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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
三章 機神と機工
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夕餉

「……どうしたのみんな?」

「……なあウル、シュルノーム魔導器(クラフト)工房って、あのシュルノーム魔導器(クラフト)工房のことか?」


 首をかしげるボクに、なにやら鬼気迫る様子で詰め寄ってくるケレン。何これちょっと恐いんですけど。


「『あの』とか言われてもよくわからないけど、グローリス通りを少し行ったところにある魔導器(クラフト)を売ってるお店だよ?」

「嘘だろっ!? なんであのシュルノーム魔導器(クラフト)工房と繋がりなんか持ってるんだよ!?」


 微妙に身の危険を感じてじりじり退がりながら答えると、ケレンは信じられないとばかりに頭を抱えて叫んだ。なんだろう、何かまずかったのかな?


「何? あのお店の人と知り合いだったら何かまずいの?」

「い、いや、何もまずいことなんてない。むしろうらやましいくらいだよ」


 まさかと思って確認を取ってみると、リクスから慌てたようにそんな答えが返ってきた。よかった、評判が悪いとかそんな感じじゃなさそうだ。


「……なあウルさん。ものは相談なんですが、聞いちゃくれませんかね?」


 なぜか急に媚びるような笑顔になって中途半端な敬語を使い出すケレン。


「急にどうしたの? 気持ち悪いよ?」

「直球をありがとうよ、さすがに胸に刺さったぜ。――まあそれはいいとして、あの工房関係者の知り合いならあそこでの買い物に割引とか利かないか?」

「あーなるほど、そういうことね」


 言葉の割には平然としているケレンの言い分に思わず納得した。前に見た時は旅の便利グッズも取り扱ってたし、あちこち飛び回ることの多い臨険士(フェイサー)にはそういったものが必要になってくるんだろう。ただしそこそこいいお値段が付いていたから、ランクの低い臨険士(フェイサー)にはなかなか手が出せない代物なんだろうな。けど決して買えない値段でもないし、そこに割引があったりすればあるいは――ってところなわけだね。


「そうだね、明日行ったら割引してもらえるか聞いてみるよ」

「おっしゃ、やっぱ言ってみるもんだな!」

「ケレン、お前なぁ……」

「使えるものは使わないとだろ? それにいくらか割引が利くんだったら、いままでの蓄えでずっと狙ってたあれこれがそろえられるかもしれないんだぜ?」

「いや、まあ、確かにあるとすごく便利だから手に入れられるならそうしたいけど……」


 身内のコネを有効利用する気満々のケレンに対して、何かしら葛藤があるらしいリクスは悩ましげな表情をしているけど、様子からして気持ちはずいぶんと傾いているようだ。なんだかものすごく期待されてるみたいだけど、一応釘は刺しておかないと。


「言っておくけど、聞くだけ聞いてみるだけで絶対に割引してもらえるって決まったわけじゃないからね」

「いやー充分充分。駄目で元々のつもりだし、無理ならそれで普通に金を貯めればいい話だしな」

「それならいいんだけどさ……シェリアもやっぱり買えるなら買いたいの?」


 やけに物わかりがいいケレンの言葉に一応納得はしつつ、ここまで傍観していたシェリアに話を振ってみた。そうすると彼女は言葉を選ぶかのような間を置いてから口を開く。


「……なくてもやりようはいくらでもある。けど、あったら確かに楽になるっていうのは事実ね」


 まあそれが便利グッズなんだから、感想としてはそんなものか。

 ……でも、人間楽をできるなら楽したいよね。しょうがない、ここはボクが仲間のために一肌脱いであげようか。アリィならお願いすれば簡単に了承してくれそうだけど、サリアさんの方が手強そうなんだよね。




 話も一段落したことだしと組合(ギルド)を出て、ボクたちは久しぶりのおいしい食事と柔らかいベッドが待っている『空の妖精』亭へと戻った。どっちもボクには必要ないけど嗜好としては求められるので、どうせなら良質のものがいいのだ。


「――あら、お帰りなさい。依頼の方はどうだったの?」

「それが成果はさっぱりだったぜ。その間ずーっとイスリアさんと会えないのがもう寂しくて寂しくて。今晩辺り、慰めてもらえると嬉しいんだけど?」

「ふふ、そう言うことなら今晩の食事は腕によりをかけたものを用意するから、それでしっかりと英気を養ってね」


 宿に着くなり出迎えてくれたイスリアにちょっかいをかけようとして軽くあしらわれるケレン。ここに泊まりだしてからこっち、暇を見つけたら口説きに走るケレンを手慣れた様子で返り討ちにするイスリアっていう光景はちょくちょく見たけど、久しぶりに見るとなんだか得も言われぬ感慨みたいなのを感じる辺り、ボクもここでの生活に慣れ始めたってことなんだろうか。


「そういうことなら、夕食楽しみにしてるね」

「ええ、期待しててちょうだい。ウルの方はどうだったの? あなたのことだからたいていのことはなんでもないだろうけど」

「んー……まあいろいろと? たいしたことはないんだけどね」


 イスリアに聞かれて微妙に居心地の悪かった大規模調査を振り返りつつ、当たり障りのない感じで答えておいた。イスリアはボクの身の上をある程度知っていて黙っていてくれているけど、この場にはリクスやケレンの他にもけっこうな数のお客さんがいるしね。


「ああ、そうそう。ウル、ここ最近あなたを訪ねてくる娘がいるのよ」

「ボクを?」


 一旦荷物を置きにそれぞれの部屋に戻ろうとしたら、思い出したようにイスリアがそう告げてきた。けどボクに用がありそうな人に心当たりのないボクは首をかしげる。知り合いでわざわざ尋ねてくるような相手はいないと思ってたけど、いったい誰だろう?


「どんな子なの?」

「いつも通りならそろそろ来ると思うから、説明するより見た方が早いかもしれないわよ?」

「そっか。じゃあちょっと荷物置いてくるから、夕食を用意しておいてくれると嬉しいな」

「任せておきなさい!」


 そういうことで一旦部屋に戻ってからすぐにそろって食堂に降りた。適当なテーブルを囲んで仲間たちと雑談していると、店の扉が開いて新しいお客さんが入ってくる。


「いらっしゃいませ――あら、あなた。さっきお尋ねの相手が戻ってきたわよ」


 そんなイスリアの声が聞こえたのでひょっとしてと思ってそっちを見て、ちょうど口に運んでいた飲み物を危うく吹き出すところだった。


「ウル様、お久しぶりですね!」


 イスリアにボクのいるテーブルを教えられて嬉しそうな顔で近づいてきたのは、お嬢様育ちのはずなのになぜか庶民の服装を着こなしているエリシェナだった。


「……エリシェナ、何してるのさ」

「何とは言われましても、お爺さまに様子を見てくるよう(ことづ)かりましたので」


 呆れた様子を隠さないボクの問いかけにすまし顔で答えるエリシェナ。どうやらまたもやガイウスおじさんの公認らしい。ホントあの人何考えてるんだろう。


「様子見なんてなんでまた?」

「例の取り決めの期日が過ぎてもウル様が顔を出しに来ないので、それならこちらから出向けばいいとおっしゃってました」


 あー、週に一度は顔を出すってあれね。大規模調査との間に一度帰ってきてたけど、その時は事情聴取とか準備とかに忙しくてろくに伝言もできなかったから、それで心配になったのかガイウスおじさんの方から人をよこしたってことね。うん、過保護か。


「それで、その様子見をわざわざエリシェナがやってる理由は?」

「わたしが進んで申し出ましたから」


 重ねて聞けば笑顔でしれっと言ってのけるエリシェナ。この子はこの子で平常運転らしい。まあ冒険に憧れる身で臨険士(フェイサー)とふれ合える機会があれば見逃したくない気持ちはわかるし、本人が楽しそうだからいいか。

 そう思いながらなんとなく店の中を見渡すと、見覚えのある臨険士(フェイサー)風の格好をした護衛の人と目があったのでとりあえず会釈しておいた。どうも、いつもご苦労さまです。


「とにかく、ウル様がお元気そうなのでわたしも嬉しいです。それでなんですけれども、こちらの方たちが以前おっしゃっていた?」

「ああ。うん、そうだよ、ボクの仲間」


 エリシェナの疑問に応えて振り返ると、今までのやりとりを見守っていたパーティーメンバーを順に紹介していった。


「そっちが『暁の誓い』のリーダーをしているリクスで、その隣がリクスの相棒のケレン。それでこっちが斥候役で一番の先輩、シェリア」

「初めまして、皆様。エリシェナと申します。どうぞお見知りおきください」


 一通り紹介を終えたのに合わせてエリシェナがスカートをつまんで軽く膝を曲げるという、今の格好とは少し不釣り合いな挨拶をしてみせた。なんというか……フルネームを伏せて服装はそれらしくしているのに、連絡役の時と違って言葉遣いや態度といった感じのことは隠そうとしている気配が微塵もない。これじゃよっぽど察しが悪くない限り、いいとこのお嬢様がお忍び中だってすぐにわかっちゃうんじゃないかな?


「いいの、エリシェナ? そんな様子だと貴族ってバレちゃうんじゃない?」

「大丈夫です、こういった場合はこれくらいがちょうどいいとお爺さまに教わりましたので」


 心配になって小声で確認してみると、予想に反して自信ありといった様子の返事があった。というか、ホントに何考えてるんだろうガイウスおじさん。大貴族様の頭の中が謎すぎる。


「こっちこそよろしく。ウルとは知り合いみたいだけど、どんな関係なんだ?」

「端的に言えば知り合いの家族かな。レイベアに来てからこの宿に落ち着くまでの間お世話になってた家の子なんだ」

「ああ、前に居候しているって言ってた……一応聞いておくけど、その子貴族だったりするのか?」

「……やっぱりわかる?」


 後半部分で声を潜めながらそんなことを聞いてくるところをみると、リクスも察するものがあったらしい。一度拉致されたっていう実績もあるのに、こんな中途半端な隠し方をするとか今後が心配になってくる。


「そうか……わかった、ありがとう」


 けど、ボクの返事を聞いたリクスはなぜか納得した様子で深くは聞かずに引き下がった。その表情が妙に嬉しそうなのが気になるところだ。まさか変なことは考えてないよね?


「なんで嬉しそうなの、リクス?」

「いや、駆け出しの頃にお世話になった先輩に聞いた話なんだけど、位の高い貴族とかは依頼を出す臨険士(フェイサー)を吟味するのに直接会いに来ることがよくあるそうなんだ。そういった場合は見るからに貴族って格好で堂々と来るか、ある程度まわりの服装に合わせつつも自分が貴族だってわかる態度を取るかの二つが多いって聞いててさ。それが今回は後の方だってわかったから、つい」


 あーなるほど。つまり今の状況は貴族との繋がりができるかもしれないってことになるわけか。そういったところからの依頼だと報酬もいいだろうし、大物貴族から指名されたとかになると箔とかも付きそうだ。

 となると覚えをよくした方が損はない。つまりはよっぽどのことがない限り、会いに来た貴族側も余計な手出しはされないってことになる。そう考えればエリシェナの中途半端な態度も一見すると無防備に見えるけど、その実一定の保証が発生するわけなのか。


「いやー美形の知り合いはやっぱり美少女なんだな! まるで草原で楽しげに揺れるアロウェナみたいだ! 将来は誰もが振り返る美人になるって断言できるぜ!」


 まあ現在進行形でエリシェナに軟派な台詞を投げかけているケレンみたいな奴もいるから、絶対の保証はないんだろうけどね。蛇足だけど、アロウェナは草原なんかで咲く希少な花のことで、日の光を反射して金色に見える非常に綺麗な花だそうだ。


「お褒めいただきありがとうございます。ですけど、わたし程度ではとてもウル様には敵いません」

「いやいや、ウルは確かに他に見ないくらいの美形だけど、あそこまでいくと逆にこっちが気後れしちまう。それを考えれば親しみを持てる君みたいな美少女の方が断然有利だぜ?」

「まあ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


 すごいなーエリシェナ。ケレンの軟派な台詞を笑顔で受け流してる。なんというか、妙にこなれた感があるね。


「――はーい、おまちどおさま!」


 そんな感じでわいわい騒いでいると、両手両腕に見事なバランスで料理の皿を載せたイスリアが夕食を運んできた。宣言通り気合いを入れて作ったらしく、どれもおいしそうに見えるんだけど……ちょっと量が多くない?


「イスリア、これ四人分にしちゃ多くない?」

「ああ、そっちのお嬢さんの分も入ってるからね」


 あっさりと告げられた言葉に思わずエリシェナの方を見れば、にこにこ笑顔で『どうしましたか?』って感じで小首をかしげていらっしゃる。


「……食べていくの?」

「はい、ここに来たらいつもそうさせてもらっています」


 まさかの話にもう一度イスリアの方を見れば、肯定するように何度か頷いてみせた。いいのかな、公爵家のご令嬢が場末の酒場で庶民や臨険士(フェイサー)に混じって一緒に夕食なんて。


「……それとも、ご一緒させてもらうのはご迷惑でしたか?」

「いやいや、迷惑だなんてとんでもない! 君みたいな美少女と一緒の食事なら大歓迎だぜ! なあ、リクス?」

「あー、こいつの言うことは大げさとしても、断る理由はないよ」


 少し心配げに尋ねられたケレンとリクスが即答すると、エリシェナは花がほころぶように笑った。


「よかったです。それと、厚かましいとは思いますけど、よければみなさんがこれまでしてきた冒険をお聞かせいただけますか?」

「いいともさ!」


 空いていた席に腰を落ち着けながらエリシェナがしたお願いに、ケレンが嬉々として自分たちの冒険譚を語り出す。リクスもその様子に苦笑しながらも話に合いの手を入れたりしているところを見ると、まんざらでもないみたいだ。


「……ねえ、ウル」

「何、シェリア?」


 ここまでずっと黙りを決めこんでいたシェリアが口を開いて、素朴な疑問を漏らした。


「あの娘、本当に貴族?」

「そのはずなんだけどなー」


 目の前には酒場の庶民料理をおいしそうに食べつつ、ケレンとリクスの冒険譚を楽しげに聞いているエリシェナ。今の服装も相まって口調や態度に目をつむれば、どこからどう頑張っても臨険士(フェイサー)という人種に憧れる町娘にしか見えない。実はお転婆な性格もあるんだろうけど、どういう教育をしたら貴族生まれのお嬢様がここまで庶民的になれるんだろう?


「……まあ親族公認みたいだし、本人が楽しそうだからボクたちが深く考えなくていいんじゃないかな?」

「……それもそうね」


 どうやらシェリアもそれで納得はしたらしく、おしゃべりは二人に任せたとばかりに黙々と食事に取りかかった。初対面の相手に警戒を解かないところは変わらないらしく、それを見慣れているリクスもケレンも特に何も言わない。エリシェナだけは一瞬様子をうかがったようだけど、そういう相手だと納得したのか積極的に話しかけようとはしなかった。

 そんな様子を眺めつつ、ボクもシェリアに倣って二人の冒険譚を楽しみながら料理を口に運んでいった。やっと一人前になれた若手臨険士(フェイサー)の語る武勇伝を、冒険に憧れる女の子が目を輝かせて聴き入る。いいね、こういうシチュエーション。これを見てるだけでご飯が進みそうだ。

 ……あ、この腸詰めおいしい。リクスとケレンは話の方に夢中みたいだし、ちょっとくすねておこう。




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