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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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行動

 ウルと名乗ったそいつが、はっきり言ってわたしは恐かった。ラキュア族は命あるものの存在を無条件で感じ取ることができる。母さんとは比べものにならないくらい狭くても、半端者のわたしだって感知範囲の中なら例え何枚も壁を隔てていても『生命』の気配を感じ取れる。実際今までだってその恩恵をずっと受けてきたのだから間違いはない。

 けれども、そいつは目の前にいるのに、リクスやケレンと会話を交わして生き生きと表情を動かしているのに、どういうわけか『生命』の気配がまったくしなかった。

 こんなことは初めてだった。強いて言うなら以前出くわした動死体(ゾンビ)みたいだった。目の前で動いているのに生きていない。あの時はこの特性に頼り切っていたから逆に不意を打たれてひどい目に遭った。おかげで一つの能力に頼り切る危うさを学んだものだった。

 じゃあ、目の前にいるこいつは新手の不死体(イモータル)か何か? けど、豊かに感情を見せながらしっかりと会話を成り立たせているのは、どう見ても『人』にしか見えない。平静を装ってはいたものの、拠り所である特性が伝えてくる感覚と自分の見ているものがあまりにもちぐはぐすぎて、得体の知れないそいつがどうしようもなく恐かった。

 だというのに、あろうことかリクスがそいつをパーティに誘った時は耳を疑ったし、そいつがほとんど即答で了承した時は表情を変えないようにするのが精一杯だった。この感覚をヒュメル族の二人に理解しろなんて言えるはずもなく、根拠も示さずに『得体が知れないから』なんて反対しても聞き入れられないだろうことは簡単に想像が付く。

 結局そのままそいつを迎え入れることになり、わたしはこのパーティを抜けることを真剣に考えることにした。幸い、二人はカッパーランクに昇格できそうなところまで来ていたからもう大丈夫だろうし、今回痛い目を見たんだから次からはもっと慎重になる程度の学習能力はある。実力を認めたということにすれば口実としては十分だ。引き留められはするだろうけど、最終的には穏便に抜けることができるはずだ。

 ……けれど、そうなると二人の元に得体の知れないあいつが残ることになる。果たしてそれで本当にいいのだろうか?

 答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。あの二人は所詮他人と割り切ることも、情が移ってしまったのだからと開き直ることもできずにずっと悶々として、そんな自分のどうしようもない中途半端さに呆れるしかなかった。

 そしてあの日、悩みからの逃避みたいに身体を動かすことに没頭して、宿に戻ると汗を流そうと部屋に水桶を用意した。宿の中に感じる『生命』の気配は受付の親爺だけだったからと、少し気を抜いていた。

 だからあいつの声が部屋の扉のすぐ向こうからした時は、完全に不意を突かれた驚きとあいつが来たことへの恐怖が混ざって気が動転し、体勢を崩して水桶をひっくり返してしまった。


「シェリア、どうしたの!?」


 そんな声と同時に鍵をかけていたはずの扉が強引に開かれて、尻餅をついて呆然とするわたしの前にあいつが飛び込んできた。


「――大丈夫そうだね。それじゃあ、ボクは一旦帰るから。またね」


 ひとしきり部屋を見回してからわたしの様子に目を止めると、そいつがフードの下で妙にさわやかな笑顔を浮かべてそう言いながら部屋を出ようとして、そこでようやく我に返った。今わたしは、身体をぬぐうために上半身に何も身につけていない。

 ――『命脈』を見られた。

 それに気づいた瞬間、咄嗟に立ち上がってそいつとの間合いを詰めて後ろ首をつかんだ。そしてなぜかたいした抵抗もないままベッドに引き倒して、武器を突きつけ脅しをかけた。

 口では殺すなんて言いながらも、実のところ頭の中ではすぐにでも姿をくらます算段を立てていた。生きているかどうかもわからない上に反則な実力を持っているこいつを簡単に殺せるなんて思えなかったわたしには、生き延びるために取れる手段は逃亡くらいしかなかったからだ。

 それなのに、当のこいつはキョトンとした顔で『ラキュア族なんて初めて聞いた』なんて言い出した。そしてまさかの藪蛇だったことに気づいたことと、真っ正面から臆面もなく綺麗だなんて言われたことでさらに動揺するわたしに、自分の身体をさらして秘密を打ち明けてきた。どうやら偶然とはいえわたしの正体を知ってしまったことに対する代償のつもりのようだったけど、聞いているだけじゃ信じられないような内容だった。

 ただ、納得できたこともあった。魔導体(ワーカー)と似たようなものならばわたしが感知できないのも頷ける。以前見かけた魔導体(ワーカー)は、確かに目の前で動いていたのに『生命』の気配を感じなかった。命を持たないのだから当然だ。こいつも『魂』はあっても『生命』は持たない、そんなところなんだろう。

 人のようでいて人ではない者。そんな存在に奇妙な親近感を覚えたわたしは、少しだけラキュア族のことを話してその様子を見た。


「――吸われる血もないのに、何を怖がらなくちゃいけないのさ?」


 そして恐くないのかというわたしの問いかけに、本当に不思議そうな顔でそう聞き返されてどう答えればいいのかわからなくなった。あげく急に期待の籠もったような笑みを浮かべ始めたと思ったらラキュア族のことを勘違いしているようなことをまくし立てて、それを指摘した途端に目に見えて落ち込んだあげくに忌み嫌われる相手といることを『格好いい』なんて言い出して……。

 ――こんな極めつけに変な奴を怖がり、ずっと警戒していた自分がなんだか無性に馬鹿馬鹿しく思えて、気がつけば笑いが止まらなかった。あれだけ心の底から笑ったのはいつぶりだったろうか。

 たぶんだけど、こいつは――ウルはある意味無頓着なんだろう。自分が持っている何か基準のようなものに引っかからなければ、雨が降ろうが槍が降ろうが、目の前にいる相手が普通の人だろうが血を啜ると言われる種族だろうが、たいした問題に感じないんだ。

 そんな風にいられるのは、自分の『芯』のようなものを持っているからだ。――そう、どんな時でもラキュア族として誇り高くあった母さんや、迫害された種族だと知っても変わらない愛を誓った父さんのように。

 ウルの持つ『芯』は少し変わっているように感じたけれど、それでも今までただ生きているだけだった半端者のわたしには、それがとてもうらやましかった。

 そして同時に思った。こいつなら、ウルならきっと――


=============


 夜も更けた深い森の中、木の間から漏れる月明かりくらいしか光源のない場所をボクと、そしてなぜかついてきたシェリアが歩いている。


「……ねえ、ホントにいいの?」

「構わないわ。あの二人だって仮にもカッパーランクよ。わたし達に万が一があったとしても、組合(ギルド)に報告に戻るくらい二人だけでも問題ないでしょう」


 そんなやりとりが妙に静かな木々の間に消えていく。

 あれから無事ゴブリンのねぐらから脱出したボクたちはその足で森を突っ切り、日が暮れる頃にようやくイバス村へと帰り着いた。ずっと行方不明だった娘さんたちの帰還が喜ばれる反面、無事だなんて口が裂けても言えない状態を見て言葉を失う村人たち。

 村長の人にかいつまんで事情を話したところ、痛ましそうな顔をしながらもすぐに娘さんたちのお腹の中にいるだろう小鬼(ゴブリン)の子供を堕ろすと決断した。異種族間の婚姻なんかもわりと普通にある世界でも、さすがに相手が魔物だと許容しかねるらしい。村の産婆さん的な人が準備を整え次第とのことなので、遅くても数日中には片がつくそうだ。娘さんたちが傷物になってしまったことは変わらないけど、少なくとも問答無用で命を取られるようなことがなくて一安心だ。

 アフターケアなんかもくれぐれもよろしくと言い置いて依頼票に完了のサインをもらい、借りている空き家に戻るとパーティの仲間で協議に入った。お題は『今すぐ報告に戻るか、夜が明けるのを待つか』だ。

 なにせあそこの小鬼(ゴブリン)については放っておいたらまずそうな事案とはいえ、今はもうまわりはすっかり暗闇の中だ。そんな状態で馬車でも半日かかるレイベアに戻るのは普通なら危険すぎる。かといって異常な数がいる小鬼(ゴブリン)を討伐するにはそれなりの規模の討伐隊を組む必要があるから、その時間も考えると報告できるならなるべく早いほうがいい。

 しばらく話し合って、最終的に翌朝早くに出発して帰路を急ぐって事になった。いつ頃から増えたのかはわからないけど、これまで特に何事もなかったことから多少の猶予はあるだろうってことになったわけだ。それが希望的観測だってことはみんなわかっていたけど、今日の疲れなんかもあるから無理をしてもろくなことにならないって結論に至った。

 そういうわけで簡単に食事を済ませて早々に横になり、そして三人が寝静まった頃合いを見計らってボクだけ起き出した。厳密に言えば眠らない体質だから起きたわけじゃないけどね。

 とりあえず、どれくらいかかるかわからないから書き置きだけは残しておこうと思って荷物に入れていた雑記帳にペンを走らせていると、てっきり眠っているとばかり思ってたシェリアが急に起き出して「何をしているの?」って聞いてきたのだ。ごまかそうとしたけど上手くいかず、観念して目的を白状すると「それならわたしもついて行くわ」と宣言し、素早く身支度を調えたのだった。

 念のため他の二人はよく寝ているのを確かめて、そっと小屋を後にしたのが少し前。そのまま再び森の中に足を踏み入れたボクたちが目指しているのは、昼間に一度侵入した小鬼(ゴブリン)の住処だ。目的は当然討伐、あるいは殲滅。

 娘さんたちにはボクの名前に掛けてもうひどい目に遭わせないって誓った手前、このまま放置して帰ることはできなかった。なにせ連中、森の浅いところまで出張ってきている実績がもうあるんだ。絶対に森を出て村を襲わないなんて断定ができないのに、たぶん安全だろうって言うのは何か違う気がするし、それで戻った後に本当に村が襲われでもしたら目も当てられない。

 だからいっそのこと先に不安を取り除いておこうと、こうやってみんなが寝てから一人で突撃しようと思ったわけだ。幸いなことに昼間戦った感じじゃたいしたこともないみたいだし、いくら数が多くてもボクが『本気』を使って蹂躙すれば朝までにはあらかた片がつくだろうという目算があったわけだけど、それをシェリアに察知されたのは誤算だった。

 森の中は普通の人には暗いだろうし、そのうち撒けるんじゃないかと期待してたけど、どうやらシェリアは夜目が利くらしい。木の間から漏れる月明かりくらいしかない道のりなのに、他に明かりも持たずに苦もなく後をついてきている。


「二人の方はいいけど、シェリアはどうなの? カッパーランクの臨険士(フェイサー)一人じゃ、大量の小鬼(ゴブリン)がいるところに突っ込んでいくなんてできないんじゃないの?」

「これでもそれなりに臨険士(フェイサー)をやってるのよ。規模の小さい群なら、一人で潰したこともあるわ」


 ボクがシェリアの身を案じていることを伝えれば、そんなものは無用だと言わんばかりの答えが返ってきた。へえ、そんなことしてたんだ。ということは、ケレンの話から考えるとシェリアはシルバーランクかそれ以上の実力があることになる。すごいや。


「――それに、あの二人とパーティを組んでから、ラキュア族の力を使っていなかったの。たまには思う存分暴れないと、勘が鈍るかもしれないわ」


 あーなるほど、ラキュア族ってことを隠していたから迂闊にその能力を使うわけにはいかなかったのか。それはフラストレーションが溜まっていてもしかたないね。


「シェリアの本気を見せてくれるってこと?」

「……そうね、そうなるわね」


 そういえばラキュア族について詳しい話を聞いてないってことを思い出してわくわくしながら尋ねれば、なぜか少しだけためらった様子だけど肯定が返ってきた。


「そっか、そうなのかー。楽しみだなー」

「……期待されるほどのものじゃないわよ」


 え、だって血を啜るっていう理由で迫害されてた種族の本気だよ? きっとどこか不気味で、けど絶対に格好いいに決まってる! これを楽しみにするななんてできない相談だね!


「じゃあお返しに、ボクも『本気』を見せるよ!」


 ついでに『全力』を出すための『条件』を満たすためにそう提案すれば、シェリアは驚いたようでボクを見返してきた。


「……予想はしてたけど、今まで本気じゃなかったの?」

「あ、手を抜いていたってことはないからね? ちゃんと真剣にやってたからね?」

「それはわかっていたけど、それであの実力なのね」

「もともとの性能がいいからね、この身体。それに必要以上の力は使っちゃいけないのがマキナ族の掟みたいなものだから」


 その点、小鬼(ゴブリン)とはいえどれだけいるかわからないような連中を相手にするには『本気』を出すのも妥当だろう。幸い周囲は森だし、多少暴れすぎても誰かに迷惑がかかることはない。



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