近況
「やっほーガイウスおじさん、お久しぶり」
「誠に久しいことだな、ウルよ。約束を忘れたのかと思っていたところだ」
「いや、まだ半月くらいだよ? そこまで目くじら立てないでほしいなー?」
「『週に一度は顔を出す』という約を違えたのはお前だ。相応の反省を促す意味でもこれくらいは甘んじて受け入れろ」
「ボク、そこまで子供じゃないんだけどなー……」
久しぶりに顔を合わせたと思ったらのっけからおしかりを受けて、ボクはついため息を吐いた。
明日は依頼の出発日という今日、場所は公爵家の応接間。ボクは一通り準備することはし終えたので、一度ガイウスおじさんに顔を見せに来ていた。次の依頼は一週間以上来れないことが確定しているし、そのことを伝える必要もあったからだ。なにせご覧の通り、約束の一週間で顔を見せに来なかったからって実の孫娘を様子見に派遣し、出会い頭にそのことを叱ってくる過保護な前公爵様だ。十日以上無断外泊しようものなら帰ってきた時が恐い。
「そもそも臨険士をやってる相手に定期的に連絡しろって言う方が難しくない? しかも一週間ごとに直接来いって依頼によってはけっこう厳しいよ?」
テーブルを挟んで向かい合いながら座っているガイウスおじさんにそうぼやいてみせれば、おじさんはもっともらしい顔で一つ頷いた。
「それくらいはわかっている。そういう時は事前に断りでも入れに来ればすむ話だろう。急なことならば言伝を頼めばそれで足りる」
「あ、それでいいの?」
「これでもあの婆さまからお前を頼まれた身なのでな。お前が縛られるのを嫌う性質だろうことは理解しているが、最低限庇護対象の動向を把握しておかねばいざという時に迅速に動けん」
やっぱり過保護だな、ガイウスおじさん。ボクも見た目は幼い感じだけどこの世界的には立派な成人だし、前の世界の記憶もあるしでたいていのことはどうにかできるのに。
「心配しすぎじゃないかなー……」
「自ら『兵器』と名乗るような存在を早々野放しにできるものか。幸い街で問題を起こしてはいないようだが、だからといって気を抜くわけにもいかん。つい最近、お前が向かったらしいカルスト樹林で謎の破壊痕が見つかったばかりでもあるしな」
そう言いながらスッと細められるガイウスおじさんの視線から逃げるように目を逸らした。ヤバイよ、今の絶対察していらっしゃるやつだよね? やっぱりあれはやり過ぎだった? いやでもああでもしなきゃあの数の小鬼を殲滅するには時間がかかり過ぎてただろうし、もしそうだったら出なくてよかった被害が出てたかもしれないんだし、ボクに非はない! ……たぶん。いや絶対!
「ま、まあボクもちゃんと節度とか常識とかはわきまえてるからさ、ガイウスおじさんが心配するようなことなんて絶対とは言わないけど、早々起こらないし起こさないからさ!」
「私としてはそうであることを祈るばかりだ」
「それより今日来た用件なんだけど! 今度護衛の依頼を受けたからまたしばらくレイベアを離れることになったんだ!」
これ以上あの事件について追及されたら分が悪くなりそうだったので、話を変えるべくちょっと強引に本来の用件と依頼の詳細を伝えた。
「――なるほど、あの少々頼りなく見える婆さまの弟子からの依頼か」
「あ、知り合いなの?」
話を聞いたガイウスおじさんがそう漏らしたのが意外だったけど、よく考えればどっちもイルナばーちゃんと親しい間柄なんだ。今はどうか知らないけどばーちゃんが現役だった頃に顔を合わせているのは当然だろう。
「かつて面識を持ったことはあるな。もっとも、向こうは私のことを変わり者の貴族と認識している程度だろうが」
「変わり者って自分で言っちゃうんだ……」
「なんだかんだと言いながら、あの婆さまとの腐れ縁が続いた時点で私も立派な変わり者だろうよ」
そう言って自嘲するように笑うガイウスおじさんだったけど、その目はどこか昔を懐かしんでいるような色があった。若かりし頃の思い出ってやつかな? イルナばーちゃんもおじさんやジュナスさんとの騒動を話す時は同じような目をしてたし。
……ところでおじさん、その論法だとボクも変わり者に分類されるような気がするんだけど?
「まあその件は了承した。出先で無駄な騒動や破壊を行わないように気を配るといい」
「確約はできないけど努力はするよ」
「……妙に不安になる返事であるな」
ガイウスおじさんの忠告を聞いて頭の中をあのムカつく青年の姿がチラリとよぎったので、言葉を濁しつつも前向きに検討することだけは伝えておく。ボクの方にその気がなくても向こうが何かやらかしてくる可能性は否定できないからね。
「まあよい。ちょうどいい機会でもあるし、こちらのことも伝えておこう。お前が呼び寄せた三人だが、お前が屋敷を出てからも大過なく過ごしている」
「あ、そうなんだ。それはよかった。普段はどんな様子なの?」
ガイウスおじさんが振ってきた話題に思わず身を乗り出す。これでもマキナ族のトップで三人を紹介した手前もあるし、住居を移したとはいえその辺りのことはけっこう気になってたんだよね。
「さすがはあの婆さまが生み出した種族だけはある、といったところだな。皆の言を聞くに馴染んでいるようであるし、割り当てられた仕事も驚く早さで覚えて的確にこなしているようだ。私の教育に関してもすこぶる飲み込みはいい」
「そうなんだね。順調そうで何よりだよ」
「だがまあ、精神としては未熟――というよりも幼いところがやはり見受けられるな。特に感情を隠す点についてはそれと指摘しなければ一切行おうとしないのが困りものだ」
「……まあそれに関してはマキナ族自体がそういう子たちだって割り切ってくれると助かるよ」
ガイウスおじさんが指摘したことについて心当たりがありすぎるので、少し遠い目になりながらも断りを入れた。実際、マキナ族の子たちはなぜかそろいもそろって感情をストレートに表す子ばかりだ。マキナ族の中では特に表情の変化が乏しいタチバナだって、少し付き合えばすぐに喜怒哀楽を感じ取れるくらいには態度に感情が出ている。別にそういう風に設定されているわけでもないはずなのに、未だに解せない。
でもまあ、種族的に裏表がないっていうのはマキナ族の特性を考えれば悪いことばかりじゃないだろう。信用ならない相手が兵器クラスの戦力を持っていたら誰だって警戒するだろうから、そういう意味ではこの性質は好ましいって思ってる。
「――いろいろありがとう。それじゃあ、ちょっとみんなの様子を見てくるね」
「うむ、そうしてやれ。仮にも一族を率いる者ならば下の者のことは常に気にかけておかねばならんぞ?」
「わかってるよー」
その後も二、三のやりとりをしてから席を立ち、ガイウスおじさんに断りを入れてから応接間を出た。
「ウル様ぁー!」
その途端、歓声と共に飛びついてくる人影。ちょっとびっくりしたけど、今の声とこういうことをしてきそうな相手がすぐに結びついたので、慌てず騒がず受け止めてあげる。
「久しぶりだね、シグレ」
「ほんとですよ! ウル様がお屋敷を出てから会いに来てくれなくてとっても寂しかったんですよ!」
「あー、ゴメンね。こっちもいろいろ立て込んじゃってさ」
レンブルク公爵家の侍女服を着たシグレがボクに頬ずりしながら文句を言ってきたので、ご機嫌取りの意味でもされるがままにしていると、シグレの頭にげんこつが振ってきていい音を立てた。
「ぎゃんっ!?」
「いい加減にしないか! 王に対して失礼な上に、公爵家のお客人に対して侍女が取る態度ではないだろう!」
そうやって厳しく叱りながらきっちりと執事服を着こなしたヒエイがボクからシグレを引きはがす。
「あ~ん、ウル様助けて~」
「……これ以上粗相をするなら、ガイウス様に言いつけるが?」
「ごめんなさい心を入れ替えてウル様をおもてなしするからそれだけはやめてくださいどうかお願いします」
その強制的な行動にものすごく不満そうな顔をしていたところにヒエイが声を低めて脅しらしきものを入れると、手の平を返したように頭を下げて平謝りに謝るシグレ。その怯え方がわりと本気みたいなんだけど……ガイウスおじさん、いったい何をしたの? あと、おじさんはすぐそこにいるからこのやりとりも全部筒抜けなんじゃないかな?
「まあ、ヒエイもその辺にしてあげて。こういう元気の良さがシグレのいいところなんだからさ」
「はっ! 王がそうおっしゃるなら……」
「う、ウル様~っ!」
たぶん聞こえてるだろうガイウスおじさんへのフォローも兼ねて取りなすと、ヒエイは素直に従いながらも、嬉しそうな顔で再度抱きついてきたシグレに対して微妙に不満そうな顔を向ける。……ひょっとしてなんの躊躇いもなく抱きつきに来るシグレがうらやましいのかな? ヒエイはそんなキャラじゃないと思ってたけど、そういうことなら遠慮しなくていいのに。
「ほ~ら、ヒエイもおいで」
「お、王!? 何をなさるおつもりです!?」
シグレをくっつけたまま空いている手でヒエイを引き寄せようとすると、ものすごく動揺をあらわにして距離を取られた。
「え? 何ってシグレを見てる目がうらやましそうだったから同じようにしてあげようかと……」
「王よ、勘違いなさっては困ります! 自分はガイウス様や他の方々から受けた教育の成果を王へ示そうともしないシグレの有様が不本意なだけでありまして――」
「あはは、ヒエイが照れてる~」
「お前は黙れ! そして少しは自身の行動を省みてより良くするように努めろ!」
「わたしはウル様が認めてくれたからいいんだも~ん。ガイウス様も言ってた『ぶれーこー』ってやつよ」
「それは『礼』を実践できる者が例外として許されるものであって、お前のものはただの『無礼』だ!」
「え~、わたし難しいことわかんな~い」
「この――!」
なぜかやいのやいのと言い合いを始めた二人にボクは苦笑いするしかない。里でもよく似たようなことはやってたから相変わらずといえば相変わらずか。まあこっちに来てから一月程度で早々変わるはずもないか。
そんなことを思いながらふと気になって背後を振り返ると、半開きのままだった応接間の扉の向こうからガイウスおじさんが半眼でこっちを眺めていた。その視線は言い合いを繰り広げている二人にバッチリ固定されている。あ、これはあれだね。二人して後でこってり絞られるやつだね、きっと。
「ウル様、お久しぶりです」
近い未来に二人へ降りかかるだろう受難を思って心の中で合掌していると、かたわらから呼びかける声がした。そっちを見れば今日はお嬢様ルックのエリシェナとなぜかふくれっ面のカイウスの姿が。今来たばかりって様子もないから、どうやらボクのことを出待ちしていたらしい。
「六日ぶりだね、エリシェナ。カイウスも久しぶり」
「はい、お変わりないようでなによりです」
「たった数日で変わる要素もないからねー」
そんな風にエリシェナと軽く挨拶を交わした後、改めてあからさまに不機嫌顔のカイアスへと視線を向ける。
「で、カイウスはなんでそんな機嫌悪そうな顔してるの?」
「別に、機嫌の悪い顔なんて――」
「どうも、お爺さまから同行許可が出なかったせいで、わたしと一緒にウル様の元へ伺いに行けなかったことが残念だったようです」
「姉上っ!?」
そっぽを向いて否定しようとしたところにお姉ちゃんのあっさりとした暴露が入り、顔を真っ赤にして声を上げるカイウス。
「あら、違ったのですか? てっきりウル様に会いに行けないからとばかり……」
「別に、こいつに会えなかったからって僕が不機嫌になるはずがないじゃないですか!」
「そうなのですか? では、臨険士の方とお話しすることができなかったからですか?」
「違います! そもそも、僕は不機嫌になんかなっていません!」
首をかしげるエリシェナに全力で否定を返すカイウス。うん、たぶんだけど純粋にエリシェナと一緒にいられなかったことが不満だったんじゃないかな、このシスコン気味のお坊ちゃまは。言ってもいいけど素直に認めるかどうか怪しいし、認めたところでエリシェナのことだからサラッと流しそうで、そうなるとさすがにちょっと可哀想だから黙っておいてあげよう。
「それでエリシェナ、なんかボクが出てくるのをわざわざ待っててくれたみたいだけど、どうして? 普通に入ってくればよかったのに」
「わたしも初めはそのつもりだったのですが、シグレ様とヒエイ様が自制して待っていらっしゃったのを見たら、なんとなく入りづらくなりまして……」
そう言いながらエリシェナはどこか困ったような表情で、わりとどうでもいいネタを持ち出してまで言い合いを継続しているシグレとヒエイに視線を向けた。なるほど、そろって出待ちしてたのは二人が原因か。出会い頭のシグレがあんな調子だったから思いもしなかったけど、あれでもちゃんと我慢していた方だったらしい。
まあよく考えてみれば二人がボクに会いたがるのは当然だろうけど、今の立場は一応公爵家の使用人扱いになっているはずだ。そんな一使用人が前当主の来客対応中に乱入するなんて普通はあり得ない。
その辺の心構えを学んでいたからこその出待ちだったんだろうけど、その目の前で横入り的に入室するのがエリシェナにはためらわれたらしい。もしそうなっていたらヒエイはともかく、シグレがうらやましそうな視線を向けていただろうことはすぐに想像がついた。うん、確かにそれは気まずいよね。
「……なんか、うちの子たちがゴメンね?」
「いえ、たいした時間ではありませんでしたし大丈夫です。それにしても、相変わらずマキナ族の方はウル様のことをとてもお慕いしていらっしゃいますね」
「うん、まあ、ありがたくもいまだにちょっと照れくさいんだけどね――はい二人とも、そろそろいい加減にしなさい!」
微笑ましいものを見るような目でボクたちへ視線を向けるエリシェナに苦笑して応えつつ、終わる兆しをみせない二人の不毛な言い合いを終わらせるために一喝した。




