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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
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同類

 翌日、お店が始まる時間よりも前にボクはシュルノーム魔導器(クラフト)工房の扉をくぐった。今日は依頼明けってことでそれぞれ一日自由時間なのでみんなとは別行動だ。ケレンは一緒に来たがったけど、丁重にお断りしたらシェリアにど突かれてリクスに引きずられるようにしてボクの単独行動を許してくれた。うん、何も問題はなかった。


「――こんにちはー。アリィかサリアさんいる?」


 入り口付近で開店準備をしていた店員の人にそう声をかけると、一瞬胡乱げな視線を向けられたけど、ボクの姿を認めた途端何かに気づいたように聞いてきた。


「すみませんが、もしかしてウルさんですか?」

「うん、そうだよ」

「そうでしたか。店主から話は聞いています。少しだけここで待っていてください」


 そう言いおいて店員の人は店の奥に向かった。それからすぐにサリアさんが店に出てきて迎えてくれる。


「お久しぶりです、ウルさん。お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「今日は自由時間だから大丈夫だよ。昨日帰ってきて組合(ギルド)で伝言を受け取ったんだけど」

「はい、わざわざお越しいただきありがとうございます。お話はアリィの研究室で伺いますので、こちらにどうぞ」


 案内されるまま奥の共同研究スペースを経由して二階へ、突き当たりにあるアリィの研究室まですぐに到着する。


「アリィ、ウルさんが来てくれましたよ」


 サリアさんが扉をノックしつつそう伝えれば、返事の代わりに何かを盛大にひっくり返すような音と女の人の悲鳴が聞こえてきた。そんな状況で慌てず騒がず扉を開けて研究室へと入るサリアさん。

 ボクもあとに続けば散乱した製図用の機材の下に埋もれている狐耳と尻尾を持つ女の人の姿があった。なんというか、アリィって誰かが研究室に来るたびにいろいろひっくり返していたりするんだろうか?

 その見事なドジっ娘属性に内心呆れつつかたわらの机に残されている図面に目をやった。どうやら魔導式(マギス)の設計図を書いている最中だったらしく、紙面の上に書きかけの魔導回路(サーキット)が描かれている。ふむ、術式からして圧力系かな? でもこんなに小さく高出力にしてどうするつもりなんだろう。


「ねえアリィ。この術式、こんなに狭い範囲に圧力をかけてどうするの?」

「え――これ、わかるんですか!?」


 興味が出たので魔導回路(サーキット)を検分しながら書いた本人に尋ねてみると、呆れ顔のサリアに救助されたばかりのアリィが目の色を変えて食いついてきた。


「うん、これくらいならわかるよ。生まれてからずっとイルナばーちゃんの助手みたいなことやってたし、術式遊びは今も趣味で続けてるしね」

「お師匠様の、助手……」


 目を見開いてそう呟いたアリィは次の瞬間、飛びつく勢いでボクに迫ってきた。


「これの術式、今ちょっと詰まってて、よければ意見をもらえませんか!?」

「いいけど、まずこれなんの用途で組んでるの?」

「これはですね、パンなんかをぎゅっとすると嵩が減るじゃないですか。そこから着想を得て、範囲にある物質――今回は液体に特化させてますけど、それに高圧をかけることで貯蓄に必要とする容積を大幅に減らすことで、同じ空間でより多くを保管できるようにする魔導器(クラフト)に使うための魔導式(マギス)なんですよ。ただ、実用的な出力にしようと思ったらどうしてもこれくらいの記述面積が必要になるんです。最終的には個人で持ち運べる大きさに納めたいんですけど、これ以上はわたしじゃどう頑張っても圧縮ができなくて……」


 立て板に水といった感じで術式の用途と現状の問題点を教えてくれるアリィ。この辺はさすがに魔導師(プロフェス)――魔導式(マギス)に熟達した一流の魔導士に贈られる称号を認められているってところだね。魔導回路(サーキット)の設計図も緻密に整然と、けどちゃんとした知識がある人なら再現難度も低そうな感じに仕上がっている。アナイマ族でも知力に優れるって言われてる狐持ちの恩恵もあるのかな?

 ただまあ、確かにアリィの言う通り、目の前にある魔導回路(サーキット)を描こうと思えば最低でも大人の腰はあるサイズの樽がどうしても必要になるだろうな。そこに起動や魔力の供給などなど最低限の機構を組み込むだけで倍くらいの容積にはふくれあがる。倉庫に保存しておくならともかく、少なくとも普通の人が携行していいって思えるサイズじゃないだろうね。


「――とりあえず、ここの術式をこっちに変えたら、ここからここまで削っても同じ効果は得られると思うよ」


 術式全体をざっと見て、とりあえず効率化できそうな部分を指摘しつつ代わりに必要な魔導回路(サーキット)を設計図の余白に描いてみせると、アリィはそれを食い入るように見つめた。


「……初めて見る術式です。でも、確かにこの記述なら効力を落とさずに魔導回路(サーキット)をずいぶん省けそうですね。ひょっとして、お師匠様が?」

「うん、ボクがイルナばーちゃんと一緒に編み出したんだ。これのおかげで魔導回路(サーキット)の省略がだいぶん楽になったよ」


 なにせ人間の体表面積で描画できる範囲に魔導兵器(ギア)に載せるような術式を押し込んでるんだ。術式の圧縮と魔導回路(サーキット)の省略に関しては正攻法から裏技的な方法までバッチリ網羅している。目の前にある程度の規模の術式なら一日あればアリィが望むレベルまで魔導回路(サーキット)を縮小する自信があるね。

 ただし、それはそれとしてこの魔導式(マギス)を使った魔導器(クラフト)を実用化するにはいくつか問題点があるんだけど、そっちはわかってるのかな?


「術式の圧縮ならボクでもなんとかなるけど、これを使うとなると機能が停止するとか、それでなくても密閉が緩んだ瞬間とか、それまでかかっていた圧力がちょっとでも減った途端に一気に膨張しない?」

「……あ」


 ボクの指摘に目を見開いて声を漏らしたアリィ。どうやらどう術式の方をどうにかすることばかりで、ハード方面の問題までは考えていなかったらしい。危ない危ない、一歩間違えたら水圧砲とか水圧爆弾とか、そんな感じの超危険魔導器(クラフト)が創り出されていたところだった。


「それに、いくら圧縮したところで重さが減るわけじゃないし、むしろ圧縮するほど見かけ以上の重さになるから、設備としてならともかく携行品としては向かないんじゃないかな?」

「も、盲点でした……」


 さらなるダメ出しを重ねると、アリィはがっくりとうなだれてしまった。うーん、見過ごせなかったからってちょっと言い過ぎたかな? アリィにも一流としてのプライドとかあるかもしれないし、いくら恩師であるイルナばーちゃんの助手だからってボクみたいな外見お子様にやりこめられていい気にはならないだろう。フォローも入れておかないと。


「でも、見かけの質量を減らすための発想としては理に適ってると思うよ。魔導回路(サーキット)もすごく丁寧で見やすいし、さすがはイルナばーちゃんの一番弟子だね」

「……ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえるとすごく嬉しいです」


 ボクが素直な感想を述べてみると、なぜだかアリィは言葉通りに本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。確かにフォローのつもりだったけど、逆にそこまで喜ばれるようなことを言ったつもりもなかったのに。

 そんな思いが伝わったのか、アリィは昔を懐かしむような表情で語ってくれた。


「――わたしがお師匠様に教えてもらっていた時もそうでした。わたしが気づかなかったところを、お師匠様は一つも漏らさず指摘してくれて、でもちゃんとできてる部分は別で褒めてくれて、わたしはそれが嬉しかったんです……」


 そこまで言ったところでアリィの目尻にじわりと涙が浮かんだ。え、待って今のまさか地雷だったの!? ここでまた泣き崩れられるのは勘弁してほしいんだけど!?

 また初対面の時の二の舞かと思って内心焦ったけど、アリィは何かをグッとこらえるように目を閉じると袖で涙を拭き取った。

 そして一転して晴れやかな笑顔を浮かべると、目を輝かせて身を乗り出してきた。


「ウルさん! 他にお師匠様が新しく編み出した術式なんてありますか!?」

「うん、結構あるよ。イルナばーちゃんもボクもいろいろ好き勝手にいじったり作ったりしてたからね」

「もしよければ、是非それを教えてもらえませんか!?」

「いいよー。じゃあまずはさっきの圧縮術式の解説から――」


 そんな感じで話を進めようとしたところにわざとらしい咳払いが聞こえた。何かと思って発生源のサリアさんを振り返れば、呆れた様子を隠そうともせずにボクとアリィを見ている。


「……専門的な話もけっこうですが、ウルさんはそれ以外に何かお話があったのではないですか?」

「「あ……」」


 サリアさんの指摘に間の抜けた声がハモった。趣味を語れる相手がいたせいでうっかり忘れかけてたけど、そもそもアリィにボクやマキナ族のことを話しに来たんだった。


「す、すみません。わたしが余計なことを聞いたばっかりに……」

「あー、それはむしろ最初に話を振ったボクが悪いから気にしないで」


 ものすごく恐縮した感じで何度も頭を下げてくるアリィにパタパタと手を振ってみせる。正直このまま魔導式(マギス)談義を続けたい誘惑があるけど、それは後でもできるしまずは用件を済ませておかないとね。


「さて、ここからはちょっと内緒の話になるんだけど、サリアさんも聞く?」


 まずはそう言って確認を取れば、当のサリアさんは少し考え込んでから慎重に口を開いた。


「……まずは確認したいんですけど、それはある種の部外者である私が聞いても大丈夫なことなのでしょうか?」

「他の誰にも話さないって約束してくれるなら別に構わないよ。秘密にしてほしいのもまだしばらくの間はってことだし、もしうっかり漏らしても少し面倒くさいことになるかなって程度の話だし」

「……イルヴェアナ様のことに関する話なんですよね?」

「そうだね。厳密に言うとイルナばーちゃんが遺したものに関してってことになるかな?」

「サリアなら絶対に大丈夫ですよ。いつも私を助けてくれていますし、約束したことは何が何でも守り抜いてくれます」


 確認を重ねてくるサリアさんに、ボクも現状話せる範囲で正直に答えていくと、横からアリィが妙に自信満々の様子で割り込んできた。その絶大な信頼を寄せる様子を見たサリアさんが少し視線を逸らす。微妙に頬が赤くなっているところを見るとどうやら照れているらしい。そのギャップに自分でも顔がニヤつくのがわかる。


「アリィがここまで言うなら、ボクとしてはむしろ聞いてもいたいかなーって思うんだけど?」

「……そうですね。アリィがうっかり口を滑らせた時にフォローができるよう、私もお話を聞かせてもらいたいと思います」

「え、サリア? それどういうこと?」

「あーそうだね。ものすごくありそうだから是非聞いておいてもらわないと」

「ウルさんまで!?」


 ボクとサリアさんのやりとりを聞いてアリィがものすごくショックを受けたような顔になった。サリアさんの言い分は照れ隠しみたいなものだろうだけど、アリィのあの見事なドジっ娘属性を見せつけられた後じゃ、秘密って言われたことをうっかり喋るとか普通にありそうに思えて困る。まあ仮にも魔導師(プロフェス)なんだし、一研究者として秘密保全の重要性は理解しているだろうとは思うけど、心配なものは心配だ。決して面白い反応が見れそうだってだけの理由でああ言ったわけじゃないよ?



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