宝飾
翌日、約束通りカイアスの稽古に付き合ってやたらめったらに打ち込んでくるのを軽くあしらった後、昨日に引き続いて組合へと向かった。装備は相変わらずで、フードもバッチリだ。
ようやく本格的に臨険士として活動できることを楽しみに思いながら鼻歌交じりに入り口をくぐった瞬間、なぜか視線が一気に集中して思わず硬直する。朝早くの依頼争奪戦が落ち着いた時間帯、ある程度残っている人たちが全員そろってボクを見ていた。え、何? 今までこんなのなかったよね?
「よう、ウル! またのんびりした登場だなぁおい」
その異様な雰囲気に気圧されて頭の片隅で戦術的撤退を検討していると、いい笑顔をしたロヴが近づいてきた。昨日の模擬戦の疲れなんて微塵も感じられない様子だ。
「あ、おはようロヴ。なんか妙にまわりの視線が――」
「ほれ、早く来いよ。さっき聞いたらお前の新しい登録証、もうできてるらしいぜ」
「いや、なんでそれをロヴが聞いてるのさ?」
「細けぇこたぁ気にすんな! さっさと受け取ってこいよ」
ボクの話を聞く気はないらしく、豪快に笑いながら肩をバシバシたたいて受付の方へと押しやるロヴ。もう、まわりの反応と言いロヴの強引な態度と言い、なんなんだよ。
戸惑いながらも言われた通り空いてる受付に行くと、受付嬢の人に声をかけた。
「すみません、ボクの新しい登録証ができてるみたいなんだけど」
「はい、ウルさんですね、うかがってます。少し待っていてください」
そう言ってから奥に引っ込んで、さして待つこともなく戻ってくる受付嬢の人。
「お待たせしました。こちらがウルさんの新しい登録証です。昇格に加えてルビージェムド認定、おめでとうございます」
真新しい登録証を差し出しながら受付嬢の人がそう祝辞をくれた途端、周囲からどよめきが巻き起こった。
「おい、聞いたか? ルビージェムドだと」
「まさかあんな子供が……」
「てことは、昨日ロヴさんと互角に勝負したっていう話は――」
「だから本当だって言ったでしょ? この目で見てたんだからね」
「化け物だな……」
どよめきの中で交わされる会話を高性能な聴力で拾いつつ、さっきから聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「宝飾?」
「はい。ランク相応以上の能力を持つ臨険士の方に組合側から贈られる称号のようなものです」
そのまま受付嬢の人が教えてくれたところによると、特定の分野で他の同ランクの人よりも飛び抜けていると判断された臨険士への特例措置だそうだ。大まかに分けて『戦技』『探索』『知見』の三つについて規定以上の実力を示した場合、それぞれ『紅玉』『翠玉』『碧玉』の宝飾が称号として与えられて、普通なら自分のランク以下の依頼しか受けられないところを、対応した技能を主として必要とする依頼に限って一つランクが上のものを受けることができるらしい。
簡単に言うと、ボクの場合はカッパーランクのルビージェムドだから、魔物の討伐や護衛の募集とかならシルバーランクまでの依頼を受けられることになるそうだ。
「いいの? ボクみたいななりたて臨険士がそんな特権もらっちゃって」
「組合支部長からの正式な裁可が下りてますから、なんの問題もありませんよ」
「その通りだ」
特別扱いが過ぎて、逆に何か裏があるんじゃないかと心配になって尋ねるボクに受付嬢の人が答えたところで、その後ろから当の組合支部長ご本人が現れた。
「模擬戦とは言え、あそこまで本気を出したロヴを見たのは実に久しぶりだった。君は実に期待以上のものを見せてくれたよ」
「ベリエス……」
「臨険士組合は基本的に実力主義だ。ある程度は規定に縛られるとは言え、それほどの戦力をあてにできるなら特例措置くらい安いものだ。遠慮なく受け取ればいい」
どうやら昨日の模擬戦がものすごい高評価だったらしい。ボクとしては納得のいくものじゃなかったんだけど、一番偉い人が太鼓判を押してくれたことだし、ここは素直に受け取っておこうか。
「わかったよ。ありがとう、ベリエス」
そう言ってようやくカッパーランクの登録証を受け取った。基本的な形状はストーンランクの時と変わらないけど、情報が印字されている板の部分が木製から赤銅製に変わっているのと、本体の記録晶板が濁りの少ないずいぶん上質な物になっているところに気づいて、昇格したんだっていう実感が湧いてきた。
そして刻み込まれた名前の上に小粒なルビーが飾り付けられている。これがルビージェムドを表しているとのことだ。……なんだろう、認められたってことが妙にむずがゆい気分にさせられる。かゆくなるような身体してないはずなんだけど。
「よし、やはり子供は素直が一番だな」
「なあ組合支部長、それはオレへの当てつけか?」
新しい登録証をしげしげと眺めているボクを見てベリエスがそんなことを言うと、すぐ後ろに立っていたロヴが不満げに突っかかっていった。
「そう言うってことは自覚があるみたいだな。ずいぶん成長したものだ」
「あー……あの時はどうもスミマセンデシタねぇ」
けど、あっさりと返り討ちを喰らったようで、どこか気まずげに視線を逸らすロヴ。雰囲気からしてどうやら昔いろいろあったらしいね。この人、ベリエスの言い方からして相当やんちゃだったに違いない。いや、それは今もかな?
「ではこれからの活躍を期待しているよ、ウル君」
そう言って軽く手を挙げると、ベリエスは受付奥にある階段へと消えていった。
「……っけ、わざわざ下っ端の登録証更新に顔を出すたぁ、相変わらず暇なんだなあのおっさん」
「そう言うロヴもずっとボクにつきまとってるよね。よっぽど暇なの、プラチナランクの臨険士さん?」
「ば――っかヤロウ、言い方を考えやがれ! こちとらついこの前大口の依頼を片したところだぜ? 今は休養中だ。一流はきっちり休んでなんぼだ、覚えとけよ新人」
ベリエスがいなくなったところで憎まれ口をたたくロヴに揶揄を混ぜて突っ込みを入れれば、少し慌てたように言い返してくる。取り繕うような台詞の前が本気で焦ってたように見えたけど、なんでだろう?
――おっと、そういえば。
「そうだ、ロヴ。ボクの武器がどこの誰が造ったか教えてあげるね」
「あん? ありゃお前に勝ったらって話だったろ。結局流れちまったじゃねぇか」
確かにベリエスが打ち切ったおかげで最終的には引き分けですらなくなったけど、それでも一回は胴体に致命傷判定があったことに変わりはない。……悔しいけど、そこはきちんとしておかないとね。
「あの時本当の戦いだったら確実に一回負けてたから、その分はちゃんと精算しないと」
「妙なところで律儀だな、お前。まぁ教えてくれるっつぅんなら遠慮なく聞かせてもらうぜ。どこの誰だ?」
「ボクの故郷、カラクリ。作ってくれた人はもういないけど、同じような物は作れるよ」
「なるほどなぁ。本人がもういねぇのは残念だが技術が残ってんならかまいやしねぇか。で、聞いたことがねぇんだが、お前の故郷ってのはどこだ?」
思った通り、そう当然のように聞いてくるロヴに対して意地の悪い笑みを浮かべてやる。
「おしえなーい」
「おいコラてめぇ……賭けの精算するんじゃねぇのかよ」
返答を聞いてこめかみをヒクつかせるロヴに、にっこりと全開の笑みを浮かべて小首をかしげて見せた。
「なんで? どこの誰が作ったかはちゃーんと教えたよ?」
そう、あの時賭けたのは制作場所と制作者の情報。イルナばーちゃんの名前はぼかしたけど、それはちゃんと伝えた。
でも、それがこの世界のどこにあるのかまでは約束に入ってないよね?
「……お前、ほんっといい度胸してんな」
「いやあ、それほどでも」
ボクの負けたことに対するささやかな腹いせに凄んでみせるロヴを笑顔のまま受け流す。言葉にしなかった言いたいことまでちゃんと理解してくれたようで何よりだ。
「――まあいい。お前ならすぐにでも上がってこれるだろうよ。同じ依頼を受ける日を楽しみに待ってるぜ、ウル」
最後に深々とため息を吐いてからそう言うと、背を向けて手をヒラヒラ振りながら離れていくロヴ。そのまま組合を出て行く後ろ姿を見送りながら、内心意外でしかたなかった。
――結局、昨日レインラースを出したことについて全然聞かれなかったなぁ。
ロヴからしてみれば何もないはずの場所からあんな巨大武器を取り出したように見えてたはずだ。パワーアップもしたんだし、絶対何か聞かれると思ってたんだけど。
……まあ聞かれなかったんならいいや。さて、さっそく依頼を受けてみよっか。良さそうなのが残ってるといいんだけど。
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なりたてだった頃、荷物持ちの時に先輩臨険士から『まだ行けるはもう危険』なんて格言を教えられたことがあった。
その時は神妙に聞きつつも、正直この人は何を言ってるんだろうとしか思わなかったけど、今はまさにその言葉が身に染みていた。
「――! 一匹抜けた! 左側!」
率先して前に出て迎撃してくれている頼れる斥候役から警告を受けて、肩で息をしながらすり減った集中力を無理矢理高めた。どっちを向いても木、木、木という視界の中、言われた辺りの景色が変に揺らいでいるのを見て取って、そこに半分以上当てずっぽうで剣を振った。
「ギャン!?」
運良く切っ先が相手を抉ったらしく、獣の悲鳴が上がったかと思うと血しぶきと共に揺らめく景色の中から一匹の狼が現れる。
「そこぉっ!!」
すかさず後ろから相棒の叫び声が聞こえて、素早く飛び退いた横を火の玉が通り過ぎると狼の横っ面に当たった。毛皮を焦がされた狼はさらに悲鳴を上げると、大あわてで離れていく。
「よし引いたぞ! さすがケレン!」
「あー、持ち上げてくれてるとこ言いにくいんだけどさ、今ので蓄魔具分がカンバンだ」
思わず喝采を挙げたところ、返ってきたのは状況の悪化を知らせる言葉だった。
「……お前、自前の魔力でどれだけ撃てるんだったっけ?」
「今くらいのが二十発ってところだな。後先考えなくていいならもうちょい行ける」
油断なく身構えながら確認すれば、返事はいつもと変わらない飄々としたような、けど焦りを隠しきれていないものだった。それもそうだろうな、さっきのようにせいぜい火傷を負わせられれば上出来の牽制手段でも、それが尽きれば今でさえ足りていない手が減るんだ。そうなればすぐにでも全滅だ。
「……悪い、おれがもっと奥に行こうって言ったばっかりに――」
「そんなら止めなかった俺も同じだろうさ、気にすんなよリクス」
振り返る余裕なんてないけど、それでも小さい頃からの相棒が気楽な笑みを浮かべているのが見えるような気がした。
ことの始まりは四日前、カルスト樹林での採取依頼を受けたところ。これの上位達成を果たせば、おれとケレンは晴れて昇格条件を達成できる計算だった。受けない理由はなかった。
ただ、同時に肝心のカルスト樹林で幻惑狼に遭遇したって話も聞いた。犠牲を出しながらもなんとか逃げ帰ってきた臨険士の報告によるもので、討伐依頼が出るならシルバーランクになるような相手だ。そうなればカッパーランク一人にブロンズランクが二人しかいないおれ達『暁の誓い』じゃ、普通に考えれば今カルスト樹林で採取なんて危険すぎる。
幻惑狼の討伐依頼自体は近いうちに掲示板に張り出されるようだったから、それが終わってから出発するのが定石だろうけど、そうなると期限の問題で上位達成を狙うのは難しくなる。
そもそも肝心の討伐依頼がいつ受領されていつ達成されるかなんて正確なところがわかるわけもないし、下手をすれば期限に間に合わなくて失敗扱いになってしまうかもしれない。そうなれば少しだけど確実に昇格が遠のく。
かなり迷ったけれど、結局は討伐を待たずに出発することにした。理由としては同じ樹林でも浅い所なら遭遇する可能性も低いだろうと思ったのが一つ。そしてパーティで唯一カッパーランクの臨険士であるシェリアが抜群の索敵能力を持っていたことが一つ。
そうパーティメンバーに伝えれば、相棒のケレンは二つ返事で承諾してくれて、シェリアも少し迷った様子を見せたけど、最終的には頷いてくれた。
そうして二日かけて最寄りの村までたどり着き、翌日は樹林の浅い部分で目的の薬草を探した。思った通りに幻惑狼なんて影も形も見あたらず、一日かけて通常達成分に少し足りない程度を集めることができた。
そして今日、同じく樹林の浅い部分で採取をしたものの昼まで探した時点で思っていた以上に集まらず、通常達成分は満たしても上位達成にはまだ遠かった。
今思えばそこで満足するなり浅い部分でももっと別の場所を探せば良かったのに、そこまでたいした問題がなかったせいで気が大きくなっていたんだろう。目的の薬草がより生えているだろう樹林の奥へと踏み入ってしまった。
「――まずい、囲まれてるっ!」
しばらくして見つけた薬草の採取に熱中していた頭を、そんなシェリアの焦りを含んだ声が一気に冷やした。『生き物の気配を感じ取るのは得意だけれど、知覚できる範囲の外から襲われたらどうしようもない』。以前に彼女自身から注意されていたことを、その時になってようやく思い出したけど後の祭りだった。




