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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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独白

「お願いよ……殺して……」


 それぞれ役割を決めて動き出したボクたちに向かって、娘さんは執拗にそう訴えてくる。それに対してリクスやケレンは微妙に困った顔をするし、気持ちもわからなくもないけど、あいにくそれに応えてあげるわけにはいかない。


「悪いけど、ボクたちの受けた依頼は捜索と救助なんだ。見つけた人を殺してほしいなんて頼まれてないから、いくらキミたちがそう言っても死なせないからね。どうしてもっていうなら、助かった後に自分で死んでね」


 そう言って釘を刺しておくと、なぜかリクスとケレンがギョッとした表情になってボクの方を見た。あれ、ボク何か変なことを言った? こういうどうしようもないお願いなんて、ばっさり切り捨てた方がいいと思ったんだけど。


「……自分で死ぬ覚悟もないのに、誰かに殺してもらおうなんて甘いのよ」


 首をかしげるボクの横で、シェリアも険しい顔をして厳しい言葉を返していた。


「死ねないなら、生きなさい。這いつくばってでも、泥水を啜ってでも。それが『生きている』者のやることよ」


 そのやけに重みを感じさせる台詞に、娘さんも息を呑んで黙り込んだ。というか、リクスやケレンまで気圧されたような顔でマジマジとシェリアを見つめている。どうやらこれは彼女の知られざる一面だったらしい。ある程度事情を察しているボクとしては実に説得力のある言葉に聞こえた。

 まあなんにせよ、娘さんたちが静かになったのはいいことだ。今更だけど見た目があれな状況なので、一旦スノウティアとナイトラフを置いて着ている外套を脱ぎ、さっきから殺してと訴えてきていた一人に被せてあげた。そのついでに屈んで惚けたような表情でボクのことを見返してくるその娘さんと視線を合わせると、にっこりと笑いかけてあげる。


「大丈夫だよ。今はつらくても、生きてればそのうちいいことあるって。それでなくても死んじゃったらお終いなんだからさ」


 いくら輪廻転生が信じられてるとはいえ、記憶なんかはきっちりリセットされる設定なんだ。ボクみたいな特殊例なんてそうそうあるもんじゃない。基本的に死ねばその人はそれまでっていうのは変わらない。


「だからさ、せっかくなんだし、今は生きようよ?」


 言いながらとどめにガイウスおじさんの指導を受けたとびきりの笑顔を繰り出せば、娘さんはおずおずとした様子ながらも頷いてくれた。他の二人の方も様子を見たけど、さっきまで絶望しきっていた顔だったのが多少はマシになっている。うん、勢いに任せただけだけど説得完了っぽいね。こういう時に美形補正はホントに助かる。


「今後のことが心配だっていうなら、どうしようもなくなった時にレイベアに来るといいよ。少しくらいなら面倒を見てあげられると思うから」


 残った二人にそれぞれ自分の上着を渡しているリクスとケレンを横目で見ながら、少しは希望の持てる話もしておくことにする。ボクには無理だとしても、ガイウスおじさんに相談すればきっとなんとかしてくれるだろう。なにせ前の公爵様だ。ボクとしても頼られればそれくらいのアフターサービスに骨身は惜しまないつもりだし。


「さて、じゃあみんなで脱出しようか。心配しないで。救いをもたらす者(ウルデウス・エクス・マキナ)がこの身の誓いに基づいて、キミたちをこれ以上つらい目に遭わせたりなんかしないから」


 再び愛武装たちを手にしながらそう宣言し、みんなの準備が整ったのを確認したところで先頭に立って突き進んでいく。『探査』の反応からシミュレーションしてみれば、まだなんとか最小限の遭遇で脱出することができそうだ。早いところ娘さんたちを村まで送り届けなくちゃね。


=============


 わたしは何もかもが中途半端だ。

 生まれからしてハーフのわたしは、父さんのように普通のヒュメル族として生きていくことも、母さんのようにラキュア族として誇り高く死ぬこともできなかった。劣って受け継がれた忌まれる力はいざという時に自分を守るくらいが精一杯で、まして謂われのない偏見と迫害をどうにかできるわけもない。『命脈』だって母さんよりはずっと少ないけど、それでもラキュア族だってことを隠せるほどじゃない。

 ある日、些細なことから正体を知られた母さんが、わたしと父さんを逃がすために囮になって死んだ。共に逃れた父さんも母さんを亡くした心労が祟ったのか、間もなく病に倒れてそのまま息を引き取った。

 どこにも味方がいなくなったわたしはそのまま後を追おうとしたけど、刃を握った手が震えて、どうしてもそれを自分の命に突き立てることができなかった。生きることが恐いのに、死ぬことすらも恐くてできなかった。

 三日三晩の間嘆いて思い悩んで、最後にどうしようもなくなって死ぬことを諦めた。『生命に対しては責任を持ち、また尊ぶべし』。そんな母さんから教えられていたラキュア族の掟を思い出したこともあり、後ろ向きながらもようやく生きていくことを覚悟した。

 とはいうものの、わたしがハーフでもラキュア族だって知られでもしたら、母さんのように殺されるのは目に見えていた。生きていくことを決めたからには進んで死にたいなんて思えなくて、だから独りで生きていくことにした。幸い臨険士(フェイサー)なんていう訳ありでも受け入れられるような稼業があり、ラキュア族ならと母さんに鍛えてもらっていたおかげでそこそこの実力がある自負はあった。世の中にはずっと独りで渡り歩く臨険士(フェイサー)だっているって話だし、歳もなんとか足りるしとうってつけだった。

 それからずっと、単独で活動する臨険士(フェイサー)として日銭を稼ぎながら生きてきた。ストーンランクの時ですら先達のパーティに同行してもなるべく浅い付き合いを心がけたし、それ以降は他人との接触を必要最低限に抑えてきた。幸か不幸か、わたしの能力や技術、何よりラキュア族としての特性は、臨険士(フェイサー)としてやっていくのに十分以上に役立ってくれていた。だから、当時はずっとこんな生活が続いていくんだと漠然と考えていた。

 ――転機があったのは一年ほど前だ。念のためにと各地を転々としていたわたしがブレスファク王国の王都レイベアに辿り着いてしばらくした頃、少し規模の大きい調査隊が組まれることになり、それまでの実績を買われたわたしは組合(ギルド)からの要請に応える形でその中に紛れ込んだ。

 普段ならそんな多くの他人と関わらざるを得ない依頼は敬遠していたけれど、その時はたまたまめぼしい依頼に乏しくて懐が怪しくなっていたため、流されるような形で依頼を受ける羽目になった。

 幸い調査自体はたいしたこともなく終わり、対価としてそれなりの報酬を受け取ったのだけれど、そんなわたしに声をかけてきた二人組がいた。

 その顔には見覚えがあった。たまたま夜警の当番で一緒になったことのあるブロンズランクの臨険士(フェイサー)だ。あの時ちょうど群からはぐれでもしたらしい魔物が複数襲ってきたのだけど、ラキュア族の特性でそれをいち早く察したわたしが警告を発したことで大事にはならなかった。いくらわたしが他人と関わらないようにしていたとはいえ、それくらいは役目としてこなしはする。


「あの時はありがとう。ずっとお礼を言いたかったんだけど、今まで機会がなくて」


 同じか少し下くらいの歳に見える二人のうち、リクスと名乗った方が申し訳なさそうにそう言ったけど、お礼を言われるようなことをした覚えがなくて首をかしげた。


「同じ夜警の時に魔物が襲ってきて、俺らが手に余る魔物相手に苦戦してたところを助けてくれただろ?」


 ケレンと名乗ったもう一人に言われてようやく思い当たる節があった。確かに苦戦しているらしいところに横から割り込んだ覚えはある。あの時はすぐ他の魔物の相手をしに行ったからろくに顔なんか確認してなかったけど、どうやらそれがこの二人だったらしい。

 他人と関わりを持ちたくないわたしは気にしないようにだけ言って立ち去ろうとしたけど、二人――いや、リクスは重ねて感謝を伝えてくると、あろうことかわたしを自分達のパーティに誘ってきた。


「おれ達が未熟なのはわかってる。だから、せめて先輩として指導してくれないかな」


 誰とも組む気はないと伝えたのに、そんなことを言いながら真摯に頭を下げてくる姿になぜだか心が揺らいだ。独りで生きていくって決めてからずっとそれを通してきたのに、正体を悟られる危険を前にしながら無下にすることもできない自分に戸惑いしか感じなかった。

 そして「おれからも頼むよ」と、軽薄な様子からは裏腹に真面目な顔で同じように頭を下げるケレンを見て、より大きく心が揺らいだ。結局はその思ってもみなかった衝動に負けて、二人きりだったパーティに加わることに同意した。

 ただし、保険をかけることは忘れなかった。『足手まといになったら切り捨てる』という条件は、正体を知られたら命をもらうっていう意味も込めてのことだ。先にこう言っておけば後で何かあっても気にすることはない。そう思ってのことだった。

 それから一年ほど行動を共にしてきた。とはいってもパーティの斥候役としての役割をこなす以外は普段通り必要最小限な交流に止めていたから、わたしとしてはそれほど親しくなったつもりはなかった。二人は何くれとなく話しかけてきはしたけど、わたしにはそれすら煩わしかった。……そう思っていたはずだった。

 そしてあの幻惑狼(ミラージュウルフ)が目撃された森での採取依頼。正直なところ不安の方が大きかったけれど、何かあったところで二人の自業自得。わたしだけなら生き延びることくらいはできるだろうと考えて承諾した――はずだったのに。

 幻惑狼(ミラージュウルフ)に囲まれたと気づいた時、わたしはそう慌てることもなかった。純粋なラキュア族だった母さんほどの察知能力を持たないわたしは、独りで依頼をこなしていた時はよく似たような状況に陥った。けれどそのたびにきっちりと対応し、時には特性を使いはしても無事に切り抜けてきた自負があったからだ。

 だからわたしには問題ないとしても、二人の目があるから力を使うのは最後の手段にしておこう。そう、無意識のうちに考えていたことに後になって気づいた。

 特性を温存した上に実力の劣る二人がいるわたしには、位置こそ見失わないけれども元の能力が高く、巧みに連携をしてくる幻惑狼(ミラージュウルフ)は少し手に余る相手だった。かろうじて引きつけ撹乱するくらいはできていたけど、決定打を入れられないこの状況じゃ特性を使えないわたしの体力が先に尽きる。


「シェリア、おれ達が囮になる! 君だけでも生き延びてくれ!」


 そんなきわどい状態の時にそんな声が聞こえて、反射的にそっちを見ていた。そこには覚悟を決めたような表情で自分の武器を構えているリクスの姿。そしてその背後には、似たような様子で不敵に笑っているケレンの姿が。

 二人はわたしのことを妙に高く評価してくれていた。こんな状況でもわたしなら切り抜けられると判断して、実力の足りていない自分達を置いていくように言ったわけだ。おそらくはわたしが突きつけた『足手まといになるようなら切り捨てる』っていう条件を覚えていて、律儀にそれを守ろうとしているんだろう。あいつはそういうやつだ。極めて浅い付き合いしかしていないけど、それくらいのことはわかった。

 向こうから言ってきたんだ。前から決めていた通りに遠慮なく自分が生きることを優先すればいい。あの二人を見捨てて、わたしだけならこの状況から生き延びることなんて簡単だ。

 ……なのに、二人を見捨てることを考えた瞬間、底知れない不安のような恐怖のような、得体の知れない感情が湧き起こった。そのせいで、急に見捨てるという選択肢が取れなくなった。

 じゃあどうする? 特性を使えばこれくらいの相手はどうとでもなる。けれどその代償にわたしの正体が二人に露見する。母さんの正体を知った連中のように、恐怖し凶器を持ち出して責め立てる二人の姿をわずかに想像しただけで、わけのわからない気持ちが胸の奥を締め付けた。


「シェリア前!」


 そんなリクスの警告を聞いて、その時初めて自分の足が止まっていたことに気づいた。つかの間の逡巡、けれど今はそれが致命的な隙になった。

 一体目はなんとかいなして避けたものの、続く攻撃を無理な体勢で捌いていった結果、ついにはかわしきれなくなって倒れ込んでしまった。


「シェリア!」


 幻惑狼(ミラージュウルフ)が一斉に飛びかかってこようとする中、叫ぶリクスと目が合った気がした時になってようやく気づいた。頼られ誘われて人恋しさに仲間になって、あげくいざという時は切り捨てるはずだった相手に、いつの間にか情が移っていた。

 独りで生きていくって決めていたのに、なんのことはない。結局わたしは何もかもが中途半端だったわけだ。そう思うと自嘲しか出てこなかった。

 そしてそんな半端物らしい惨めな死に方になるんだろうと諦めた時、そいつがわたし達の前に現れた。



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