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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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開戦

「……何かいる。しかも数が多い」


 楽しみができたことでちょっと浮かれ気分になっていたところに、シェリアの鋭い声が届いた。ざっと周囲を見てみるけど特に何も見えない――いや、行く手の方からなにやらざわめきというか喧噪というか、妙に騒がしい音が聞こえてくる。


呼出(アウェイク)周辺精査(サーチコンパイラ)


 術式登録(ショートカット)を口ずさんで『探査』の魔導式(マギス)を起動してみれば、進行方向から五十を超える反応があった。シルエットからして小鬼(ゴブリン)だね、これは。しかも連中、どうやら森の外縁を目指して移動中の様子だ。これは悪い予感がまさかの的中しちゃった感じかな?


「およそ二十ピスカ先に小鬼(ゴブリン)の団体さんだね。数は五十四。このままじゃすぐにかち合うね」

「……そこまで詳しくわかるのは、魔導式(マギス)のおかげ?」

「便利でしょ?」


 気楽に返事をしながらスノウティアとナイトラフを構え、口頭鍵(トリガー)を唱えた。


出力変更(アウトプットシフト)戦闘水準(レベルアーム)


 それに応じてボクの体の中にある魔素反応炉(マナリアクター)のリミットが一段外れ、ボクの意志に従って増産された魔力が機工の身体を鮮やかな緋色に染め上げる。

 そんなボクの様子を見ていたシェリアがスッと目を細めた。


「……それがあなたの本気の状態なの、ウル?」

「そうだよ。いつもこれだといろいろ有り余っちゃうんだよね。どうかな?」

「……綺麗ね」


 おっと、嬉しいことを言ってくれるね、シェリア。一応兵器って自覚はあるけど、見た目を褒められて喜ばないなんてことはないんだ。


「それで、シェリアの本気はどんな感じなのかな?」

「……ラキュア族の特性を目覚めさせるには、自分以外の血を摂取する必要があるの。戦闘が始まればすぐにその機会もあるでしょう。正直、小鬼(ゴブリン)の血はまずいから好きじゃないんだけど」


 何気なくそう尋ねれば、どことなく緊張した様子でそんなことを教えてくれるシェリア。


「そうなんだ。ゴメンね、ボクの身体に血があればよかったんだけど」

「……そんなの、気にする必要はないわ」


 なぜかほっとした様子のシェリアにどうしたのかとは思いつつも、とりあえずはなんでもなさそうだと感じて意識を『探査』に映し出されている小鬼(ゴブリン)の方に向けた。お互い歩みを止めなかったおかげで互いの距離はどんどん縮んでいき、視界にも木々越しにその姿がちらほらと見え始めた。


「それじゃ、先に行かせてもらうね」


 言い置いて地面を蹴り、小鬼(ゴブリン)の群へと突っ込んでいった。この状態ならほんの数歩分の距離をあっという間に埋め尽くし、とりあえず目の前に現れた矮躯をスノウティアでまとめて薙ぎ払う。両断されて宙を舞う屍には頓着せずに手近にいるのをぶった切りつつ、少し離れた場所にいる奴にはナイトラフの銃撃をお見舞い。万が一に余計な被害が出るのもイヤだから弾種はおとなしく『通常』のままだ。でもこれだとちまちまとしか倒せないな。木が邪魔になることも多いし、普通に殴りに行った方が早そうだ。

 そんな感じで標的に近寄っては片っ端からなぎ倒す中で、少し遅れて飛び込んできたシェリアの様子も見逃さない。ボクが突然現れて無双しているせいで混乱している小鬼(ゴブリン)の一匹に狙いを定めたようで、両手に抜き身の握剣(カタール)を引っ提げたまま低い姿勢で駆け寄ると、心臓のある辺りに容赦なく付き込んだ。あえなく絶命した小鬼(ゴブリン)から素早く得物を抜くと、距離を取るためかバックステップ。その最中でたった今仕留めた小鬼(ゴブリン)の血がぬらりと滴る刃の腹に舌を這わせ、その赤い飛沫の一部を舐め取った。

 舐めた時に盛大に顔をしかめたところを見るとさっき言ってたように相当まずいようで、それでも吐き出すことなく飲み下す。そして何かをこらえるように一瞬目を閉じ身体を震わせたかと思うと、再び開いた瞳は怪しく煌めく紫色に染まっていた。

 次の瞬間、さっきまでよりもずっと速い動きで踏み込んだかと思うと、一番近くにいた二匹の小鬼(ゴブリン)にそれぞれ左右の握剣(カタール)を突き刺した。するとその二匹は刺された衝撃にビクリと反応したかと思うと、どういうわけかみるみるうちにしわがれていき、あっという間にミイラみたいに干からびてしまった。

 それと同時に武器を伝って赤い光のような何かがシェリアの身体に流れ込んだのが見えたような気がした。そしてさらに増した速度で次々と小鬼(ゴブリン)に斬りかかっていく。どうやらあの干からびるような奇妙な現象は握剣(カタール)と接触具合によって差が出るようで、しばらく突き刺さったり深く切り裂かれた場合は高確率で乾ききっているのに対し、浅く斬りつけた場合じゃそれほど症状が進行していないように見える。まあそれでも次の瞬間には二撃目が襲いかかっているから最終的な結果は変わらないんだけど。

 そんな感じで様子を見ながらも真面目に手足を動かしていたおかげで、そう時間もかからないうちに遭遇した群は全滅していた。ホントにこれがやっかいな魔物なのかってくらいのあっけなさだ。


「……まあ、小鬼(ゴブリン)が十数匹程度じゃこんなものかしら」


 そんな呟きが聞こえて振り返ると、なにやら身体の具合を確かめるように素早く握剣(カタール)を操って空を切り裂いているシェリアの姿があった。その目は相変わらず怪しい紫の色合いをしたままだ。


「それがシェリアの本気の姿なの?」

「……そうよ」


 ボクが聞くとシェリアは頷きながら首元を覆っているスカーフに手を置き、一瞬ためらった様子を見せながらも何かを振り切るように取り払った。そうするとその舌に隠れていた痣――ラキュア族の『命脈』が先端をのぞかせたんだけど、以前見た時は黒っぽかったそれが、今はほのかに赤みを帯びている。


「……瞳の色もそうだけど、もしかしてその『命脈』って、敵を倒せば倒すほど赤くなったりするの」

「……そうね」

「何それ格好いい!」


 おっと、あまりのことに思わず本音が漏れた。慌てて口をつぐんでシェリアの様子を見たけど、ボクの言葉を聞いた彼女はいきなり吹き出すと、笑いをこらえるかのように無言で肩を震わせた。


「――そんなことを言ったのは、あなたが初めてよ、ウル」

「まあ他の人に見せることなんて滅多にないみたいだし、初めてで当然じゃないかな?」

「そうね、まったくあなたの言う通りね」


 そう言うシェリアはどこか晴れ晴れとしたような顔をしていた。なんだろう、ボクがラキュア族の特性に感動したことがそれほど嬉しかったのかな? まあたいしたことじゃなさそうだし、そこを追求するよりもしなきゃいけないことが今はある。


「――で、ものすごーい数の団体さんが近づいてきてるんだけど、シェリアは大丈夫そう?」

「……ものすごい数って、どれくらいなの?」

「それこそ数えるのがうんざりするほど」


 さっきの群を殲滅しているうちに『探査』の範囲に入ってきた反応はさっきからずっと増え続けていて、とっくの昔に百を超えてそれでもまだまだ途切れる様子はない。言葉通り感知範囲を埋め尽くそうとする勢いで、身体の感覚にもなにやら騒がしい気配がヒシヒシと伝わってくる。もうこれ村を襲撃とかそんなちゃちなレベルじゃなくて、小鬼(ゴブリン)王国の大侵攻なんじゃないかな? 少なくとも今日のうちにレイベアに戻ってたらイバス村は地図から消えていた可能性が極めて高かったね。


「――これは、なんて数の気配なのよ……」


 シェリアも察知できるらしい距離まで近づいたことでその圧倒的な数を実感したらしい。うーん、さすがにこの数を相手にするにはスノウティアとナイトラフじゃ追いつかなそうだ。


呼出(アウェイク)虚空格納(ホロウガレージ)――武装変更(コールアセンブリ)魔法士(ウィザード)壊戦士(ベルセルク)


 術式登録(ショートカット)で接続した亜空間に一旦お気に入りの装備を収納し、次いで術式記憶武装のルナワイズと巨大可変武装のレインラースを取り出した。ルナワイズの接続端子を首に繋いで本体は新規購入していたブックホルダーを取り付けて腰に下げ、今は斧形態のレインラースを片手で持ち上げて肩に担ぐ。

 これぞボクのアサルトスタイル改だ。またの名をごり押しモードともいう。何が『改』なのかっていうと、いつもは手に持ったままだったルナワイズの本体を腰に下げられるようになったことで、今までレインラースを片手で振り回すしかなかったのが両手持ちでも扱えるようになった点だ。


「……どこから出したの、その武器」

「普段は亜空間に仕舞ってるんだ。魔導式(マギス)を使えばいつでもどこでも出し入れできて便利だよ」

「……なんでもありなのね、あなた」

「意外とそうでもないよ」


 呆れたような感心したような感想に、ボクは苦笑しながら返事をした。実際いろいろ充実しているのは『兵器』として戦うことを主眼においた装備や機能だけ。それも現状じゃ全部を『全力』で使うには『条件』が全然そろっていないから、半分も使えちゃいないんだ。まあ、安全装置のない兵器なんて恐すぎるから、その辺についてはむしろ納得した上で望んでそういう形にしてもらったんだけどね。

 一番の得意分野ですらこうなんだ。趣味にしている関係で魔導式(マギス)関連と、イルナばーちゃんの助手もしていたおかげで機工関連もそれなりに自信はあるけど、それ以外になるとさっぱりとは言わないもののできないことの方が多い。なんでもできるなんて思われるのは心外なのだ。


「でも、ボクは『兵器』だからね。戦いに関しては頼りにしてくれていいよ。特にこんな規模の戦闘なら本領発揮ってところだね。だからシェリアは無理しないで」


 言外に危ないから引いてくれないかなって意味も込めてそう言えば、シェリアはなぜだかとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「心配しなくても大丈夫よ。ラキュア族はたった数人で一軍を壊滅させることができる化け物よ? 『生命』ある相手と戦うのなら、決して負けないわ」

「え、なにそれすごいね!」


 そんなことができるなら恐れられもするよね、ラキュア族。普段は人と変わらないけれど、秘められた力は絶大。いいね、王道だね!


「それじゃ、ちょっと暴れようか!」

「そうね、思う存分に!」


 そう言い合って、そろってほとんど同じタイミングで地面を蹴った。ただしその方向は散開するようにそれぞれに別だ。ボクのレインラースは広範囲を一気になぎ払えるし、ルナワイズがあれば範囲攻撃もやりたい放題できる。その上戦況は一対数多となれば、固まって動いて味方を巻き込まないよう注意するよりも、それぞれ離れたところで思いっきりやった方がずっと効率がいい。シェリアもその辺を察してくれたか、似たような考えなんだろう。

 ただし、その理屈もそれぞれが単独で行動しても相手に押しつぶされないことが前提条件だ。シェリアはああ言っていたけど、その本気がどれくらいのものなのかボクは知らない。万が一っていうこともあるし、しばらくの間は様子を気にかけておかなきゃ。


「――おりゃっ!」


 そんなことを考えながら最初の集団に突っ込み、一番密集してるところめがけて目一杯に魔力を流したレインラースを両手に持ってフルスイングした。当然こんな森の中で長柄の武器なんかを使えばその辺の木に引っかかったりするけど、大量の魔力を飲み込み高温になって強度を増した質量武器の前には小枝も同然。当たったところが刃だろうが柄だろうが、膂力にもものをいわせて小鬼(ゴブリン)もろとも片っ端から叩き折る。

 大きな音を立てて何本もの木がなぎ倒され、一気によくなった視界の先にうようよしている小鬼(ゴブリン)どもがいる。


「――どっかーん!」


 だからルナワイズから『爆轟』の術式を呼び出して魔導回路(サーキット)を転写、レインラースの柄から片手を離して指鉄砲を形作ると、適当なところをめがけて解き放った。

『爆轟』の術式によって生じた光球が着弾し、邪霊すら揺るがした大爆発がその一帯を根こそぎ吹き飛ばす。こっちに飛んでくる飛散物をレインラースで適当に払いつつ、続けざまに二発目、三発目と別々の場所へと放っていく。そのたびに森が削れていき、小鬼(ゴブリン)の屍が量産されるのと同じくらいの勢いでなぎ倒された木が増えていく。

 ……うん、ちょっと環境破壊が過ぎるかなーなんて思わなくもないけど、『探査』に映る小鬼(ゴブリン)の反応はもう五百を超えているんだ。できる限り殲滅するためにはまわりの木のことなんて考えていられない。




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