紹介
先日、ユニークアクセスが1,000件を超えました。これを励みに頑張ります。
「――ということで、これからこの屋敷でお世話になる三人だよ」
場所は変わってガイウスおじさんの屋敷の応接室。そこに外套を預けたボクたち四人のマキナ族が整列していた。全員が一般市民に見られるような格好のせいで、この部屋じゃ若干浮いている気もするけどしかたない。
街中を特になんの問題なく帰り着いて連れてきたことをガイウスおじさんに伝えれば、屋敷の主な人たちとまとめて顔合わせをしてもらいたいとのことで待つことしばらく。ガイウスおじさんやジュナスさんを初め、エリシェナや公爵閣下と言った公爵一家と、使用人の中でも役職持ちの人たちが一堂に会していた。
「ほらみんな、挨拶して。名乗りは正式な方でね」
「よろしいのですか?」
ボクが促すとヒエイが控えめに尋ねてきた。残った二人も首をかしげて不思議そうな顔をしているところを見ると、同じように思っているんだろう。
確かに、事前の話じゃ種族は伏せたままで通そうってことになってた。正式に名乗ろうものならそんなことは言ってられないしね。
ただ、先日の騒動が予想以上に大事だった関係で、この場にいる人にはすでにある程度ボクのことやマキナ族のことを伝えてある。秘密は知る人が少ないほど漏れる可能性も減るけど、現実問題としてボクがこの街や屋敷に滞在し続ける限りはいつまでも隠し通せるものじゃない。そうなればそうとは知らない人が何気なく漏らしてしまう可能性だって出てくる。
ならいっそこの機会にある程度の秘密を共有しておいて、思わぬルートからの漏洩を減らそうと言うことで、ガイウスおじさんに言われた通り昨日同じ顔ぶれに話しておいたわけだ。
ボクとしても秘密にしてくれればとは思ってたけど、それはまだマキナ族が一般的に知られていないからの話で、みんなが世の中に繰り出すようになるまでの間は余計なちょっかいがかけられないようにって思ってのことだ。個人でも種族でも第一印象は大事だからね。ファーストコンタクトで下手に大事になって『マキナ族は凶暴』なんてレッテルは貼られたくない。
だから、いつか知られる程度の情報がこの場にいる人たちに知られたところで別段目くじらを立てるほどでもなく、心配ないよと頷き返せば三人はそれで納得したらしい。
「初めまして皆様。マキナ族が一人、第二誕生組に属しますヒエイ・プロフ・マキナと申します。どうぞお見知りおきを」
「はい! マキナ族の第四誕生組で一番輝いてるシグレ・バルト・マキナです! よろしくお願いします!」
「マキナ族、第一誕生組、タチバナ・ワルク・マキナ。よろしく」
順に深々と頭を下げて慇懃に、片手を高く挙げて元気よく、ぼうっと突っ立ったようなまま淡々とと、実に個性がよく表れた自己紹介になりました。
「……機工と言う割にはずいぶんと個性豊かなのだな、マキナ族というのは」
「あっはっはっは……」
ジト目を向けてくるガイウスおじさんからスッと視線を逸らす。しかたないじゃん、誕生の仕方はどっちかと言うと機械生産方式だけど性格設定ができるわけでもなく、個々の性格は完全に元になった魂由来のものだからどうしようもない。誕生後に矯正はできたかも知れないけど、ボクもイルナばーちゃんもそういったことは嫌いだったから放任してたし。
「――まあよかろう。私はヒュメル族、ブレスファク王国がレンブルク公爵家前当主、ガイウス・メラ・レンブルクである」
ガイウスおじさんの名乗り上げに続いて、集まった人たちが次々に自己紹介をしていく。そこで公爵一家から使用人と身分の順になったのは、みんなが貴族と関係者だからだろうな。
「時にウルよ、いくつか尋ねたいことがあるのだが良いか?」
一通り紹介が終わり、うちの子三人と公爵家の人たちとの交流が始まったところでガイウスおじさんがそう口を開いた。
「何かな?」
「今日より彼の者達の身柄を預かることになるわけだが、何か種族の掟のようなものはないのか? この先何かの拍子に抵触することがあるやも知れぬゆえ、先に告げておいてもらいたい」
あーそう言えば、マキナ族の特性とかばっかりでそっち系の話はしてなかったっけ。
「一応あるけど、普通に過ごすくらいなら特に引っかかることはないと思うから安心して。ただ『マキナ三原則』だけは覚えておいてほしいかな。他の掟も基本的にそこからの派生だし」
「『マキナ三原則』か。それはどのようなものだ?」
「簡単だよ」
ガイウスおじさんに尋ねられるまま、一つ一つ指を立てて示しながらその内容を口にする。
「一つ目、マキナ族は必要以上の力の行使を行ってはならない。二つ目、マキナ族は他者に力の行使を強制されてはならない。三つ目、マキナ族は可能な限り自己の保存を優先しなければならない――この三つだよ」
原典は前世の記憶にある『ロボット三原則』だ。三つ目以外はまったく別のものになってるけどね。
「……妙に偏っている内容に思えるのだが、気のせいか?」
「全員が兵器と言える力を持ってる以外は行動原理自体がヒュメル族とそんなに変わらないからね。そもそも創造者のイルナばーちゃんがヒュメル族だし、規範はどうしてもそれが基本になるよ」
ボクの感性も基本的には『日本人』準拠だからそれほど違和感はないはずだ。むしろこっちの世界の普通が、前の世界よりも物騒だから穏和であるとさえ言えるだろう……ボクは穏和だよ?
「なるほど、そういうことか。その上で自らの力の行使に関する制限を設けたと」
「でないと害虫駆除のためだけに畑ごと更地にしかねないからね、ボクたちが生まれ持った力は。まあそんなことには今まで一度もなってないけど」
なにせ一族を挙げて標榜するのは『守るための兵器』だ。いざと言う時に必要な力は持っていても、それを振るうタイミングはわきまえておいて当たり前。その辺の心構えは徹底的に教えたから、街なんかで粋がってるチンピラなんかよりずっと統制が取れている自負がある。
そしてボクがしたちょっと過激な例えを聞いて、ガイウスおじさんは何かを諦めたようなため息を吐いた。
「まったく、末恐ろしいものを生み出してくれたものだな、あの婆さまは……大方は把握した。それならば問題もないようであるし、お前の提言通りこちらも使用人として遇しよう」
「よろしくね。ビシバシ鍛えてくれていいから」
特にシグレにはもうちょっと落ち着きが……いや、でもそれがシグレのいいところでもあるんだし、今更性格の矯正なんて可哀想だから何も言わないでおこう。これって甘いのかなぁ……。
「それと、あの者達はマキナ族では地位の高い者達なのか?」
つらつらと考え事をしていると、今度はそんな風にガイウスおじさんが尋ねてきたけど……え?
「誰の地位が高いって?」
「ヒエイ、シグレ、タチバナの三名だ。我々で言う貴族か何かなのだろう?」
「待ってよガイウスおじさん、なんでいきなりそんな話になるの?」
ヒエイはともかくシグレやタチバナが貴族なんて絶対合わない。ボクでもちょっと想像しただけで笑えてくるし、コハクが聞いたら爆笑間違いなしだ。
微妙な表情で困惑するボクの様子に、ガイウスおじさんも眉を寄せた。
「なぜとは……家名は種族そのもののようだが、お前も含めて中名まで持っているではないか」
そこまで言われてガイウスおじさんの勘違いに気づく。この世界、ファミリーネーム自体はそこまで珍しくないようだ。ある程度発展した町に住んでいるのなら誰もが名乗るし、農村部や辺境でも済んでいる村や集落の名前を当てている場合が多いらしい。
ただ、やっぱりミドルネームになるとだいたいは支配者階級にならないと名乗ることがないって聞いているので、ボクも含めた四人はミドルネーム持ちイコール貴族と認識されたわけだ。
「違うよ。あれは……まあその子の特技とか役割とか、そういったものを表すために割り振った名前なんだ。そうだね、『役名』って言うのがしっくりくるかな」
生まれた時期によってうっすらと上下関係ができることもあるけど、基本的にみんな平等がマキナ族の基本方針だ。なのでわかりやすいようにその子が主とする技能を表すのにミドルネームもどきの制度を作った。そう、完全にボクの趣味だ。
「また変わった習わしがあるのだな。役割を表すということは、それぞれに意味があるのか?」
「そうだね。たとえばヒエイの『プロフ』は『研究者』。マキナ族の特性上魔導式関連が多くなるんだけど、ヒエイもその口だね。それでシグレの『バルト』は『守護者』。里では普段の狩りや、他には戦闘が発生した時なんかに真っ先に駆けつけたりするよ。あと、タチバナの『ワルク』は『職人』。生産的な作業を好んでいて、タチバナ自身は料理が好きなんだ」
ちなみに全部三音という縛りを設けた中、雰囲気だけで命名しました。
「なんともおおらかな区分だな。それで、お前は『エクス』だったか。それは?」
「えーっと、それはボクだけの特別なやつで、当てはめるとしたら『始祖』なんだけど……」
ぶっちゃけると名前に『デウス・エクス・マキナ』って入れたかったから無理矢理こじつけただけだったりする。こっちの世界には同じ言葉がないんだからそれくらいいいよね。マキナ族の名前に関してもその派生で思いついたりした結果だったりする。
「お前だけの特別な名とは……それはもうお前が『王』と言うことではないのか?」
「まあ、意味合い的には近いかな」
実際にヒエイを初めとした何人かの子はボクを呼ぶ時はその呼称を使ってたりする。ただし基本方針だけ決めて、後はみんなに丸投げしてる完全に立憲君主制の王様です。そんな無茶ができるのも、生まれたばかりでも初めから高い知能を持っているマキナ族だからだ。
「お前のような者が王とは……先行きが思いやられるな」
「あ、ひどいなー。これでもみんなには慕われて――っとぉ!?」
ガイウスおじさんの皮肉に苦笑混じりに言い返そうとして、猛スピードで迫る存在に気づいて慌てて割って入った。飛来する拳を横からつかんでそれ以上は進まないようにしっかり捕まえ、ほっと息を吐きつつ突然の凶行に走った相手を半眼で睨む。
「いきなり何しようとしてるのさ、シグレ」
「だって、今この人、ウル様のこと馬鹿にしたんですよ!?」
応じるのは怒り心頭と言った様子で口をとがらせているシグレ。その眼光はボクが捕まえた拳の先、突然の事態に眉根を寄せているガイウスおじさんをキッと睨み付けている。
ボクが馬鹿にされたって……さっきのやりとり? あれでここまで怒るとかさすがに沸点低すぎない? これはまたヒエイに怒られることになるんじゃないかな。
さすがに呆れてなんとなくヒエイの方を見てギョッとする。シグレが突然ガイウスおじさんに襲いかかろうとしたせいか驚き顔で固まっている公爵家関係者の中、当のヒエイはと言うと、まるで親の敵とでも言わんばかりの険しい表情でガイウスおじさんを見据えていた。あれ、どう見てもガイウスおじさんに対して怒ってるよね? あのヒエイが? ということはまさか――
そう思って視線を巡らせてタチバナの方を見たけど……表情は相変わらずだけどガイウスおじさんに対して腕を真っ直ぐに伸ばして指鉄砲を突きつけていた。しかも袖口からのぞく手首に、励起状態の魔導回路が光っているのが見える。明らかに臨戦態勢であるところを見ると、こちらも相当怒っていらっしゃる様子。やっぱりタチバナ、キミもか! え、ホントなんで!?
予想外の様子に頭の中を疑問符が埋め尽くしそうになったけど、そこでふと思い出すことがあった。
マキナ族のみんなはそういう風な設定をしたわけでもないのに、なぜかボクのことを慕って敬ってくれている。それこそ子供が親に向ける信頼と愛情に近いものがあって、最初のうちはむずがゆかったけど今ではそこそこ慣れている。
そして当然故郷には同じマキナ族しかおらず、唯一の例外だったイルナばーちゃんもボクやマキナ族のみんなに対しては甘い方だった。
つまり、ボクを除いたマキナ族のみんなは悪口や罵声と言ったものにほとんど免疫がない状態なわけだ。それが今初めて悪口と取れる発言を、しかも親みたいに慕う相手に向けられてカッとなったってことかな。
……そんなつもりはなかったけど、結果的に無菌培養な環境だったんだね今更ながら。これは問題だなぁ。ちょっとした失言で暴走する兵器とか恐すぎる。
「……とりあえず、今のはホントに馬鹿にされたわけじゃないから落ち着きなさい」
頭痛はしないはずなのに頭が痛くなったように思えてため息を吐きつつ諭せば、シグレは一転してキョトンとした表情になった。
「そうなんですか?」
「そうなの。確かに相手を馬鹿にするのは良くないけど、それも親しい人たちの間に限れば挨拶みたいな扱いになることがあるんだよ」
「そうなんですか……外の世界って難しいですね」
それっぽいことを言うと納得してくれたようで拳を作る腕から力が抜けた。それを確認して手を離すと、あえて恐い顔を意識しながら強めの口調で叱る。
「そんなことより、早とちりで誰かを傷つけようとしたらダメでしょ!」
「はい、ごめんなさいウル様……」
「ヒエイ、タチバナ! キミたちも同じなんだからこっちに来なさい!」
シュンとうなだれるシグレは一旦置いといて残りの二人を呼べば、一瞬ギクリとした反応をしたもののおとなしく進み出てきてシグレの両隣に並んだ。
「聞こえてたと思うけど、キミたちも! 外の世界のことを学んでもらうために呼んだって言うのに、始まる前からそんな調子でどうするの!」
「申し訳ありません、王」
「ごめん」
ボクが叱るとこちらもそろってうなだれる二人。タチバナはともかく、外見が大人なシグレとヒエイがそんなポーズを取っているとどこかシュールだ。
「ボクに謝るより、勘違いで迷惑をかけた人がいるでしょ!」
後はそれだけ言って脇にどけば、ちゃんと言いたいことは伝わったらしく、三人はガイウスおじさんの前まで進み出るとそろって頭を下げた。
「勘違いしてごめんなさい」
「誠に申し訳ありませんでした。無知な自分を恥じ入るばかりです」
「ごめんなさい」
「ああ、いや、気にすることはない。こちらも配慮が足りなかったようだ、以後気をつけよう」
成り行きを見守っていたガイウスおじさんがどこか呆然としながらも謝罪を受け入れると、三人はほっとしたように体から力を抜いた。その様子を見てボクも胸をなで下ろす。
「ゴメンねガイウスおじさん。思った以上にボクとイルナばーちゃんの教育が抜けてたみたいで、これはちょっと予想してなかった」
「そのようだな。気にするなとは言わんが、あの婆さまのことを思えばまだ許容できる範囲だ。むしろこの段階で不備を知れたのは僥倖であろう」
一応ボクの方から謝罪と言い訳を入れると、真顔でそんな言葉が返ってきた。イルナばーちゃん、一体何したら貴族の人に今のが『この程度』で済むようになるの? 聞くのが恐い気がする。
「……まあとにかく、こんな子たちだけど根っこは素直で純粋だから、どうかよろしく面倒を見てやってください」
「改めて引き受けよう。今のままでは思った以上に危ういのが判明したところでもあるしな」
まったく持ってその通りだと思います。反論の余地が一切ありません。
でも、ガイウスおじさんに任せればその辺も大丈夫だろう。シグレ、ヒエイ、タチバナ、しっかり頑張るんだよ。期待してるからね。
「――時にウル」
「何?」
「お前はこの者達の母親か何かか?」
「……否定はできないね」
ガイウスおじさんの指摘にさっきの一幕を思い出して苦笑を返した。これでも王様だからね。みんなの面倒はちゃんと見ないと。




