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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
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出発

 先日総アクセス数が20,000件を超えました。いつも読んでいただき、ありがとうございます。


 ※2018.8/8:時間単位の変更・修正

 最初はそんなに広くない運転席にどうやってこれだけの人数を乗せるのかって思ったけど、いざ出発ってなった途端にみんな当然のように荷台に乗り込んだのでちょっと驚いた。ただ、よくよく考えればこの世界にはきちんと整備された道交法なんてないわけで、そうするとトラックだって魔導体(ワーカー)が牽いてるだけの馬車って扱いになるから、運ばれる対象がまとめて荷台に乗るのは当然なわけだ。

 そうして前の世界にあった車ほどじゃないけど、この前乗った馬車よりは明らかに速い速度で積み込んだ荷物と一緒になって荷台で揺られているうちに、いつの間にか太陽は頂点に達しようとしていた。

 平和でうららかな風景を荷台の後ろから見るともなしにぼんやりと眺めていた視界に、二両目の魔動車の荷台から何もない空に向かって光弾が三度、更に間を置いて二度打ち上げられたのが映る。


「――大休止の合図だな。確かこの先にちょうどいい場所があったはずだから、そこで昼飯といこうか」


 それを見たブラン――『永遠の栄光』のシルバーランク臨険士(フェイサー)で、ボクたちと同じ車両に乗り込んでいる人がそう言って運転席の近くへ移動した。運転席と荷台は一応壁で隔てられているけど、そもそも鉄板一枚隔てた程度な上に開け閉めできる窓もあるから向こうとこっちでやりとりをする分にはなんの問題もなく、無事に運転手を務めている相手に伝達できたようでしばらくして魔動車が停まる。続く二台も少し距離を置いて停車したのが見えた。


「よし。ほれ、お前らもとっとと降りろ。まあ、こんな狭っ苦しいところで飯にしたいって言うなら別だがな」


 そんなことを笑いながら言い置くと荷物をつかんで荷台から飛び降りるブラン。正直初めはこの世界で経験する初の車での旅ってことで浮かれ気分だったけど、それも少ししたらあまりの退屈さに早々に飽きが来ていた。ここは気分転換も兼ねて是非とも降りたいところだ。


「おーい、リクスにケレン、お昼休憩だよー。早く起きないと昼食食べ損ねるよー?」


 なのでブランを見送ったあとで荷台を振り返り、出発早々寝始めた二人に声をかける。


「――ん、もうそんな時間か……」

「――ふぁああぁ……了解したぜ」


 基本的に二人が寝てたせいでだいぶん退屈をもてあましたこともあり、起きなければそのまま置いていこうかと思っていたけど、そこはさすがに慣れた臨険士(フェイサー)とでも言うべきか、一度声をかけただけであっさり覚醒して自分たちの荷物を用意しだす。いやまあ確かにサスペンションでも効いてるのか前に乗った馬車より断然揺れが少なくて寝やすかっただろうっていうのはわかるし、今みたく何かあったらすぐに起きられるっていうのも理解したけど、それでも護衛が真っ先に寝るとかどうなの?


「先に降りるわね」


 こっちはきちんと起きていたものの、元々口数の多い方じゃないせいであんまり会話が弾まなかったシェリアが自分の荷物を持って荷台から飛び降りる。いろいろ言いたいことはあるけど二人も起きたことだし、先に降りておこう。


「ボクも先に行くね」


 そう言い置いて暇つぶしを兼ねて無駄に中身を何度も整理した愛用の肩掛け鞄を引っかけて、慎重に荷台から飛び降りる。なにせ下手に勢いを付けようものなら車体に余計な負担をかけかねない体重をしてる自覚があるから、先に飛び降りた二人みたいに軽快になんて別の意味で恐くてできない。


「よっ――と」


 ずしんと重めの音を立てつつも無事に地面へ降り立ち、周囲を見回した。所々に起伏があるものの全体としては平地と言っても良さそうな場所で、その中を舗装はされていなくてもしっかりと整備された街道が多少蛇行しつつも走っている。

 今ボクたちがいるのはそんな街道が見える程度に逸れたところにある拓けた空間で、もっと街道から離れた辺りにはちょっとした規模の森が木々を生い茂らせている。他の街道利用者からは邪魔にならくて余計な接触は持ちづらく、もし森に何かいたとしても不意を打たれることはそうそうないだろうっていういい感じの距離だ。

 念のため出発してからこっそり起動させておいた『探査』の魔導式(マギス)の反応をざっと見て、周囲に危なそうな相手がいないかを確かめておく。……うん、ボクたち以外は小動物くらいしか反応がないな。この世界じゃ小さくても魔物ならかなりの脅威になるから断定はできないけど、少なくとも魔動車の周辺にはまったくいないし、他も例え襲いかかってきたとしても対処できる範囲だ。


「――大休止ってどれくらい取るの?」

「ん? そうだな、その時の状況にもよるが、オレ達の場合はだいたい一時間ってところだな。特に日程が押してるってわけでもないし、今回もそれくらいになるはずだ」


 先に降りて身体をほぐしていたブランに尋ねてみると、そんな感じの答えが返ってきた。ちなみにこの世界、一日の時間単位は前の世界の記憶にあるものとほぼ合致している。さすがに一秒当たりの長さが前の世界と同じかまではボクもわからないけど、まあそこまでとやかく言う必要もないだろう。


「わかった。じゃあその間にちょっと依頼主さんとお話ししてくるね」

「あー、そういや指名される間柄なんだったな。いいぞ、行ってこい。ついでに帰ってくる時でいいからうちのリーダーに時間を確認しといてくれ」

「それくらいならおやすいご用だよ」


 そんな風にブランから簡単なお願い頼まれたので、特に問題もないから軽く引き受けておく。今回の護衛ではハインツと他『永遠の栄光』の二名が二両目の荷台に乗っていて、ブランと残り一名がそれぞれ一両目のボクたちと三両目の『轟く咆吼』に監督権連絡係として同乗する配置になっているのだ。ちなみに各車両の運転手はアリィを含めた工房関係者のみなさんが務めている。

 いつの間にかさっきまで乗っていた魔動車の幌の上に腰を落ち着けて携行食を取り出しているシェリアに軽く手を振ってから、アリィが乗っている魔動車の方へと向かった。


「――あっ、ウル!」

「やっほーアリィ。まだ久しぶりってほどでもないかな?」


 ちょうど運転席から降りてきたアリィがボクに気づいて嬉しそうに顔をほころばせる。その開けっぴろげな様子は見た目的にはものすごく似合っているんだけど、実年齢を考えたらもう少し落ち着きがあってもいいんじゃって……いや、もうアリィに関しては実年齢より見た目年齢で考えた方が良さそうだ。うん、そうしよう。アリィは知的で穏やかな『おばさん』じゃなくて、知的だけどのほほんとしていてちょっと抜けてる『お姉さん』。


「出発の時はバタバタしてたから言いそびれたけど、とりあえずわざわざ指名依頼してくれてありがとう」

「いいえ、どういたしまして。わたしの方でもちょうど遠出しなけきゃいけない用事があったから、これでもっとお話しできる機会になればと思ったの」


 内心で自分に暗示をかけつつ今回のお礼を伝えると、アリィは朗らかな表情でそう言ってくれた。ちなみに口調がだいぶん砕けてるのは前回の魔導式(マギス)談議の影響で、アリィ的にボクは『とても優秀な弟(妹)弟子』くらいの認識に落ち着いたらしい。ボクとしても気軽に接してもらえる分には大歓迎だ。


「へぇ、そうなんだ。初めてお店に行った時は技術供与とかで別の街に行ってたって聞いたけど、そんな感じ?」

「今回は少し違うわ。魔導技術博覧会(マギス・エクスポジション)って言ったらわかるかしら?」

「ああ、うん、イルナばーちゃんから話を聞いたことはあるよ」


魔導技術博覧会(マギス・エクスポジション)』――その名称の通り魔導式(マギス)関連の技術や魔導器(クラフト)魔導体(ワーカー)なんかを技術者や研究者が持ち寄って発表し合う場だ。開催は二年に一度で場所は国内の都市で持ち回り、参加するのはブレスファク王国内の関係者のみらしいけど、別名『魔導大国』と呼ばれる国だけあって、この世界じゃトップクラスの規模と内容らしい。この博覧会に参加したいがために移住してくる技術者、研究者もいるとかいないとか。


「アリィもそれに参加するの?」

「そうなの。圧縮式貯水機は諦めたけど、他にもいろいろと研究成果や作品があるから、それをね」


 今し方降りてきたばかりの魔動車の荷台に視線を向けながら、なんでもないことのように言うアリィ。イルナばーちゃんの話じゃ全魔導士及び機工士にとって参加できるだけでかなり名誉なことのはずだけど、その様子からは気負いとか緊張とか、そういった感じのものが一切感じられない。それこそいつものことを語っているようで、そしてたぶんだけど実際いつものことなんだろう。さすがはイルナばーちゃんの直弟子ってことか。

 なお、イルナばーちゃんは毎回決まって参加の打診があったらしいけど、『発表のためだけに移動するのが面倒くさい』って理由で近場での開催でもない限り参加を蹴っていたとのこと。さすがはイルナばーちゃんである。


「確か術式理論の発表もあるんだよね。いいなー、ボクも参加してみたいなー」

「ふふふ、それじゃあ参加してみる?」

「え、いいの?」


 趣味とはいえ魔導式(マギス)に対してそれなりに研鑽を重ねている身として思わず漏れた心の声に対して、アリィから意外な誘いがもたらされた。


「わたしの関係者ってことにすれば大丈夫なはずよ。それに、ある程度は一般の人も見学できるようになってるから入るだけなら簡単にできるの」

「うわぁ、ありがとう!」


 その提案に快哉を叫んだところではたと思い出した。いけないいけない、今回ボクは依頼で来てるんだ。言うなれば今は仕事の契約中。さすがに仕事中に趣味に走るのはどうかと思う。


「――って言いたいけど、今回はアリィの依頼があるからね。すごく残念だけど、またの機会にするよ」


 腸はないけど断腸の思いでそう告げると、アリィは一転してものすごく寂しそうな顔になった。どうやら彼女の中ではボクがついて行くことが確定してしまっていたようだ。ゴメンね、何も考えずに期待させるようなこと言っちゃって。

 と思っていたら、何かいいことを思いついたと言わんばかりの表情になって再びの笑顔に。


「そうだ、博覧会中の護衛っていうことにすればいいんじゃないかしら? そうしたらお仕事中でも博覧会に参加したって――」

「あー、依頼主さんよ。そういう話は一応の責任者にも通してもらえないかい?」


 なかなか魅力的な提案を出してくるアリィを遮ったのは、荷台の方から回ってきて姿を現わしたハインツ。どうやらボクとアリィのやりとりが聞こえていたらしい。


「あ――そ、その、すみませあいたっ!」

「ああいや、そんなに謝られるようなことでもない。依頼中に条件の追加や更新っていうのはしばしばあるからな」


 慌てて頭を下げようとして魔動車の出っ張った部分に頭を打ち付けたアリィ。それをなだめるようにしながらボクの方を見るハインツ。


「で、話はだいたい聞こえていたが、君としてはどうしたい?」

「博覧会に参加できるなら是非やりたい」


 その問いかけにノータイムで応えれば、ハインツは苦笑しながら頷いて見せた。


「となれば、あとは依頼の追加条件に対する報酬を交渉すべきなんだが――」

「え、別にいらないよ?」


 むしろ参加させてもらえること自体が報酬です。

 そう本心から思ってのことだったけど、ハインツは感心しないと言いたげな顔になって諭してきた。


「一応、君とこっちの依頼主がそれなりに親しい仲だってことはもうわかってはいるが、これからも臨険士(フェイサー)としてやっていくなら似たようなことはそのうち出てくる。そしてその場合に無報酬で当然のようにすれば、他の臨険士(フェイサー)の評価にも影響を与えることになる。『あの臨険士(フェイサー)はタダ同然でやってくれたことなのに、他の臨険士(フェイサー)が違うのはどうしてだ』なんて言われることを考えてみろ」


 あー、確かにそれはイヤかな。臨険士(フェイサー)の人からすれば正当な要求をしているだけでも、もっといい条件を経験しちゃった依頼主からしてみれば不当に思えるかもしれないね。そうなると下手をしたら臨険士(フェイサー)全体の評判にも関わってきそうだ。


「……でもアリィならそんなこと言わないんじゃないかな?」

「まあさっきの様子を見ている限りじゃそうだろうとは思うが、俺としては経験の浅い君に対して『そういったこと』を意識してもらいたいわけだ」

「あーなるほどね」


 経験豊富なベテランからぽっと出の新人に対する訓戒及び忠告ってことか。その辺のことは考えてもみなかったことだし、正直教えてくれて助かった。


「ありがとう大先輩。今度から気をつけるよ」

「是非そうしてくれ」

「それで、ボクがアリィの追加依頼を受けるのは問題ないの?」

「そうだな。復路の出発に間に合わないようなら指揮を預かる者として君を止めなければならないが、さっきの内容なら問題はないだろう。と言うか、目的地での滞在期間は基本的に自由行動になるだろうから、わざわざ依頼として受けなくても好きにすればいい」


 念のために確認してみれば大先輩からは太鼓判がもらえたのはよかったけど、最後にまさかの発言が入った。


「……それ、ホント?」

「往復での護衛依頼ならよくあることだぞ。まあ、さすがに滞在してる場所から大きく離れるのはよくないが、同じ街の中とか近郊くらいなら普通に出歩くぞ」

「……それを先に教えてくれるだけでよかったんじゃないかな?」

「もののついでってやつだ。特に君は臨険士(フェイサー)経験も浅いだろう? こういった機会はなるべく逃さないようにするのが先達たる者の務めだと俺は思ってるんでな」


 そう言って器用にウィンクをしてみせるハインツ。その妙な茶目っ気に呆れつつも、往ってること自体は特に間違ってるわけでもないから反論もできない。うん、まあここは教育してもらえたってプラスの方向に考えておこう。


「――ってことらしいから、ボクも博覧会、参加していいかな?」

「いたた……え? あ、うん、もちろん大歓迎よ!」


 頭を打った傷みに身もだえつつも話は聞いていたらしく、若干涙目で赤くなったところを押さえつつも心底嬉しそうな笑顔を浮かべるアリィだった。



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