調達
一章開始に伴い作品タイトルに副題を追加しました。
「――ということになったんだ」
〈なるほど、わたし達にとって実にありがたい状況だと思います〉
ベッドの上で仰向けに寝っ転がりながら、無線魔伝機越しに諸々のことを伝える。
「だから二、三人こっちに来てもらっていい? 確か何人か外に出たがってた子がいたよね?」
〈はい、人選はお任せください。シグレ、ヒエイ、タチバナあたりがいいでしょう〉
「あれ、コハクはいいの? 外の世界のこと興味津々だったよね」
〈今回は遠慮させてもらいます。わたし達のことがある程度世界に知られてからの方がより自由に世界を見られそうですから〉
通話先の真面目な相手が前に言っていたことを思い出して聞き返せば、そんな風にハキハキとした答えが返ってきた。確かに今回はあんまり目立つようじゃ困ったことになるからね。
「それもそうだね。今のままじゃあんまり羽目を外したりできなさそうだし」
〈それに、今は勝ち取ったこのお役目をむざむざ誰かに奪われるわけにはいけませんから!〉
「あーうん、そうかそうか……」
妙に気合いに満ちあふれた宣言にどう返していいかわからず、当たり障りなく相槌を打つ。なんで無線魔伝機の応対役なんていう実質電話番みたいな役目に嬉々として取り組めるのかな? 何かあった時に緊急で対応できることは重要だとはいえ、連絡してくる相手はボクだけでそう頻繁なものじゃないし、日がな一日通信機と睨めっこしているだけなんてボクにはとうてい耐えられそうにない。
なのに当時はなぜかこの役目に志願する子が後から後から出てきて危うく決闘騒ぎになりかかり、結局公平を期するためにもくじ引きを行う羽目になった。その結果あたりを引き当てた時のコハクの喜びに満ちあふれた笑顔と、他の子たちの落胆やコハクへ向けられる羨望といった光景が非常に印象的だった。なぜだ、電話番なんて閑職の代表例だろうに。偏見が入ってるのは認めるけど、解せぬ。
「まあとにかくお願いね。道中問題を起こさないように注意だけしといて」
〈わかりました。つきましては予備の無線魔伝機を持たせたいと思うんですけど、許可いただけますか?〉
「あ、それいいね。それならこっちに来るまで定期的に現在地を知らせるようにしてくれるといいな」
〈はい、もちろん!〉
「じゃ、よろしくね。オーバー」
最後に一段と上がったコハクのテンションに首をかしげつつも通話を終了した。そのまま無線魔伝機を脇に置いて、軽く反動を付けて身体を起こす。
「連絡はこれでいいとして……この後どうしようかな?」
独りごちながら何となく首を巡らせてまわりを見る。
今いるのは公爵家の客間の一つだ。ボクの滞在用にって案内されたんだけど、内装は意外なくらいに地味だった。大貴族様の家なんだからもっとこう、豪華な絵とか金銀宝石で装飾された家具とかをイメージしていた。
まあそんなものに囲まれてたら落ち着ける気がしないから意外に思いつつも安心していたんだけど、よく見ればクローゼットは木材なのに鏡みたいに顔が映ったりテーブルの側面には緻密な彫刻があったり布団の刺繍がもはや絵だったりと、さりげないところに技術の粋が込められているのに気づいた。実は地味どころか派手なものを飾るよりもよっぽどお金をかけてるんじゃないかな。でもガイウスおじさんのイメージには合ってるから納得はできる。そんなに長く話したわけじゃないけど、イルナばーちゃんの話と合わせて考えれば陰で苦労してそれを誇らない人って感じがした。
そんな見る人が見れば感激して芸術鑑賞に突入したりするんだろうけど、そっち方面にはうといボクとしては『すごいなぁ』程度のもの。部屋に籠もっててもやることはないし、さっそくだけど王都の観光としゃれ込みますか。
さて、そうと決まれば行動だ。さしあたって――
「――お金がいるかな」
そう、貨幣経済の中で食べ物なり道具なり娯楽なり、何かが欲しければお金がいる。観光ならなおさらに。
そして現在のボクは無一文。今まで秘境の中で自給自足だったからそもそも『お金』の概念すら存在しなかった。そのままじゃ一から経済について学ばなければいけなかっただろうから、その点は前の世界の記憶に感謝だ。
「よし、プランAだ」
宣言しながらベッドの足に引っかけてあった鞄をひっつかみ、ベッドに転がっている無線魔伝機はそのまま放っておいて部屋を出た。貴族様の屋敷の関係者ならいそうろうとはいえお客のものを盗むなんてしないだろうし、邪魔なものは置いて行くに限る。
鞄の中にはさっきガイウスおじさんに渡した緋白金のの欠片以外にも、イルナばーちゃんの研究所で見繕ってきた換金できそうな貴金属や貴石類が少しだけど突っ込んである。これをどこかで売ってお金にしようって寸法だ。ただし何がどれだけの値段で売れるかわからないから、下手したら二束三文にしかならない可能性もある。その場合はプランB、日雇いの仕事を探してお金を稼ぐしかないかな。
「とりあえずおじさんのとこに行こっと」
外出の断りを入れがてら手持ちのブツを鑑定してもらおう。なにせお貴族様だ、宝石とかの鑑定眼もある程度持っているに違いない。
そんなことを考えながらさっき案内された道を逆にたどって、ほどなくガイウスおじさんの書斎にたどり着いた。
「ガイウスおじさん、入っていい?」
ノックしながら声をかければすぐに応じる声があったので遠慮なく扉を開く。そしたら持ち込んだ記写述機の前に陣取っているガイウスおじさんとジュナスさんがいた。さっそく遺書の内容を確かめてるらしい。まあ量が量だしね、時間がある時に読み進めないといつまで経っても終わらないだろうな。
「どうした? 何か不便でもあったか?」
「えっと――」
画面から少しだけ視線を外したおじさんが尋ねてきたので鑑定をお願いしようとして、ふと思いついた。
ガイウスおじさんはいい人だ。イルナばーちゃんに恩があるみたいで、初対面のボクにも色々と取りはからってくれる。
そして貴族様だ。しかも元とはいえ公爵家っていう貴族の中でもトップの位を持つ大貴族様だ。当然、お金もたくさん持っているに違いない。
なら、ちょっとおねだりしたらお小遣いくらい恵んでくれるんじゃないかな?
よし、そうとなればさっそくプランCだ。どうせダメ元なんだしやって損はない。顔も絶世クラスみたいだし、ちょっとだけあざとさも混ぜてみよう。
一瞬でそこまで考えて、腕を背中で組むと腰を引いて少し前屈みの姿勢に。正面に向けたままの顔をちょっと伏せて上目遣いになるよう調節してからにっこり笑顔を浮かべてなるべく明るい声音で――
「ガイウスおじさん、お小遣いちょーだい」
「ふむ、四十七点といったところだな。首の角度が甘いぞ」
……。
えーっと、真顔で即座に採点と寸評を返されるなんて予想してなかったからちょっとどう反応していいかわからないなぁ……。
そんな風に硬直してしまったボクの反応を見てジュナスさんは何か微笑ましいものを見るような表情を浮かべて、ガイウスおじさんに至ってはしてやったりといわんばかりな得意そうな顔で鼻を鳴らした。
「侮られたものだな。公爵家の当主であった私に、器量が良く態度も申し分ない者がこれまでどれほど迫ってきたと思っている? いくら媚びようがお前程度の仕掛け、動じる要素が欠片もないわ」
あーなるほど、ハニートラップへの耐性はすでに最大でしたか。くっそう、これボクが恥ずかしい想いをしただけじゃないか。ちょっと狙ってただけに悔しい。
「……出直してきまーす」
「待て、資金が必要なのだろう? 受け取らなくても良いのか?」
「へ?」
すごすご退散しようとしたボクだけど、おじさんからそんな風に声をかけられて思わず振り返ってまじまじと見つめた。さっきの流れからして、てっきり断られたのかと思ってた。
「いいの?」
「そのつもりだったのだろう。何が疑問なのだ?」
「だって、ボクの仕掛けなんか歯牙にもかけないって言われたし……」
「それとこれとは話が別だ。面倒は見ると言っておいたにも関わらず素直に頼まぬお前が悪い」
どうやら元からお小遣いくらいはくれる予定だったらしい。やっぱりおじさんはいい人だ。
「それで、いくら入り用なのだ? 一万ルミルまでなら無条件で出してやっても良いが」
「えーっと、それがどれくらいの価値なのかボクにはわからないから何とも言いようがないんだけど……」
そもそも通貨の単位も今初めて知った。そうか、この国じゃ『ルミル』っていうのか。
「ふむ……どうだったか、ジュナス」
「最近の物価ですと、そうですね、一万ルミルもあれば初期型の魔動車が即金で購入できるほどかと」
うん、具体的にどれくらいなのかはわからないけどお小遣いって言える額じゃないことだけはわかった。要するにあれだよね、前の世界で例えれば型遅れの新車が買えるくらいってことだよね? 恩人の子とはいえ、会ったばかりの相手にポンと出す額じゃないよねそれ。これがお金持ちの金銭感覚なのかな、怖すぎる。
「とりあえず魔動車なんか買う予定はないから、三食外で食べられる分に水増ししてくれればいいよ」
「そうか。ジュナス、どれほどになる?」
「それでしたら、五百ルミルもあれば十分かと」
「では用意してやれ。それと、身の証になるようなものを」
「かしこまりました」
指示されたジュナスさんが書斎の一角に備え付けられた棚に歩み寄ってその扉を開くと、中には金庫がでんと鎮座していた。一辺が腕の長さはありそうな本格的なやつだ。
複雑な形をした鍵でそれを開けて手を中に入れて作業することしばらく、手のひらに載る程度の巾着袋を持ち出して金庫を閉めた。
「こちらをどうぞ。ある程度少額の貨幣を混ぜておきましたので適宜ご利用ください」
「ありがとう」
差し出された型遅れした新車の二十分の一の価値があるらしい巾着袋を受け取ってさっそく中を確かめてみた。親指の先くらいの大きさをした銀貨が四枚、同じくらいの大きさの穴あき銀貨が一枚、一回り小さいくらいの銅貨が四枚に穴あき銅貨が一枚、そしてさらに小さい銅貨が五枚。それぞれどこかの誰かの横顔が彫られていて、順番に『百』『五十』『十』『五』『一』の数字が細かな細工と共に表面に彫られている。
「表面の数字と同じ価値ってことでいいかな?」
「左様でございます」
えーっと、四百足す五十足す四十足す五足す五で、五百ルミル。うん、確かに入ってるや。三回分の外食に水増し分だから、一食分はだいたい百五十ルミルかな?
「それと、その巾着袋には末端に当家の家紋が縫い取られております。何かありますればそれを見せるとよろしいでしょう」
言われて巾着袋を改めて見ると、確かに下の端に親指の爪サイズの刺繍があった。左右で二色に分けられた盾の表面に剣をくわえた狼、かな? かなり小さいのにそこまでちゃんと見分けられるのは素直にすごいと思う。
「わかった。じゃあさっそく王都を見てくるね」
「しばらくすれば昼食だが、今から出るのか?」
ああ、もうそんな時間なんだ。王都に着いたのは朝方だけど、色々話し込んだりしてたからなぁ。
「うん、食事をする必要はないからね」
「……先ほど茶を飲んでいたが、問題はないのか?」
「お腹は減らないけど、味はちゃんとわかるんだよ」
さっきも言ったと思うけど、重要なことだからもう一度言っておこう。
基本的に動くのに必要な分の魔力は何もしなくても魔素反応炉が髪と肺にあたる部分にある虹魔銀経由で大気中の魔素を集めて作ってくれるから、栄養補給的な意味での食事は本当にいらない。ただそれだとあんまりにも味気ないから、イルナばーちゃんに頼みこんで味を楽しめるような身体にしてもらっただけだ。一応食べたものを分解して魔素にしてから魔力に変換する機能もあるけど、どうしても効率が悪くなるから一度にたくさん食べることはできない。ただし液体は比較的変換しやすいらしい。
「以前茶をこぼしただけで動かなくなった魔導体を見たが、そういった心配はないようだな」
何か納得した様子のガイウスおじさんだったけど、そんな心配されてたんだボク。
「その魔導体、安物だったんじゃないかな? イルナばーちゃんの研究所にいたのは土砂降りの雨の中でも元気に動いてたし」
「……王室に卸された給仕補助用だったのだがな」
いいのか、王様に献上する物がそんなので。まあ屋内用って考えれば多少水に弱くても問題ないのかな。それか研究所のはイルナばーちゃんお手製だったからかな。なんにせよ、今は関係のない話だ。
「まあ機工だけど機工じゃないからね、ボクたちは。じゃ、行ってきます」
「晩餐までには戻れ。そこでお前を屋敷の者と引き合わせたい」
「いいけど、ボクのこと教えて大丈夫なの?」
「あの婆さまの縁者と伝えるだけだ。そうでなければ屋敷内で不審者として追われかねんぞ」
なるほど、確かに知らない相手が家の中をうろついてたら誰だって不審に思うよね。
「それはヤだな。わかった、日が暮れる頃には帰るよ」
そう言い残しておいてボクはガイウスおじさんの書斎を出た。
さてと、軍資金も無事に手に入ったことだし、初めての都会を存分に満喫しよう。