挨拶
※2018.8/8:時間単位の変更・修正
「まあ、行くなら行くでそっちのお仲間には断りくらい入れておけよ」
「うん、わかった。いろいろありがとう、ハインツ。――あ、そうだ、大休止ってどれくらい取るの?」
「ブランから聞かなかったのか? 俺達はいつも一時間くらいを目安にしてるぞ。今回もそのつもりだ」
「わかった。ありがとうね」
ついでに思い出した用件を聞いておいて、仲間の元に戻るハインツを見送った。
「じゃあ、向こうに着いたらよろしくね、アリィ」
「任せて! わたし達の工房もとっておきの論文や作品を用意しているから楽しみにしておいてね!」
「わかったよ。それじゃ、いったん向こうに戻って――」
「やあやあ初めまして、今回の依頼主になるシュルノーム魔導器工房のアリィさんですよね? いやあ、こんなにも知的で見目麗しい人だと知らなかったなんて、自分のふがいなさを嘆かずにはいられませんねぇ」
持ち場に戻ろうと思って発したボクの言葉を遮って、いきなり大仰な身振りと台詞で割り込んでくる人物。
「ええっと、あのぅ……」
「おっとぉ、申し遅れました。俺はケレン・オーグナーと言います。あなたのような素敵な女性にお近づきになれて光栄の極みんぐぼっ!?」
とりあえずアリィがものすごく困ったような顔になってたから、軟派な台詞をばらまくケレンの脇腹に肘鉄をたたき込んでおいた。多少加減する手を緩めてあったからか、その場に崩れ落ちるようにうずくまったかと思うと打たれた脇腹を押さえて悶絶し始める。
「いきなりなんのつもりさ、ケレン」
「おま……ちょっとは、手加減ってやつを……っ!?」
「あー、すまないウル。一応指名依頼を受けたわけだから今のうちに挨拶をってケレンが言い出したんだけど……」
呆れた様子を隠さずに問いただしてみれば、痛みをこらえてプルプルしているケレンに代わって後ろにいたリクスが乾いた笑いを浮かべながら応えてくれた。
「シェリアに声をかけている間にこいつが先行しちゃってな。ちょっと止めるに止められなかった」
「……自業自得ね」
更にやってきたシェリアもうずくまって身悶えているケレンに冷たい視線と言葉で追い打ちをかけていった。だよね、仮にも依頼主をいきなり口説こうとするとかあり得ないよね。確かにアリィは黙ってれば美人に入る容姿だとは思うけどさ。
「えっと……ウル、この人達があなたの仲間なの?」
「あ、うん、そうだよ。ボクが入れてもらった『暁の誓い』っていうパーティの仲間。こっちがリーダーのリクスで、その後ろがシェリア。で、そこでうずくまってるのがケレン」
「初めまして、カッパーランク臨険士のリクス・ルーンです。今回はウルの縁とはいえ、指名依頼をしてくれてありがとうございます」
「……シェリア・ノクエスよ。よろしく」
「あ、はい。シュルノーム魔導器工房の魔導師、アリィ・シェンバーです。こちらこそ依頼を受けてくれてありがとうございます」
ボクの紹介を皮切りに、それぞれ簡単に名乗り合う三人。その途中でアリィは悶絶中のケレンを心配そうに見やったけど、こいつは先に名乗ってたから放っておいても大丈夫だろう。
「ケレンの言い分じゃないですけど、あのシュルノーム魔導器工房の人とこうして思いがけず知り合えたことは本当に嬉しいです。もしまた何かあれば喜んで依頼を受けさせてもらいますから、是非お願いします」
「そうですね。お師匠様からも『人の縁を馬鹿にしちゃいけないよ』って教わってますし、その時は依頼させてもらいますね。それと、いろいろ大変かもしれませんけど、ウルのことをよろしくお願いします」
「いや、おれ達の方こそウルにはいろいろと助けてもらってばかりで、少しでも追いつけるように頑張りたいと思います」
なんだろうか、この……そう、前の世界の記憶にある取引先とのやりとりみたいな会話は。しかも親権者と勤め先みたいな内容も混じってるから微妙に居心地が悪い。そういう話は本人の目の前でやるもんじゃないと思うんだけど……。
「――それで、ちょっと気になってたんですけど、ウルとはどういう知り合いなんですか?」
そのまましばらく会話を続けるのを横から見守っていると、ふとした拍子にリクスがそんなことを言い出した。それを受けたアリィは少し困った表情になってチラッとボクの方を見る。あー、確かにこの質問は答え方によっちゃ正体バレしそうな雰囲気があるね。
「えっと、その――」
「まあ一種の親戚みたいなものかな? 血の繋がりとかは全くないけど」
アリィが応えあぐねているのを見て無難そうな関係を口にした。イルナばーちゃんとアリィは師弟関係だけど寝食は共にしていたみたいだし、実年齢的にも親密度的にも親子って言っちゃってもあながち間違ってないだろう。
「シュルノーム魔導器工房の魔導師と親類って……ウル、君の身内の人っていったい……」
「ん? イルナばーちゃんのこと? 隠居した魔導士だよ」
困惑気味のリクスに対して当たり障りない範囲のことを伝えたけど、その途端がばっと立ち上がったケレンに肩をつかまれた。真っ正面からボクのことをのぞき込んでくるその顔がなぜか妙に恐い。
「おいウル……お前の親類ってまさか、イルヴェアナ・シュルノームか!?」
なぜバレた!? え、ボクそんなに情報出してないよね!?
「えー、ナンノコトカナー?」
「おい、しらばっくれんなよ。シュルノーム魔導器工房の関係者でそこの魔導師と縁のある隠居した魔導士で呼び名が『イルナ』とか、どう考えてもその人しかいないだろ!」
視線を逸らしてとぼけようとしたけど、ケレンが意外なほどきっちりした状況証拠をまくし立ててくれる。うわぁ……うすうす思ってたけど、ケレンってけっこう頭いいよね? これはよっぽどのことがないと言い逃れできそうにないなぁ……どうしよう。
助けを求めてアリィの方を見たけど、こちらも困った様子は見せるものの上手い言い訳が思いつかないらしく、特に何も動きを見せない。くっ、万事休すか。
でもまあ、『有名人の親類』ってことはわかってもボクが生身じゃないことまでバレたわけでもないし、一つ秘密を認めたらしばらくはそれ以上の追求はないだろう。ここは認めた方がいいのかもしれない。今の調子ならボクの正体が本格的にバレる頃までにはそれでもいいってくらいに仲良くなれてるだろうし。……そうだといいなー。
「……そうだよー。イルナばーちゃんは本名イルヴェアナ・シュルノームだよー」
「おい、やばいぞリクス。俺らとんでもないやつを仲間にしちまったみたいだぜ!?」
渋々認めた瞬間、ボクをがっちりホールドしたままものすごい形相で幼なじみを振り返るケレン。驚愕三割の不信一割、あとは全部歓喜って感じかな? ボクをつかむ手にこもった力の入り具合から逃がしてなるものかって執念すら感じる気がする。
「えっと……ケレンの言うイルヴェアナ・シュルノームって、あの魔導機工技匠の?」
「他に誰がいるって言うんだよ!? こいつ、最強の伝手の塊だぜ!? シュルノーム魔導器工房は当然として、聞いた話が本当なら最低でもレンブルク公爵家にブレスファク王家、レギシス商会にラウェーナ神霊教会に顔が利くことになるぞ!?」
なにやら信じられない様子のリクスに興奮した様子でまくし立てるケレン。シェリアもイルナばーちゃんのことは詳しく話してなかったせいか、目を見開いてボクの方を見つめている。
「……ねえアリィ、イルナばーちゃんってそんなに有名人だったの?」
「そうね、お師匠様のことは魔導士や機工士ならもちろんだけど、この国で普通に暮らしている人なら少なくとも名前と大まかな功績は知ってるくらいには有名よ」
げんなりしつつも一番弟子に確認を取ってみれば、アリィはどこか誇らしそうに胸を張って答えてくれた。うーん、どうやらばーちゃんは世間じゃ有名人らしいってことはなんとなく察してたけど、更に『超』が頭に三つ四つ付くくらいだなんて思いもしなかった。ケレンの口ぶりからしてガイウスおじさんクラスの大物とも人脈があるみたいだけど、あの自分が興味のある物事以外にはかなーり無頓着だったイルナばーちゃんが……なんかピンとこないなー。
「――なあウル、俺らは仲間だよな?」
そんな感じで現実逃避気味なことを考えていたら、気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべたケレンが、ホールド中の手はそのままに気迫すら滲ませる声色でそんなことを聞いてくる。
「まあ、ボクとしてはそのつもりだけど?」
「ならさ、仲間のためにいろいろと融通を利かせるのは当然のことだよな?」
「程度にもよるだろうけど、否定はしないよ」
「なら! 俺らをお前の言うイルナばーちゃんとやらに紹介するくらいは朝飯前だよな!?」
「あ、ゴメン、それだけはどうやってもムリ」
なぜかいくつかの確認を踏まえた上で行われたケレンの意外に簡単な要求に、けれどもボクはそう即答するしかなかった。
「なんでだよ!? お前の親とかその辺みたいな人に俺らを紹介するくらい簡単だろ!?」
「さすがに死んだ人に紹介はできないよ。お墓に向かってでいいならいくらでもしてあげるけど、それでいい?」
さすがに無茶な要求に困った顔でそう答えた途端、ケレンが見事なまでにフリーズした――と思った次の瞬間、鬼気迫る形相のリクスに引きはがされて、ついでとばかりに顔面に渾身のストレートをお見舞いされて綺麗に吹っ飛んだ。
「悪いウル、ケレンが嫌なこと聞いた! ちょっとこの馬鹿絞ってくるから待っててくれ!」
そしてリクスは一転して非常に申し訳なさそうな顔になってボクに向かって深く頭を下げると、返事をする前に仰向けに大の字で倒れていたケレンの襟首をひっつかみ、ずるずると引きずるようにして離れていった。
「……そんなに気にしてもらうようなことじゃないんだけどなー」
そのあまりにも潔すぎる行動に止めるタイミングを逃し、後ろ姿を見送りながら頬をかきつつ思わず呟く。
「……思ったよりも平気そうなのね」
「まあ、イルナばーちゃんはお歳だったし、いつかはって思ってたからね。悲しむ分は目一杯悲しんだし、それ以上引きずってたら『時間がもったいない』ってばーちゃんに怒られちゃうよ」
同じように二人を見送ったシェリアが意外そうにそう言ってきたから素直に心情を語った。なにせ『悔いるも嘆くも良し、だが拘るな』がイルナばーちゃんの家訓だったし、実際失敗したり悔いの残る結果だったりしても、少し感傷に浸ったらさっぱりと切り替えて次へと突き進んでいく姿を見てきたんだ。その格好いい生き様を見習いたいボクとしては、いなくなった親類のことを聞かれたくらいで落ち込むわけにはいかない。
ただ、ボクとしてはアリィの様子が気になった。訃報を聞いただけであれだけ嘆き悲しんでたんだ。立ち直るにもけっこう時間がかかったみたいだし、それなのに不意打ち気味でイルナばーちゃんの話題が出たからまたぶり返すんじゃないかって心配だ。
そう思って様子をうかがってみたけど、当人は少ししんみりした雰囲気になってるだけで取り乱したりはしていないみたいだ。それでも内心じゃガン泣きしてるんじゃないかと思えて、念のため声をかけてみる。
「アリィは大丈夫?」
「……うん、大丈夫よ。ずっとめそめそくよくよしてたら、それこそお師匠様に呆れられるからね」
そう言いながら柔らかく微笑んでみせるアリィ。さすがは一番弟子、イルナばーちゃんのことをよくわかってるね。それでこそシュルノームファミリーの一員だ。
「そっか。それじゃ、向こうに着いたら楽しみにしてるから」
「うん、道中はよろしくね」
そうお互いに言い合ってアリィとはいったん別れた。とりあえずはリクスとケレンに追いついて、気にしないように伝えておかないとね。




