集合
「はっ! 申し訳ありません、王!」
「はい、ごめんなさい。うぅ、ウル様に叱られちゃった……」
「まったくもう、しかたないんだから。――ところでタチバナは? てっきり一緒に来てるかと思ったんだけど」
途端に申し合わせたように言い合いをやめて謝罪してくる二人の素直さに半分呆れつつ、この場にいない三人目のマキナ族の行方を尋ねた。いつものことだからきっと三人そろって会いに来るだろうなーって予想してたのに周囲を見回しても一人だけ姿がなくて、そのことを意外に思いつつも若干の不安がよぎる。まさか、何かやらかして動けない状態になってたりなんかはしないよね? ガイウスおじさんの話には特にそういったのはなかったけど、ボクが屋敷に来てから何かしらが起こった可能性もゼロじゃない。
「問題ありません、王。タチバナは別行動を取っているだけです」
「ウル様が来たって聞いた瞬間、厨房の方に向かって走っていきましたよー」
そんな内心の心配をよそに、二人があっさりとタチバナ不在の理由を教えてくれた。
「厨房に?」
「タチバナ、次にウル様が来たら成果を見てもらうーって張り切ってましたよ」
「おそらくは、本日の昼食に自身の料理を加えるつもりでしょう」
あーなるほどね。そういえばいろいろ話してたせいかもうすぐお昼時だ。それならせっかくだし昼食を食べていかないとね。
「ガイウスおじさん、今日のお昼食べていってもいい?」
「好きにするといい。それと、シグレ、ヒエイ。食事が終わったならばタチバナも連れて私の書斎に来なさい」
一応断りを入れておこうと思って応接間を振り返って聞いてみれば、ごく簡単にお許しと、ついでに奉公組の三人への呼び出しが返ってきた。それを聞いたシグレが視線をさまよわせ始め、ヒエイはどこか達観した様子で何もない空間を見つめる。うん、まあ頑張ってちょうだいとしか言いようがないね。
「ではウル様、昼食までしばらく時間もありますし、それまでお話をしませんか?」
「うん、いいよ。その前にちょっとタチバナの様子だけ見に行っていいかな?」
「わかりました。では厨房までご一緒させてもらいますね」
そんなやりとりをしながら、エリシェナに先導されるように厨房へと向かった。それにカイウスはもちろんとしてもシグレやヒエイまでついてきたけど、話を聞くとボクが来たってことで特別に休憩をもらっているらしい。さすがはガイウスおじさんの家だ、福利厚生がきっちり行き渡っている。
そのままぞろぞろと厨房まで移動して中をのぞくと、そろいの調理服を着た料理人の人達に混じってエプロンを付けた小さな姿がすぐに見つかった。
「やっほー、タチバナ」
「――! 始祖様!」
一声かけると、見慣れた無表情ながらも真剣な様子で鍋をのぞいていたタチバナが嬉しそうな声を上げてこっちを見た。ちなみにタチバナ、こっちに来てから侍女の人たちに妙に気に入られたらしく、日々着せ替え人形として過ごしている。今日はちょうど侍女服を着させられる日だったらしく、外見の幼さと相まって見事な男の娘になっていた。やめさせてもよかったけど、本人が嫌がってないのといつもよく似合っているのでまあいいやとそのままにしている。
「今日は昼食を食べさせてくれるんだって聞いたよ。楽しみにしてるね」
「――!! 頑張るっ!!」
元気そうな様子も見れたし邪魔するのも悪いかと思ってそれだけ言い置くと、タチバナはより一層気合いを入れたらしくさっきよりも更に数段真剣な様子になって調理に戻った。うん、これは昼食が本当に楽しみだね。
「それじゃあ、できるまでみんなでのんびりしてようか」
「では、わたしの部屋に参りましょう。シグレ様とヒエイ様もどうぞ」
ボクに応じてそう言ったエリシェナに対して、ヒエイは見事なお辞儀を返す。こっちでの教育の成果なんだろうけど、元々きっちりした性格だったからものすごく様になっている。
「ありがとうございます、エリシェナ様。では、自分は何か飲み物を用意して参ります」
「よろしくね~、ヒエイ。ささ、ウル様、先に行きましょう!」
「お前はこっちだシグレ! こちらに来てから身につけた物事を王にお見せする絶好の機会だろう!」
「えー、それよりももっとウル様と一緒にいたい――あ、待って引っ張らないで服が破れちゃう~!」
無言でヒエイに襟首をひっつかまれ、引きずられるようにして離れていくシグレ。『駄メイド』って言葉が一瞬頭に浮かんだけど、シグレの性格上ああなるのはしかたないか。むしろ今までよく保ってると感心するね。
「――おい、ウル!」
なんとなく手を振りながら二人を見送っていると、それまで不機嫌そうに黙っていたカイウスが不意に声をかけてきた。
「なに、カイウス?」
「昼食が終わったら、僕の稽古に付き合え!」
その言葉と挑戦心に充ち満ちた視線を受けて、ボクはちょっと意地悪げに笑みを浮かべてみた。
「いいよー。前みたいに軽―くあしらってあげるね」
「僕が前と同じだと思うな! 今日はぜったいにお前に一本入れてみせるからな!」
「そっかー、楽しみにしてるよー」
これからエリシェナやシグレ、ヒエイたちとのちょっとしたお茶会にタチバナ渾身の昼食、食後は向上心溢れるカイウスとの稽古か。どうやら今日も退屈しなくて良さそうだ。
翌日早朝。予定していた依頼の出発日となったボクたちは、夜が明けて間もない時間帯に指定のあったレイベア郊外の操車場に完全装備で集合していた。他に集まった顔ぶれもみんな準備万端に整えた臨険士たちで、依頼主で護衛対象のアリィたちはまだ来ていない。
「――護衛の人員は全部そろっているようだな。なら改めて自己紹介と行こうか。俺はハインツ。『永遠の栄光』のリーダーをやってる。ランクはシルバーだな」
「えーっと、よろしくお願いします。『暁の誓い』のリーダー、リクスです。ランクはこの前カッパーになったばかりです」
「……イルバス。『轟く咆吼』のリーダーだ。ランクはそいつと同じでなりたてのカッパーになる。今回はよろしくお願いする」
その場に集まった臨険士の面々を見回した一人――ハインツの言葉を皮切りに、集まった三つのパーティのリーダーがそれぞれ名乗りを上げた。というか、なんか見覚えあるなって思ってたらやっぱり前に強引な勧誘をしてきた人が所属してるって言ってたパーティか。
「まあそれぞれ諸事情あるとは思うが、ひとまずは置いておいて顔合わせといくつかの確認を優先させてくれ。まずは組合の規定に則って、今回の護衛依頼の統括は俺がやらせてもらう。その点は大丈夫か?」
ボクにチラッと視線を向けながらもそう言うハインツ。彼の言う通り、組合によって依頼の形式ごとにある程度規定があった。それによれば、隊商以上の護衛依頼に複数の人員あるいはパーティで臨む場合は、最低限シルバーランクの臨険士一人を臨時の統括役としなければならないとのこと。まあ守る対象が多いのにそれぞれが好き勝手に動いたりしたら最悪護衛対象がほっぽり出されるなんてこともあり得るだろうし、一応のまとめ役を置くのはある意味当然の話だろう。
「はい、大丈夫です」
「同じくだ。指導もしてもらえるとありがたい」
「こちらもそのつもりだから安心してくれ。まずはリーダー間で軽い打ち合わせをしておきたいから、その間に残った面子で交流していてくれるか?」
リーダー二人の承諾を受けたハインツがそう言ったことで、三人を除いた残りの十人でそれぞれ簡単に自己紹介をしていく。ちなみに人員の内訳はボクたち『暁の誓い』が四人、先輩パーティの『永遠の栄光』が五人、ムカつくあいつの『轟く咆吼』が四人の合計十三人だ。……前の世界の記憶のせいだから、この数に不吉に感じてるのはたぶんボクだけだと思う。
「――……シェリアよ。ランクはカッパー」
「ボクはウル。同じくカッパーランクの……えーっと、ルビージェムドって付ければいいのかな?」
「――イルバスから聞いた時はまさかって思ったけど、そっちは本当に『赤影』と『虹髪』が仲間にいるんだな」
なんとなくの流れで最後になったボクの自己紹介が終わると同時、妙に感心した様子の発言が飛んできた。というか、その変な名称前も聞いたことがある。この前喧嘩腰のあいつが言ってたやつだ。あの時は失礼すぎる態度にムカついててついつい聞くのを忘れてたけど、ここで出てきたんだったらちょうどいいから聞いておこう。
「何その『赤影』と『虹髪』って?」
「何って、そっちの通り名じゃないか。まさか知らなかったのか?」
首をかしげて問いかけると、それを口にした『轟く咆吼』所属の弓使いの青年トーレンはむしろ呆れた様子で答えてくれた。
「うん、初耳。まあ『虹髪』の方はひょっとしてボクのことかなーって思ったりはしたけど」
「こういうのを『知らぬは当人ばかり』って言うのか……」
そんな感じでため息混じりに教えてくれたところによれば、臨険士の中でもいろいろ注目を集める人物に周囲が付けるあだ名の一種らしい。だいたいはその相手を端的に表すものになるようで、それがボクの場合は見せた機会は少なくとも他に類を見ない髪の色になったみたいだ。
ちなみに、これとは別に『二つ名』っていうのがあって、これは一定以上の功績を残した臨険士に対して組合が贈る一種の称号になっているとのこと。前にロヴが『孤狼の銃牙』って名乗ったのはこっちに当たるようだ。
……そういえば例の大規模調査から戻ってからロヴのことを見かけてないな。ボクのことを見かけるたびにいちいち絡んでくるのは鬱陶しいけど、いなかったらいなかったで妙に心配になるのは何でだろう?
「――つまり、ボクって通り名が付けられるほど目立ってるってこと?」
「当然だろう。飛び級だけなら珍しくはないけど、それをやったのが成人したてにしか見えない子供で、しかも推薦相手がプラチナランクのロヴさん、更に初めて現れた時から目をかけられてて、あげくに互角に打ち合ったとかいう話が流れたらどんな臨険士だって気にするぞ」
念のため確認してみると、真顔でそう言われた。初っぱなから目立ちたくなんてなかったのに……しかも聞いた限りだとだいたいロヴのせいみたいだし。おのれロヴ、今度会った時は覚えてろよ。
「……それで、『赤影』っていうのがシェリアのこと?」
「みたいね。何度か呼ばれたことがあるわ」
どこかでくだを巻いてるだろう元凶に怨念を飛ばしつつ消去法で残った名称について聞いてみれば、あっさりと本人から肯定が返ってきた。
「ということは、シェリアも目立ってたんだ」
「そのつもりはなかったんだけど……」
感心して言ったけど、シェリア自身はどこか不服そうだ。まあ抱える秘密の関係でなるべく人付き合いを避けたかった彼女としてはあまり目立ちたくはなかったんだろうね。でもそれこそ無理じゃないかな? たぶん由来になったんだろう真っ赤な髪はそれなりに目につくし、歴代上位に入る昇格スピードとそれに見合った実力、おまけに本人が美人に分類される容姿ときたら普通は目立つと思う。人付き合いが悪いのだって補正がかかれば孤高でミステリアスとか思われるだろうしなおさらだ。たぶんだけど、『影』の方はそういった意味が含まれてるんじゃないかな?
「まあ、シェリアに通り名がつくのは当然だと思うよ」
「……その台詞、そっくりあなたに返してあげるわ」
フォローのつもりでそう言ったら、なぜか半眼でそんなことを返された。解せぬ。
「――おっと、依頼人のご到着らしいな」
そんな感じでそれなりに交流を深めていると、打ち合わせを終えたらしく戻ってきたハインツが街の方を見やってそう告げた。彼の視線の先を追ってみれば、ほとんど人通りのない大通りを静かに走ってくる三台の大型魔動車があった。
見た感じとしては前の世界で言う大型トラックに近いだろうか。ノーズの長い本体部分の後ろに幌張りの荷台といったそろいの型式で、鈍い青色に塗装された車体の側面にお店のロゴみたいなのが入っているのが見える。おー、今回はあれに乗って移動するのか。こういった乗り物はイルナばーちゃんの研究所周辺じゃ使い道がなくてそもそも造られてすらいなかったから、実はちょっと楽しみだ。
「――おはようございます。今回の依頼を出したシュルノーム魔導器工房のアリィ・シェンバーです。みなさん、どうぞよろしくお願いします」
待ち受けるボクたちの目の前で止まった車両から降りてきたアリィが、そんな感じで挨拶をすると、打ち合わせてあったのかそれぞれのパーティリーダーが進み出た。
「『永遠の栄光』のハインツだ。今回は俺が護衛の指揮を執らせてもらう」
「『轟く咆吼』のイルバスだ。よろしくお願いする」
「『暁の誓い』のリクスです。今回は指名依頼をありがとうございます。期待に応えられるよう、全力を尽くします」
「はい、よろしくお願いします。ではさっそく荷物なんかを載せてください。二両目はわたし達の荷物がまとめてありますので、一両目と三両目の荷台にお願いします」
「わかった。二人とも聞いたな、予定通り前と後ろに別れるぞ」
ハインツの言葉に残った二人が頷き、足早にそれぞれの仲間の元へと戻ってきた。
「おれ達は一両目に乗るぞ。詳しいことはあとでまとめて話すから、とりあえず荷物を載せていってくれ」
「おっし任せろ!」
ケレンが応じたのに合わせてボクとシェリアも頷き、それぞれ用意していた旅の荷物を抱え上げて指定された先頭車両に向かった。他の面々も同じようにそれぞれの荷物を積載しようと動き出していて、にわかに操車場が活気づく。うん、いいねこのいかにもこれから出発しますって雰囲気。ちょっとした旅行みたいですごくわくわくする。
気を抜いたら鼻歌でも歌いそうなほどにテンションを上げながら荷物を運ぶかたわら、チラッとアリィの様子を見た。なにやらハインツといろいろ話し込んでいる様子で、いつものドジっ娘な雰囲気はなりを潜めている。見た目は若くてもさすがに責任ある立場にいる大人の一人ってところだろうか。
そんな中でふとした拍子に目が合って、その途端にものすごく嬉しそうな笑顔になって小さく手を振ってくれた。なのでボクも軽く手を振り返してみると、ますます嬉しそうな顔になったけれどもそれからすぐにハインツとの話に戻った。うん、なんか忙しそうだし話をするのはもう少し余裕が出てからにしよう。まずは出発準備を終わらせないとだしね。




