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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
二章 機神と仲間
32/197

正体

 そんな感じで小声のやりとりを交わしているうちに、ようやく自失から回復したらしい受付嬢の人が口を開いた。


「……あの、ロヴさん、依頼自体は問題ないと思いますけど、あなたの戦闘訓練相手っていうだけで、カッパーランクの依頼としては難易度が高すぎるかと――」

「なぁに、心配すんな。ちゃんとその辺は手加減してやるからよ。なぁウル?」


 受付嬢の人の言い分に取り合わずにボクへと話を振ってくるロヴ。

 通常の昇格試験は、座学の他に組合(ギルド)が指定する昇格先のランクの依頼を達成するっていうのがある。それをクリアしてやっと相応の実力があると認められるわけで、理にかなった仕組みだと思う。

 それで今回飛び級先であるカッパーランクの依頼試験を、本来なら組合(ギルド)が用意するところにロヴがボクへの指名依頼をねじ込もうとしているわけだ。しかも内容は戦闘訓練の相手役。ここでそんな依頼をしようっていうことは――


「……昇格したければロヴに実力を示せってこと?」

「察しがいいじゃねぇか。そういうヤツは嫌いじゃねぇぜ?」


 ボクの確認を聞いて挑発的な笑みを浮かべるロヴ。ほほう、いくら実力があるとはいえ、一個人が兵器に対して力を見せろとおっしゃる?


「いいよ、受けて立つ」


 ロヴの目をしっかりと見返しながらそう告げた。理由はわからないけど、ボクに目をかけて心配までしてくれていた人の言うことだ。それくらいのことならしてあげようじゃない。


「……少しお待ちください。上の人に確認してきます」


 どうやらボクにもロヴにも退く気がないと悟ったらしく、ものすごく困った様子ながらも受付嬢の人はそう言って再び奥へと向かった。

 そして待つことしばらく、戻ってきた受付嬢の人の顔にはなにやら諦めのようなものが漂っていた。


「――お待たせしました。先ほどのロヴさんの指名依頼を、ウルさんのカッパーランクへの昇格依頼とすることが受理されました。ただし、組合支部長(ギルドマスター)立ち会いの下でという条件付きですが、それでも構いませんか?」

「問題ねぇ」

「なんでもいいよ」


 返事をしつつも聞かされた条件に内心首をかしげる。組合支部長(ギルドマスター)ってことは、たぶんこの組合(ギルド)で一番偉い人ってことだよね。なんでわざわざそんな人が下っ端臨険士(フェイサー)の昇格試験なんて見に来るんだろう?


「わかりました。それと、昇格依頼の日時については――」

「今これからだ。訓練場は空いてんだろ? 使わせてもらうぜ」

「えっと、ですけどウルさんの準備や組合支部長(ギルドマスター)の都合が――」

組合支部長(ギルドマスター)にゃ今すぐ来いって伝えといてくれ。お前は当然行けるだろ?」


 ガンガン事を進めていくロヴに受付嬢の人もタジタジのご様子だ。しかもお偉いさんの都合をガン無視して呼びつける始末。何様なんだろうこの人、傍若無人にもほどがあるでしょ。


「ボクはいつでもいいけど」

「……では依頼書を作成しますので――」

「ああ、いる分は後で書くから適当に作っといてくれ」


 ねぇホントいいのそれで? 受付嬢の人ちょっと泣きそうになってるよ?

 どうしよう、これ止めた方がいいやつなのかな。一応理由になりそうな口実もあるし。


「ボク、登録証(メモリタグ)の再発行がまだだから依頼は受けられないんじゃない?」

「んなもん後だ後。どうせ最低でも駆け出し(ブロンズ)にゃなるんだ、わざわざ見習い(ストーン)登録証(メモリタグ)なんざ作り直したところで二度手間になるだけムダムダ」


 あ、ダメだこれ、何言っても止められる気がまるでしないね。これは素直に諦めて従った方が良さそうだ。


「……わかりました。では組合支部長(ギルドマスター)に伝えてきます」

「おう、頼んだぜ。ほれウルこっちだ、ついてこい!」


 どこか表情が死んでるように見える受付嬢の人と、嬉々とした顔でボクを促すロヴ。なんというか……受付嬢の人、ご愁傷様です。頑張ってください。

 それにしても今の一幕でいっそ清々しいくらい組合(ギルド)の規約を無視しまくってるように思うんだけど……これホントに大丈夫なのかな? 終わってからボクまでとばっちりでペナルティ受けたりしないよね?




 所変わって組合(ギルド)の訓練場でボクとロヴは向かい合う。訓練場とは言っても実質的には組合(ギルド)の建物の裏手にある広々とした空き地のことをそう呼んでいるだけのようで、前の世界の記憶にある学校のグラウンド並の広さがある。今はちらほらと体を動かしている人が見受けられるけど、それでも大半のスペースが余っていた。


「おし、今のうちに身体をほぐしとけ。使うのはお互い実剣な。組合支部長(ギルドマスター)が来たらすぐに初めんぞ」

「戦闘訓練って、木剣とか刃を潰した武器とかでするんじゃないの?」

「実力計るのに普段使いの得物使わなくてどうするよ。心配しなくてもお前の攻撃に当たってやるつもりはねぇし、怪我させるつもりもねぇ」

「わかった。……ところであの人達は?」


 やる気満々の様子で柔軟をしているロヴに、ボクが鞄を下ろして端の方に置きながら指で指し示したのは、なぜかボクたちの後に続いてやってきた臨険士(フェイサー)の人たち。待合いスペースでダベっていたその全員がついてきたのだ。


「気にすんな、単なる暇人だ。物好きにもオレらの戦闘訓練を見たいんだろうよ」


 ロヴは少し肩をすくめて見せただけで軽く受け流しているようだけど……そっか見物客か。だったらあからさまにマキナ族の特性を使うのはやめておいた方がいいかな?

 そんな風に考えていると、建物の方から人影が一つ小走りに出てくるのが見えた。その人は見物客の間を通り過ぎると、真っ直ぐにボクとロヴの下までやってくる。


「やれやれ間に合ったか……相も変わらずお前は型破りなことを」


 そう言いつつもどこか楽しそうな表情をしているのは、四十代くらいに見える小柄な男の人。小柄とは言ってもボクよりはずっと身長のある体躯を全身余すことなくがっしりとした筋肉が覆っていて、顔つきは優しげなのに視線は鋭い。さながら歴戦の勇士みたいな風格が全身から漂ってきている。


「よ、早かったじゃねぇか組合支部長(ギルドマスター)。やっぱり暇してたな?」

「あいにく暇というわけではなかったんだが、うちの職員からお前がまた妙な方向に突っ走り始めたと聞いてな。すぐにでも対応できるように構えていただけだよ」

「そいつぁ悪かったな。まあたぶん損にゃならねぇと思うから気にすんな。そんじゃ始めるぜ」

「いや、もう少し待て。これが初対面となるのだから私にも挨拶ぐらいさせろ――ふむ、君が最近噂になっているウルくんか」


 それまでロヴと気安いやりとりを交わしていた組合支部長(ギルドマスター)らしき男の人が向き直ってきたので、ボクも相手を見返して返事をした。


「うん、ボクがウルだよ。あなたが組合支部長(ギルドマスター)?」

「そうだとも。臨険士(フェイサー)組合(ギルド)レイベア支部の組合支部長(ギルドマスター)をやってるベリエスだ。よろしく頼むよ」

「よろしく、ベリエス」


 名乗られたからついいつもの調子で名前を呼ぶと、すぐ隣にいるロヴが目を剥いたのが見えた。おっとそうだった、この人偉い人なんだった。いきなり名前呼びじゃまずいかな。


「……呼ぶ時は組合支部長(ギルドマスター)の方がいい?」


 そう確認すれば、ちょっと驚いたような顔をしていた組合支部長(ギルドマスター)改めベリエスの顔に微笑が浮かんだ。


「聞いていた通り面白いな、君は。好きにしてくれて構わないよ。ここではそれで通ってしまうからか、わざわざ名前を呼んでくれる相手が少なくてね」


 よっし許可出た。じゃあ遠慮する必要もないね。それにしても名前を呼んでもらえないなんて寂しいなぁ……偉い人は大変だ。


「わかった。ところで、どうしてベリエスはボクみたいな下っ端の昇格試験に立ち会おうなんて思ったの? 組合支部長(ギルドマスター)なら忙しいんじゃないの?」

「確かに普通なら私が出張る必要もないんだが、この男が絡むとなっては万が一の時に止められるのがそういないのが一つ。それと、我が支部を代表する臨険士(フェイサー)が最近目をかけてるという噂の新人を、この目で確かめてみたかったのが一つといったところだな」

「……ロヴってそんなに有名なの?」


 ボクが思っていた以上の知名度があるらしいことに驚いて当人を見ながら尋ねると、ベリエスも意外そうな顔で隣に並んでいる相手を見た。


「教えていないのか?」

「知らなかったみてぇだからな。土壇場でどんな反応するのかが楽しみでよ」

「またお前は……まあいいか」


 何か良からぬことを考えている笑みを浮かべているロヴに、ベリエスはため息を吐いてみせた。なんだろう、ここまであまり気にしてなかったけど、こうなってくるとロヴの正体が気になってくるなぁ。


「そんなことより、もう挨拶は済んだだろ。始めんぞウル!」

「あ、うん」


 ロヴのことを聞き出そうと口を開きかけた矢先に本人からの催促が入ってやむなく中断。しかたない、後で直接聞いてみよう。

 訓練場の一角で互いに改めて距離を取ると向かい合った。立ち会い人のベリエスが見物人の近くまで離れるのを確かめて、外套は身につけたままスノウティアとナイトラフを抜いて両手に構える。


「ひゅぅ、新人(ルーキー)にはもったいないような武器を持ってんだな」


 こちらは腰にあった長剣(ロングソード)だけを無造作にひっさげながら、ボクの武装を見たロヴが口笛を吹いた。


「いいでしょ、ボクのお気に入りなんだ」

「見たことねぇ造りしてやがるが、どこで手に入れた?」

「おしえなーい」

「なんでぇケチくせぇ。剣も銃も相当な業物じゃねぇか。そんないい腕した鍛冶師や技師がいるなら紹介してくれたってバチはあたんねぇだろ?」


 おっと、ボクの愛武装を名品と見抜いたのか。なかなか見る目があるね。それなら教えてあげても――って待て待てボク、そんなことでマキナ族のことを暴露しちゃダメだ。

 ――でもロヴはいい人だし、見る目のある人に使われるなら武器としても本望だろうし……。


「――ボクに勝ったら教えてあげてもいいよ」

「お、言ったな? その言葉忘れんじゃねぇぞ?」


 ボクの返答に余裕の笑みで念押ししてくるロヴ。よっぽど実力に自信があるらしい。まあそれはボクもだし、お互いのことをよく知らない同士ならそんなものかな。


「――ではこれより模擬戦を始める! 双方名乗りを上げよ!」


 ボクとロヴのやりとりを見計らっていたベリエスがそう声を上げたけど……え、これ戦闘訓練だよね? 模擬戦とか言ってたし、なんか今ので試合みたいな雰囲気になってるんだけど?

 戸惑いながらベリエスの方を見ればなにやら訳知り顔で頷かれた。ロヴの方もニヤニヤ顔で名乗れとばかりに態度で促してくる。なんのつもりなんだろうこの人たち。


「……えーっと、ボクはウル。マキナ族のウル。あと、ストーンランクの臨険士(フェイサー)。これでいい?」


 何を言ってもムダそうだと感じて諦め、促された通りに名乗ってせっかくだからと臨険士(フェイサー)ランクも追加したところ、なぜだかますます笑みを深めたロヴが、応じるようにもったいぶった様子で名乗りを上げた。


「オレはロヴだ。ヒュメル族のロヴ・ヴェスパー。自慢じゃねぇがランクは超一流(プラチナ)。人によっちゃ『孤狼の銃牙』なんて呼ぶな」


 今、何か信じられないことを聞いた気がする。え、プラチナって聞こえたんだけど気のせいじゃないよね?

 組合(ギルド)の規約によれば、臨険士(フェイサー)ランクは七種類ある。まず登録したてに平等に与えられるランクが『石ころ(ストーン)』、いわば見習いの階級だ。危険の満ちあふれる外の世界に挑むには心配な、実力のない人たちが先輩に教わりながら最低限の力を付けている。

 そして次が『青銅(ブロンズ)』。多少の危険に巡り会っても自衛してなんとか生還できると見込まれた駆け出しの階級。ここらが実質的な臨険士(フェイサー)って言えるだろう。

 その上が『赤銅(カッパー)』。ここまで来てようやく一人前と認められる階級で、この辺から討伐や危険な場所へ踏み入れる必要のある依頼が増えてくるらしい。

 そんな一人前が努力を重ねて辿り着くのが『白銀(シルバー)』。たいていの危険をものともしない信頼と実績を積み重ねた熟練と言われる階級とのこと。

 だいたいの人はそこまでで終わってしまうようだけど、才能のある人はさらに『黄金(ゴールド)』へと進む。一流と呼ばれるここまで来れば、普通は尻込みするような危難にも自ら進んで飛び込んでは問題をねじ伏せてくれると言われている。

 そしてそんなすごい人たちの中でもさらに一握りの逸材が上り詰めるのが『白金(プラチナ)』。ここまで来ると英雄と呼ばれても遜色ない実力を持ち、まるで散歩にでも行くように災害級の危難に立ち向かっていくなんて話だ。

 そんな英雄の中から歴史に残るような偉業を成し遂げた人だけが『魔銀(ミスリル)』の称号を与えられる。大きな国が滅びかけたり、種族を超えた存亡の危機だったりを食い止めることができる、もはや伝説級の存在になるわけだ。

 ストーンランクを除けば硬貨の価値と同じ順序で覚えやすかったのはいいんだけど……ロヴの言葉を信じればあの人は上から二番目、ミスリルランクが成し遂げた偉業に対して贈られる称号的な面があることを考えれば、実質的に臨険士(フェイサー)のトップと言えるプラチナランクの英雄ってことになる。

 ……目の前にいる老け顔の、おっさんって呼んだら怒り出す人が?

 愕然として思わずベリエスに確認の視線を向ければ、その気持ちはわかると言いたげに重々しい頷きが返ってきた。組合支部長(ギルドマスター)が否定しないってことは、どうやら本当のことらしい。


「どうした、お前が今まで誰を相手にしてきたか知って怖じ気づいたか?」


 まるで悪戯が成功した子供みたいな笑顔で挑発してくる英雄さん。うん、どう頑張ってもそうは見えない。


「……どんなあくどい手、使ったの?」

「待てやコラ、開口一番その台詞ってどういう了見だ、あぁ?」


 いやだって大盗賊団の大親分とかやってても違和感ないって言うかむしろそっちの方がしっくりくるような極悪面だし。

 それになんでそんな人が下っ端中の下っ端の昇格試験の相手役をわざわざしようなんてこと考えるのさ。受付嬢の人がかなり実力あるみたいなこと言ってたけど、年齢のこともあったしせいぜいゴールドランクになりたてかと思ってた。

 そう思ったけど、そのまま口にすれば今現在こめかみをヒクつかせているロヴがさらに怒りそうな気がしたから言わないでおく。これでも空気は読める方だ。

 そんな感じでロヴの意外すぎる肩書きにこれ以上ないくらい驚いたけど、冷静になって考えればこれはチャンスじゃないかな?



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