不穏
そうこうするうちに拡声器みたいな魔導器によって会場全体に博覧会の始まりを告げるアナウンスが響き渡った。それから少し間を置いて一般の見物人たちがわっと入ってきたのに合わせ、アリィに断りを入れるとパーティの仲間たちと共にブース巡りを開始した。興味があるって言ったのは嘘じゃないみたいで、ケレンもリクスも度々ブースの前で足を止めては展示品を好奇心に輝く目で見ている。シェリアはいつものようにポーカーフェイス気味だけど、時々気になる展示品を見つけるのか足を止めては担当者の解説にじっと耳を傾けている。
それぞれ思い思いに楽しんでいる様子に思わず笑みが浮かんだ。うんうん、こういうのは知識がなくても見てるだけでなんとなく楽しいんだよね。解説とか実演も一般人にわかりやすいようにって工夫されてるみたいだし、イベントとしてけっこう楽しい。うん、来て良かった。
――さてさて、ボクとしても他の展示も気になるところだけど、まずは『ダルクス武装研究所』のブースを見つけないとね。
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あの人はいつもそうでした。
魔導士なら誰もがうらやむ類い希な知性と、機工士なら誰もが憧れる極めて高度な技術を兼ね備えた、魔導の道を究めるためだけに存在しているかのような人でした。
魔導は素晴らしい。少し前までは石を何度も打ち付けなければ指先ほどの火を熾すことさえ難しかったというのに、今では少し魔力を流すだけで立木を焼き払える劫火を簡単に作り出すことができます。昔は何人もの人足を雇って運ばなければならなかったような物でも、たった一台の魔導体でどこへだって持っていくことができます。視界を埋め尽くすほどの魔物に相対しても絶望する必要はなく、魔導兵器の一つもあれば簡単に消し飛ばすことができるのです。
今までできなかったことを、誰もが簡単にできるようにしてくれる奇跡のような御業。魔導に憧れて、そしてその頂点といわれる人に運良く教えを請うことができるとなった時は有頂天になったものでした。
しかし、その人はあろうことか世の中に最も必要なはずの戦術魔導器を作ることを頑として拒んだのでした。誰がなんと言おうとも、それこそ国王から直々の依頼があった時ですら決して首を縦には振りませんでした。
作れないというならまだ諦めはつきましたが、あの人に限ってそんなことはありません。教えられた知識や技術の中にはれっきとした攻性魔導式の理論や術式があったのです。その気になりさえすれば有用な魔導兵器の一つや二つ、あっという間に設計して完成させてしまうことは想像に難くないでしょう。
だからそのことがどうしても納得できず、何度も何度も説得しようとしました。この世界がどれほど戦術魔導器を必要としているか、一つ魔導兵器が増えるだけでどれほどの人が救えるのか、声を枯らし喉を痛めるほどに力説しました。
しかし、そのたびにあの人は呆れたようなため息を吐いて聞き流すだけだでした。そして日用魔導器なんて物を作り出すのに精を出すばかりで、挙げ句の果てにあの鈍くさい狐女ばかりを可愛がっていたのです。
なぜです。他と比べて自分は教えを請うた人間の中でも特に優秀だったはずです。なのになぜ私の意見には耳もかさず、ただ最も早く弟子となったというだけの出来の悪い狐女の言葉は取り入れるのですか? 私よりもあの狐女の方が優れているとでもいうのですか?
痺れを切らした私が独自に戦術魔導器の開発を始めたのも当然の成り行きでしょう。しかしそれを知ったあの人はあろうことか私を糾弾し、放逐しました。そして寄る辺なく世界を放浪している間に届いた風の噂では、あの人は変わらず日用魔導器の開発ばかりに心血を注いでいるという。
なぜです、なぜなんですか! なぜあの人は今の自身が宝の持ち腐れであることに気づいてくれないんですか!? なぜその気になれば世界を救うこともできる力を存分に振るおうとしないんですか!? あの人が世界を救おうとしていれば、あの時リリカが死ぬこともなかったかもしれないのに!!
「……けれど、そんなもどかしい想いも今日までです」
そう、今日こそが転機となるでしょう。爪の先にも満たないほんの一欠片とはいえ、私はあの人の知識と技術を――確かな『力』を受け継いでいたのですから。それが歴史を変えたことを目の当たりにすれば、あの人も考えを変えるに違いありません。自分が間違っていたことを認め、私と共に歩んでくれるに決まっています。
そのためにもまず、行動を起こさなければ。そのついでに目障りな狐女を亡き者にできれば、あの人を惑わす者もいなくなってより円滑に話が進むことでしょう。
目的地にあの狐女がいることはすでに確認が取れています。後はお遊戯のためにおもちゃを持ち寄っている愚物共の鼻をあかし、あの人から受け継いだ私の『力』を存分に披露するのみ。
気が遠くなるほど待ち望んでいた瞬間がようやく訪れる期待に、自然と笑みが浮かびます。
「――いざ、参りましょう」
そして私は誰にともなく呟くと、私の最高傑作に命令を下しました。世界を変え、世界を守り、世界を救うために。
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「――となり、ここにヴェルマ方式を用いることによって効果はそのままに魔力伝導率を一割ほど増加させることに成功し、魔導式の起動速度をわずかに上昇させることが可能であると見込まれており――」
あー、そこはイルナばーちゃんの圧縮術式にしたら秒単位で、それでなくてもあそことあそこを削ってあそこをアーメス方式に書き換えたら目に見えて起動速度を上げられるのになー。
壇上に大きく広げて掲示してある魔導回路の拡大図面を、指示棒みたいなので指し示しながら得意げに語っている中年ハゲの研究者の人の話を聞きつつ、内心ではもっと効率のいい術式を当てはめてみながらため息を吐いた。
今日は魔導技術博覧会三日目。博覧会会場の二階にある大講義堂でいろいろな工房や研究所の代表による研究発表の真っ最中だ。ボクが一番楽しみにしていたイベント――なんだけど、なんていうか……思ってたのよりもずっとレベルが低かった。はっきり言ってがっかりだ。
「……イルナばーちゃん、ホントにすごかったんだなー」
「そうよ、お師匠様はすごい方だったんだから」
ボクのしみじみとした呟きをすぐ隣で拾ったアリィが、まるで自分のことみたいに誇らしげに胸を張った。うん、そうだね、今まさにすごく実感しているところだよ。
今まで比較対象がまったくいなかったからイルナばーちゃんに教えられたことがボクの中では標準だったんだけど、昨日今日と見ていた感じだと比較にならないくらいに高水準みたいだ。前の世界の記憶に例えて言うなら高校レベルの学力を持ってる状態で小学生の学習発表会に参加してるっていうのが一番近いんじゃないかな?
「……アリィはこれ、退屈じゃないの?」
「そんなことないわ。開示される魔導式をわたしならどうするか、もっとよくするにはどうするかって考えることができて、とても充実しているのよ」
発表の間ずっと楽しそうだったから聞いてみたところ、改善点があることを前提に見ていたらしい。無自覚のままナチュラルに上から目線の回答が返ってきた。
でもまあ、そうなるのもしかたない。今の発表だってその前だって前の前だって、ボクからすれば桁の少ない計算を一生懸命手計算しているのを眺めながら、同じ問題の答えを数秒の暗算だけで出してるような気分なんだ。目の前の発表会をしているのは子供じゃなくてほとんどがいい年したおっさんばかりだからかわいげとか微笑ましさとかはちっともないんだけど、ボクと同程度の教育を受けてきたと思われるアリィが似たような感覚でも不思議じゃない。まあたまに思ってもみなかった突拍子もない発想があって面白いけど、面白いだけであんまり参考にはならないんだよね。
そんな中で比較的マシな――さっきの例えに合わせるなら中学レベルの発表をした数少ない団体が『シュルノーム魔導器工房』と、忌々しいことに例の『ダルクス武装研究所』だった。アリィはさすがイルナばーちゃんの一番弟子って言うだけあって高度な技術を使いつつも丁寧に計算された術式理論を展開していた。
対してダルクスとかいう奴は得意分野らしい新式の攻性魔導式を発表していたけど、特大の筐体に載せることが前提の大規模かつ複雑怪奇な魔導回路は事前情報通り迷宮の見取り図みたいだった。しかもそれが基礎理論だけで、更に制御のための術式をいくつも組み合わせて初めて使えるようになるっていうとんでも魔導式だ。
悔しいけど、確かにイルナばーちゃんの組む術式と比べられるくらい高度なのは間違いない。……だけど、ボクに搭載されてる超高性能魔素反応炉の『本気』出力でも一時間くらい魔力をチャージした上でやっと撃てる魔導式なんてどうする気だろう? 撃てれば山の一つくらいは消し飛ばせそうだけど、実用からはほど遠い完全に浪漫兵器だ。展示品は威力重視ながらもちゃんと実用レベルの魔導器や魔導体だっただけに落差が激しい。さては研究馬鹿か? 実現する段階で弟子とか助手とかがデチューンしてるとか? イルナばーちゃんも似たようなことをやってたらしいし、ありそうだね。
もうだいぶん興味の薄れた研究発表を聞き流しつつ、これまで得られた情報からダルクスの粗探しをしていると、不意に地面がかすかに揺れた。それと同時に何かが爆発したかのような音がかすかに聞こえてくる。何、今の?
不審に思って辺りを見回すも、周りの人たちは発表会に集中しているのか気づいた様子はない。けどボクの感覚系は一般の人より優れてるからそのおかげで捉えられたんだろうし、気のせいってことはないはずだ。
そう思って何か変化がないかと様子をうかがっていると、低いサイレンみたいな音が聞こえてきた。これは……外からかな? 発表会の会場にある窓の向こうからけっこうなボリュームの音が響いてきている。
そしてサイレンみたいな音が届いた瞬間、会場がざわついて発表も止まった。
「――この音、警報!?」
隣の席に座っていたアリィもハッと顔を上げて不安そうに辺りを見回す。
「これ、なんの音か知ってるの?」
「『緊急城壁』を起動するときに鳴らすと決まっている警報音よ。試運転や年に一度の起動点検の時くらいしか聞いたことがないけど、なんで今……」
ああ、ケレンに解説してもらった街を覆う規模の『障壁』を展開する魔導器ね。そんな普段使わない用途の限られたものを使う状況になった、と。
「この街ができたばっかりってわけじゃないから試運転ってことはないだろうし、年に一度の点検がたまたま今日だったってことは?」
「この街に住んでるわけじゃないからわからないわ。でも、魔導技術博覧会の最中に点検があるんだったら主催している協会の方から連絡があるはずだし……」
まあそうだろうね。そもそも街を挙げての防災点検みたいな行事の最中にわざわざ博覧会をねじ込む必要もないだろうし。そうなれば答えは決まってる。
「何かが街を襲ってきたのかな? しかも『緊急城壁』が必要な規模なのが」
「そんな――!」
ごくごく単純な結論として呟くと、アリィの顔が目に見えて青ざめた。そんなに驚くことかな? 『守るため』の道具を使うなら、前提として『攻撃するモノ』の存在が当然だと思うけど。
「ちょっと様子を見てくるよ。アリィはここにいてね」
「ウル、危ないわ!」
「あれ、アリィはボクが何か忘れちゃったの?」
よいしょと席を立ったらとんでもないと言わんばかりの声で止められた。心配してくれるのは嬉しいけど、ボクをそこらの一般人と混同してるような言い分に悪戯っぽい調子で問い返せば、ハッとした様子で意見を引っ込めてくれた。
「……そうね。それでも、行くなら気をつけてね」
「ボクに関しては大丈夫だよ。せいぜいやりすぎて街を吹っ飛ばすかもしれないくらいだね」
「本当に気をつけてね!?」
あまりにも心配そうだったからちょっとした冗談を返したところ、顔色を変えて釘を刺された。え、なにその反応? ボクならやりかねないってこと? なんでそんなに信用ないの? 解せぬ。




