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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
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団欒

総アクセス件数が5,000件を超えました。いつも読んでいただき、ありがとうございます。

「――それで、結局その模擬戦はどうなったんですか?」

「それが結構いいところまで行ったと思うんだけど、ベリエスが十分だって終わらせたんだよね」


 現在日も暮れ、晩餐も終わったレンブルク公爵家の一室。装備を外して部屋でくつろいでいたところ、遊びに来たエリシェナにせがまれて今日の出来事――主に突発的に始まった昇格試験についてかいつまんで話していた。

 いや、プラチナランクってほとんど反則だったよ。当たれば巨木も一撃で粉砕できるボクの攻撃を避けるだけならともかく、両手を使いはしたものの長剣(ロングソード)一本で軌道を逸らしたり受け流したりして掠らせやしなかった。初めのうちは当たったらシャレにならないからと思って直撃コースは避けていたけど、それじゃ埒があかないと途中から当てる気満々だったのに結局一撃も入らなかった。

 おまけに模擬戦中はレインラースを振り回すのにちょうどいい距離を意識して保っていたのに、ふと気がついた時には接近されて反撃されるなんてことがしょっちゅうあって、そのたびに距離を開け直すハメになった。さすがにブースト状態でもろに攻撃を喰らうなんてヘマはしなかったけど、何度か危うい場面もあったりした。

 けど、そこまでやったのに、本人もそれまでと比べものにならないくらいに真剣な目つきで攻防を繰り広げていたはずなのに、ロヴにはまだ余裕があったように思えた。

 本気になってはいたようだけど、『戦闘』の本気じゃなくて『試合』の本気だったような気がする。それが少し悔しい。

 ボクの方もさすがに戦闘訓練だってことは頭に残ってたから魔導式(マギス)は使わなかったけど、いい加減膠着状態に焦れて使用を真剣に検討し始めたところでベリエスの大声が模擬戦の終了を伝えたのだった。

 それでなんとなく不完全燃焼な気分になりながらも剣を降ろしたロヴに倣ってレインラースを収納して、そこでベリエスに座学試験について通知された。カッパーランク以上の臨険士(フェイサー)は昇格するのに必要だって規約に書かれていたのは知ってたけど、こんなに早く必要になるなんて思っていなかったから当然一切勉強はしていない。

 なので少し時間を置いてもらえるか聞いたところ、最低限の組合(ギルド)規約を覚えているかの確認だけだとのことで、それなら問題ないと即時受験を決定。解答用紙を完璧に埋めて待つことしばらく、無事試験合格が言い渡されたのだった。

 受付で昇格に伴う個人情報の更新書類を受け取り、初期登録の時に比べればそれなりに増えた必要記載事項を書き連ねて提出すれば、カッパーランクの登録証(メモリタグ)を用意するのに少し時間がかかるからと受け渡しは翌日になった。これで明日から晴れてボクもカッパーランクの臨険士(フェイサー)だ。


「――で、今日はやれることもなかったから王都の観光して帰ってきた」

「すごいですね。その模擬戦、ぜひとも見てみたかったです」


 部屋にあるテーブルに向かいながらボクが語り終えたところで、対面に座っているエリシェナが目をキラキラさせながらそんなことを言う。うーん、ボクとしてはあまりいいところがなかったからなぁ。


「ボクとしてはあんな戦闘をエリシェナに見られてたらと思うと恥ずかしいんだけど」

「ですけど、噂に聞くプラチナランク臨険士(フェイサー)のロヴ・ヴェスパー相手にそれだけ戦えたっていうことは、とてもすごいことのはずですよ。ウル様はきっと未来の英雄ですね」


 そう言うと冒険とか英雄とかに憧れを持っているエリシェナは、ものすごくいい笑顔で身を乗り出してボクの手を握ってきた。あの模擬戦自体にはまだ納得がいってないけど、美少女にここまで手放しに褒められると悪い気はしないね。


「……本当にロヴ・ヴェスパーといい勝負をしたのか? 姉上の気を引くためにそんな話をしてるんじゃないのか?」


 対して実に疑わしそうな視線を向けてくるのは、エリシェナの後ろにくっつくようにやってきて今は隣に陣取っている弟君改めカイアス。初対面でからかいに走ったのが尾を引いているのか、この子ボクに対する風当たりが強いんだよね。


「ひどいなー、ボクこの世界に生まれてから嘘ついたことなんてないのに」

「ウソを言うな! 一番に僕をだましたじゃないか!」

「えー、あれはキミが勘違いしただけじゃないか」

「それは――と、とにかく、あのロヴ・ヴェスパーがお前みたいな子供におくれを取るものか!」


 ボクの言葉にあの時のことを引き合いに出したものの、実際嘘は言ってなかったんだから反撃の材料にはならないと気づいたらしく、取り繕うように大声を張り上げるカイアス。うん、やっぱり可愛い反応を返してくれるなぁ。


「わからないよー? なにせボクはキミたちを人さらいから助け出して、ガイウスおじさんが見つけられなかった邪教集団を壊滅させて、邪霊を一人で撃退したんだよ?」

「なら、お前は飛翼竜(ワイバーン)を一度に十頭たおしたり古代遺跡から飛空船の機関部を見つけたり、たった一人で軍隊を足止めしたりしたことがあるのか!?」


 え、なにその業績のラインナップ。もしかしてそれ全部ロヴがやったことなの?

 なんとなくエリシェナに疑問の目を向ければ、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの表情で大きく頷いて見せた。


「今カイアスが挙げたのは、ロヴ・ヴェスパーが成し遂げた中でも有名な功績です。他にもある国の辺境で猛威を振るっていた大規模な盗賊団を単身で壊滅させたり、開拓地に住み着いた危険度の高い魔物を討伐したりと例に事欠きません。もっとも、一番有名な話がわずか二十六歳という若さでプラチナランクまで上り詰めたと言う、史上最年少のプラチナランク臨険士(フェイサー)ということなのですが」


 ロヴって思っていた以上にとんでもない人らしい。そっか、プラチナランクとして活動してもう二年は過ぎてるのか。というか――


「そこまでよく知ってるね?」


 ボクのイメージかも知れないけど、貴族のお嬢様ともなると臨険士(フェイサー)なんて物騒な職業の情報なんてあまり知らないと思ってた。


「公爵家という立場上、重要度の高いお仕事を臨険士(フェイサー)の方に依頼する機会もありますから。なのでお父様やお爺さまもそうしていらっしゃるように、私も高ランクの臨険士(フェイサー)の方に関してはいろいろとお話を集めています。もっとも、今はまだほとんどがお父様やお爺さまから聞いたり、我が家で働いてくれている人達から聞いたりした話なんですけど」


 ボクの疑問にエリシェナは控えめな調子でそう言った。なるほど、確かに組合(ギルド)の高ランク用依頼掲示板を見た限りじゃちらほらと貴族とかが依頼主らしいのがあった。指名依頼なんて制度もあるわけだし、実力のある臨険士(フェイサー)について知っておくのは貴族としても必須事項なのかな。


「それでも、私が独自にまとめた臨険士(フェイサー)名鑑は自信作なんです! シルバーランクはここレイベアを拠点としている方、ゴールドランクはブレスファク王国内を主な活動範囲としている方しか載せられていませんが、お父様やお爺さまにも大変わかりやすいと褒めていただきました!」


 ……加えてエリシェナの場合はかなり趣味の部分が入ってるのは間違いなさそうだね。お気に入りの物語について語る時と同じ生き生きとした表情を見れば間違いない。


「――そうです! 今から持って参りますのでぜひご覧になってください!」


 急に思いついたように声を上げて席を立つと、止める間もなく急ぎ足で部屋を出ていくエリシェナ。そういう時は使用人の人を呼んで持ってきてもらうのが普通の貴族じゃないかと思ったけど、本人が楽しそうだからまあいいか。

 なんとなくすでにエリシェナが出て行った扉に向かって手を振りながら、チラリと取り残されたカイアスを横目で盗み見る。シスコン疑惑の残る弟君は唐突すぎるお姉ちゃんの行動に完全に置いて行かれていて、ポカンとした表情で部屋の扉を見つめていた。

 なんだかんだとさっきまで話が途切れることがなかった部屋に沈黙が訪れることしばらく、我に返ったカイアスが微妙に居心地悪そうにそっぽを向いているのを見て、自然と意地の悪い笑みが浮かんだ。


「いいの? 大好きなお姉ちゃんについていかなくて?」

「だっ――あ、姉上は少しものを取りにもどっただけだ! すぐに帰ってくるのに必要ないだろう!」

「そんなのでいいのかなー? エリシェナを守れるような立派な騎士になるんでしょ?」


 途端に頬を上気させて何かをごまかすように声を張り上げるカイアスに、ニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。


「騎士様なら不測の事態に備えて、いつでも駆けつけられるところにいなきゃいけないんじゃないかな?」


「この屋敷でそんなことが起こるもんか! それは公爵家にたいする侮辱だぞ!」

「そりゃいきなり外部からの襲撃があるなんてボクも思ってないけど、何かの拍子に蹴躓いて転んだり、本を取り出そうとして棚が倒れてきたりとかは、絶対ないなんて言い切れないでしょ?」

「それは――」

「そういった時に素早く助けたり庇ったりするのも、騎士様のお仕事なんじゃないかなーってボクは思うんだけど、どうかな?」

「う……」

「そういう場面って、エリシェナが好きな物語でもよくあるよね? いつもすぐそばで見守ってくれる、お姫様だけの頼れる騎士様。そしてふとした時にこう言われるんだ。『いつもありがとう、カイアス。これからも頼りにしていますよ』」

「……」


 ボクの適当な話を聞いて無言になるカイアス。その様子を想像しているのか、頬を緩めて照れたような顔になっている。やっぱり素直な子は反応が可愛いね。わざわざ声真似までした甲斐があるってもんだ。


「それで、年頃になったエリシェナはとっても美人になる。それはもう国でも一、二を争うような美貌だ。おまけに明るく優しい性格、国中どころか他の国の人も憧れるに違いない」


 ボクの誇張を入れた想像に激しく頷いて同意を示すカイアス。どうやら異論はないらしい。まあ今の段階でも美少女なんだし、そのまま成長すれば美人になるのは間違いないだろうからね。


「引きも切らない求婚者、だけど騎士で弟のキミは迂闊な相手と結婚なんてしてほしくない。自分の目でしっかりと見定めて、ふさわしくない相手は容赦なく追い返す。エリシェナを賭けた決闘を申し込まれても、キミは絶対に負けることはない。なぜならカイアス・ロド・レンブルクはエリシェナの騎士で、大好きな姉上に幸せになってほしいから」


 たぶん、そうなった時のことを想像しているんだろう。険しいながらもなにやら決意に満ちあふれた表情になるカイアス。


「やがてキミは一人の青年と向き合うことになる。誠実で人柄も良く、心からエリシェナを大切にしてくれるようなその人は、剣の腕ではまだまだ強くなったキミに及ばない。それでもエリシェナを勝ち取るためにキミへと挑み、大切な人を守るため今以上に強くなってみせると誓う彼に最愛の姉を託すことを決めたキミは、渾身の攻撃を受けてあえて剣を取り落とした」


 そこまで語るとずっと険しかった表情をフッと緩め、まるで何かを悟ったような清々しい顔になるカイアス。


「かくして騎士カイアスは、婚礼衣装をまとって幸せそうに微笑むエリシェナを祝福した。そしてまた剣を取って自分を鍛え続ける。なぜなら騎士として、姉とその最愛の人を守り続けるからだ」


 そう話を締めくくると、いつの間にか涙を流しながらなにやら感慨深げに頷くカイアス。うん、思いつくままにでっち上げで語ってたけど、我ながらなかなかいい出来になったもんだ。


「……何をしてるんですか?」

「ん? ちょっとカイアスとお話ししてただけだよ」


 ちょうど余韻に浸っている辺りで戻ってきたエリシェナが、図鑑みたいな分厚い本を抱えたまま不思議そうに聞いてきたから端的に答えた。嘘は言ってない。ついでに感受性が高すぎる美少年の百面相を楽しんでただけだ。


「――姉上っ!!」

「カイアス? 涙を流して、いったいどうしたんですか?」


 お姉ちゃんが戻ってきたことに気づいて駆け寄ったカイアスは、心配そうに尋ねるエリシェナに構わず叫ぶように宣言した。


「僕は、僕は絶対に誰よりも強い騎士なって、姉上を守って、幸せになってもらって、それからもずっとずっと守ってみせます!!」

「え、えっと……ありがとうございます、カイアス?」


 感極まった様子で誇らしげに胸を張るカイアスと、それを見てお礼を言いつつも戸惑いが抜けきらない様子のエリシェナ。……ヤバイ、なんかちょっとツボった。


「……あの、ウル様。いったい何があったんですか」

「いやホント、なんでもないから」


 本格的に混乱してきたらしいエリシェナの問いかけに、お腹を押さえてうつむき気味に肩を振るわせつつ片手を挙げてなんとか応じる。

 いやー、思っていた以上の反応をしてくれたカイアスのおかげで、久しぶりに笑いが抑えられない。こういう衝動、生身じゃないくせにきっちり感じて影響が出る辺り再現度が高いよね。さすがはイルナばーちゃんプロデュースの身体だ。


「――おい、ウル!」

「何かな?」


 カイアスの呼びかけになんとか衝動をやり過ごして応じると、弟君は決意を滲ませる声で続けてきた。


「お前、ロヴ・ヴェスパーと互角に戦えると言うのなら、僕の稽古につきあえ!」

「えー、ボク教えられるほどのことはないよ?」

「かまわない! 僕は少しでも強くなりたいんだ!」

「エリシェナを守るために?」

「そうだ!」


 どうやらボクの妄想話にすっかり感化されたらしく、恥ずかしげもなく堂々と言い切ったカイアス。さすがに単純すぎるんじゃないかと思いはしたけど、その心意気自体は嫌いじゃない。


「そういうことならいいよ。でも今日はもう遅いし、明日からだよ」

「なら、明日の朝だ! 学問の時間が終われば剣術の稽古があるから、その時に相手をしろ!」

「うん、わかった」


 そうして約束を交わすボクたちを、話について来れていないエリシェナが困惑顔で見守っていた。




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