侵入
「……二人はこう言ってるんだし、好きにさせたらどうだ? 情報を持ち帰るのも重要なことだと思うぜ?」
そしてとどめを刺すかのようなケレンの台詞。ちょっと、それでいいの? キミ、どっちかというと引き留める側だよね? 抜けるって言っちゃった手前、そんなこと指摘できないけどさ。
こんな状況をどう収拾付ければいいのかわからなくて困惑顔で立ちつくしていると、ケレンの言い分を聞いた辺りからものすごく悩ましげな表情をしていたリクスがなにやら覚悟を決めた顔になって相棒の方を見た。
「……ケレン、おれは――」
「前に言ったろ? 俺はお前に付いていくって決めたときから一蓮托生だって。お前が悩んだ上で決めたことなら、絶対に文句は言わないぜ」
何かを言いかけたリクスを遮り、不敵に見える笑顔で宣言するケレン。なんだかしれっとした態度でなかなかすごいことを言ってるような気がするけど、それを聞いたリクスはむしろ吹っ切れたように嬉しそうな笑みを浮かべて、改めてボクとシェリアの方に向き直った。
「なら、おれ達も一緒に行く。二人だけで行かせたりはしないよ」
「ええー……?」
その言葉に思わず呆れた声が漏れてしまった。いきなり何言い出してるんだろうこの人。自分たちじゃ手に負えなさそうだから一度帰るって決めたばかりじゃないの?
「一度戻るんでしょ? 何を思って――」
「パーティに入ってくれた時に言っただろう? どんな時も一緒に朝を迎えようって。おれは臨険士になった時に決めたんだ。仲間は絶対に見捨てないってさ」
ボクの言葉を遮ってそんなことを言うリクス。うん、それは覚えてるよ。暁の誓いはグッとくるものがあったからよく印象に残ってる。
「……だから、別に見捨てて行けって言ってるわけじゃないってば」
「おれの中じゃ、ここでウルとシェリアを置いて戻るのは見捨てていくのと同じになる。そんなことをしたら、おれはこの先ずっと後悔することになる」
「……それが勝手にパーティを抜けるとか言い出した相手でも?」
「それくらいですぐに絆がなくなるわけじゃないだろう? おれにとって、ウルもシェリアも大切な仲間だ!」
そんな臭い台詞を、リクスは臆面もなく堂々と宣言しなさった。これはついてくるなとか言ったところでダメそうな雰囲気だ。しかもなにやらリクスの信念に基づいての行動らしいし、似たような行動原理のボクとしては否定することもできない。
なのでリクスの後ろでなにやら楽しそうに経過を見守っているケレンに話を振った。
「止めなくていいの?」
「俺はリクスの腰巾着だからな。こいつが決めたことなら黙ってついて行くのが筋ってもんだろ。それに俺らだってまだまだとはいえ、危険に臨んでなんぼの臨険士だぜ? それに、あのロヴさんと互角にやり合える奴がここにいるんだ。ちょっとやそっとの危険なんて笑いながら蹴飛ばしてくれるだろ?」
ある程度予想はしてたけど、果たして返ってきたのはニヤニヤ顔でのそんな言葉だった。むしろボクの活躍に大いに期待している感じがする。ロヴを引き合いに出したことが完全に裏目に出た感じかな。
……でもまあ、これはこれでいいか。なんだかんだでパーティは現状維持な感じになりそうだし、ボクだって仲間に向かいそうな危険を黙って放っておくはずがない。多少取りこぼしたところで自衛ぐらいはしてくれるだろうし、何よりボクが望む『未熟なパーティで仲間と討伐任務』っていう憧れのシチュエーションを現実のものにできるんだし!
「――そういうことらしいけど、シェリアはどうする?」
「……別に、いいと思うわ」
同じくパーティ脱退を宣言してしまっていたシェリアに確認を取れば、相変わらず素っ気ない返事が返ってきた。けど、そう言いながらも二人を見る目がどこか少し心配そうなのは気のせいじゃないよね? やっぱりなんだかんだでシェリアも二人のことを気にかけているらしい。このツンデレさんめ。
大丈夫だよ。『守るための兵器』であるマキナ族の名誉にかけて、三人には絶対に無事に生還してもらうつもりだから。
「それじゃ、みんなで小鬼退治、行ってみようか!」
声が弾むのを抑えきれず、うきうき気分でそう宣言すると洞窟へ踏み入った。
……例の『一匹見たら三十匹はいると思え』っていう話なんだけど、あれって二匹目を見つけた場合は三十匹のうちの二匹目なのか、それとももう三十匹はいるってことになるのか、どっちなんだろうね? 後者だったらエンドレスで増え続けることになるけどさ。
「……まーた来るよ」
ずっと起動させっぱなしな『探査』の魔導式からの反応を見て少しげんなりしつつそう警告してから、目の前の曲がり角に向かってナイトラフを構えてタイミングを計る。さーん、にー、いーち――
脳内カウントがゼロになったちょうどその時に飛び出してきた六匹の小鬼集団に、遠慮なく光弾をお見舞いした。前から二番目のやつに着弾したそれは、弾種を『炸裂』に変更しておいたおかげで前後を巻き込み小爆発。吹き飛ぶ仲間の姿に硬直した後続にもう一発お見舞いして全滅させる。
「……なあ、本気で俺らいらなくないか?」
「まあ、そうだな」
その光景をボクの後ろで見ていたケレンが引きつり気味の笑顔で相方に問えば、こっちは逆に余裕を持った苦笑で返事をしているリクス。殿をつとめているシェリアは警戒を怠っている様子はないけど、それでもボクを見る目に感心したような色合いがある気がする。
意気揚々と小鬼のねぐらに乗り込んでしばらく。『探査』の魔導式じゃ全容を把握できないほどという予想外の広さに戸惑いつつも、蟻の巣みたいな複雑な造りをわかる範囲から虱潰しに探索していた。所々に粗末な造りの松明が設置されているおかげで、やや薄暗いながらもある程度視界は確保できる。それでも暗いことには変わりないし、ボクは暗い中でも見通せるから問題はないけど他の三人はそうもいかないから、一番邪魔にならないっていう理由でケレンが松明を持っている。
合わせてかなりの頻度で遭遇する小鬼を、顔見た瞬間に襲いかかってくるから片っ端から倒しているわけだけど……今の時点でもう小鬼の数が尋常じゃない。ここまで倒してきただけでもう五十匹近く、『探査』の範囲にいるのも合わせれば軽く百を超えている。いくらなんでもいすぎじゃないかな、これ。
最初のうちこそ小鬼の小集団に遭遇したら実戦訓練のつもりでリクスたちにもいくらか相手してもらってたけど、ちょっとでも戦闘が長引くと別の集団がやってきてキリがなくなるから、今じゃ視界に入り次第ボクが殲滅している。これじゃない、ボクが小鬼退治に求めていたのはこれじゃないんだ。もっとこう、仲間との連携とか役割分担とかがしたかったわけで、一人で無双がしたいわけじゃないんだよう……。
「……ねえ、ボクは詳しいことはわからないけど、小鬼ってこんなにいるものなの?」
改めて現状にやるせない思いを抱きつつ、それはそれとしてここの小鬼に関して先輩たちに意見を求めた。そうすれば三人ともたちまち真剣な顔になって、一旦足を止めた上で状況を分析し出す。
「普通ならもう群の二つ三つくらいはつぶせてる数だよな、これ?」
「だな。それにこの洞窟、所々わざわざ掘ったような感じだったぜ」
「連中の統率も欠けているわ。今までの奴らじゃ、痕跡を残さないようにするなんて真似、できるとは思えない」
「あ、ちなみに小鬼、まだまだいるよ。ボクがわかる範囲で百以上」
参考になればと思って何気なくそう告げると、三人ともそろってギョッとしたように目を見開いてボクのことを見つめてきた。
「……どうしてそんなことわかるんだ?」
「えーっと、わかりやすく言うと気配でってことになるかな?」
冗談だったらただじゃすまさないとでも言いたげな様子でケレンが聞いてくるから、答えられる範囲で正直に話すと今度はその目がシェリアに向いた。
「シェリア、お前はどう思うんだ?」
「……わたしがわかる範囲で二十くらいよ。でも、ウルはわたしよりも、ずっと広い範囲を感知できるみたい」
『暁の誓い』の斥候役がそう答えると、ケレンは額を抑えてうめき声を上げた。
「おかしいだろここの小鬼。百を超える群とか前代未聞だぜ」
「やっぱり変なの?」
「当たり前だ! こんな一種類の魔物の超規模な群なんざ、異常発生でも早々お目にかかれないはずだぜ」
「すたんぴーど?」
聞いたことがない単語が出てきたので聞き返せば、その名の通り稀に発生する魔物の異常発生によって引き起こされる一連の混乱らしい。原因は未だに不明だけど、あまりにも大量に増えすぎたせいで溢れかえった魔物が、生息地を越えて付近に深刻な被害を撒き散らすようで、被害を抑えるために軍隊が動き出すまでのつなぎとして、周辺にいる臨険士にも非常呼集が欠けられるたぐいの出来事とのことだ。
けど、そんな時でもだいたい何種類もの魔物が群とも呼べない集団で活動するくらいで、いくら繁殖力の高い小鬼とはいえ、たった一種の魔物が百を超える集団を作ることはないらしい。
そんな感じでケレンの講義を受けている間に、『探査』に映る反応がにわかに活発に動き始めた。そこそこばらけて好き勝手に動き回っていたように感じていたのに、急にある程度のまとまった数で集まると、それぞれの集団ごとにボクたちが通ってきた辺りを目指すように移動しだしたのだ。
「今ちょっと連中の動きが変わったよ」
「……どんな風にだ?」
念のため警告すると、何かをいろいろと諦めた様子に見えるケレンが詳細を求めてきたので、察知したことをできるだけ詳しく語った。
「……俺らの侵入に気づいたってところか?」
「今更か? けっこう派手に戦ってたりしたと思うけど」
「ここが広すぎるからじゃないか? もうこれ洞窟と言うよりも迷宮って感じだぜ。俺でもそろそろ帰り道が怪しくなりそうな規模だぞ」
「あ、道順はボクが完全に把握してるから、迷って出られなくなるってことはないから安心してね」
「そいつはどーも、心強いことで」
ケレンの漏らした心配事に補足しておくと、なぜか妙に投げやりな返事がした。どうしたんだろう?
「それで、ケレンの言う通りボクたちに気づいたからだとして、動きがどうにも組織的に思えるんだけど、そこのところどう?」
「そうなんだよなー。ウルの感覚が正しいとしたら、こいつら本当に小鬼かって疑いたくなる動きしてるんだよな」
「……まるで人みたいね」
そんなシェリアの呟きに何か触発されたのか、リクスがハッとした顔になった。
「――なあケレン、『勇者ランドルフの冒険』って覚えてるか?」
そのタイトル、聞いた覚えがあるね。エリシェナのお気に入りの英雄譚の一つで、子供から大人まで広く親しまれているこの世界で代表的な物語だ。
「お前ガキの頃から好きだよな、それ。それがどうかしたのか?」
「あっただろ、小鬼の王国に村が攻められそうになってたところを、たまたま訪れたランドルフが小鬼の王を倒して救ったって話」
「あったなそんな話――おい待て、お前まさか」
「いつだったか忘れたけど、あの物語、大昔にいた実在の人物の功績を元に作られたって聞いたことがあるぞ」
信じられないとでも言いたげな様子のケレンに妙な確信を持った様子で言うリクス。物語の詳しい内容は知らないけど、二人のやりとりから察するくらいならボクだってできる。
「ここに小鬼の王国があって、ついでに王様がいるかもしれないってこと?」
ボクがリクスの言いたいことを端的に指摘すると、ケレンは額を抑えてうめいた。
「勘弁してくれよ。それこそお伽噺に出てくるような話だぜ?」
「でもこの状況、あの話の中に出てくる様子と似たようなところが多いんだよ。王国の小鬼は、小鬼とは思えないほど賢いとか、大きな穴を掘ってそこに王国を築いていたとか、王国のまわりにいた他の魔物は狩り尽くされたとか」
「……それでこの森の魔物がほとんどいなくなっていた。つじつまは合いそうね」
シェリアが妙に納得した様子で頷いたのを見て、ケレンは盛大にため息を吐いた。
「……お前、その推測が本当だったとしたら、ここにいる小鬼がどれくらいいるのかもわかるだろ?」
「えっと、確か物語じゃ『後から後から出てくる小鬼の数はとうに千を超え』ってなってたよな」
「んな数相手にしてられるか!? ただでさえもう百超えてるんだぞ!? さすがに許容できる物量じゃないだろ!? 囲まれて身動きもできなくなる前にさっさと逃げようぜ!?」
しごく真面目な様子で物語の一節を思い出すリクスに対してケレンは絶叫した。うーん、千かぁ……。ボクならやってやれなくはないだろうけど、それに普通の人である三人を付き合わせるわけにもいかないよね。しかたない、ここは必要最低限だけにして一旦退いた方が良さそうだ。




