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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
37/197

出合

「――えーっと、そこの人たち、大丈夫?」


 それはそれとして、スノウティアに付いた血を軽く払ってから鞘に収めてナイトラフを肩にかけ直すと、改めて残りの人系種族三人に声をかけた。誰だって武器を抜いたままの相手に話しかけられたら警戒するだろうから、その辺を気遣ったのだ。うん、やっぱりボクは気配りのできる子だ。

 けれどもなぜだか誰も反応してくれず、そろって唖然とした表情をボクに向けるだけだ。なんだろう、この空気。ボク、何かやらかしたかな?

 内心首をかしげたところでハッと気づいた。物語の中とかではこういう冒険を仕事にしている人たちの間じゃ、獲物の横取りは御法度って言うのが定番だ。ついピンチだと思って遠慮なく手を出したけど、ひょっとしたらあそこから起死回生の逆転ができるはずだったのかもしれない。それなら気を悪くするのも当たり前だ。


「えっとその、ごめんなさい、余計なことしたかな?」


 イベントごとに首を突っ込むのは好きでも自分からもめ事を起こそうとは思っていないから、なるべく相手を刺激しないようおそるおそる聞いてみると、ようやく我に返ったらしい一人が慌てたように口を開く。


「いや、全然余計なことじゃない! むしろ命拾いしたよ!」

「そっか、なら良かった」


 その様子からして嘘は言ってなさそうなので一安心だ。三人とも外から見てわかるような大怪我はなさそうだし、雰囲気からして同じ臨険士(フェイサー)だろうからこれ以上心配するのも野暮かな。


「ところでボクは幻惑狼(ミラージュウルフ)の討伐依頼を受けてきたんだけど、こいつらの討伐証明ってもらっちゃっていいかな?」


 なのでとりあえずそのことを確認してみた。この世界の臨険士(フェイサー)組合(ギルド)では、その魔物を倒してきた証として決められた部位を持って行かないと、依頼が達成扱いにならないとのことだ。確かに証拠がなければ倒したと嘘をついているだけかもしれないし、かといって前の世界にあるゲームみたく、戦果を自動的に記録してくれるような都合のいいシステムがあるわけじゃないことを考えれば、実に単純明快で合理的な仕組みだ。

 そんなわけでボクとしては討伐証明が絶対に必要なんだけど、別に依頼を受けていなくても討伐証明を持ち帰れば報奨金を受け取れる制度もあるから、何かのついででも魔物を倒せば臨険士(フェイサー)にとっては貴重な収入源になる。だからボクが来るまでこの三人も結構頑張ってたみたいだし、その分の分け前がほしいって言うかも知れない。


「ああ、大丈夫だ。全部持って行ってくれ」

「あれ、いいの?」


 そう思っていたから、少しの躊躇いもなく返ってきた言葉が意外だった。


「見た感じ結構こいつらと戦ってたんでしょ? 最低でも五匹分確保できればボクはそれでいいから、差分くらいなら譲ってもいいんだけど」

「いや、それでも結局倒したのは全部君だし、そもそも命の恩人に対してそんな図々しいことは言えないよ」


 念のために具体案も出して最終確認を取ってみたけど、それでも相手の態度は変わらなかった。そこまで言うなら遠慮なくもらっとこうか。


「わかった。それじゃあキミたちも気をつけて――」

「あ、待った、ちょっといいか?」


 もう用はないと思って別れの挨拶を言いかけたところ、それを遮って別な一人が声をかけてきた。


「何かな?」

「あんた、幻惑狼(ミラージュウルフ)の討伐依頼って言ってたよな。ならこれで依頼達成だろうけど、もし良かったらしばらく俺らと一緒に来てくれないか?」

「おい、ケレン!」


 二人目の提案――というかお願いかな? それを聞いた一人目が驚いたように声を上げたけど、ケレンって名前らしい二人目はその口に手を置いて言葉を封じた。


「俺らもここに採取依頼を受けてきたんだけど、さっき幻惑狼(ミラージュウルフ)に出くわしたせいで肝心の荷物を放り出してきたんだよ。このままじゃ依頼の達成がおぼつかないから、あんたの腕を見込んで荷物を回収する間頼らせてもらいたいんだ。もちろん、タダでなんて言わないさ。幻惑狼(ミラージュウルフ)の解体くらい手伝うし、荷物になるなら俺らで持つ。それからもし帰りが同じなら乗り合い馬車の運賃くらい出すし、拠点に戻ったら飯を奢らせてほしい。それでも足りないならちょっとくらいは蓄えもある。頼む、この通りだ!」


 そこまでまくし立てるように一息に言うと、一人目の後頭部をつかんで一緒に頭を下げた。


「――おれからもお願いできるかな。できれば少しの間でいいから一緒に来てほしい」


 無理矢理頭を下げさせられて戸惑っていた一人目も、気を取り直すとそのままの姿勢でそう言った。確かに、二人から見ればたった今自分たちだけじゃ対処できそうにない事態に遭遇したところだ。それをなんとかできる相手と一緒にいたいって考えるのも当然だよね。

 ……たまたま助けた同業者と行動を共にする。うん、らしいシチュエーションだね。


「ボクは別にいいよ。どうせ後は帰るだけだしね」

「マジか!? いやー助かった!」


 あっさり結論を出してそう伝えれば、ケレンって呼ばれた二人目が歓声を上げた。


「ありがとう。危ないところを助けてくれたのに、その上こんなわがままを聞いてもらって……」

「気にしないで、ボクがやりたくてやるんだから。それよりも――」


 心底申し訳なさそうな顔になった一人目を軽くあしらって、さっきからずっと気になっていることと合わせて尋ねた。


「あっちにいる人の意見は聞かなくて大丈夫だったの? なんだかものすごく睨まれてる気がするんだけど……」


 言いながら今までずっと口を開いていない三人目の方を示した。幻惑狼(ミラージュウルフ)に跳びかかられて転んでいたその人は、今は少し離れたところに立って険しい顔つきでこっちを睨むように見ている。ボクが最初に声をかけた辺りからずっとあんな感じだ。


「シェリア? どうしたんだ、そんな顔して」

「あ、ひょっとして俺の提案マズかった?」

「……なんでもないわ」


 二人の気兼ねしたような態度にはそう答えるものの、ボクを見る目つきは相変わらずだ。何か気に障るようなことしたっけ? それともやっぱり乱入がダメだった?


「えーっと、悪いけどちょっと自覚がないから、何かイヤなことをやっちゃってるんだったらできれば教えてほしいんだけど」

「……大丈夫よ、助けてくれて感謝してるわ。同行してくれるのもありがたい」


 いや、言葉と表情が全然一致してないんですけど。ものすごい警戒されてらっしゃいますよね?


「……あー、すまない。ちょっとシェリアは気難しいところがあって、できれば気にしないでくれるとありがたいんだけど」


 何か思い当たる節でもあったのか、一人目がコソコソとそう耳打ちしてきた。そっか、あの人気難しいのか。ならこう言ってるんだし、気にしない方向で行こう。

 ――あ、そういえば。


「そうだ、まだ名乗ってなかったね。ボクはウルっていうんだ。少しの間よろしく」


 名乗りもしてなかったことを思い出し、ひょっとしたら不審人物と疑われてるのかと思ってとりあえず外套のフードを下ろした。

 そうすれば一人目と二人目はボクの素顔を見てポカンと間の抜けた顔になったけど、一番問題の相手は特に変わった様子を見せない。愛想笑いを浮かべてみるものの変化なし。うう、気にしないつもりでもやっぱりなんか気まずいなぁ……。


「――あ、ええと、おれはリクスだ。臨険士(フェイサー)でランクはブロンズ」

「……すげえ美形だな。俺はケレンってんだ。同じくブロンズ。よろしくな」


 少しして息を吹き返した一人目と二人目がそれぞれ名乗ってくれたので、とりあえずはそっちの二人を改めて観察した。

 一人目改めリクスは十七、八歳くらいに見える、木訥とした顔立ちの少年だ。茶色いザンバラ髪に同じ色の瞳をしたわりとどこにでもいそうな顔立ちで、中肉中背の身体を簡素な皮鎧(レザーアーマー)で覆っている。

 手にしているのは片手で持てる幅広剣(ブロードソード)小盾(バックラー)と身軽な戦士の典型例って感じだ。なんとなく純朴な田舎の少年ってイメージが当てはまりそうな気がする。

 二人目改めケレンの方は、リクスと年頃は同じくらいかな。そこそこ整った顔に後ろでくくれるくらいの長さがある薄い金髪と焦げ茶色の目をしていて、身長はリクスよりは高いみたいだけど体つきは逆にやや細い。

 身につけているのは傷みの少ない革胸当て(レザーガード)で、手には片手杖(ワンド)型の魔導器(クラフト)を持って腰に短剣(ダガー)を提げている。一言で表せば見習い魔法使いってところかな。見た目や言動から軽薄そうな雰囲気が漂っているのは偏見だろうか?

 そして二人はそれぞれ名乗った後で懐から登録証(メモリタグ)を取り出して、ボクによく見えるようにかざしてくれた。組合(ギルド)の紋章が刻まれた青銅製の板には、簡単に『リクス・ルーン、ヒュメル族、十八歳、男、片手剣士、《暁の誓い》所属』、『ケレン・オーグナー、ヒュメル族、十八歳、男、魔導器使い(クラフトユーザー)、《暁の誓い》所属』と記されている。なるほど、こうすれば少なくともある程度の身分証明になるわけか。最後の部分はパーティ名かなにかかな?


「ありがとう。これがボクの登録証(メモリタグ)だよ」

「え、なんでカッパーランクなのに――って、これまさかルビージェムド!?」

「嘘だろこんな美形なのに!? ていうかジェムドの登録証(メモリタグ)なんて初めて見たぞ!」


 二人を見習ってボクも自分の物を見せれば、途端に驚きの声が上がった。やっぱり特例措置って言うだけあって相当珍しいようだ。ちなみに記載内容は『ウル、マキナ族、十五歳、万能戦士(オールラウンダー)』にしてある。一番最後の変な造語は、種族に加えて主な戦闘方法が必須事項に追加されてたため、悩み抜いた末の苦肉の策だ。出した時にちょっと変な顔をされたけど、通ったんだから問題はない……はず。


「しかも、やっぱり年下かよ。俺らとはえらい違いだな」

「やっぱり、才能がある人っているんだなぁ……」


 なにやら二人が黄昏れだしたところで登録証(メモリタグ)を引っ込めて、うかがうように三人目の方を見た。さっきよりはマシになった気はするけど、相変わらず睨むようにじっとボクのことを見ている。


「……良ければキミの名前も教えてくれないかなー?」

「……シェリアよ。ランクはカッパー」


 おそるおそる聞いてみると、素っ気ないながらもちゃんと返事をしてくれてほっとした。

 三人目改めシェリアはこの三人の中では紅一点、十八、九歳くらいに見える少女だ。化粧っ気はないみたいだけど、それでも目を引かれるものがある凛とした美人さんだ。赤毛というよりは真っ赤に近いショートボブに目端がつり上がった青い目をしていて、リクスと同じくらいの女の子としては高い身長にスレンダーな体つきだ。身体にフィットした長袖長ズボン姿なおかげでその体型が際だっていた。

 動きやすさ第一って言わんばかりに部分鎧(ポイントガード)で要所を保護しているだけで、そのせいか首を覆い隠す赤いスカーフがやけに印象に残る。武器は……うわ、初めて見るやつだ。たぶん、握剣(カタール)――本当はシャマなんとかっていう名前だったはずだけど、肝心の前の世界の記憶があやふやだからなんとも言えない。それを二本、腰の後ろで交差するように提げている。見るからに素早さを生かして戦うタイプで、口数が少なくて全然表情を動かさない様子からクール系な印象を受ける。

 こっちも掲げてくれた登録証(メモリタグ)をおっかなびっくり確認すれば、ボクのと同じ赤銅製の板に『シェリア・ノクエス、ヒュメル族、女、軽戦士、《暁の誓い》所属』って書いてある。……なんだかみんな、ファミリーネームまでしっかり登録してあるんだね。それが普通なのかな?


「ええっと……よろしくね?」

「……ええ」

「シェリア? 本当にどうしたんだ? なんだかさっきから変だぞ?」


 一通り名乗り終わってもやっぱり警戒心マックスなシェリアの固い返事。さすがにリクスが心配そうに声をかけたけど、無言で首を横に振ってなんでもないと示すばかりだ。


「まさかこんな状況で急に生理でもぐふぇっ!?」

「なんでもないわ、本当に」


 ケレンが下世話なことを口走った瞬間、あっという間に距離を詰めて容赦なくみぞおちに拳をお見舞いしつつ、重ねて淡々とそう言うシェリア。お腹を押さえて悶絶しているケレンは自業自得だとしても……なんだろう、この人ちょっと恐いな。


「……えっと。ほ、ほら! 先に幻惑狼(ミラージュウルフ)を解体しよう! 急がないと血の臭いに釣られて他の魔物が来るかも知れないし! な!」


 微妙な雰囲気を変えようとしてか、妙に明るい声を張り上げるリクス。それに従ってそれぞれが幻惑狼(ミラージュウルフ)の死体を集めるために動き出す中、やっぱりというか時々シェリアのいる方から視線を感じた。

 ……同行の話を受けたの、ちょっと早まったかもしれない。




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