救助
「じゃあさ、ちょっと気になる場所があるから、そこだけ確かめたら一旦組合に報告に戻ろうか」
そう提案してみると、なぜだか驚いた様子でボクの方を見てくるリクス。
「いいのか、ウル? ここの小鬼を討伐するつもりだったんじゃ……」
「今のボクの目的は人命救助だからね。それがどうにかなるんだったら討伐は二の次だよ」
そう、目的をはき違えちゃいけない。ボクがわざわざ居心地のいいパーティを抜ける決断までしたのは何も小鬼討伐がしたいからじゃなくて、小鬼にさらわれた可能性が高い行方不明の娘さんたちを助け出したいからだ。増えすぎた小鬼の討伐なんて別に人任せにしても全然問題はないし、それで手に負えなさそうで、さらにそのままじゃ被害が広がりそうだったら改めて潰しに来ればいいだけの話。
「お前が逃げるのに前向きなら話は早いけどさ、その気になる場所ってのはなんだ?」
ケレンもどこか安堵した様子でボクが言ったことについて尋ねてきた。
「小鬼の動きが変わったのはさっき言ったけど、その中でほとんど動いていない場所があるんだよ」
起動中の『探査』に返ってくる反応で、他のが活発に動き出したおかげで逆にはっきりとわかるようになったんだけど、ほとんどその場所から離れていない反応が一箇所だけあった。その周辺をよく見てみると、小鬼らしい小さな人型の他にもいくつか獣に混じって小柄な人サイズの人型をした反応があったのだ。それもちょうど三つ。
「他が侵入者を捜しに動き始めているっていうのに、そいつらだけ動こうとしてないんだ。それが逆に動けない理由があるんだとすると、例えば逃げ出すような相手の見張りとか」
ボクにしかわからない『探査』の情報が根拠なので、説得力を持たせるために少し理論武装をしてみるとリクスが顔色を変えた。
「つまり、そこにさらわれた人達がいるかもしれない?」
「ボクとしては、可能性はすごく高いと思うよ」
実際わかっているのは生きた人型の何かくらいなのでそう言っておくと、リクスは決意を固めた顔になった。
「よし、そこに行ってみよう」
「まあそうなるよな……。しかたねえ、さっさと行って助け出したらとっととおさらばしようぜ」
ケレンの投げやりな発言に同意するように小さく頷くシェリア。そうと決まれば善は急げだ。『探査』の反応から導き出した脳内レーダーマップから最短距離をチョイスしつつ、なるべく小鬼の集団に出くわさないルートを選びながら先導していく。それでも何度か遭遇してしまうのは避けられないんだけど――
「――来たよ!」
警告と共にナイトラフを連射して、それなりの数になっている集団を『炸裂』光弾による擬似的範囲攻撃で一気に削る。そして小鬼が混乱している間にスノウティアを引っ提げて突っ込むと、当たるを幸いに片っ端から切り捨てていった。中には他の小鬼より妙に体格のいいやつが混ざってたけど、そんなことは関係なくばっさりだ。
そしてボクに続くように、シェリアも両手の握剣を縦横無尽に振るっては殲滅に一役買ってくれていて、リクスも実力では劣りながらも堅実な動きで一体一体確実に仕留めていく。小鬼はやっかいだなんて言ってたけど、そこはさすがにいっぱしの臨険士といったところなのかな?
ケレンはケレンで片手杖型の魔導器を駆使して小鬼を火球で牽制したり、土塊をぶつけて妨害したりとサポートしている。うーん、あの片手杖型魔導器、どうにも出力が低いみたいだね。使い方が上手いみたいで小器用に立ち回ってるけど、明らかに火力が乏しい。魔導器使い――わかりやすく言うとこの世界での魔法使いに相当する人たちが普通はどんな感じなのかは知らないけど、今度それとなく聞いてみよう。
そんな感じでよそ見をしつつもさして時間をかけることなく全滅させて、急ぎ足で目的の場所まで進んでいく。その間も他の小鬼の集団は徐々に探索範囲を狭めてきているようで、相対距離がずいぶんと縮んでいる。あー、これは帰りは真っ正面からの突破になりそうかな。まったく、数だけが多いとか面倒くさいなぁ。
「――この先だね」
あまりの数と予測される未来にいい加減うんざりしつつも、ナビゲートはきっちりとやらなきゃなのでそう伝えると、リクスが緊張した声で確認を取ってきた。
「そこには小鬼はどれだけいるんだ?」
「五匹だね。突き当たりがちょっと大きい部屋みたいになってて、そこの入り口に陣取ってる。それで部屋の中に人らしいのがいるみたいだ」
「見えてないのになんでそこまでわかるんだよ……」
下手をしたら余計な怪我の原因にもなりそうだし、なるべく状況を正確に伝える。ボソッと聞こえたケレンの呟きはスルーの方向で。
「まあ、小鬼はボクがちゃちゃっと倒すから、みんなは中の確認をお願いするね」
ナイトラフの弾種を『通常』に切り替えながら簡単に手はずを確認しておく。さすがにさらわれて人たちがいる近くで爆発なんかはまずいからね。下手に何かを吹き飛ばして、飛散物で怪我なんてさせた日には目も当てられない。
緩くカーブを描いていた洞窟の先に目的の場所が見えた瞬間、ナイトラフを撃ちながら一気に駆け出した。三匹の頭を撃ち抜いたところで剣の届く範囲に入ったので、残りの二匹にはそれぞれスノウティアの刃とナイトラフの銃身をお見舞いして終わらせる。
そうして一息つくと、目の前には扉もない洞窟の部屋がある。念のため『探査』で中を確認したけど……改めてなんなんだろう、この他の獣の反応。たぶん生きてるとは思うんだけど、人種族が混じっているのに動きがなさ過ぎるのがなんだか妙な感じがする。
とりあえず他に小鬼が潜んでいたりなんかもなかったから、軽い気持ちでヒョイと中をのぞき込んで――
「うわ――!」
わずかな松明に照らし出されているあまりの光景に思わず絶句した。
おおよそ六ピスカ四方くらいの地肌剥き出しな空間は饐えた臭いに満たされていて、そこの至るところに生き物が繋がれていた。繋がれているのは狼だったり鹿だったりと森の中にいそうな中型くらいの獣ばかりで、それが全部種類を問わず、首に何かの植物の蔓らしきもので一抱えもありそうな大きい石に結びつけられたまま、薄汚れた様子でぐったりとしている。
そしてその中に混ざって人型の影が三つ。やつれてはいるけど背格好から女の人だとわかる。だけど、他の獣と同じように首に結びつけられた蔓が近くの石に巻き付けられていて、ほとんどボロきれ同然になっている服がかろうじて引っかかっているだけで、もう全裸と言っても間違いじゃない姿だ。その上髪は乱れて目は虚ろで、汚れの目立つ身体はあちこちに痣や傷が目立つ。
「これは……」
「まさか、話に聞く繁殖部屋とかいうやつかこれ!?」
ボクの後ろから同じように部屋をのぞき込んだリクスとケレンが呆然とする気配があった。そしてケレンの言った『繁殖部屋』っていう言葉が引っかかって、改めて他の獣の様子も確認した。狼とかは遠目じゃ判断できないけど、鹿とか角の有無なんかで雌雄が別れる獣とかはそろって雌の特徴しかない。
その上でよく見れば、どれもお腹の部分が膨らんでいた。それは娘さんたち三人も例外じゃない。
「……人はともかくとして、小鬼って動物とでも子供ができるの?」
「そう聞いてるぜ。小鬼の繁殖力が高い理由がそれだからな。だいたいは母体の確保のために犠牲も出るから差し引きなしか、増える分が少し多くなる程度ってはずなんだが」
素朴な疑問にケレンが間髪入れずに答えを返してくれる。さらに言うと『繁殖部屋』っていうのは母体を他の種族に求めるしかない魔物なんかが作る習性があるらしいけど、それもある程度知能がある連中限定の話で、小鬼の場合は一度繁殖してしまえばそのまま餌に直行が普通だそうだ。
そんな話を聞いている間に、リクスが意を決した様子で囚われている娘さんたちの方に近寄っていった。
「おれはリクス。イバス村の人から行方不明者を探してほしいって依頼を受けた臨険士だ。君達はイバス村の娘さんかな?」
そのあられもない格好に目のやり場に困っている様子を見せつつもリクスが声をかければ、その娘さんたちはひどくゆっくりとした動きで視線を集めた。
「――助けに……?」
「そうだよ。歩けそうかい?」
「――して……」
「え、なんて?」
「……お願い……殺して……」
掠れた声だけどはっきりとそう懇願されたリクスは硬直した。まあ、要救助者に会って開口一番そんなことを言われたら誰だってそうなるだろうね。
「……お腹に……あいつらの……こんなんじゃ……もう、生きていけない……」
そう言って力なく涙を流す娘さん。他の二人も口は開いてないけど似たような感じがする。どうやらうら若い身で魔物にさらわれて乱暴され、あげくにその子供をはらまされたせいで絶望しきってるようだ。
こんな状況どうするのかと思ってリクスを見てみたけど、挙動不審気味にせわしなく娘さんたちの顔を見たり他のパーティ仲間の方を見たりとしているところからして、明らかにどうすればいいのか判断しかねている様子だ。でも下手な慰めなんかじゃ通用しそうにないし、ある意味これで正解なのかもしれない。
それなら他の二人はと思ってそっちを見やれば、ケレンは額に深い皺を寄せて難しい顔で黙り込んでいるし、シェリアも険しい顔で娘さんたちの様子を見ているものの、何かはっきりとした行動に出るわけでもない。当然のことながら娘さんたちにも動く様子はなし。
誰もが態度を決めかねているけれど、その間も時間だけはきっちりと流れていく。ずっと『探査』の反応を見ているけど、小鬼の集団が今ボクたちがいる辺りに急速に集まりつつあるんだよね。集団の間を行ったり来たりしている個体がいるところを考えると、伝令みたいなことをして連携を取っているようだ。ホントにイメージにある小鬼らしくないな、こいつら。
とりあえず、このままぐずぐずしていたらここに繋がる一本道が小鬼で埋まってしまいそうだ。ただでさえろくに動けそうにもない非戦闘員が三人も加わるっていうのに、そんな面倒くさい状況は御免被りたい。
「――その人たちが死ぬかどうかは別にしてさ、早くしないと面倒くさいことになるよ? まずはその人たちを連れて脱出して、その後で他のあれこれを考えようよ」
そう提案すると、リクスとケレンは思いがけないことを聞いたみたいな様子でお互いに顔を見合わせた。
「……そうだな。まずはこの人達を連れてここを出よう」
「だな。受けた依頼は『行方不明者の捜索』で、可能なら救助をってことだ。依頼はきっちりとこなさないとな」
それぞれ自分に言い聞かせるように呟くと、次いでそろってシェリアの方をうかがった。その視線に一瞬考えた様子だったけど、すぐに頷きが返った。
「……賛成よ。まずは助けてからね」
「わかった。なら、おれとケレンで一人ずつは背負うとして……ウル、悪いけど小鬼の相手を頼めるか?」
「あ、ようやく信用してくれた?」
リーダーの要請に思わずそんな言葉を返せば、リクスは苦笑混じりに返事をした。
「まあ、あれだけの小鬼をあっという間に蹴散らしているのを見たからな。しかも隊長級までいた時もあったのに、そんなのも関係なかったみたいだし」
「え? いたの、その隊長級っていう小鬼?」
意外なことを言われて聞き返したら、隣のケレンが呆れたような顔になった。
「さっきの集団に他のやつより体格のいい小鬼がいたろ? あれくらいのがちょうど隊長級って感じだ。まさか気づかずにぶった斬ってたなんて思わなかったけどよ」
言われて思い返してみれば、確かにそれっぽいのが混ざっていた時があった。なるほど、あれが隊長級の小鬼か。普通の個体より強いらしいけど、そんな感じは全然しなかったな。
「それで、シェリア。一番小柄な人を頼めないかな? さすがに二人は厳しいんだ」
「……しかたがないわね」
その間にリクスがシェリアに要救助者の運搬を頼んでいた。本来なら女の子に人を運ばせるなんてとか思うところだけど、人数が人数だけにしかたない。ボクならまとめて担げるかもしれないけど、そうなるとどうしたって戦うのに邪魔になる。敵を迎え撃つのにそんな状況じゃ本末転倒だ。




