今後
「えっと、マキナ族について簡単にってことで、だいたいこんなところ。これで大丈夫?」
「うむ、おおよそのところは把握した。これは一刻も早く対応する必要がありそうだ。どこぞの馬鹿者に知られれば国をも揺るがしかねん」
「やっぱりそう思うよねー」
何せ文字通りの歩く兵器だ。一般人の感性しか持たないボクでも利用方法は何通りか思いつく。
「まあだから自由意志を持ってるわけなんだけど」
「……そうだな、ただの魔導体なら主人の命令を拒めぬが、意志があれば反発も可能となるな」
さすがはおじさん、ボクの言いたいことを瞬時に酌み取ってくれた。
「だが人の意に反した指示を実行させる方法などいくらでもあるぞ。それに自ら暴走を始める可能性は捨て切れん」
「そこはまあ、ボクとイルナばーちゃんが徹底して教育してるから大丈夫……だと思いたいんだけど」
難しい顔で諭してくるガイウスおじさんの様子を見てるとちょっと自信がなくなってきたから声に力がのらない。いくらちゃんと教育しても騙されたりどうしようもなくなる時はあるだろうし、そんな無数にあるパターンの対処法なんて教えられるわけがない。そもそもボクは当然イルナばーちゃんも教育者ってわけじゃないからちゃんと教えられてるかどうかも疑問だ。
と、そこでふと閃いた。いるじゃないか、権謀術数に詳しくておそらく後身を育てたこともあるだろう人が目の前に。
「そうだガイウスおじさん。よければマキナ族の子を何人か教育してくれないかな?」
「なに?」
「大国の元公爵様ならそういったこと詳しいでしょ? その知識と経験を学ばせたいんだ。そうしたらその子たちから他の子たちに教えられるし」
身体の仕組みが機工準拠で蓄えた記憶にいつでもアクセスできるため、物覚えがやたらといいのもマキナ族の特徴だ。それこそあっという間に一人前になってくれるだろう。
「あ、もちろんタダでなんて言わないよ? 教育中は使用人みたいな扱いにしてくれていいし、周りにバレない程度ならボクたちの特性を活用してもらってもいいし」
「いや、かまわん。どうせ隠居した身だ、よい暇つぶしにもなるだろうし、マキナ族についてより理解することもできるだろう」
「そう? ありがとう。でも何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってね。イルナばーちゃんの知り合いなら喜んで手助けするから」
太っ腹なガイウスおじさんに感謝しつつも助けが必要なら遠慮しないでほしいと伝えておく。マキナ族の子たちはみんないい子だから、何かあれば粉骨砕身頑張ってくれるのは間違いない。まあそうそう砕けるような柔な身体はしてないけど。
「よかろう。あまり大勢では秘匿するにも限度があるゆえ、二人三人程度ならば引き受けよう」
「うん、ありがとう。よろしくね」
「それで、そのマキナ族がこちらに来るのはいつ頃になる?」
「えっと――」
ガイウスおじさんの問いかけにここまでの旅を思い返す。半分秘境な集落から最寄りの街まで出て、そこから街道沿いになって――
「十日くらいかな?」
そう言うとおじさんはいぶかしげな顔になった。
「えらく時間が掛かるな。最寄りの街まで魔動鉄道を使えば一週間程度で済むだろう」
「え、使わないっていうか使えないよ? ボクたちお金持ってないし」
駅の近くを通ったとき遠目に見たけど、前の世界の記憶にある蒸気機関車をもっと機械っぽくしたなかなか格好いいデザインで、お金があったら是非とも乗ってみたかった。
「……待て、ならばなぜ逆に十日で足りるのだ? 路銀がないのなら魔動車便も乗合馬車も使えないはずだ。徒歩であそこまで行くとなれば往復でも一月は掛かるはずだ」
その台詞でおじさんが何を疑問に思っているのかがわかったので、根本的なことを指摘しておくことにする。
「ううん、往復はしないよ。ボクから連絡して来てもらうだけ」
「……あそこに伝魔線を引いた覚えはないのだが」
「あ、そっちじゃなくてこっち」
言って鞄からその装置を取り出した。見た目は特大の受話器。それこそ前の世界の記憶にある一昔前の家庭電話機の子機をさらに大型化したような物体だ。
「これ、イルナばーちゃんが作った携行できる『無線魔伝機』。これがあればいつでもどこでもすぐに連絡が取れるよ」
いわゆる携帯電話だ。欠点はやや大きいのと有効範囲が隣国くらいまでしか保証されてないこと、それから集落に設置してある親機との専用回線しか使えないことだ。まあそもそもまだまだ未完成の技術だから改良の余地は大いにあるだろう。
「……それで半分として、残った差分はどうするのだ」
「休憩する必要がないから不眠不休で歩くだけだよ」
そういうところは便利だよねこの身体。生身じゃないから物足りない部分もあるけどさ。
「……もはや何も言うまい」
何かあきらめたような表情で首を振るガイウスおじさん。なんだか急に疲れた様子だけど、大丈夫かな。けっこうなお年みたいだし、身体はいたわらなきゃだめだよ。
「それで、お前はこれからどうするのだ、ウルよ」
気を取り直したように尋ねてくるおじさんに、ボクは少し考えてから答えた。
「イルナばーちゃん、ボクには『自由に生きろ』って言ってくれたんだ。だから、ボクはこの世界を色々見て回りたい」
前の世界のボクは、異世界に憧れていた記憶があった。そうでなくてもこっちに生まれてから十五年、秘境の研究所とその周辺くらいしか世界を知らなかったんだ。もっといろんなところへ行っていろんな物を見ていろんなことを知ってみたい。前々からそういった思いはあったんだ。せっかく便利な身体なんだし、やりたいことにはどんどん挑戦していきたい。
「とりあえず、マキナ族の子が来るまではこの街を見て回ろうかな。それからは気分に任せてあちこち行きたい」
「なるほどな。ならば先にお前だけでも私の教育を受けるか?」
「あ、それはパスで」
経験はないけど前の世界の記憶には色々と読みあさっていた本とかテレビや映画なんかの内容も残っているし、他のみんなみたいに生まれたての純真さなんてあいにく持ち合わせていない。万全なんて言えはしないけど、いざとなったら力ずくでどうにかできる程度の持ち合わせはあるしね。だから面倒くさいお勉強は遠慮させてもらおう。
そしてボクが即答したのを見たガイウスおじさんは、まるで『わかっていた』と言いたげな顔で頷いて見せた。
「そう言うのならば無理強いはしないでおこう。その間はこの屋敷に逗留するといい」
「いいの?」
「金銭もなしにどこに腰を落ち着けるつもりだ? あの婆さまから頼まれたことでもある。部屋を用意させるゆえ好きに使え。お前の身元を保証する物も渡しておこう。ただし、日に一度は必ず顔を見せに来るよう」
「えー、それ絶対?」
「辺境より出てきたばかりで世事に疎い若者を放置すればどんな問題を起こすかわかったものではないからな。あの婆さまの子ならばなおさらだ」
「ごもっとも。わかった、しばらくお世話になるね」
こうしてボクは王都に滞在する間、レンブルク公爵家でやっかいになることになった。観光の拠点になる場所ができたことは素直に喜ぼう。幸い、ガイウスおじさんもジュナスさんもいい人みたいだしね。
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「――それで、お前はどう思った?」
部屋へと案内させるために呼んだ侍女に連れられてウルと名乗った若者が部屋を出てしばらく、私は乳兄弟であり長年の腹心である男に問いかける。
そうすればずっと傍らで控えていたジュナスは顎に手を当て、少し考えを巡らせてから口を開いた。
「……難しいですね。そもそもからして機工の為人を見通そうなどということ自体が初めてですから」
「当然だろう。かまわんから、お前の所見を聞かせてくれ」
二人きりになったことで少し崩れた口調となった右腕は、冗談めかした断りを入れてから自らの思うところを述べ始める。
「まず『機工の身体を持つ』ということがすでに信じがたいですね。あれはもはや人でしょう。人が『機工の身体を持っている』と嘯いていると考えた方がまだ納得できます」
「そうだな、あの婆さまの身内であることが証明されなければ私でもそう考えたな」
会話をしながらもずっと観察をしていた限りにおいて、何気ない仕草や無意識の動作、瞬きからわずかな身じろぎに至るまでなんの違和感も感じ取ることができなかった。自ら申告されなければ可能性にすら思い至らなかったことだろう。
何よりの証左はその瞳だ。その人物の内心をもっともよく映す瞳を読み解くすべを生涯にわたって磨き続けてきたゆえに断言することができる。淡い黄――いや、金に染まるその瞳には、どこかとらえどころのない、しかし確かな『意志』が宿っていた。
「だがお前の言うとおり機工と騙る人だとすれば、あの魔導式はどう説明する?」
「それこそ今まで知られていなかった種族の特性と言えますね。ですがそうすると――」
「わざわざ機工の身体と知らせる理由もなくなるな」
「翻って、事実ということなのでしょう。後はそれこそ解剖でもしてみないことには確かめることはできないでしょうね」
「ならば信じるしかあるまい。あれは『機工の身体を持った人』なのだ」
お互いに感じたことを伝え合い、一つ一つ噛みしめるように事実を確かめていく。昔から重大な決断を迫られてた場面に際し、幾度となく繰り返してきた『儀式』だ。
「そうなるとお茶を平然と口にしていたところに疑問が残りますが、そちらは今はよしとしまして、次は人柄でしょうか。そうですね、若者にありがちな覇気と言いますか、活力のようなものはあまり感じられませんでしたね。どちらかと言えば老成した方のような落ち着きに近かったかと」
「あの婆さまとは見事に対照的だな。常に何かを成していなければ死んでしまうとでも言いたげな落ち着きのなさには辟易としたものだ」
「ですがやはり親子と言いますか、血の繋がりはないのでしょうけど、どこか似通った雰囲気も感じられました。あえて言うならば……そう、超然とした態度、でしょうか」
「そうだな。あの周りの反応を毛ほども気に留めていない様子など通じるものがある。子の方は多少マシなようだが」
相手が乞食だろうが貴族だろうが、常に己の態度を一貫させていたイルヴェアナ。
敬意を装ってはいたものの大貴族相手に気負いもせず、許可を出した途端に気安い態度をとったウルデウス。
その様子は違えど、どちらも傍若無人と言うにふさわしい。
「さらには気ままに振る舞う様もよく似ています。まるで風のようですね」
「多少性質は違うようだがな」
例えるなら、イルヴェアナは『竜巻』。迷惑など顧みず周囲を巻き込み思うままに進んでいく様などまさにそれだ。後に残るのは阿鼻叫喚というのも同じ。
対してウルデウスはそれこそ『風』。とらえどころなく気ままに吹き回るだけのようだが、時に微風に突風にと変じて通り過ぎては様々な因果を残すことを予感させる。
ただひたすらに迷惑と断じれるのが前者なら、後者は時と場合によってはより大きな面倒を巻き起こしそうで、普段は問題なくとも放置しておくのは戴けない。
「……なんとか留め置くことはできぬものか」
「おそらくは無駄でしょう。ああいった方はしがらみを嫌います。無理に囲えば無茶でもって飛び出して行かれるものです。イルナ様がそうであったように」
「で、あるな。あやつの場合は実力行使も容易いだろうしな」
「『その身体でもって魔導式を自在に発現させられる』特性ですか。実は意外に大したことはない、と言う可能性は?」
言っている本人が信じていない口調で語られた楽観的な予想を、あえて言葉にして明確に潰す。
「お前はあの婆さまの持つ異名を忘れたか? 『魔導の天才』『式を織る者』『未知を知る賢者』。子と言うからには全てを受け継いでいると見るべきだ」
そう、イルヴェアナは忌々しいことに真の天才だった。豊富な魔力と鋭敏な頭脳。組み上げる魔導回路は芸術の域に達し、様々な術式をまるで知っていたかのように次々と開発していった。そんな特異な存在であったにもかかわらず、加えて機工士としても類い希なる技術を誇っていたのだ。あれこそを真の天才と呼ばずして他があるだろうか。
そしてウルデウスの申告が正しければ、機工にしか持ち得ぬ魔素反応炉という無尽の魔力の元ともなり得る機能を有し、自らの身体を意識的に種々の魔導器とすることができる。そんな魔導士として破格の条件を備える相手に、あの何事も突き詰める天災婆さまが己の保有する魔導式を伝えないという選択肢があり得るだろうか。
「ではいっそのこと軍を動員してみては? たった一人では数の暴力にいつかは屈するしかないと思われますが?」
「ジュナス……わかって言っているのだろう?」
その冗談めかした提案には呆れすら感じ、半分は自身に言い聞かせるつもりで言葉にする。
「あの婆さまが――己が創造したものの名称を面倒がって人任せにするような婆さまが自ら子と称し、あまつさえ『ウル』と冠する名をわざわざ与えた存在なのだぞ? 一国の軍相手に平然と勝利を収めたところで驚くにすら値しないだろう」
本人が承知しているかまでは知らないが、『ウル』というのは古くからの言葉で『最高の』や『至高の』といった意味を持つ。他は聞き慣れぬものではあったが、子であるウルデウスが機工であり、親たるイルヴェアナが稀代の機工師であることを考えればそれが秘める性能はもはや議論するまでもない。
「それに、やつの種族での立ち位置が問題だ。教育の話を持ち出した時のことを見ていただろう」
「一族の者には思いつきでも自らの意見は通って当然、といったような態度でしたね。おそらく上から数えた方が早い地位にいるのでしょう」
「下手に敵対すればマキナ族そのものが敵になりかねん。そんな状況になってみろ、国が滅びかねんわ」
おそらくは最高傑作であるウルデウスには多少劣ろうが、それでも十分に規格外であろう兵器がことごとく牙を剥く状況など、冗談でも考えたくもない。
「では諦めるのが無難でしょうね」
「……それしかないな」
辿り着いた結論に盛大なため息を吐かざるを得ない。まったく、親子そろって良い付き合いを持つ方法が『諦めること』などとはふざけた話だ。
「――良かったですね」
「……何がだ?」
今までの会話の中で良かった話があったかと訝しんでそちらを見やれば、ジュナスはなにやら微笑ましいものを見るような目でこちらのことを見ていた。
「『ありがとう、愛してるよ』でしたね。最後の最後で長年の想いが実を結んだ気分はいかがですか?」
「……」
からかいを含んだ言葉には沈黙を返すしかない。なにせ生まれた時から共に過ごした半身と言っていい存在。幼いがゆえの過ちから血気に逸ったゆえの失敗まで、ほとんどのことを共有してきた無二の仲に秘め事など成立できるはずもない。
だからこそ、気を取り直せば鼻で笑って言い返すくらいのことはできる。
「お前の方は残念であったな。遺言の中にすら名の一欠片も交えてもらえぬとは」
「それも致し方ないことかと。なにせ当時の私は何度振り回されてもいっかな懲りずに関わっていかれるガイウス様に付いていくだけで精一杯でしたから。そんな端役を記憶に留めておくことの方が難しいかと」
「抜かしおる。名を呼ばれるたびに喜色を浮かべて媚びへつらっていたのはどこの誰だったかな?」
「憎まれ口を叩きながらも常にその姿を目で追っていた方ほどではありませんよ」
もはやあの婆さまに会うことはないという事実がそうさせたのだろう。戯れを交わしながら、つかの間戻ることのない若かりし頃の日々に想いを馳せた。
「――ところで、お前はどちらに見た?」
そんな折、ふと思いついて問いかければ、すぐに察したジュナスはわずかに考え込んだ。
「……見たところ十代の後半でしょうが、その年頃にしてはやや小柄かと。顔立ちはともかくとしますと、男としては華奢に過ぎるかと思いますが、しかし女と見るには全くの発達が見受けられません」
「おもしろい見解だな、お前は機工の成育を語れるのか」
「これはしたり、その前提が抜けておりました。ならばわざわざそのように造ったのでしょうな」
「身につけていたのは男物とはいえ、昨今では女が着ていても珍しくはないものであったな」
「声音はそれこそ変声前の子供に近かったかと。どちらともとれるでしょう」
「かろうじて自身の呼称が男寄りであったが、断定に足るものではなし」
まったくあの婆さまは。いったいどのような理由であんな男とも女ともとれない容姿と定めたのか。あれでは面相も相まって数多の者を惑わすこととなるだろうに。
「――まあどちらでもかまわぬか。あの婆さまの子であるなら、我々にとってはそれでいい」
「御意」
そう、私は――我々は託されたのだ。遙かな昔、共に憧れ焦がれた女の最愛の子を。さんざんに聞かされ語られ、誰にどんなことを言われようともそれでも求め続けていた途方もない夢の、その結晶を。
ならばその信に恥じぬよう振る舞うのみ。それが男としての、せめてもの矜持なのだから。
これで序章は終わりです。主に主人公の紹介パートとさせてもらいました。
次の一章から本格的に物語が始まります。といっても、タイトルにあるように漫遊なので比較的のんびりな予定ですが。