表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
序章 ウル
5/197

機人

 一度言葉を切ってからえへんと一つ咳払い。意味はないけど、まあそこは気分の問題で。


「マキナ族は、簡単に言えば魂を持った人型の魔導体(ワーカー)なんだ。知恵と心を持った機工って言ってもいい」


 それを聞いた二人は同じように目を見開いたけど、どっちも口は開かない。これは続けてくれってことでいいかな。


「だから厳密に言うと生き物じゃないけど、それでもちゃんと人並みに喜んだり怒ったり哀しんだり笑ったりする。機工だけど食べ物を味わうこともできるし、迷ったりためらったりもする。身体の造りは違うけど心や魂なんかは他の種族と変わらない、先にそれだけはわかってほしいんだ」


 一旦区切って二人の目を真剣に見つめた。ボクのため、マキナ族みんなのためにもこの前提条件だけは譲れない。前の世界の記憶にも『人工知能はどこまでが人工知能なのか』『人と変わらないロボットに人権は発生するのか』なんて議論がされていたことが残っている。違う世界だし明確な基準なんてボクにはわかりやしないけど、それでも当事者として機工――こっちの世界で言うところの機械の身体でも『自分は人間だ』って意識はある。

 ひょっとしたらそう思ってるのは何を間違ってか前の世界の記憶と意識を抱えているボクだけかもしれないけど、それでも自分と同じ存在が人間扱いされないのは嫌だし、そのままボクまで人間扱いされないことにつながるかもしれない。

 だからもしこれが受け入れられないようなら、残念だけど僕らは正体を隠しながら生きていくしかない。それも許されないって言うなら――

 そんなボクの内心を知ってか知らずか、ガイウスおじさんは目を細めると鼻で笑った。


「フ、何を心配しているかはわからんでもないが、お前を見る限りそんなものは無用だろう。仮に何も知らぬ者に向かってお前のことを『こいつは機工だ』などとまくし立ててみろ。医者に掛かるよう勧められるのは間違いなく言った本人になるだろうな」

「左様でございます。あなた方にとってこれが褒め言葉になるかはわかりませんが、あなたが人ではないとはとうてい思えません。むしろ稚気に富んでいらっしゃり、冷血と言われる者よりもよほど人間味があります」


 ジュナスさんも笑みさえ浮かべて言い切ってくれた。どうやら第一段階はまったく問題なくクリアらしい。まあ前の世界と発展の仕方どころか価値観もかなり違うらしいから逆に当然なのかもしれない。なんにせよよかった。最悪口封じの可能性もあったんだけど、必要なさそうだ。


「じゃあ続けるね。魔導体(ワーカー)に近いから動力は魔力なこと、身体の中に魔素反応炉(マナリアクター)があるから補給はほとんどいらないこと、機工の身体だから肉体的な疲労はなくて普通の人よりも能力が高いこと。他にも色々特徴はあるけんだけど、一番の特徴は身体のほとんどが魔力で特殊加工された緋白金(ヒヒイロカネ)でできてることかな」

「ヒヒイロカネ?」


 片方の眉を上げて疑問系でそれの名前を口にするところを見ると、どうやらまったく知られていないらしい。イルナばーちゃんの話じゃずいぶん前から研究してたみたいだけど、ガイウスおじさんくらいの相手にさえ伝えていなかったらしい。


「イルナばーちゃんが創り出した、魔力に顕著な反応を示す謎の金属だよ。扱い次第で鋼よりも堅くなったり木材よりもしなやかになったりするんだ。あと、特定の魔力を加え続けるとなぜか増える」

「――は?」


 ガイウスおじさんがイルナばーちゃんがマキナ族を創り出したって聞いたとき並の顔をした。うん、気持ちはわかる。ボクも実際に増えてるところを見なきゃ信じられなかったし。その特性のせいか、ばーちゃんはこれのことを生体金属なんて呼んでいたりもした。ある意味人と同じ機工を創るには都合がよかったのかもしれない。

 ちなみにこの金属、ほとんど偶発的にできたらしい。なのでイルナばーちゃん自身も命名前は基本的に謎金属呼ばわりしてたけど、この増殖する特性のおかげで助かったとのこと。あと、命名自体はボクで、由来は魔力を通したときの色合いと『あり得ない金属』ってところからチョイスした。


「ボクにはそういう物なんだってしか言えないんだけど……実際に見てみて」


 見てもらった方が早いと思って鞄からサンプルとして持ってきていた緋白金(ヒヒイロカネ)の欠片を取り出す。テーブルに置いた親指サイズの金属片は、部屋の照明を反射して白い光沢を放っている。


「……一見なんの変哲もない白金に見えるが」

「元々白金を加工してたらできたって言ってたから間違っちゃいないかな。設備がないから変質とか増殖とかを見せるのは難しいんだけど、こういうことはできる」


 言い置いて緋白金(ヒヒイロカネ)の欠片を指で触りながら魔力を流す。すると流れた魔力に反応して欠片とついでにボクの指がほんのり緋色に染まった。


「こんな感じで流した魔力に応じて朱くなるんだ。あとついでに熱を持つ」


 魔力を流すのを止めて指を離せば緋白金(ヒヒイロカネ)はすぐに元の白い金属光沢を取り戻した。見本にどうぞと押しやれば、ガイウスおじさんはそれを手にとってしげしげと眺める。


「これで構成された身体とは……やはり人とは異なるのか?」

「論より証拠、触ってみる?」


 言いながら手袋を外してテーブル越しに差し出した。

ガイウスおじさんは一瞬ためらったみたいだけど、意を決したみたいに手を伸ばすと危険物を扱うような慎重な手つきでボクの手を取った。うーん、その反応はわからなくもないけど、ちょっと傷つくなぁ。

 ガイウスおじさんが凝視するその手はほんのり朱が差した白で、表皮代わりの軟性緋白金(ヒヒイロカネ)は少しだけ熱を帯びて擬似的に体温を作り出している。

 おじさんの手に少し力が込められるのに合わせて筋肉代わりの靭性緋白金(ヒヒイロカネ)が反発を返す。少し場所を変えて関節を触れば骨格に使われてる剛性緋白金(ヒヒイロカネ)の手触りがある。触感は自分の手だからよくわからないけど平常なら普通の人の肌よりは少し硬い程度らしく、金属らしい手触りじゃないだろうとは思う。

 ちなみに爪もしっかり再現されていて、自然に伸びはしないけど伸ばそうとすれば伸ばせたりもする。意味はないからやらないけど。


「……これがすべて金属か。あの婆さまに関わることでなければ一笑に付しているところだ」


 一通り触ってからお前も確かめてみろとジュナスさんに声をかけるガイウスおじさん。それに応じてジュナスさんが許可を求めてきたけど、自分から差し出しているわけだし今更なので即了承。


「……些少の違和感はありますが、それも指摘されなければ気にすらならない程度ですね。肌の色もこのくらいの種族はいくつかおりますし、疑問を持たれることもないでしょう」


 ジュナスさんは感心したような吐息混じりに感想を言った。どうやら普通に触れ合う程度で身バレすることはないらしい。よかった、人との関わりでスキンシップはけっこう重要だからね。


「その髪もヒヒイロカネとやらか? 見たところ色合いが違うようだが」

「あ、こっちは別で虹魔銀(ニジシロガネ)――イルナばーちゃんは真ミスリルって呼んでた魔銀(ミスリル)の上位互換みたいな金属」


 元々魔素(マナ)を溜めやすい性質を持つ魔銀(ミスリル)緋白金(ヒヒイロカネ)と混ぜた結果、溜めやすいどころか勝手に周囲の魔素(マナ)を集めては溜め込むようになったらしい。そのため表面が可視化した魔素(マナ)によって常に虹色に光って見えるそうだ。ちなみにこっちの命名もボクで、あと増殖はしない。


「まあどっちも詳しい説明は遺書に書かれてると思うからそっちを見て欲しいな。それでさっきのガイウスおじさんが言ってたことの答えにもなるんだけど、この身体って練習したら自分の意志で魔導回路(サーキット)を描けるんだ」


 言いながら二人が離れているのを確かめると、差し出したままの掌に少し意識を向けて頭の中に簡単な幾何学模様を思い浮かべつつ魔力を送る。すると掌に緋色の線がうっすら現れ、思い描いた図形が浮き上がった。そのままゆっくりと魔力を流し続ければ図形を描く線は徐々に鮮明になり、目にも鮮やかな色合いになった瞬間――


「おお!」


 不意に虚空からなんの前触れもなく炎が生まれてガイウスおじさんは驚きの声を上げて、ジュナスさんも目を見開いている。握りつぶせてしまいそうなほど小さな火だけど、それはなんの芯もないのにボクの掌の上で確かに揺らめいていて、熱量もちゃんと感じ取れる。


「今は見本用に危なくない魔導回路(サーキット)をゆっくり描いたけど、慣れたらもっと複雑なのを素早く描けるようになるんだ」


 魔力の供給を止めて火を消しながらそう断っておく。たぶん、魔力によって様々に変化する緋白金(ヒヒイロカネ)の特性が絡んでるんだろうけど、どうしてなのかまでは不明だ。ボクとしてはできるものはできるとしか言いようがない。


「……なるほど、その存在自体が魔導器(クラフト)、ともすれば魔導兵器(ギア)にも匹敵すると言うことか。これでは先を心配するのも頷けるな」

「御意」


 若干疲れたような口調だけど、ガイウスおじさんは理解を示してくれた。ジュナスさんも同様の意見らしい。

 さっきから何度も出てくる『魔導式(マギス)』。前の世界の言葉で言うと『魔法』だ。より正確に言うなら『この世界の現代魔法』かな。

 元々この世界には魔力で魔法的に意味のある記号を描いて現象を起こす術式描画タイプの魔法があったらしい。これが『古代魔法』。でもそれは熟達した魔力の操作能力が必要で、ごくごく限られた才能のある人にしか使えなかったそうだ。

 で、その次に発生したのが先に記号だけ魔力を流しやすい塗料で描いておいて、後から魔力を流して発動させる、いわゆる魔法陣を使う『記述魔法』。これのおかげで魔法を使える人が一気に増え、代わりに古代魔法は廃れていったらしい。

 そしてそこから発展して記号をより緻密に組み上げ、さらに適切な形の道具に刻むようになったのが今主流の『魔導式(マギス)』とのこと。これが魔力と合わせて前の世界にある『電気と電子回路』にあたるようで、家電製品のような形で一般的に出回って皆さんの生活を支えている。けどそれだけじゃなく、当然のように武器や兵器にも利用されてもいる。

 まあ何が言いたいかっていうと、この世界に今ある魔法は基本道具なしじゃ使えないのに、マキナ族はみんなが身体一つで使えてしまうということだ。それがどれだけ破格の能力かは素人でもわかるだろう。

 ちなみにその現象を起こさせる記号群が『魔導回路(サーキット)』、魔導回路(サーキット)が刻み込まれた道具が『魔導器(クラフト)』、組み込まれた魔導回路(サーキット)によってある程度自立行動ができる物が『魔導体(ワークス)』と呼ばれてる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ