討伐
前話で一日のアクセス数が急に跳ね上がり、嬉しい反面困惑を隠せない今日この頃です。
明らかにこっちを狙っている相手が話に出ていた幻惑狼だってわかった瞬間、最低限の荷物以外を放り出してなんとか囲みから抜け出そうとするも上手くいかず、そうこうしているうちに囲いを狭めた狼達が襲いかかってきた。
それでも一対一ならおれでもなんとか互角くらいには戦えるし、魔導器使いのケレンが野獣の嫌う炎系の魔導式で牽制してくれるおかげですぐさま全滅にはならなかった。けど、複数に連携されれば対処できるのはかろうじてシェリアくらいだ。その彼女だって群れのほとんどを引きつけているせいで決定打を入れる隙がないようで、しかもずっと撹乱のために駆け回ってるから相当息が荒くなっている。
そして狼達はどうやら持久戦を選んだらしく、おれ達を逃がさないようにしながらも代わる代わる跳びかかってくるせいで、姿を風景に同化させる特性と相まって休む暇もない。
どう考えてもジリ貧でしかない状況で、命綱の一つだった魔導式での牽制が尽きようとしている。
――奇跡でも起こらない限り、全員無事で帰るのは無理だろうな。
「ケレン、おれが――」
「おっとその先は言わせねーぞリクス。俺はお前に付いて行くことにした時から一蓮托生って決めてるんだ。だいたい、俺じゃここから逃げ出すのは絶対ムリだ」
言いかけた言葉を遮ってそんなことを告げてくる相棒に思わず苦笑した。言いたいことを察してくれたのはさすがだと思うけど、こんな時だっていうのに格好をつけたがる幼なじみの気が知れない。
けど、無二の親友のその心意気が、今はただ嬉しかった。
そして覚悟を決めると、無謀に巻き込んでしまったのに今も奮戦してくれている先輩に向かって声を張り上げた。
「シェリア、おれ達が囮になる! 君だけでも生き延びてくれ!」
犠牲なしでこの状況をどうにかできるとは思えない。ならこうなってしまった責任のあるおれが何とかするしかないのは当然だ。そしてパーティの中じゃ体力の低いケレンはおれと残ることを選んだ。後は二人で囮をやって狼達の気を引けば、おれ達の中で一番実力があって足の速いシェリアなら逃げられるだろう。
だからせめて、彼女だけでもなんとか生き残ってほしい。そうすれば調子に乗ってやらかしてしまった間抜けでも、少しは胸を張ることができるだろうから。
そんな想いを込めた声を聞いたシェリアが視線をこっちに向けた。パーティに誘った時に『足手まといになるようなら切り捨てる』と条件を突きつけてきた彼女のことだ。すぐさま戦闘を切り上げて離れていってくれるだろう。
――そう思っていたのに、予想に反して普段はあまり変化を見せない表情を奇妙にゆがませると、あろうことか足を止めてしまった。
普段から冷静で、どこか冷めた態度を取っているシェリアの思いがけない様子に驚いたのも一瞬、揺らめく景色から狼が飛び出すのを見て慌てて声を上げた。
「シェリア前!」
その警告にハッとしたように我に返ると、その場から飛び退いてかろうじて牙から逃れる。けれど体勢に無理ができて続く攻撃を捌く内にどんどんと修正が効かなくなり、ついにはバランスを崩して転倒してしまった。
「シェリア!」
咄嗟に叫んで駆け出すけど、今いる位置からじゃ間に合わない。後ろから舌打ちが聞こえたかと思うと火の玉がおれを追い越して飛んでいくものの、姿を現わした一頭の出鼻をくじいただけでそれ以外は今にも跳びかかろうとしている。
そんな中で、ほんの一瞬シェリアと目が合った。そこには彼女らしくもない、諦めたような表情が浮かんでいた。
「おおあああぁあぁああっ!!」
短いはずの距離があまりにも遠すぎることに絶望すら感じながら、それでも何かを求めて言葉にならない叫びを上げながら足を踏み出して――
「――見ぃつぅけぇたぁ!!」
どこからか場違いな歓声が聞こえてきたかと思った瞬間、いきなり飛来した光弾が突き刺さった狼の頭が爆ぜた。
ほとんど同時に飛んできた二つ目三つ目の光弾も外れることなく別な狼の頭を撃ち抜き絶命させたのを見て思わず目を見開き、駆け出していた足が止まる。
そんなおれの前、いきなり仲間を失って混乱している狼達に向かって、人の形をした『奇跡』が飛び込んできた。
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右見て木、左見て木、前も後ろも木、木、木。辺り一面鬱蒼とした森の中、そろそろ見飽きてきた風景に思わずフードの下でため息を漏らした。
「なんで全然見つからないんだろう……」
誰にともなく呟いたボクが今いるのはカルスト樹林なる大きな森だ。なんでそんな所にいるかというと、単純に依頼を受けたからだ。
あの後せっかく特例措置を受けられるのならと思ってシルバーランクの依頼掲示板を物色してみれば、ちょうど良く一つだけ張り出されていた討伐依頼を見つけた。内容は『カルスト樹林表層部で確認された幻惑狼の群れの討伐』。基本報酬は三千ルミルと破格だった。これを三回ちょっとやるだけで中古車が買えるらしい。この前までストーンランクのゴミ拾いをやってた時とは比べものにならない。まあ三つもランクが離れてたら当然かな。
さっそく受付に持って行って詳しい話を聞いてみると、どうやらこの依頼今日張り出されたばかりとのことで、本来ならすぐにでも誰かが受けるタイプのものらしいけど、たまたま手の空いてる人がいなくて取り残されたらしい。
ほんの一瞬ついさっき組合を出て行った某プラチナランクの人が頭をよぎったけど、運が良かったと思って深くは追求せずに受領した。外の世界の魔物がどんなものか、腕試しにはちょうどいいだろうしね。
討伐依頼を受けるのは初めてということでいろいろと受付嬢の人に注意事項とかを聞いて、なんとも言えない雰囲気が漂っていた組合を後にするとその足で王都を出ることにした。ガイウスおじさんたちにはいい依頼があったらそのまま出発するって先に伝えてあるから心配ないし、補給なんて投げ捨てたマキナ族の身体は普通なら必要になる旅支度も一切いらない超エコ仕様だ。
着の身着のまま目的地へと街道を進むことおよそ一日。本来徒歩なら二日はかかる距離を昼夜問わずの強行軍に加え、初めてのまともな依頼でちょっと浮かれていたようで、普通に歩いていたはずがいつの間にか軽くダッシュになってたせいで到着したのが今朝方。遭遇ポイントに近い辺りから喜び勇んで森へと入っていったのだ。
で、そこまでは良かったんだけど……報告された遭遇場所あたりまで辿り着いてその周辺をうろうろと探し回っているのに、肝心の幻惑狼が全然見あたらない。時々普通の狼だったり、お腹をすかせた熊だったり、頭に立派な角を生やした兎だったりが襲いかかってくるから軽くしばき倒して撃退してるけど、昼を過ぎてなお討伐対象がまったく出てきてくれないのだ。いい加減しびれを切らして『探査』の魔導式を使っているのに、そっちにもらしい反応が見つからないのはどういうことなんだろう。
「おかしいなぁ……イルナばーちゃんが持ってた魔物図鑑によれば、幻惑狼って縄張りに入ってきた相手はめざとく見つけるって書いてあったのに」
図解付きでいろいろ知れて楽しかったお気に入りだったけど、なぜか故郷のまわりで出てくる魔物についてはほとんど載ってなかった微妙に役立たずな図鑑からの情報を思い出す。ここに来てようやく役に立つかと思っていただけに当てが外れた感がすごい。
……でも、よくよく考えれば前の世界の記憶にあるゲームなんかと違って、今ボクがいるのはファンタジーとはいえ現実なんだ。適当に歩き回っていればイヤでも敵に遭遇できたり、特定の場所でボスが待ち受けたりしてることはまずないと考えていい。
逆に言えば敵との遭遇については、ゲームならランダムエンカウントのシステムで運に任せるしかないことも多いけど、現実なら痕跡を追いかけたり避けたりとある程度は任意に狙える。つまり、こういった討伐依頼に関しては、戦士としての力量よりも猟師としての技能の方が重要になってくることになる。
「依頼受けるの、早まったかなぁ……」
そう結論づけてため息を吐きつつ辺りを見回した。きっとプロの猟師なんかは、こんな何もないように見える森の中からたちどころに獲物の痕跡を見つけたりするんだろうけど、あいにくボクにはそんなことはできない。故郷じゃ少し里を離れた辺りを歩くだけで好戦的な魔物が襲ってきたから、わざわざこっちから獲物を探すなんてことをしてなかったのがここに来て響いてる。
これがさっきまでみたいな普通の狼とか角の生えた兎とか、どこにでもいることで有名な小鬼とかなら適当に歩くだけで目的も簡単に達成できてただろう。そういった頻繁に見かける害獣や魔物から始めて、段階的に数の少ない危険な種類を討伐していく課程で自然と見つける技や勘がある程度身につけられていくんだろうところを、ボクは一気にすっ飛ばしてそこそこの相手を狩りに来たわけだ。
そんな状態でもなんとかなると楽観的に考えていたのはいわゆるゲーム脳と、後は今までそれを裏付けていた故郷を取り囲む秘境の環境が原因で間違いない。
まあ、かと言って正式に受けた初依頼を失敗するのは幸先が悪いから遠慮したい。しかたない、ここは力押しでなんとかするしか――
そう思った時、ふとかすかに声のようなものが聞こえた気がした。素早く『探査』の感知範囲を見直すけど、さっきと変わらない反応が返ってくるだけで異常はない。そうなると、範囲外で何か起こってるのかな?
ちょうどいいやと思ってさっき決めた力押しの方策を実行すべく、すぐさま目を閉じ今体表に描いている『探査』の魔導回路に意識を向けて改変を開始。術式をいじって探知範囲をどんどんと広げていき、比例して足りなくなった部分を賄うために精度を下げていく。
やがてさっき声がしたと思われる方向から、ある場所で固まっている反応を見つけた。精度が落ちてるせいで詳細はわからないけど、十を超える数の推定生き物がなにやらその辺りで激しく動き回っている様子だ。
それがボクのお目当ての相手なのかは不明だけど、どのみち行き当たりばったりしか取れる手段がないんだ。とりあえず行ってみて損はないだろう。
ためらうことなくそう決めると問題の集団めがけて駆け出した。
そして森の中を走り続けることしばらく、距離が縮まるのに合わせて『探査』の精度を上げていったところ、段々と目指す集団の内訳がわかってきた。反応からして人型の生き物が三に、その腰くらいの体高をした四足獣が八と言ったところ。
うーん、動き方からして人型の方が防戦一方って感じかな? ひょっとしたら人系種族の誰かが襲われてるのかもしれない。これは急いだ方が良さそうだ。
さらに速度を上げて森を駆け抜け、やがて木々の向こうに目的の場所が見えた。思った通り人系種族が三人、何かに襲われて必死な様子で迎撃していた。しかも前に出て奮戦していたらしい一人がバランスを崩したらしく転んだところだ。さっきから聞こえてた声と合わせればどう考えてもピンチだろう。うん、助けなきゃ!
けど、そう思うと同時に胸の奥から歓喜が溢れてくるのが抑えられない。
倒れた一人を囲んで今にも跳びかかろうとしているのは、まるで空間から滲み出るように姿を現わした、身体のあちこちに透明な石のような器官を持つある狼。その姿形は図鑑に載っていた絵とほとんど同じだ。
たぶん間違いない、あれが討伐対象の幻惑狼だ! 四足獣のシルエットが狼だってわかった時点からちょっと期待はしてたけど、まさかのビンゴ! これもボクの日頃の行いがいいおかげだね! こっちに来なかったのはきっと先に目の前の三人を補足してたからに違いない!
まあ何はともあれ――
「見ぃつぅ――」
無意識に叫びを漏らして走りながら瞬時にナイトラフを突き出す。
「――けぇたぁ!!」
倒れている一人を囲んでいる中から急に飛んできた火の玉に怯んだヤツを除いて適当に狙うと、三度引き金を引いた。あっという間に飛んでいった光弾は全部しっかりと頭を撃ち抜き、残った狼は急な展開に混乱したかのように動きが乱れた。
その隙に残っていた距離を詰め切ると勢いのままに飛び込んで、手近にいた一匹をスノウティアによる抜き打ちの一撃で両断。そのまま横にステップして、隣にいた一匹を振り下ろしで切り捨てる。これで残りは後三匹!
そこで視界にいる残りの幻惑狼の姿が揺らめき、みるみるうちに周囲の風景と同化していった。その名前にもある通り、こいつらいわゆる光学迷彩の能力を生まれ持っているらしい。なんでも体表面に存在する透明な石から魔力を発して光を屈折させているんだとか。
正直捕食する側がそんな能力持ってて大丈夫なのかって生態系に聞いてみたくなるけど、むしろファンタジー世界じゃこれくらいしないと生き残れないのかもしれない。それに完全に姿を消せるわけじゃないようで、よく見れば不自然に景色が揺れているのがわかる。
とはいえ、不完全でも透明になられたら襲われる方が当然不利になるのは間違いない。対抗するためにはめまぐるしく動く中で不自然な揺らめきを見極めるか、何かの手段で存在自体を感知しないといけないだろう。つまり、何が言いたいかっていうと――
「ボクには意味ないよ!」
そう言いながら『探査』の魔導式で捕らえている姿を斬りつければ、断末魔を上げながら前後でほとんど真っ二つになった狼がその場所に現れる。残った二匹は敵わないと悟ったのか姿を消したまま逃げようとしているけど、それも無駄なあがきだ。
それぞれにナイトラフを向け、一発ずつ頭を撃ち抜けばそれでおしまい。念のため『探査』の反応を確かめてみるけど、付近にはこれ以上危険な相手は見あたらない。
――よし、依頼にも六~八匹ってあったし、これでボクの依頼は達成だね。最低でも五匹は討伐してくるよう言われてたけど、結局全滅させたから問題なし。
……なんか、思ったよりあっけなかったな。外の魔物って意外と弱い?




