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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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伝達

「――弟子にした理由が、出来に納得できなくて放置してた試作品の魔導器(クラフト)をうっかり壊したアリィが、無駄に責任を感じて『自分で直す』って言って聞かなかったからだったって話は聞いたけど、それじゃ証明にならない?」

「なんですかそれは。つくならもっとマシな嘘を――」


 ボクの話を聞いた店員の人が呆れたように言いかけて、顔が真っ赤になっているアリィを見て口をつぐんだ。


「……アリィ?」

「あ、その、えっと……あはははは」


 いぶかしげな様子の店員の人に、何かをごまかそうとするかのような笑顔を向けるアリィ。なんだか知らないけど……ひょっとして。

 フッと、自分の口元が緩んだのがわかった。


「後は魔導回路(サーキット)の接続を間違えて暴発させたせいで壁に大穴を空けたり、書き損じた術式を見たイルナばーちゃんがおもしろ半分にそのまま使って机を吹っ飛ばしたり、失敗作をうっかり起動させて商談に来た相手を吹っ飛ばしたり――」

「わーわーわーっ!? だめ、それ以上はやめてーっ!?」


 イルナばーちゃんに聞いていたアリィの過去の失敗談を暴露していくと、本人が大慌てで騒ぎながらボクの口をふさごうと一歩踏み出し、散らばったままだった工具の一つに足を取られて思いっきり飛び込んできた。避けようと思えばできたけど、そのままだと勢いよく床にダイブすることになりそうだったからしっかり受け止める。小柄に見えても機工の身体、成人女性一人の突進を受け止めるくらい朝飯前だ。


「危ないよー。もっと気をつけて動かないと」

「あ――ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「これくらいへーきへーき。丈夫な身体が自慢だしね」


 我に返って謝りながら心配してくるアリィに向かって笑ってみせる。そんな彼女を支えて立ち上がらせたところで、店員の人が何か生暖かい視線をアリィに向けていた。


「アリィ、私が聞いていた話にはないことがいろいろとあったようだけれど?」

「ち、違うんですサリア! 別に隠していたってわけじゃなくて、その、なんというか……そう! わざわざ言う必要がなかっただけです!」

「そうなのね――で、本音は?」

「えっと、だから、その……」

「本音は?」

「……その、サリアやみんなに、あんまり格好悪いところを知られたくなくて……」


 店員の人の笑顔の追求にあっさりと白旗を揚げるアリィ。どうやら今までちょっとした見栄を張っていたらしい。いやー、意図せず黒歴史を披露しちゃったみたいで申し訳ないけど、身元証明のためだからシカタナイヨネー。


「そんなことをしなくても、あなたが鈍くさいのはみんなとっくに知っているから意味はないわよ」

「う……」


 ため息混じりに告げられた真実に傷ついた表情になるアリィ。いや、でも会って間もないボクにすらドジっ娘体質を実感させてるんだから、どう頑張っても隠し通せてるわけないよね。


「それでも、あなたがこの工房の魔導師(プロフェス)にふさわしいって誰もが認めてることには変わりないんだから、そのことはしっかり胸を張りなさい」

「サリア……」


 けれど続けられた店員の人のフォローに、アリィは目を潤ませて感激した様子だった。落として上げるの典型例だね。女の友情って感じがする。いいね、こういうの。


「それで、ボクがイルナばーちゃんの関係者だって信じてもらえたかな?」

「……そうですね。アリィが自分の話でここまで取り乱すなんて滅多にありませんから、おそらく本当のことを言っていたのでしょう。それはイルヴェアナ様から聞いた話ですか?」

「うん、そうだよ。なんなら決め台詞も言おうか?」


 ふと、初めてガイウスおじさんの下を訪れた時にジュナスさんと交わしたやりとりを思い出して付け加えたけど、店員の人は首を横に振った。


「いえ、ひとまずのところは信用させてもらいます。先ほどまでは失礼な態度を取ってすみませんでした、ウルさん」

「別に気にしてないからいいよ。あとさ、そんなに畏まらずに普通にしてくれたら嬉しいな」

「いえいえ、正規のお客様に対しては礼を尽くすのが私の流儀ですから。申し遅れましたけれど、ヒュメル族でシュルノーム魔導器(クラフト)工房の店主を務めさせていただいております、サリア・リムズです。どうぞお見知りおきを」


 そんなことを言いながらようやく自己紹介をしてくれた店員の人改めサリアさん。黒髪黒目で三十代に見えるキャリアウーマン風の人だ。このお店の制服を着てるみたいだけど、前の世界のスーツとかがあったらものすごく似合いそうな、いかにもできる女といった雰囲気をまとっている。

 ただの店員じゃないとはなんとなく察してたけど、まさか店主とは思わなかった。まあ以前支配人とか言ってたアリィは見た感じ利益算出とか苦手そうだし、サリアはその方面を請け負ってるのかな? 確かな絆を持つ二人がそれぞれの得意分野を生かしてお店を切り盛りしている感じなんだろうな、きっと。


「それで、ウルさん。お師匠様はお元気ですか? 二十年前に隠居するって出て行ったきりで、なんの連絡もなくて心配してたんです!」


 サリアが納得したと判断したらしく、勢い込んで訪ねてくるアリィ。その表情からして純粋に恩師の近況を知れそうなのが嬉しいようだ。けれど、ボクから伝えられる内容は残念ながら彼女の期待には応えられない。


「……ちょっと身内の話になるから、サリアさんは遠慮してほしいんだけど」

「――いいえ、アリィが関わるのなら私も無関係じゃありません。是非聞かせてください」


 ボクの一言で話の内容が喜ばしいものじゃないと察したらしいサリアさんは、一瞬だけアリィに気遣わしげな目を向けてからはっきりと言い切った。確かに、ショックを受けた時に気心の知れている人がそばにいた方がいいよね。


「――わかった。じゃあ、ボクの用件を伝えるね。イルナばーちゃんは今からだいたい一月前、無事に次の命へと旅立ったよ」

「……え?」


 なるべくなんでもない様子でこの世界風に寿命を迎えたことを伝えれば、アリィは目を見開いて声を漏らしたまま完全に動きを止めた。


「……それは、確かなのでしょうか?」

「ボクが看取ったからね。それでガイウスおじさん――えっと、先代のレンブルク公爵様に遺言を伝えるよう頼まれて里から出てきたんだよ。で、そのまましばらくレイベアにいることにした時にこのお店を見つけたから顔を出したんだ」

「……そうですか」


 サリアさんの念押しによどみなく答えれば、それを聞いてたんだろう、アリィは力が抜けたようにへなへなとその場に座り込んでしまった。そしてその目からはみるみるうちに涙が溢れてくる。


「……そんな、お師匠様……」

「アリィ、気をしっかり持ちなさい。イルヴェアナ様がお年を召してらっしゃるのはわかっていたでしょう? この可能性はあなたも認めてたじゃない」

「でも、だって……わたしまだ、全然何も、恩返しできて、ない、のに……っ!」


 そこまでが限界だったようで、そのままわっと声を上げて泣き出してしまった。よっぽどイルナばーちゃんのことを慕ってたんだね。ばーちゃんも渋々弟子にしたとか言ってた割にはアリィのことを話す時は楽しそうだったし、実年齢的にも母娘に近い感じだったのかな。


「――ウルさん、申し訳ありませんが今日のところは一度お引き取りいただいてもいいでしょうか?」

「それが良さそうだね」


 泣き崩れるアリィの肩を優しく抱きながらのサリアさんの言葉にボクも賛成した。もう少し詳しい話とかしたかったけど、肝心のアリィがこの様子じゃ落ち着いて話なんかできそうにもない。


「悪いけどサリアさん、アリィが落ち着いたら連絡してくれるかな? そうしたらまた顔を出すから」

「そうしていただけると助かります。連絡はどこに取ればいいでしょうか?」

「えっと、レンブルク公爵の屋敷――は近々出る予定なんだよね」


 実はリクスやケレンにどこで寝泊まりしてるか訪ねられた時、知り合いの家に居候させてもらってるって伝えたら、これからは一緒の宿に泊まらないかって誘われたのだ。その方がパーティで動きやすいし親睦も深まるとの理由で、ボクとしても仲間と同じ屋根の下で寝起きするなんていかにもなシチュエーションを見逃せるはずもなく、一も二もなく頷いた。

 さっそくその日のうちに部屋を取ろうとしたけど、どうやら前々から二人がカッパーランクに昇格するのに合わせて宿を少し上等なところに変えようと画策していたらしく、ボクの宿替えもそれに合わせてすることになっている。どの宿にするかは帰ってきてからのお楽しみとのことで、今はまだ次の宿泊先がわからない状態だ。

 二、三日中ならガイウスおじさんの屋敷に連絡をくれれば問題ないけど、アリィの様子じゃ心の整理をつけるまでもう少しかかりそうな気がする。そうなると連絡先が未確定になるし、だからといって公爵家の人にわざわざ中継してもらうのも申し訳ない気がするし――


「それではウルさんは現在、普段は何をされているんですか?」

「ボク? 臨険士(フェイサー)やり始めたところだけど」


 そんな風にどうしようかと悩んでいるのを見かねたのか、サリアさんがそう訪ねてきたので素直に答えると、それならちょうどいいとばかりに頷かれた。


「でしたら、連絡は臨険士(フェイサー)組合(ギルド)の方に伝言をお願いすることにします」

「へぇ、そんなことできるんだ」

臨険士(フェイサー)は住居を転々とする人も多いので、そういった知人に連絡を取るための手段としてそうしたことを組合(ギルド)が請け負っているのは有名ですよ」

「なるほどね。それじゃあ、今日のところは帰るね。連絡待ってるから」

「はい、またお会いしましょう」


 そんなサリアさんの言葉に見送られて、ボクはアリィの研究室を後にした。

 閉めた扉越しにも聞こえてくる無垢で愛の溢れる慟哭が少しだけ耳の奥に残ったのは、泣けないボクにはそれがうらやましかったからだろうか。




 リクスとケレンが昇格依頼に出発してから三日が経ったお昼過ぎ。聞いていた話だとそろそろ戻ってきているかもしれないので、久しぶりに三人が利用している安宿へと向かった。

 まあ早ければ、ということだったからまだシェリアしかいない可能性の方が高いけど、その辺は気にしない。もしかしたらもう帰ってるかもしれないし、だとすれば早く結果を知りたい。

 知らず知らず鼻歌なんか歌いながら道を進んでいくと、ちょうど目的の安宿が見えたところでそこに入っていく仲間の姿があった。あの血のように赤い髪は間違いなくシェリアだね。どこかに出かけていて今帰ったところかな? それならちょうどいいや。

 そのまま進んでシェリアに遅れて建物に入ると中を見渡す。安宿と言われるだけあってカウンターと数脚の椅子くらいしか置けない狭い玄関スペースには、愛想の悪い宿のおっちゃんしか見あたらない。そうだとは思ったけど、シェリアはすぐに部屋に向かったみたいだね。

 一応宿のおっちゃんに軽く挨拶してからズラリと扉が並ぶ廊下へと踏み入れる。一応二階建てのこの宿、食事を取るようなスペースをあえて確保せず、その分を必要最小限のサイズの部屋に回すことで格安で泊まれるようになっているらしい。三食を自分で用意しなければいけないけどそれが逆に節約に繋がるようで、なりたてから駆け出し辺りの臨険士(フェイサー)御用達になっているんだとか。


「シェリアの部屋は二階だったよね……」


 呟きながら廊下の手前にある階段を上る。ボクの重量に堪えかねてか年季の入った建材が少しだけきしむような音を立てるけど、案外丈夫なようで今のところいきなり崩れたりする様子はない。二階の廊下も特に問題なく進んで目的の部屋の前に立った。


「シェリア、ウルだよ。リクスとケレンはもう――」


 扉をノックしながらそう声をかけたんだけど、途端に中から何かをひっくり返すような音と水がぶちまけられるような音と小さな悲鳴が聞こえてきた。え、何? 何が起こったの?

 ――まさか、誰かに襲われてるとか!?



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