白金
プラチナランク――つまりは人として最高の戦力を持っているという証の一つだ。しかも本人は戦闘が得意って言ってたし、ボクが――マキナ族の最高戦力が人としてどれくらいのものなのか、確かめるのにこれ以上はないんじゃないかな?
そう思えば、自然と笑みが浮かんでいた。たぶん、見物の人たちも同じような考えなんだろうな。トップクラスの戦い方を見られるかもしれない貴重な機会なんだって。
「――それじゃあ、胸を借りるね大先輩。ボクがどこまでできるのか試させてもらうよ」
「けっ、今更しおらしくしたところで遅ぇんだよ新人。遠慮なくかかってこいや! オレをおっさん呼ばわりしたこと後悔させてやっからな!」
どう猛な笑みを浮かべて応じるロヴ。受付嬢の人には手加減するとか言ってたのに、その気がまるで感じられない。おっさんって呼んだことを微妙に根に持ってるみたいだし。
けどまあ、ボクとしてはそっちの方がありがたいかな。
「お互い、致命傷を与えることがないように。双方構え!」
再び響くベリエスの声に、ボクもロヴもお互いの武器を構えた。
「――始めっ!」
一拍をおいて開始が告げられた瞬間、ボクは迷わず駆け出した。対してロヴはその場を動かず待ちの姿勢。どうやら格下に先手を譲ってくれるらしい。それならまずは小手調べかな。
「――せいっ!」
機工の脚力で見る間に距離を詰めると、スノウティアを振りかぶって真っ正面から打ち下ろした。それをロヴが余裕を持った動きで長剣を待ちかまえるように合わせ、ぶつかり合った剣と剣が甲高い音を鳴り響かせる。
押し返そうとしてくるのに合わせてボクもさらに力を込めれば生まれる拮抗状態。その隙を逃す理由もないので遠慮なくナイトラフを至近で突きつけて引き金を引いた。弾種はあらかじめ『衝撃』を選択していて、殺傷能力は低い代わりに文字通り殴りつけたような衝撃を相手に与えることができる。
さすがにゼロ距離なので狙わなくても外すことも避けられることもなく腹部に直撃し、それなのにロヴは応えた様子もなくお返しとばかりに蹴りを放ってきた。驚きながらも咄嗟に飛び退ってさらに距離を空け、最初くらいの位置で再び向かい合う。
「――お前、ホント遠慮しねぇな。模擬戦でためらいなく銃使うか普通?」
「……一応怪我のしにくい弾を選んだからね。まさか効かないとは思わなかったけど」
「まあこのくれぇなら暴れ馬の突進受け止めるのに比べりゃだいぶマシだ。そっちよかお前の剣の方がいくらか重てぇな。見た目に反して相当力あるだろ?」
「否定はしないよ」
そこそこ気合いを入れた剣の一撃はロヴの予想以上だったみたいだけど、それでもあっさり止められた。銃撃にいたっては目に見える効果はなし。
――もう少し……いや、もっとやる気を出しても良さそうだね。
「それじゃあ、本番行くよ」
宣言して再び地面を蹴った。今度は不規則に左右のステップを交えつつ距離を詰めるもロヴが浮かべる余裕は変わることもなく、その目はしっかりとボクの動きに合わせられている。さすがにこれくらいじゃ不意は突けそうにないか。それなら素直に行こう。
「――うりゃっ!」
早々にステップの努力を放棄すると、真っ正面から飛び込んで斜め上からスノウティアを斬り込ませた。そしてロヴがそれを危なげなく防いだ隙をついて反対側からナイトラフの銃身をたたきつける。まさか銃で直接殴りかかってくるなんて予想はしてないだろう。
ボクとしては確実に入ったと思った攻撃は、けれども寸前にバックステップで飛び下がられて空振りに終わった。まさかあのタイミングで避けられるとは思ってなくて驚いたけどそれも一瞬、すぐに距離を詰め直して一撃入れようとスノウティアとナイトラフを縦横に振るう。
「――おいおい、魔導銃をそんな棍棒みたいに扱うなよ。壊れちまうぜ?」
今のままで出せる限界の速度で絶え間なく打ち込んでいるのに、ロヴは手にした長剣で防いで弾いて受け流して、足捌きだけでことごとくを避けている上にそんな軽口を叩く余裕があるようだ。
「心配しなくていいよ。これ下手な剣より頑丈だから」
「うらやましいこって。オレのは同じように使った日にゃ技師のヤツから大目玉だってのに」
「精密さが重要な魔導器でそんなことしたらそうなるにうわっ!?」
休むことなく武器を振りつつ軽口に応じていると、不意に長剣が胴体めがけて突き込まれてきた。咄嗟に身をよじってかわしたけど、次の瞬間突きだったはずの軌道が横薙ぎに変化して、剣の平で横っ腹を叩かれる。
しかもたたきつけられる感じじゃなくて、当たった瞬間は軽く触っただけのようだったのにそこから急に圧力が増して、まるで押し出されるみたいだ。しかもその力が尋常じゃなくて、突きを避けたことで体勢が不安定だったとはいえ、相当に重いボクの足がほんの数瞬だけど地面から浮いたほど。
すくい上げられるような力に踏ん張りが効かず、振り抜かれる剣に押されるままに数歩よろめいたところへさっき通り過ぎたばかりのはずの長剣が斬り返されてきて、この状態でムリに避ければ尻餅をつくハメになりそうだと判断し、やむなく飛び退って間合いを空けた。
「……やっぱクソ重てぇなお前。どんな身体してんだよ、ちっとは痩せた方がいいぜ?」
「大きなお世話だよ。と言うか、ロヴの方こそどんな力してるのさ。ボクの重量を、今の片手でだったよね?」
「鍛え方が違ぇんだよ」
ボクが信じられない思いで問い返せば、腹が立つくらい清々しいドヤ顔を見せるロヴ。そう、あろうことかこの人、ほんの少しとはいえ全身もれなく金属製のボクを片手で浮かせたのだ。しかも手に持った長剣を介して梃子の原理なんか使うわけでもなく。これ握力も腕力も人間の領域じゃないよね、人のことは言えないけど。
「プラチナランクは化け物なの……?」
「いや、お前には言われたくねぇからなそれ。なんだよ今の攻撃、ロクな技もねぇ身体能力任せのクセして、並のヤツじゃ見切れねぇ速度とか反則だろ。オレじゃなきゃあっという間にボコられてたぜ」
そんなこと言われても、実際にはボクの攻撃は全部見切られてて一発も入れられてない。その上反撃までされてそれを避けきれなかった。あの一撃が剣の平じゃなければ胴体を切られて普通は致命傷だ。いや、あの腕力から考えると下手したら上下に真っ二つすらあり得る。
もちろん機工の身体は胴体を斬られたくらいじゃ死なないし、そもそも重要機関が集中している関係で他よりも断然防御力が高いから、表層は斬れたとしてもそこで止まっていただろう。
でも、今この場じゃボクの身体が機工だって知っているのはボク自身だけで、だから今やっているのは普通の人を基準とした戦闘訓練だ。少なくともボク以外はそれが当然だし、ボクとしてもそのつもりでやっていた。そうなると、今のでボクは一回『死亡』という扱いになる。つまりは戦闘で負けたことになるわけで……。
――『戦闘』で、『負け』た。しかも本気を出されもせず。
その厳然たる事実を改めて認識した瞬間、何か言い知れない感情が湧き上がってきた。
いや、確かにマキナ族の身体は素の状態じゃ腕の立つ人よりは上くらいの身体能力になるよう調節されてるし、こっちも気合いは入れたけど本気を出してるわけじゃない。戦闘は故郷の魔物相手の実戦しかしたことないし、イルナばーちゃんも前の世界のボクも武術の心得なんて一切ないから能力任せの力押しが基本だ。そして相手は人の中でも最高峰の戦闘力の持ち主で、当然経験も豊富だろう。そんなことくらいはわかってる。うん、わかってる。
……それでも――
「ねぇロヴ」
「あん? なんだ?」
始まってから一貫して余裕綽々なロヴを見て、この人を相手にするなら必要だと改めて認識すると、決意を込めて言った。
「今からボク、本気出してもいい?」
「……はぁ?」
「今更だけど、本気出してもいいかな?」
「あれで本気じゃなかったとはおっそろしいな、おい……いいぜ、来な新人」
――よし、言質は取った。
返事を聞いた瞬間にバックステップでさらに距離を空けつつスノウティアを鞘に収め、そして十分な位置まで来るとフードを払って外套を脱いだ。そのまま軽く畳んで脇に置いて、その上にナイトラフと鞘ごと外したスノウティアを寝かせる。
「おい、本気を出すのに武器を置くとかどういうつもりだ?」
いぶかしげなロヴの問いかけはスルーして、おもむろに術式登録を口ずさんだ。
「呼出・虚空格納、武装変更・壊戦士」
そうすれば服と手袋の下からかすかに緋色の煌めきが漏れ出て、呼び出された空間の歪みから目当ての武装を引っ張り出す。
現れた瞬間、片手で支えきれず重力に引かれたそれが重い地響きを轟かせた。踏み固められた地面に自重だけで刃を埋め込んだのは、全てを剛性緋白金で構成された、柄の部分だけでボクの身長を超える長大な戦斧。腕ほどもある内反りの刃は三日月のような形をしていて、左右一対のそれを柄の先端に付随している機工部分から伸びたアームががっちりと支えている。亜空間での目印になる魔導回路もそこにしっかりと刻んである。
斧形態を基本として、手元の操作で鎗形態と大鎌形態に切り替えられる素敵なギミックを持った、可変式長柄武装『レインラース』。現状ではボクが一番に得意とする得物で、保有するものの中で文句なしの最重量を誇る武器だ。
「出力変更・戦闘水準」
目を剥くロヴのことは一顧だにせず、動作点検の暇も惜しんで口頭鍵を唱えれば応じた魔素反応炉が活性化。肌の見える部分を朱色に染めると共に機工の身体能力が底上げされる。
それを確かめて、さっきは支えきれなかったレインラースをヒョイと片手で持ち上げ両手に構えると、デモンストレーション代わりに二、三度素振り。豪速でたたき斬られた空気が轟々とうなりを上げた。
「――よし、準備できたよ」
そこまでしてからロヴを見れば、さっきまでとはまるで別人みたいに真剣な表情で油断なく身構えている。どうやら少しは脅威に思ってくれたみたいだ。うん、それでこそ本気を出す甲斐があるってもんだね。
「それじゃあ、行くよ!」
それだけ告げて、さっきまでとは比べものにならない速度で駆け出した。
――上には上がいるっていうのはわかっているつもりだった。こんなファンタジーに満ちあふれた世界、才能を極限まで磨き上げた人は時に兵器も上回ることがあるって聞いていた。
それでも……いや、だからこそ、かな。
仮にも終わり告げる機械の神にあやかるボクとしては、たったの一人を相手に負けたままなんて絶対にイヤだ! イルナばーちゃんが生み出した、最高の兵器の力を見せてやる!
 




