆吼』もいいか?」
振り返って声をかけたハインツに対して、『轟く咆吼』がそれぞれ承諾の声を返した。……イルバスの声が微妙に不満げだったのは気のせいだってことにしておこう。




