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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
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指名

 シュルノーム魔導器(クラフト)工房での魔導式(マギス)談義から三日、ボクたち『暁の誓い』のメンバーはそろって組合(ギルド)に向かった。目的はもちろん依頼を受けるためだけど、今回はひと味違う。なんと、指名依頼が入ったのだ!

 昨日も依頼を受けようと組合(ギルド)に行きはしたもののめぼしい依頼が見つからず、全員の懐に余裕があったからそれぞれ思い思いに過ごしたその夜、組合(ギルド)の職員の人が拠点にしている『空の妖精』亭を尋ねてきたのだ。話を聞けば『暁の誓い』を指名した護衛依頼が入ったそうで、そういった指名依頼があった時は滞在場所がわかっている臨険士(フェイサー)に関してはこうやって組合(ギルド)職員が事前に連絡に来ることになっているらしい。

 そしてその依頼主はシュルノーム魔導器(クラフト)工房のアリィ・シェンバー。厳密に言えばパーティじゃなくてボクを指名した依頼だったようだけど、それでも結果は同じとリクスとケレンは一も二もなく頷いた。シェリアも昇格条件のことがあるからか特に異論は挟まなかったし、ボクとしてもせっかくアリィが頼ってきてくれたんだから受けない理由がない。

 そして詳しい話は翌日組合(ギルド)でってことになったので、組合(ギルド)が開く時間を見計らって『空の妖精』亭を出たわけだ。


「いやー、本当にウル様々だな。まさかカッパーランクに上がってそうそう指名依頼を受けられるなんて思わなかったぜ。しかも相手はシュルノーム魔導器(クラフト)工房ときたもんだ!」

「そうだな。本当にありがたい話だよ」


 道すがら、昨日指名依頼の話を聞いてから興奮冷めやらぬ様子のケレンがにやけ面を惜しげもなくさらしている。リクスもその言い分には賛成らしく、見るからに気合いが入っている様子だ。新入りで後輩のコネだとかは特に気にしてないらしい。使えるものはなんでも使おうというたくましさは見ていて気持ちがいいね。

 対してシェリアはというと、特に何か言うでもなく単に依頼を受けに行くって感じだ。まあこの前の様子からして昇格自体には興味もなく、どちらかというと臨険士(フェイサー)として生計を立てられればそれでいいみたいなスタンスらしいし、上を目指している二人に比べたら反応は薄くなるだろう。

 でもこういう人に限って仕事はきっちりこなすんだよね。実際にこの歳でシルバーランク目前っていう実績がシェリアの優秀さを物語っている。

 そんな感じで歩くうちにお馴染みの組合(ギルド)に辿り着き、掲示板前で繰り広げられている依頼の争奪戦を横目に見ながら空いている受付嬢の人に声をかけた。


「おはよう。昨日連絡のあった指名依頼の件で来たんだけど、今大丈夫かな?」

「おはようございます。『暁の誓い』のみなさんですね? お話はうかがってます。こちらが件の指名依頼の依頼票と、その詳細です」

「ありがとう」


 受付嬢の人が手際よく用意してくれた書類一式を受け取り、まずは依頼票の方をみんなにもよく見えるようにしながら目を通した。


《内容:隊商の護衛・実働要員

 場所:レイベア~プルスト間

 期間:片道四日の往復、目的地で一週間の滞在

 報酬:一人頭千二百ルミル

 発行:シュルノーム魔導器(クラフト)工房

 補足:発注より三日後に出発、移動手段は依頼主が提供、目的地での滞在に一部支援有り》


 なるほどなるほど。うん、わからない。


「護衛の依頼ってこんな感じが普通なの?」


 この世界の地理とか依頼の相場とかがまだよくわかっていないので、考えるのを早々に放棄して経験者に尋ねてみた。


「いや、おれ達も護衛依頼を受けるのは初めてだから、これが普通なのかって話になると……」


 そうしたらリクスは困り顔で実に頼りない返事をくれた。そういえば『護衛』系の依頼が受けられるようになるのってカッパーランクからだっけ? ならこの間昇格したばっかりの二人にはわかるはずもないか。

 それならと思ってシェリアを見たけど、目が合うと無言で首を横に振られた。まあシェリアも今までこういった依頼を避けてきたんだから、わからなくてもしかたないか。


「んー……でもまあここからプルストまでで片道四日ってことは、少なくとも徒歩じゃないわな。馬車でもちょい厳しいだろうから、移動手段ってのはたぶん魔動車だろうな」


 そんな二人を後目に、ケレンが依頼票と睨めっこしながらブツブツと分析を始める。


「シュルノーム魔導器(クラフト)工房が持ち出す魔動車なら性能はいいだろうし、移動に関しては楽ができそうだな。こういった依頼は複数の臨険士(フェイサー)に出してある程度数をそろえるのが定石だし、もし襲撃があったとしても余裕はあるだろうな。それで一人頭千二百ルミルに滞在費用を一部とはいえ負担してくれるなら、割のいい部類に入るんじゃないか?」


 そう言って自信満々のドヤ顔をこっちに向けてきた。おー、なんか今のすごい臨険士(フェイサー)っぽいね。その顔はちょっと殴りたい衝動に駆られるけど。

 一応称賛の言葉を投げかけようか迷ったけど、そのまま見てたら本当に殴りたくなりそうだったのでスルーすることにして、詳細が書き込まれた依頼書の方に目を移した。そうすればつい今し方ケレンが推測したようなことが詳細に書きつづられていてびっくりした。


「すごいねケレン、今こっちの方読んでみたけど、だいたい言った通りのことが書いてあるよ」

「ふっふーん、そうだろ? 依頼票から詳細を推測するなんて一流臨険士(フェイサー)には必須なんだぜ?」


 今度は素直に褒めてみると、鼻高々といった様子で自慢してくるケレン。なるほど、概要から依頼の詳細を推測できるようになれば、掲示板にある段階で割のいい依頼や危険度の高い依頼なんかを選り分けられるようになる。そうすれば自分たちの力量に見合った依頼かどうかを判別できるようになるわけだ。確かに必須技能な気がするね。ドヤ顔がうざいことには変わりないけど。


「――それじゃあさ、せっかくの指名依頼でしかも知り合いだし、ボクとしては受けたいんだけど問題ないのかな?」

「うん、いいと思うよ」

「こんないい依頼、受けなくてどうするよ?」

「……いいんじゃないかしら」


 依頼書の内容を一通り確認してから、他のみんなが読み終わっただろうタイミングを見計らってそう声をかけると、そんな感じでそれぞれに肯定が返ってきた。まあこれまでの反応からして予想はしてたことだけどね。シェリアが若干乗り気じゃない様子だけど、どうせいつかは似たような依頼をするんだし、正体がバレないよう協力は惜しまないからさ。


「では、受領ということでよろしいですか?」

「うん、それでお願い」

「はい、承ります。みなさん、登録証(メモリタグ)の提示をお願いします」


 最終確認を取ってくる受付嬢の人に頷きを返すと、手早く手続きを進めてくれた。


「はい、これで登録が完了しました。出発は本日より三日後の早朝となってますので、それまでに準備を整えておいてください」

「わかった。ありがとう」


 そう言って混雑し始めた受付前からさっさと離れ、準備の打ち合わせをしつつ組合(ギルド)を出ようとしたところ、ボクたちの行く手を遮るように立ちふさがる影があった。


「――聞き覚えがあるとは思ってたが、やっぱり『暁の誓い』はお前達のパーティだったか」


 立ちふさがった人物からそんな声が発せられて、ボクたちは打ち合わせを中断して立ち止まるとそろって相手を見た。

 そこにいたのはボクたちの中の誰よりも上背のある男の人だった。短く刈り込まれた明るめの茶髪と淡い青の瞳を持ったなかなか整った顔立ちだ。ただ、若干幼さが残っているところからしてリクスたちと同年代か、せいぜい一、二歳年上なくらいだろう。ややがっしり目の無駄なく引き締まった体の上にはしっかりとした造りの皮鎧(レザーアーマー)を纏っていて、使い込まれた雰囲気の両手剣(ツーハンドソード)を背負っている。

 ボクにはてんで見覚えのない相手だったから内心で首をかしげたけど、その青年はボクたちの顔を一通り見定めると睨み付けるような視線をリクスに向けた。


「あーっと……イルバスだったよな。久しぶり――」

「『赤影』に『虹髪』とは、ずいぶんとうらやましい仲間じゃないか、なぁおい?」


 リクスの挨拶が挨拶したところを見ると知り合いらしいけど、挨拶を遮って返しもせず、眉間に皺を寄せた険しい顔で詰問してくる様子を見ればどうにも友好的とは言い難い関係のようだ。それと、今なんか変な名称入ってなかった?


「……知ってる人?」

「あー、一応同期ってことになるのか? この前カッパーランクの昇格依頼を受けただろ? あの時一緒になった一人だよ」


 とりあえずリクスの知り合いってことはケレンも知ってるかもしれないと思ってこそっと尋ねると、思った通りすぐに答えが返ってきた。なるほど、そういえばあの時そこそこの団体さんだったね。他の参加者の顔なんて気にも留めてなかったから全然わからなかった。


「で、たまたま臨時で組んで討伐になったんだが、その時からなぜか妙に俺ら――特にリクスのことを敵対視しててな……」

「何か怒らせるようなことでもした?」

「いや、さっぱりだ。思い当たるとしちゃ、ちょっと危ういところで何度か助け助けられした負債がやや俺らが多かったぐらいか?」


 あの剣幕はよほどのことがあったに違いないと思って問いただしてみたけど、ケレンは本当に心当たりがないのか非常に困った様子で頬をかいている。

 うーん、確かにリクスの性格からして人のいやがることをするなんて思えないし、うっかりやってしまったとしてもすぐに誠心誠意謝ってそうだ。命の貸し借りにしたって共闘してればどうしたって出てくるだろうし、ボクたちが出会った時みたいな致命的な場面でもなければ『次に何かあったら返してくれ』的なのが普通じゃないかな? その辺はまだよくわからないけど、少なくともいちいち気にしてたらキリがないだろうなってくらいは想像できるし。


「うらやましいって……確かに、二人に比べておれ達の実力が足りてないのは自覚してるけど――」

「しかもその縁で指名依頼まで受けられるなんて、ぜひとも代わってもらいたいぐらいだな」

「……運が良かったのは認めるよ。だけどおれだってこのままじゃ駄目だってわかってるからちゃんと毎日鍛えて――」

「実力の高い仲間に負ぶわれ抱かれながらか? いい身分だな、本当に」


 ボクたちがコソコソ話しているうちにもリクスとイルバスって名前らしい青年の会話は続いていた。……会話というか、どっちかっていえばけなしてきている相手にリクスがどうにか反論しようとしている感じかな? 何このあからさまに喧嘩売ってきてる態度は?


「……とりあえず殴っていいかな?」

「いやいや待て待て! お前が馬鹿にされてるわけでもないんだから落ち付けって! こういうのは臨険士(フェイサー)やってりゃよくあることだっての!」


 ちょっと腹に据えかねてきたから確認を取ってみると、小声ながらも慌ててボクを押しとどめようとするケレン。確かに荒くれ者の先輩臨険士(フェイサー)が若手に因縁付けてくるなんてありそうな話だけど、目の前にいるのは同期なんでしょ?


「――それで、なんでわざわざおれ達に話しかけたんだい? 何か用があるのかな?」

「……なに、たいしたことじゃない。さっき張り出されたばかりの護衛依頼を受けたら、どこかで聞いたことのあるパーティが指名で参加するって話だったからな。念のためにと思って確認に残ってただけだ」


 そんなボクたちのやりとりが聞こえたのか、リクスがやや焦ったように声を張り上げて話題を逸らそうとした。相手はそれでも更に何か言いたそうだったけど、チラリとボクに視線をやるとその話題に乗っかる。……ボク、そんなに恐い顔とかしてたかな?


「なるほど。じゃあこうやって確認は取れたみたいだけど、他には何かあるかな?」

「正直今からでも受領を取り消しておけって言いたいところだが、言ったところで聞きはしないだろうからな。せいぜい足を引っ張るなよ」


 リクスの確認に対してそれだけ言い置くと、青年は身を翻して組合(ギルド)を出て行った。それを見送るリクスからは安堵のため息らしきものが漏れる。その様子からしてけっこう緊張していたらしい。まああそこまであからさまに敵視されてる相手と正面から話すとなったら、たいていの人は緊張するだろうね。

 ……ところであいつ、なかなか聞き捨てならないことを言ってなかった?


「……ひょっとしなくてもさ、今度の依頼ってあいつも一緒になるのかな?」

「だろうな。『さっき張り出されたばかりの護衛依頼』で、俺らが指名依頼で受けたのも護衛だし、最後に『足を引っ張るな』とか言ってたしな」


 できれば違ってほしいなーなんて願いを込めて誰にともなく聞いてみると、ケレンが真っ向からぶった斬ってくださりやがった。あーそうですよねーわかってましたとも。正直あんな相手としばらく一緒にいないといけないって考えただけで気が滅入りそうだ。


「この依頼、受けない方がよかったかなぁ……」

「いやいや、こんな好条件の、しかも指名依頼を受けないなんてそれこそない話だって。それにあいつ、同じ昇格依頼を受けた中じゃ実力は飛び抜けてたし、そういう意味じゃ実に頼りになると思うぜ?」


 思わず漏れたぼやきをケレンがたしなめてきて、ついでとばかりに好材料を提示してくる。その言葉にリクスも頷いているところを見ると、少なくとも二人がそう言って納得するほどの相手らしい。


「……まあ最悪、交流は最低限にすればいいのよ」


 シェリアにまでどこか達観したようなことを言われて、ボクはため息と共に覚悟を決めた。そうだよね、人間生きていれば気にくわない相手と一緒になることくらいよくある話だよね。そのたびにいちいち気にしてたら楽しい人生なんて望めないし、どこか適当なところで割り切るなり落としどころを見つけるなりした方がよっぽど建設的だ。

 そう思うことでとにかく気を取り直して、ボクたちは依頼のための準備に向かうことにした。確定したことに関していつまでも悩んでいたってしかたないからね

 ……どうしても無理そうなら物理的に黙らせることを心に決めおいたのは内緒だ。




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