懇親
ふと思いついて、オーバーラップ大賞に応募してみることにしました。よければ応援よろしくお願いします。認知度が上がるといいなー、なんて思ってます。
「そうだ! お互い秘密を知った同士、いろいろ協力しない? ボク自身は身体の問題で血をあげたりなんかはできないけど、『悪人』を捕まえてその血を採るくらいならできるからさ! 他の二人をごまかすのだって――」
「言っておくけど、ラキュア族は人の血なんか吸わないから」
一緒にいることの利点を必死になってあげつらうボクを遮って、シェリアは衝撃的な発言をしなさった。
「……え?」
「厳密に言うと、力を使う時には必要だけど、吸血鬼みたいに生きるために血を吸う必要があるわけじゃないわ」
あまりのことに呆然とするボクに、淡々とした口調でとどめを刺してくるシェリア。自分の種族のことなんだ。この世界じゃ誇るべきことなんだし、それに対して嘘をつくなんてそうそうないからホントのことなんだろう。
「そう、なんだ……」
「……なんでそんなに残念そうなの?」
がっくりとうなだれてみせるボクに対して、理解しがたいものを見るような目を向けるシェリア。
いやだって、ボクの中じゃラキュア族は『人との共存を選んだ吸血鬼の末裔』みたいなイメージになってたから、その根本を否定されて落ち込むなって言う方がムリだ。こっちの世界の吸血鬼は前の世界の吸血鬼とは違って理性が薄いらしいから、人並みの知性を持った吸血鬼に会えたと思って期待もひとしおだったのに……。
「吸血鬼が仲間なんて、格好いいと思ったのに」
思わず本音が口から漏れたことに気づいて大慌てで口をふさいだものの、それでこぼれた言葉がなかったことになるわけもなく。
両手で口を押さえたまま、おそるおそるシェリアの様子をうかがった。今の失言が決定的なことになっていないかと戦々恐々としていたけど、視線の先にあったのは口を半開きにして唖然としている間の抜けたような顔。
「――ふ、ふふふ、あはははははっ!」
かと思えば、なぜか笑いの三段活用を抑えた爆笑が響き渡った。器用に抱えたお湯入りの桶をひっくり返さないようにしつつも、身体をかがめて大口を開け、肩を震わせながらの大笑いに、ボクは目を白黒させるしかない。
……けどまあ、修復不能な亀裂ができたりはしなかったみたいだし、結果オーライってことにしとこう。
粗末で狭い部屋がシェリアの笑い声で満ちることしばらく、ひとしきり笑って気が済んだのか、姿勢を戻した彼女がボクの方を見ながら言った。
「あなたって、変な奴ね」
「いやー、それほどでも」
笑いの残る顔で目尻に溜まった涙をぬぐいながらの台詞に軽く返しつつも、内心で首をひねる。普通にしてるつもりなのに、ボクってそんなに変かな? まあ細かいことは今はいいや。
「これから仲間になるんだし、ボクとしてはシェリアとも仲良くしたいんだけど、どうかな?」
どういう理屈かわからないけど好感度が上がったらしい反応を見てここぞとばかりにそう提案すれば、シェリアは何か吹っ切れたような清々しい笑顔を浮かべた。
「そうね、あなたとなら仲良くできそうだわ。改めてよろしくね、ウル」
「うん、こちらこそよろしく、シェリア」
差し出された手を自然と握り返して、お互いに笑顔を向け合った。うん、やっぱり女の子は愛想のない顔よりも笑顔の方がずっといいね。
「――そんじゃ、俺とリクスの昇格と、新しく仲間が増えたことを祝して、乾杯!」
「「乾杯!」」
ケレンの音頭に合わせてボクとリクスは声高く手にしたジョッキを掲げた。シェリアも声には出さないだけで静かにジョッキを掲げている。
シェリアと互いの秘密を共有した日の翌々日のお昼時。ボクを含めた『暁の誓い』の面々は前に奢ってもらったお店に再び来て、リクスとケレンの昇格祝いとボクの歓迎会を催すことになった。お代は完全に二人持ちとのことなので、遠慮する気はない。まあ身体の都合で限度があるんだけどね。
ちなみに、二人は言葉の通りにちゃんと昇格できたようだ。あの日の日が暮れてから帰ってきたらしく、一晩休んでから座学試験に臨み、合格を言い渡されていた。そしてついさっき新しい登録証を発行してもらったばかりで、短い付き合いだけどものすごく浮かれているのがよくわかる。なにせ昼間なのに遠慮なくお酒を注文してるくらいだ。
蛇足だけどこの世界、十五歳で成人認定されるせいか飲酒は十五歳からっていうのが一般的な認識らしい。
「おれ達も、これでようやく一人前になれたんだな」
「ストーンから数えて三年だもんな。これくらいが普通なんだろうけど、いろいろあったもんなぁ」
二人とも受け取ったばかりの真新しいカッパーランクの登録証を眺めつつ、しみじみとした様子でそんなことを言い合っている。そうか、一人前になるのに三年くらいかかるのが普通なのか。
「シェリアはカッパーランクになるのにどれくらいかかったの?」
「そうね……確か二年はかからなかったと思うわ。ただ、もともとある程度鍛えてたから、ストーンランクの時期は短かったわね」
「短かったって、どれくらい?」
「一月と少しくらいだったと思う。普通は半年から一年くらいはストーンランクのままらしいわね」
「うわ、それは短いね」
「あなたほどじゃないわ、ウル」
素直な感想を漏らすと苦笑が返ってきた。いや、そこはボクが異常だってことくらいはわかってるから。そもそも前提として種族としてのスペックが違うんだし。その上でリクスやケレンくらいが平均だとすれば、どうやらシェリアも若手の臨険士としては優秀な部類に入るらしい。
「へいへい、どうせ俺らは凡人ですよ」
シェリアとの話が聞こえたケレンが途端にふてくされたような態度になった。あ、まずい、お祝いされる側が気を悪くしちゃったか。ここはフォローを入れておかないと。
「別にケレンやリクスが悪いって言いたいわけじゃないよ?」
「わかってますとも。天才様方は自分が優秀だって誇りたいだけだよな」
「いや、そういうことでも――」
「だいたいそういう奴らほど凡人の苦労ってものがわかってないんだよ! 例え天才様方からすればなんでもないことでも、俺らが同じことをするのにどれだけかかるか考えたことあるのか、ん?」
ボクの言葉に聞く耳持たない様子のケレンは急に席を立ってボクのそばまで来ると、肩を組んでなにやらねちねちと言い出した。まさかケレン、まだ一杯目なのにもう酔ってる? お酒に弱くて絡み酒とか質が悪すぎない?
「――で、まあそれはそれとして、お前いつの間にシェリアと仲良くなったんだよ?」
そう思っていたら小声でそんなことを聞かれた。おや? と思って顔を見ればまだ赤くなりすらしていない。まだ酔ってないようでよかった。今の絡みはわざとだったみたいだ。
「一昨日分かり合えたばっかりなんだけど、そんなに仲良さそうに見える?」
「見えるって。シェリアの奴、会って一週間少しの相手にあそこまで普通に話すとか今までなかったんだぞ? 俺らでさえまともに会話してくれるようになるまで三ヶ月くらいはかかったってのに、いったい何をしてたらし込んだんだ?」
そう言われてなんとはなしにシェリアの方を見れば、リクスがしきりと話しかけているのに返事はするもののどこか素っ気なく、目の前にある料理を食べることの方に意識を割いている感じがする。事情を知らなければ愛想のない娘だとみんな思うだろう光景だ。
でも、シェリアが抱える秘密の一部を知ったボクから見れば、あれも彼女なりの処世術なんだろうなって思うことができる。言われもない話で迫害を受けていた種族の末裔としては、下手に親しくなって秘密が露見するよりも、距離を置いて境界を作っていた方がいいって判断なんだろうな。ボクと出くわしたりしたのは完全にイレギュラーなケースだったわけだ。
……まあそれでも、ある程度親しくなった相手を完全に邪険にできるほど冷徹な性格をしてないみたいだけど。現に二人との接し方を見ていれば少しは気を許している雰囲気が伝わってくる。
「……別にたらし込んだわけじゃないよ。ただちょっと腹を割って話し合う機会があっただけ」
約束もしたし人の秘密を積極的にバラしていくような趣味もないし、そうとだけ言っておくことにする。けど、ケレンはそれだけだと納得がいかない様子でうさんくさげな顔になった。
「腹を割って、ねぇ。俺らはまずその段階までいけてなかったんだぜ? なのにそこに到達するとか、何か弱みでもつかんだか?」
おっと鋭いご指摘。チラッとシェリアの方へと目を向ければ、いつの間にか食事の手を止めてじっとボクのことを見つめていた。大丈夫だって、わかりづらいけどそんな不安そうな顔しなくていいよ。
「教えないよ? 乙女の秘密はお墓まで持って行くのがボクたちの掟だからね」
「ちょ――おま、本気で何を知ったんだよおい!?」
「だから、おしえなーい」
嘯いたところで顔色を変えて喰いつき身体を揺さぶってくるケレンにやりたいようにさせながら、こっちをうかがっているシェリアにウィンクを投げた。そうすればほっとしたような顔になって、スカーフの影で小さく笑みを作ってみせた。
「くっそ、こうなったら最終手段だ! シェリア、今日夜這いに行くから部屋の鍵は開けてぐふぉっ!?」
何かとんでもないことを言い出したケレンのお腹に拳をたたき込んで黙らせた。まったく、女の子に向かってなんてことを口走ってるんだろうねこの男は。
「……死ぬ覚悟があるなら来てみなさい」
「ま、まあまあ、落ち着いて! ケレンの奴も本気じゃないよ、いつもの冗談だって!」
床の上でのたうち回っている変態に向かってシェリアが冷たく言い放ち、リクスが慌ててフォローに回った。あーうん、いいね、こんな雰囲気。まさに気の置けない仲って感じで。若干一名がまだ心からって感じじゃないけど、こういうのに憧れてたんだよね。
そんなこんなで賑やかに昼食会を終えて、次は宿の引っ越しということになった。一旦元の安宿に戻ってまとめたあった荷物を持ち出して引き払うと、リクスとケレンが目をつけていた新しい宿へと向かう。
ちなみに、ボクもそこに移るから荷物を一部持ってちゃんと手伝っている。ガイウスおじさんにも屋敷を出ることは了承済みだから問題はない。ただ、できるなら週に一度くらいは顔を見せるようにって言われた。特に断る理由がないから承諾したけど、心配性だなぁなんて思わなくもない。
「――ああ、見えたよ。あの宿だ」
他愛のない話を交わしながら雑踏を歩いていると、リクスがそう言いながら先を指し示した。釣られて視線で追ってみると、『空の妖精』亭と書かれている看板が目に入る。
「中堅臨険士御用達の店だぞ。俺らが世話になった先輩からの一押しで、話を聞く限りじゃ今なら空きがあるらしい。『暁の誓い』の新しい拠点にはピッタリだろ? 何より看板娘の子が可愛いらしいぜ!」
最後のが微妙に本音じゃないかと思えることを得意げに補足するケレンに、なるほどと頷きを返しながら念のため記憶を確かめる。うん、聞いたことのある名前だなって思ったけど、何度確認しても間違いないね。まさかこういう風に再会することになるとは。これが繋がりの妙ってやつかな?
「――いらっしゃいませー! お食事ですか?」
リクスとケレンに続いて宿の扉をくぐると、思った通りに聞き覚えのあるはつらつとした声が出迎えてくれた。目の前にいるリクス越しに、ポニーテールの栗毛と榛色の目をした勝ち気そうなお姉さんの笑顔が見えている。
「あ、いや、ここで部屋を取りたいんだ。四人分、大丈夫かな?」
「宿泊ですね、うちを利用してくれてありがとうございます! 期間はどれくらいのつもりですか?」
「できればここを活動の拠点にしたいから、長期で借りられる部屋がいいんだけど」
「これはこれは、ますますうちを選んでくれて嬉しいです! そういうお客さんのための部屋を用意してますから心配はいりませんよ! 四人ってことは、ここにいるみなさんでいいんですか?」
そう言ってリクスとやりとりしていた見覚えのある店員さんは、その場にいるお客を確かめるように順繰りに視線を向けていき、当然ボクともしっかりと目が合った。
「やあ、イスリア。久しぶり」
そのタイミングで声をかけると店員さん――イスリアはキョトンとした表情になったけど、次の瞬間には大きく目を見開いて身を乗り出すように話しかけてきた。
「ひょっとして、ウルなの?」
「そうだよ。元気そうで何より」
そういえばあの時は素顔をさらしたままだったことを思い出し、フードの端をつまんで少しだけはだけさせながら言えばイスリアは満面の笑みを浮かべた。
「おかげさまで、こうやって無事に元の生活に戻れたわ! あなたにはいくら感謝してもしたりないくらいよ! 今日はどうしたの? この人達と一緒にいるってことは、うちに泊まってくれるの?」
「そのつもりだよ。リクス――目の前の人がボクを仲間に誘ってくれたんだ」
「そうなのね、嬉しいわ! そうだ、ちょっと待っててね! ――父さん、母さん、ちょっと表に出てきて! 早く!」
それだけ言い置くと、店の奥に向かって大声で呼びかけながら中へと駆け込んでいくイスリア。置いて行かれたリクスはポカンと間の抜けた表情で立ちつくすしかないようだ。
「……知り合い?」
「前にちょっとね」
首をかしげながら聞いてくるシェリアにそれだけ返す。邪教集団に囮としてさらわれた時に被害者同士として知り合ったわけだけど、その件に関してはガイウスおじさん直々に口止めされているから軽々しく話すことはできない。イスリアの方にも同じような通達が行ってるはずだから、彼女の方でも詳しく話をすることもないだろう。
その辺の説明をどうするか少し考えたものの、シェリアはボクの一言だけで納得してくれたようでそれ以上追求してくることはなかった。




