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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
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顛末

「――まさか王都の地下で『邪霊』などという存在が生み出されようとは。本来であれば発覚した時点で軍が動き出す厄災に対して、その身一つで立ち向かった上であまつさえ退けるとはな。想定できる被害の規模としてはきわめて微細なことも合わせれば、よくぞとしか言いようがない」

「ボクがボクであるためにしたいようにしただけなんだけど、わざわざそう言ってもらえると頑張った甲斐があるよ」


 昼下がり、ガイウスおじさんの書斎で初めてここに来た時みたいに応接セットのソファに対面で腰掛けて、ボクが目論み通りさらわれてからの顛末を報告し終えた。

 あれから衛兵の人たちについて下水から戻ったところ、見上げた空はうっすらと白み始めていた。ほとんど一晩中暴れてたことになるわけだけど、それでもぴんぴんしてるんだから本当にこの身体は便利だ。

 そのままの足で詰め所まで同行。そこで待ち受けていたイスリアに無事を喜ばれた。他の人は衰弱が酷かったから助け出されたその場で治療院に運び込まれたらしいけど、今のところ命に別状はないとのことだった。よかったよかった。

 それだけ報告を受けた後、そのままそろって事情徴収されることになった。ただ、先に確保していた邪教徒がいろいろと洗いざらいに自供してくれてたおかげで、ボクたちの分は思っていたよりかからなかったみたいだ。『悪人』のくせに意外なところで役に立つもんだ。

 当然のように邪霊との戦いに関してもいろいろ突っ込んで聞かれたけど、そこはガイウスおじさんの名前を持ちだして追求を避けた。まあけっこうおおっぴらに力を使ったからそのうち情報解禁になるかも知れないんだけど。その時イスリアが変な顔になってたけど気にしない。

 そうして街が本格的に活気づく頃にはそろって解放され、イスリアに名残を惜しまれつつも別れてガイウスおじさんの屋敷に戻ってきた。

 玄関をくぐったところで飛び出してきたエリシェナが抱きついてこようとしたけど、寸前で踏みとどまると申し訳なさそうな顔をしながらも形のいい鼻をハンカチで抑えた。どうやらここ数日の下水暮らしで染みついた臭いが耐えられなかったらしい。ずっと嗅覚情報を切ったまますっかり忘れてたから気づかなかった。

 そのままエリシェナが呼んだ侍女の人たちに浴室まで連行されて衣服をはぎ取られるハメになった。もちろん臭いが染みついた上に下水の床を転げ回って汚れのついたそれらは洗濯へ直行。救いは避け損ねたほんの数秒だけど、邪霊の攻撃が集中したにもかかわらず目立った傷みがないことか。

 備え付けの専用魔導器(クラフト)で浴槽にお湯が張られ、仕事だと言い張って洗い場までついてこようとする侍女の人たちにどうにかこうにかお引き取り願い、前の世界で言うボディーソープみたいな泡立つ香料で臭いを落としつつ『復元』の魔導式(マギス)で身体の調整をした。この身体の丈夫さは知ってるけど、万が一のことがあったらイヤだから念のため。

 もっともこれでどうにかできるのは緋白金(ヒヒイロカネ)でできている部分だけで、各種内蔵機関にはほとんど効果がないんだけど、その辺は今のところ不調になってる感じはしないから大丈夫だろう、たぶん。

 そうして風呂から上がれば着替えに関して一悶着が発生し、それがおもしろかったから付き合っていると昼食の時間になった。なのでとりあえずの服装で参加すればレンブルク公爵家のみんなから無事な帰還を喜ばれ、終始和やかな食事を終えたところで詳しい話をとガイウスおじさんに呼ばれて今に至る。

 ちなみにガイウスおじさんの後ろには当然のようにジュナスさんが今も控えていた。


「それにしても禁忌指定の魔導式(マギス)が用いられていようとは。そもそも『悪魔錬成』に関する詳細な資料は当の神聖グルネリフ皇国の滅亡と共に散逸したと聞き及んでいる。お前は劣化版と言ったが、その程度であってもたかだか木っ端組織が保有していたとなると、少々気にかかるな」

「……というと?」


 百人近くを生け贄にして悪魔なんて者を呼び出そうとする奴らを木っ端と断言したことに内心戦慄しつつ先を促すと、ガイウスおじさんは実に不快そうに眉根を寄せて鼻を鳴らした。


「あからさまな作為を感じるな。お前のおかげで未然に防がれることとなったが、そうでなければ邪霊などという災厄がこのレイベアに解き放たれるはずだったのだ。そうなれば王都は大打撃を受ける。最悪の場合は王城を含めて壊滅となっていたやも知れん」


 それもう完全にテロだよね。前の世界の記憶にも爆破テロがよくあったみたいだけど、ファンタジー要素が絡むと被害の規模が格段に跳ね上がるんだね。迷惑な。


「否定はできないけど、そんな大災害引き起こして邪教集団にどんな得があるのさ」

「ないだろうな。せいぜいが恨みを持つ相手が巻き込まれて死ぬかもしれんという程度だろう。しかも己の命は作り出した邪霊に真っ先に喰われるだろう」


 なるほど、自分の命を犠牲にして高い確率で憎む相手が巻き添えで死ぬかもしれないわけか。


「絶対割に合わないでしょそれ?」

「故にきゃつらは傀儡だったのであろう。大元はおそらくこの国を狙う列強のいずれかか。それなら我々が本腰を入れて捜索をかけようとも木っ端ごときの正体がつかめなかったことにも納得がいく。良くても邪霊しか生み出せないような不完全な魔導式(マギス)を流したところからもその意図が読める」

「あー、そう言えば過去に発生した邪霊の被害で一番大きいのが街二つだったね」


 確かに悪魔だと最悪周辺国まで巻き込んで破滅だけど、邪霊規模なら被害はその国の中で留まるわけか。しかも今回のターゲットは王都だったし、国の中枢が壊滅すれば他の国はやりたい放題介入できるって寸法か。

 なんて言うか……ひょんなことから首を突っ込んだ事件が実は国レベルの陰謀だったかも知れないなんて驚きしか出てこない。ファンタジーの世界って恐いや。


「……どこの国かってわかったりはしないの?」


 特定できるならボクが王都に来るタイミングを狙ったように騒動を引き起こしてくれた困ったさんを爆撃してやってもいいかなって思ったりしたけど、残念ながらガイウスおじさんは首を横に振った。


「例え拠点を総ざらいしたところで関与を示唆する証拠は出てこないであろうな。もし私が同様の企てを起こすならばそんなものは徹底的に残さない。構成員を余すことのなく捕らえられていれば望みはあったかも知れんが……」


 最後の方の呟きを聞いたところでスッと視線を逸らした。いや、だってあの時まさかここまで話が大きくなるとか思ってもみなかったんだもん。それに相手は災害と同レベルに扱われる邪霊だよ? うん、ボクは悪くない。

 そこでふと、結果的に邪霊を解放して逃げた女の顔が思い浮かんだ。

 あの後逃がしたことが気になってたから衛兵の人に聞いてみたんだけど、どうやら捕まえた邪教徒の中にはいなかったようだ。上手いこと逃げたらしい。

 ……そういえばあの女、なんで壺が溶けるような薬品を持ってたんだろう。ボクの襲撃なんてイレギュラーすぎる事態だったはずなのに用意周到すぎるでしょ。まるで初めから壺を壊す予定(・・・・・・・・・・)があったかのような(・・・・・・・・・)――


「――考え過ぎかな?」


 ボツリと漏らした独り言はガイウスおじさんには聞こえなかったらしい。まあ、あの女を取り逃がしたこと自体は伝えてあるから大丈夫だろう。


「――それでだ、ウルよ」


 急に改まった声でボクの名前を呼ぶガイウスおじさん。思考から戻って視線を向ければソファに腰掛けながらも頭を下げているおじさんの姿があった。え、何、急に何!?


「ちょ、ガイウスおじさん何を――」

「ブレスファク王国が始まって以来の未曾有の事態、偶然からとは言え未然に防いでくれたこと感謝に堪えん。王国を代表し、レンブルク前公爵として改めて礼を述べたい」


 慌てるボクの前で頭を下げたままそう告げてくるガイウスおじさん。後ろのジュナスさんも深々と腰を折って最敬礼の状態だ。


「この件に関しては別に報酬も用意しよう。何か望みがあれば言え。私に可能なことである限り最大限の配慮行うと約束する」

「そんな大げさな……ガイウスおじさんも困ってたみたいだから好きでやったのに、報酬なんかもらえないよ」

「国を救われたのだ。公爵家の者として相応のものを用意しなければ示しがつかん」


 ボクの言い分に頭を上げたガイウスおじさんがそう断言した。あ、ダメだこれ。貴族が家のことを持ち出すとか、たぶんいくら言っても退かないやつだ。


「そんなこと言われてもなぁ……」


 突然のことに心底困り果てて頭をかく。もともとボクの趣味嗜好とイルナばーちゃんの願いにピッタリなシチュエーションだったってだけで関わっていったから、報酬なんてアウトオブ眼中だったんだよね。むしろそんな状況に巡り合わせたこと自体が報酬かも知れない。

 かといってボクに何か渡さなきゃガイウスおじさんの気が済まないんだろうけど、ホントどうしよう……今欲しいものが特にないんだよね。

 維持するだけなら何もしなくて大丈夫だからお金はそんなにいらない。合っても困らないだろうけど、ボクとしては必要な時に必要な分を稼がないとおもしろくないからね。

 武器とか防具の類もマキナ族の特注品が一通りそろってるから必要ない。食べ物は消費しきる前に腐るのは確定だし、宝石とか貴金属も綺麗だとは思うけどそれ以上の興味はないし、魔導器(クラフト)は実家に戻ればそこら中に転がってるし……ネット環境――さすがにムリだね。

 うーん、シャレで領地とか言ってみようか? イルナばーちゃんの研究所とマキナ族の里があるこの世界の故郷一帯……いや、ダメだ。隠居したとは言え公爵様、あっさり用意するに違いない。それも爵位とかいらないおまけがついてくる状態で。

 ……しかたない。前の世界の記憶にある話に出てきた最終手段を使おう。


「――それじゃあ、貸しってことで」

「……は?」


 予想外だったのか一瞬あっけにとられた様子のガイウスおじさん。


「貸し……とはなんのつもりだ?」

「いや、今特にこれと言って欲しいものがないし、そのうち何か思いついたら改めて頼みたいから先送りの意味で貸し一つってしといてくれたら、ボクとしては嬉しいんだけど」

「……まあお前がそう言うのならば構わんが、これほどの恩ことを一つの貸し程度では賄いきれんぞ」

「じゃあ増やすなり分割するなり好きにしておいて。そう言うことでこの話はおしまい!」


 まだ何か言いたそうなガイウスおじさんだったけど、そうまくし立てて話を打ち切った。今でさえけっこう便宜を図ってもらってるのに、これ以上与えられたら本格的に堕落しそうだ。これから臨険士(フェイサー)として生計を立てていくつもりなのにそんなんじゃ先が思いやられる。自堕落、ダメ絶対。


「――ところで話は変わりますがウル様、特にお気にされている様子もありませんが、今のお召し物に何かご不満はないのでしょうか?」


 納得いかなげなガイウスおじさんをあえて無視するかのようにジュナスさんが声をかけてきた。様子からしてもともとそのつもりみたいだけど、渡りに船とはこのことだ。


「何か変かな?」


 話題に乗って今の格好を見下ろす。着ているのは現在絶賛洗濯中のはずなボクの一張羅の代わりに借りた、エリシェナが連絡役として出歩くための変装にと用意された町娘ファッションだ。ボクと体格が一番近かったのがエリシェナで、かつちょうどよく街に出ても違和感がない装いだったから選んだけど、当然のごとくスカートが可愛らしい女物。


「……昼食にその格好で現れた時から気にはなってはいたが、お前はそれでいいのか?」

「似合わない?」

「そう聞かれれば『似合う』としか返せないのだが……」


 小首をかしげて聞いてみれば、さっきまでとは打って変わって困惑顔のガイウスおじさん。いいじゃん、せっかくの美形顔なんだし似合うならなんだって。身体は機工だから実質的に性別なんてないようなものだし。


「それじゃあ、ボクはちょっとやることがあるからもう行くね。外套も貸してもらっていい?」

「ご用意いたしましょう。担当の者に伝えておきますので、どうぞそのままお向かいください」

「わかった、ありがとうジュナスさん。じゃあガイウスおじさん、行ってきます」


 ジュナスさんと短くやりとりをかわして立ち上がると、首をひねっているガイウスおじさんに挨拶して背中を向けた。


「――なあウルデウスよ」


 扉に手をかけたところで呼び止められたから振り向けば、妙に真剣な目でボクのことを見つめるガイウスおじさん。なんだろう、この格好で惚れられたとか?


「お前は一体、何者だ?」


 馬鹿なことを考えるボクへと飛んでくる鋭い声の問いかけ。短いはずのその中に、何かいろいろと重いものが混ざっているような感じがする。

 ……何をそんなに難しく考えてるのかわからないけど、ボクはそんなにたいしたものじゃないんだけどな。

 そう思って一度向き直り、あえて背筋を伸ばして右手を胸に左手を腰に、そして肩幅に開いた足で堂々と立つと歌い上げるように言葉を紡いだ。


「ボクはウル。始まりのマキナ族にしてイルナばーちゃんの最高傑作。そして創造者イルヴェアナ・シュルノームの願いに想いを重ね、大切なものを守るための兵器たらんと欲する、機工仕掛けの見習い神様――それだけだよ」


 最後に目一杯の笑顔を浮かべてみせれば、ガイウスおじさんは虚を突かれた顔で瞬きをした。けど、次の瞬間気が抜けたような笑みを見せてから鼻を鳴らす。


「見習いとは言え神を名乗るとはたいそれたことを。さすがはあの婆さまの子だな。いや、むしろそれくらいは当然か」

「お褒めにあずかり恐悦至極――それじゃあ、改めて行ってくるね」


 おどけてそう言い返し、今度こそガイウスおじさんの書斎を後にした。

 さてと、色々やりたいことはあるけど……まずはボクの装備を売り払っただろうチンピラをとっちめるとするか。


 これで一章は終わりです。主に最低限の世界観と、主人公の基本的な性格・性能を中心に描写したつもりです。

 次からは更新ペースを隔日に戻して新章を投稿していこうと思います。よければお付き合いください。

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