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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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秘密

 最近、話の区切りが悪いのが少し気になってます。

「シェリア、どうしたの!?」


 イヤな想像が頭をよぎった瞬間、強引に扉を押し開けた。勢いで金具を引っかけるだけの簡単な鍵が弾け飛んだけど、今はそんなことを気にしていられない。

 素早く飛び込んで部屋の中を見回した。前の世界の記憶にあるビジネスホテル並の狭い個室には隠れるところなんかないのに、不審な影は見あたらない。唯一の窓もきっちり閉じていて破損の形跡もなし。入り口は今ボクが飛び込んできたところだし、四方の壁も天井も床も異常は見つからない。人一人がようやく寝られるような小さなベッドの影なんかには隠れようもないし……。

 とりあえず異常はないようだと判断して肝心のシェリアはと思って視線を向ければ、上半身裸で尻餅をついたまま、呆然とした様子でボクの方を見ていた目とかち合った。すぐそばにはひっくり返った桶が転がっていて、そのまわりが水浸しになってる。シェリアの髪の毛が湿っているところから察するに、身体を洗おうとでもしていたら何かの拍子に水入りの桶をひっくり返したってことかな? まったく、人騒がせな。


「――大丈夫そうだね。それじゃあ、ボクは一旦帰るから。またね」


 安堵した様子を顔に浮かべてみせてそれだけ言うと、何気ない風を装って回れ右。決して急いだりせずに開いたままだった扉をくぐって閉めれば――


「――待ちなさい」


 そんな言葉と同時に後ろ首辺りを捕まれた瞬間、逃走が失敗に終わったことを悟った。くっ、この場さえごまかせればなんとかなると思ったのに! サラッと流したけど、年頃の女の子相手じゃ明らかに見ちゃいけない光景がしっかりと記憶に残ってるんだよ! こういう時は優秀すぎる記憶力が恨めしい!

 そのまま意外なほどの力で部屋の中に引きずり戻された。やろうと思えば抵抗できたけど、この状況で逆らったりなんかしたら後が恐すぎる。

 そしてシェリアはボクが完全に部屋に入ったと同時に扉を閉めて、鍵が使い物にならなくなってるのを見て少し顔をゆがめると、鬼気迫る形相でボクのことを睨み付けてからベッドに向かって放り出した。ボクはボクで逆らう気は起きなくてもこれ以上の器物損壊は避けたかったので、不自然に見えない程度に勢いを殺してベッドにお尻から着地する。それでも完全に勢いがなくなったわけでもないので、年代物の安物ベッドが嫌なきしみを上げた。

 ここからどうしようと考える暇もあればこそ、シェリアはベッドにボクを強引に押し倒し、枕元に置いてあった二刀の握剣(カタール)のうち一本を抜き放つと、一切の躊躇もなく首筋に押し当ててきた。


「……見たわね」


 あ、これダメだ、ガチなやつだ。物を見るようななんの感情も浮かんでいない目で見据えられ、押し殺したような低くドスの利いた声でそれだけ聞かれた瞬間わかってしまった。下手な受け答えをしようものなら命に関わる。首を切られた程度じゃボクは死なないけど、シェリアの方にはそれを辞さないという強固な意志が感じられる。


「……はい、見てしまいました」


 観念して素直に白状すれば、目の前のシェリアの顔がより一層険しくなる。


「いいわね、わたしがラキュア族だってこと、少しでも漏らしたら殺すから」

「……へ?」


 続けて本気の目つきで宣告された言葉に、だけどボクは予想外すぎてむしろあっけにとられてしまった。あれ、上だけとはいえ裸を見られたことにお怒りなんじゃないの?


「信じないの? こっちも命がかかってる。仲間になったからって容赦は――」

「いや、待って、本気だっていうのはすごくよくわかるけど、そもそもラキュア族って何?」

「――え?」


 さらに凄んできたから慌てて聞き返せば、今度はシェリアの方が予想外のことを言われた顔つきになった。

 そのまま刃物を突きつけ突きつけられた状態で、なのにお互いに間の抜けた顔で見つめ合うというよくわからない状態が続くことしばらく。


「……あなた、わたしの身体を見てなんとも思わないの?」


 信じられないと声と表情で表現してくるシェリアの言葉に釣られ、ずっと意識して首から上に固定していた視線を下げた。臨険士(フェイサー)という職業柄か、細身に見えてもしっかりと筋肉がついている綺麗なスレンダー体型で、豊かとは決して言えないけど、あるとはっきりわかる楽園の果実が二つ実っていらっしゃる。こんな素晴らしい光景が目の前にあるっていうのに、悲しいかな、性欲なんて欠片もない身体のせいで感想以上のものが出てこない。

 そして所々に見受けられるうっすらとした古傷と、なにやら心臓のある辺りを中心に枝を伸ばすように描かれている刺青――いや、黒っぽい単色だからこの場合は痣かな? その割には妙に規則的な配置に思えるけど、その先端は腕の方は手首近くまで、首の方はスカーフでも巻かないと隠せない程度に伸びている。下はズボンをはいたままだからわからないけど、少なくとも腰より下まではありそうだ。


「えーっと、綺麗で魅力的だね。あとその痣、ボクとしては格好いいと思うからうらやましい」

「なっ――!?」


 なにやら感想がほしいみたいだったからとりあえず思ったところを素直に述べてみれば、シェリアは怯んだような声を上げて飛び退った。その顔がほんのり赤いのは照れのせいだろうか。


「……本気で言ってるの?」

「ボクは嘘をつかないのを信条にしてるんだ。シェリアの身体は綺麗だと思うし、痣だって全然気にならないどころか本当に格好いいと思ってるよ?」


 そう言いつつもシェリアがどいたのでこれ幸いとばかりに、両手を挙げて抵抗の意志がないことを示しながらゆっくりと身体を起こした。


「とりあえずボクに言いふらす気は全然、まったく、これっぽっちもないんだけど……えっと、ラキュア族とかいうのとその痣が何か関係があるのかな?」


 どうやらシェリアには裸を見られたことよりも重要なことがあるように思えたから、見た範囲で判断できる材料としては痣くらいだ。前の世界の記憶にある物語とかじゃ生まれつき特徴的な痣を持つ種族なんていうのもよくあったから、たぶんそういうことなんだろう。果たして――


「……そうよ。この『命脈』はラキュア族の証よ」


 ためらう様子を見せつつもシェリアは頷いた。なるほど、その痣『命脈』っていうのか。言葉尻からして、ただの痣とかじゃなさそうだ。

 さて、不幸な事故とはいえボクはシェリアの秘密を知ってしまったわけだ。しかも態度からして本人的には完全な口封じも辞さないほど深刻な秘密らしい。そんなものを一方的に知っている相手と友好的な関係なんてそうそう築けるものじゃない。これから仲間として行動を共にするのにそんなのイヤだし、このことが原因でシェリアがパーティを離れるなんてことになったらリクスやケレンにも申し訳ない。

 それなら結論は一つだ。シェリアにもボクの秘密を知ってもらって、お互い様っていう状況に持って行くしかない!


「なるほど。わかった、秘密だね。教えてくれてありがとう。代わりにボクも秘密を教えるよ」


 早口でそういってからすかさず外套を外してベストも脱いで、シャツも引っぺがすとシェリアと同じように上半身をあけすけにさらした。


「何をして――!?」


 ボクの急な行動に警戒する様子を見せたシェリアだけど、次の瞬間絶句した。急に緋色の模様が体表で光り出したからだろう。しかも今回は魔導回路(サーキット)としてじゃなくて、目の前にあるシェリアの痣をそっくり真似するように。


「ほら、ちょっと違うけどこれでおそろいだね」

「……あなた、何者? まさか、わたしと同じ――?」

「残念だけどラキュア族っていうのはさっき初めて聞いたんだ。ボクはウル。マキナ族のウル。もう少し詳しい話をしたいんだけど、聞いてくれるかな?」


 ボクなりに誠意を精一杯表してそう訴えれば、シェリアはしばらく迷っていたようだけど最終的には頷きを返してくれた。




 とりあえずお互いに服を着直し、ベッドの端と端に腰掛けた状態でマキナ族についてかいつまんで話をした。機工でできた身体を持っていること、魔力を流して身体の好きなところに模様を描けること、そのおかげで魔導式(マギス)を自在に使えること。


「――そんなところかな。これがボクの秘密だね」


 少しだけ鞘から抜いたスノウティアで切り裂いた手首を見せれば、そこから一切の血が流れてこないことを見て取ったシェリアは驚愕の表情で視線を手元の桶に移した。さっき彼女がひっくり返して空になっていたその中には、今は手頃な温度のお湯が湯気を立てている。さっき魔導式(マギス)の実演としてボクが生成したものだ。


「……嘘みたいな話ね。こうまで見せつけられたら、信じるしかないけど」

「お願いだから、秘密にしてね? 下手な人に教えたら怖がられると思うから」


 小声で術式登録(ショートカット)を紡いで『復元』の魔導式(マギス)を起動させ、斬った手首を修復しながらそうお願いしてみせる。正直なところ漏れたところで今はまだ少し困るなーくらいの秘密だから、シェリアのラキュア族がどうのっていう秘密と比べたら重みがずいぶん違いそうで申し訳ないんだよね。それでも、これが今のボクに示せる最大限の誠意だ。

 全身を『復元』の魔導回路(サーキット)で光らせながら、なんでもない様子を取り繕いつつも、実のところこの後の展開がどうなるか全然予想ができなくて内心で冷や冷やとしていると――


「……ラキュア族の名前を、初めて知ったって言ったわよね?」

「うん、シェリアが言ったのを聞いたのが初めて」


 抱えている桶に視線を落としたままポツリとシェリアが聞いてきたから、極めて正直に即答した。実際、この世界はいろいろな種族があちこちで暮らしているようで、ヒュメル族やアナイマ族を初めとした規模の大きい種族の話は一通り知ってはいるものの、地方や辺境に住んでいるようなマイナーな種族までは知らない。マキナ族もそういった方に分類される新興種族だ。まあボクたちはそもそも認知すらされてないんだけどね。


「じゃあ、吸血人の話を聞いたことは?」

「……吸血『人』? 上位の不死体(イモータル)吸血鬼(ヴァンピール)っていうのがいるのは知ってるけど、それとは違うの?」


 重ねられた問いかけに、こちらも初めて聞く言葉に首をかしげて聞き返せば、シェリアはどこか疲れたような、何かを諦めたかのような顔で唐突に語り出した。


吸血鬼(ヴァンピール)は夜を好むが、奴らは人と同じように日中を歩く。何食わぬ顔で村に、街に、国に潜んで、昨日笑い合った隣人の血を今日啜る。気をつけろ、奴らは平気な顔で友人に牙を剥く。気をつけろ、奴らは人を騙して生きている。気をつけろ、お前が言った冗談に腹を抱えたそいつは、本当に人なのか? ――わたしが生まれるよりずっと前、そんな話が広まったみたいよ」


 どこかの教訓話――というよりも警告じみた煽り文句かな? なかなか物騒な語り口だけど、話の流れからして――


「その奴らっていうのが吸血人で、その正体がラキュア族ってこと?」

「……そうらしいわ、忌々しいことに」


 ボクの確認に対して返ってきたのは、どこか投げやりに聞こえる肯定。その口調からして今の話が真実を語っているわけじゃなさそうだけど、それなのに自分たちのことを悪く言われて憤るでもなく、もうどうしようもないと諦めきってしまっているように思える。

 そんな様子を見てふと『魔女狩り』って言葉が浮かんだ。厳密には魔女じゃないし、そういう種族って覆せない事実があるけど、人の姿をしながら人の血を吸うような生き物がそばにいる。それが恐いから排除しよう。そんな感じのニュアンスをさっきの話に感じ取った。世界が変わっても、そういった種族の差別がなくならないのは変わらないらしい。いや、むしろ前の世界の人種に比べても顕著に違いが出るから反応も大きくなるのかな?

 まあなんにせよ――


「そうなんだ」

「……それだけ?」

「それだけって、何が?」

「何がって……目の前に人の生き血を啜る化け物がいるのよ? 恐いと思わないの?」


 話を聞いたのにボクのリアクションが薄かったのが気になるのか、正気を疑うような目つきでそんなことを言ってくるシェリア。その言い方だとなんだか怖がってほしそうに聞こえるけど――


「吸われる血もないのに、何を怖がらなくちゃいけないのさ?」


 真顔でそう返してみたら見事に言葉に詰まった様子。こういったことは普通、危険が身近にあることを嫌う人の性質が強迫観念になって、それが行動を排斥へ移らせるんだって前の世界の記憶にある何かの本に書いてあった。

 それを考えれば血もない機工の身体を持つボクにとってはなんの脅威にもならないし、仮に襲われたとしてもよっぽどのことがない限り死なない上に、なんなら返り討ちにすらできる自信だってある。

 つまり、ボクにはそのラキュア族とかいうのを恐れる理由は一切ない! だから軽く流してしまう程度の反応になるのも致し方ないことなんだ!

 それに、旅の仲間の一人が、実は正体を隠した人ならざるものだったって、シチュエーション的にすごくおいしいと思うんだよね! その相手が実は正義感と義侠心に溢れたいいやつだったりとか、逆に陰謀を企むために潜入しているんだとか、そんな感じの物語は前の世界もこっちの世界も王道だよね! まあ後者のパターンだったら読み物としてはともかく当事者だったら堪ったものじゃないんだろうけど、それはそれで後の展開に自分も関われるとか、想像するだけでわくわくしてくる!


「……何を笑ってるの?」


 そんなシェリアの言葉にハッと我に返った。ちょっと空想の海にダイブしてたら無意識のうちに顔が笑みを浮かべていたらしい。まずい、この状況で笑ってたりなんかしたら下手に勘ぐられかねない!


「まあ、ボクはそんなこと気にしないから安心してくれていいよ! 知名度はないけど、化け物じみてるってことならマキナ族だって似たようなもんだしね!」


 慌てて取り繕うも、シェリアはいつか見せたこっちを見定めるかのような視線をじっと注いできている。くっ、今のじゃ押しが弱かった? このままじゃ素敵な仲間との楽しい臨険士(フェイサー)生活が危険だ! もっとしっかりフォローを入れておかないと!



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