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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
63/197

中継

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「――逃がした獲物は、想像以上の大物だったか」


 漏れ聞こえてくる魔動車の反対側で行われているやりとりを聞くともなしに聞いていたら、思わず苦笑と共にそんな言葉が出てきた。

 ベイスがあの『虹髪』の勧誘に向かった時、やめておけと言ったのは事実だ。ああいう元から高い実力を持つ奴は、たいていの場合クセの強いやつがほとんどだ。そんな相手に話術や手練手管を使うわけでもなく強引に迫れば裏目に出るのは経験則として知っている上、ベイスは明らかに見た目からして与しやすそうだと侮っているところがあったからなおさらだ。

 ただまあ、万が一を期待しなかったと言えば嘘になる。なにせ成人間もない様子にもかかわらず、登録から一月経たずに一足飛びでカッパーランクのルビージェムド認定されるような奴だ。長じれば一層の高みに届くだろうというのは想像に難くないし、今の段階でも仲間にできれば戦力の増強は間違いない。

 加えて、ブレスファク王国全体を見ても数人しかいないプラチナランクの一人、『孤狼の銃牙』ロヴ・ヴェスパーが目をかけているときた。あの様子からしてパーティに迎えた後でも何くれとなく接してきそうだし、おまけ扱いでも臨険士(フェイサー)なら誰もが憧れる存在と他よりも親しくなれるのは万金にも代え難い特権だ。

 まあ勧誘の結果は案の定だったが、かといって有数の実力者に目をかけられている有望株と険悪な間柄になるのはどう考えてもまずい。なんとか穏便に済めばと頭を下げれば、ついさっき繰り広げられた惨状に反して穏和な態度で事なきを得た。あの時は思っていた以上にまともだった『虹髪』の性質に感謝したものだが、今の話を聞いた後ならむしろ俺が勧誘に行くべきだったと反省しきりだ。


「なんの話ですか、リーダー?」

「ハインツさんが獲物を逃すなんたぁ珍しいじゃねぇっすか」


 今の呟きを拾ったらしく、近くで思い思いに携行食を消費していたアマルとベイスが反応した。その様子からしてあの新人達のやりとりは聞いていないらしい。


「なに、『虹髪』の勧誘は俺が行くべきだったなって思っただけさ」

「あー、ベイスさんがあっさり振られた上に逆ギレしたあげく返り討ちにあったあれですか」

「うるさいなアマル! 手打ちの話はついてんだからチャラだろうが!」


 その時のことを思い出しているのかしみじみとした様子で頷くアマルにベイスが食ってかかる。


「でもそれ自分で謝りに行ったわけじゃないですよね?」

「ハインツさんが頭下げて、オレがハインツさんに頭下げてんだから同じだ!」


 アマルが小首をかしげながら他意を感じさせない調子で疑問を投げかければ、ベイスの方はいっそういきり立ったようにまくし立てる。アマルがパーティに入ってからそれなりの頻度で見るようになった光景で、もはや『永遠の栄光』の日常と化しているやりとりに思わず苦笑が漏れた。


「いや、アマルの言うことも一理ある。ベイス、機会を見つけて一度直接詫びを入れに行った方がいいぞ」

「ハインツさん!? オレに手打ちの済んだ話を蒸し返せって言うんすか!?」

「そんなことを気にするよりも、『虹髪』には誠意を見せておいた方がいいと思うぞ。あの性格からして蒸し返したところで気にしやしないだろうし、お前の印象を改善しておく方が後々有益そうだ」

「……まあハインツさんがそう言うなら」


 俺がそう言葉を重ねると、不承不承といった様子で首を縦に振るベイス。その様子を見ていたアマルが細くしなやかな尻尾をくねらせながらかくんと首をかしげる。


「謝るなんて簡単なことなのに、なんでそんなに嫌そうなんですか?」

「うるさい! 男にゃいろいろあるんだよ!」

「『虹髪』が子供だからですか? そんな相手に逆ギレして襲いかかったあげく、あっさり吹っ飛ばされたのが恥ずかしいからですか?」

「喧嘩売ってんのかてめぇっ!!」


 さらなる怒声を上げて得物に手を伸ばすベイスに対して、アマルは頭頂部にある耳を両手で押さえると変化の乏しい顔をしかめるだけだ。


「ベイスさん、急に大声出さないでください。びっくりするじゃないですか」

「うるっせぇっ!! もう我慢の限界だ! 今日という今日は――!」

「ベイス、そこまでにしておけ。仲間内での刃傷沙汰はリーダーとして看過できない。アマル、君ももっと言葉を選べ。あの時の騒動を忘れたわけじゃないだろう?」


 これ以上はさすがに収拾がつかなくなりそうだと感じて二人の間に割って入った。そうすることでベイスはなんとか暴発を抑え、アマルも「すみません、リーダー」と素直に頭を下げる。ここまでの流れも頻繁にではないとはいえしばしばあること、場を収めるのもそろそろ手慣れてきた感があるところにいっそうの苦笑が浮かぶ。

 そんな時にふと、特徴的な妙に重い足音が近づいてくるのに気がついた。振り返ってみれば、ちょうど頭の先からすっぽりとフード付きの外套を被った小柄な体躯が魔動車の影からひょっこりと現れた。


「あ、ハインツ、ちょっと聞きたいことができたんだけど」


 その親しい相手に対するような口調を聞いたベイスが顔をしかめるのが見えたため、身振りで気にしないように抑えつつ応じる。


「なんだ? 答えられることなら答えるが」

「向こうの森から小鬼(ゴブリン)っぽいのがこっちのことうかがってるみたいなんだけど、蹴散らした方がいい?」


 食事のメニューを尋ねるような気軽な調子だったため一瞬聞き逃しかけたものの、無視できない情報に気づいて思わず指し示された森を見た。

 今いる休息地点から一走りした程度の先で木々が立ち並んでいるが、距離もあってその辺りに何かが潜んでいるかの判別は難しい。チラリとアマルの様子をうかがうも、同じように森を見つめている彼女はかすかに眉間に皺を寄せている。アナイマ族の猫持ちである彼女は俺達ヒュメル族よりも感覚は鋭敏なはずだが、そんな彼女にしてもこの距離のせいで森の様子をつかみかねているようだ。


「……こんな状況でそんな冗談を言うこともないだろう。何か根拠でもあるのか?」

「んー、簡単に言えばボクの感覚ってことになるんだろうけど……」


 念のため確認してみるも、本人がなにやら言いあぐねている様子でいまいち要領を得ない。だがその言葉が本当ならこれだけの距離があって外敵を察知でき、さらにはその相手を言い当てられるとしたら尋常でない感知能力だ。


「すまないが、俺達には感知できん。仮にいるとして、今の依頼は護衛だ。依頼主からの要請でもない限りこっちから打って出る必要はない。下手に動いて横合いから別の敵が護衛対象に襲いかかりでもしたら本末転倒だ」

「なるほどね。じゃああいつらは放っておいて――あ、ダメだ、向こうはやる気みたい。すぐに飛び出してくるよ。数は九」


 納得した様子できびすを返しかけたようだが、その途中で何かに気づいたように森を見ながら警告を発してくる。まさかと思ってもう一度森を見れば、ちょうど醜悪な姿が奇声を上げながら森から飛び出してきた。その数は九、警告にあった数と見事に一致する。


小鬼(ゴブリン)だ! 各自直ちに迎え撃――」


 その事実に驚きつつも身に染みついた臨険士(フェイサー)の修正として得物の魔導銃を構えつつ、全体に対して警告を発した目の前を、俺の放ったものではない光弾が小鬼(ゴブリン)めがけて突き進んでいった。

 思わず目で追ったその光弾は先頭を走る小鬼(ゴブリン)をかすめ、その後ろにいた二匹目に命中したかと思った瞬間爆発。前後も含めた三匹の四肢を引きちぎった上で集団の半分以上を吹き飛ばした。

 奇声を悲鳴に変えてあわてふためく連中に追撃の光弾が続々と命中し、容赦なくその矮躯を命ごと吹き飛ばしていく。

 そして数秒後、多少えぐれた大地の上に小鬼(ゴブリン)共は俺達が何をするまでもなく無惨な屍をさらしていた。


「――まあこんなもんかな。襲ってきたんだったら護衛としては迎撃しないといけないよね?」


 つかの間呆然としていた耳にそんなのんきとも取れる声が届いてそちらをみれば、見たこともない機構を備えた純白の魔導銃を片手で無造作に構えたまま、首をかしげてこちらをうかがっている『虹髪』の姿があった。


「……ああ、実に的確な対処だ。楽をさせてもらってしまったようだな」

「いいよ、これくらい。じゃあボクは仲間のところに戻るね」


 なんとか絞り出した言葉に対して、『虹髪』はまるで服についた埃を払っただけとでもいうような調子で応じると、魔導銃を外套の下にしまってきびすを返した。

 ……あの森に潜んでいた敵の存在と内訳を正確に感知し、襲撃となるやいなや即座に迎撃に移った。そしてあの距離で片手撃ちにも関わらず外れ弾を出さなかった射撃力に、初めて目にする爆裂する光弾を放つ魔導銃。極めつけが小規模とはいえ小鬼(ゴブリン)の群をたった一人で容赦なく殲滅しておきながら、まるで近くを飛び回っていた蝿でも叩いただけとでも言うように平然としていた。


「……ベイス。頼むから最低でもこの依頼が終わるまでに直接詫びを入れに行ってくれ」

「……うっす、そうします」


 遠ざかるその背を見ながら改めて懇願すれば、今度はベイスも素直に頷いた。アマルもその後ろ姿をどこか畏怖するような目で見つめている。

 こんな稼業を長く続けていれば、自然と実力者を目にする機会は増える。その中でも上位へ上り詰める、あるいは君臨している連中には共通して、凡人の俺からしてみればどこか必ずイカレているとしか思えない部分があった。だが、だからこそ多くが足踏みしている領域を超えていくのだろうというのが俺の至った考えだ。

 そしてこの時、俺は『虹髪』の実力を垣間見てそんな連中と似た気配を本能的に感じ取っていた。そして様子を見る限り、二人も俺と同じ結論に達したようだ。あいつは絶対に敵に回してはいけない。可能な限り友好を保っているべきだと。


=============


 太陽が地平線に沈みきる寸前、ボクたちは街にたどり着いた。もう目的地のプルストって街に着いたわけじゃない。そこに着くまでにいくつか経由する街のうちの一つに、ちょうど日が暮れるタイミングで辿り着いたってわけだ。


「――一日ありがとうございました。今日はこの宿に泊まりますので、また明日からもよろしくお願いします」


 馬車や魔動車の駐車場を併設している『ホテル・アルペンスト』っていう大きな宿の前でいったん集合したボクたちに、アリィがねぎらいの言葉をかけてこの場は解散。この宿で宿泊する分は経費としてアリィ持ちなんだけど、夕食は各自で調達することになっている。

 その辺のことは依頼書にいろいろと書いてあったんだけど、ボクが思っていた隊商の護衛とはいろいろと食い違っていたからちょうどいいと思ってハインツに疑問をぶつけてみた。すると返ってきた答えは、大昔ならともかく今のご時世じゃ隊商の護衛はだいたい似たような感じらしい。

 まず、一定以上の規模を持つ隊商は基本的に街道を利用するらしい。ブレスファク王国くらいの大国になれば主要な街道は整備が行き届いているし、近隣の都市に駐在する騎士団が定期的に巡回しているおかげで魔物や盗賊の脅威も少ない。

 それでも絶対に安全ってわけじゃないからある程度の護衛を用意する必要はあるけど、高ランク臨険士(フェイサー)並の戦力は必要なくなるからその分安く上がることになる。さらにはある程度の間隔で都市や宿場町なんかが中継地点としていくつもあるから、事故に遭ったりでもして大幅に旅程が遅れない限りは今回みたいにちゃんとした宿で一夜を明かせるようになっているそうだ。今時臨険士(フェイサー)以外でわざわざ街道を外れた旅程を組むのは速度を売りにする個人の行商や後ろ暗いところのある連中くらいらしい。

 そして中継地点となっている街には必ずと言っていいほどそういった隊商をターゲットにした宿が存在していて、今回泊まることになる『ホテル・アルペンスト』もその一つとのことだ。隊商の魔動車や馬車のたぐいを止めるための敷地を併設していたり近くに持っていたりして、預かった乗り物や積荷の警備も請け負っているそうだ。

 そういったことを売りにしている宿なら多少料金は高くなるけど、宿の信用に関わるだけにしっかりとした警備体制を独自に築き上げていて、下手な臨険士(フェイサー)に依頼するよりもよっぽど安全らしい。加えて魔導式(マギス)の発展と共に防犯用の魔導器(クラフト)なんかも出回っていて、隊商を構える規模の商人とかならほとんどがそういった備えを施しているとのこと。

 ついでに言えば盗難されやすい小型で希少価値の高い商品を扱っている隊商なんかは護衛依頼の条件に不寝番を加えてさらなる防犯体制を敷いたりするらしいけど、今回の依頼主であるアリィ達の積荷は魔導技術博覧会(マギス・エクスポジション)で発表するための論文や資料、そして採算度外視の試作品や一品物の魔導器(クラフト)及び魔導体(ワーカー)だ。盗み出したところでそうそう換金できるような物でもないし、できたとしても簡単に足が付くから盗む側からしてみれば全然割に合わないターゲットだ。ゆえに、今回の護衛依頼に関してはボクたちに求められているのは完全に道中の安全確保のみ、ということになるようだ。


「――と言うわけだから、今から親睦を深めるためにも食事に繰り出そうじゃないか、後輩達。今回は『永遠の栄光』が奢るぞ!」


 そんなわけでと言わんばかりにハインツが宣言すれば、『暁の誓い』と『轟く咆吼』の中から歓声が上がる。なんでもこういった隊商の護衛依頼では初日の夕食を共にするのは恒例のようで、お酒のたぐいは控えるものの、英気を養うためにも存分に飲み食いするらしい。加えて今回は三パーティのうち二つがカッパーランクに上がりたてだからと、太っ腹な先輩が支払いを持つことにしたようだ。そういうことなら遠慮なんかしてたら逆に失礼だよね。

 特に反対意見が出てくることもなく、何度かこの街に来たことのあるハインツ達に引率されて一押しの酒場に案内される護衛一行。ちなみにアリィ達依頼主側は邪魔をしては悪いからと宿で食事にするそうだ。



 感想を書く条件を一番緩くしてみました。作品の質向上のため、どしどし感想・意見その他諸々を伝えていただければ筆者がものすごく喜びます。

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