邪霊
「――回復が追いつかないくらいに魔力攻撃を叩き込めばいいってだけの話!」
状況考えれば不謹慎かも知れないけど、俄然やる気が出てきた! 大得意だよ力押し! 大規模な魔法合戦とかちょっと憧れてたんだよね!
よし、そうと決まれば本気を出すための魔法の言葉!
「出力変更・戦闘水準!」
口にした口頭鍵に反応して魔素反応炉がその稼働効率を上昇させた。それに伴い生成される魔力が跳ね上がり、それがボクの身体を巡って全身をより朱く染めていく。
術式登録とは違う、むしろその発想の元になったマキナ族に組み込まれた機能。特定の発声を認識して普段は不必要として眠らせている能力を解放するためのシステムだ。ボク的にはなんとなくロボットぽくて気に入っていたりする。
……実のところ、マキナ族が自分の意志のみで解放できる機能がこの魔素反応炉の出力を一段階上げる口頭鍵しかないんだけど。
ともかくそうして全ての準備を整えて、ようやくダメージによる衝撃から復活してきたらしく攻撃が安定しだした邪霊へ指鉄砲を構えた。
そしてルナワイズから瞬間的に転写される魔導回路。選択した魔導式は『爆轟』。朱く染まった身体よりもなお鮮烈な緋色の輝きは手から肘を、肩を越え首筋近くまで瞬く間に広がる。
「――行けっ!」
言葉と共に人頭大の光弾を指の先から発射。衝撃弾の段幕を縫って飛翔したそれは邪霊の本体である闇色の球体にぶつかって――
鳴り響く轟音。同じ爆発系の魔導式である『爆撃』とは比べものにならない規模の爆発に、空洞自体が震撼したように感じた。
――ギイイ゛イェアァア゛アァッ!?
「まだまだ行くよー!」
より大きくなった邪霊の悲鳴を尻目に魔導回路を維持したまま断続的に魔力を流す。そうすれば明滅する魔導回路に合わせて光球が飛んでいき、次々と着弾しては大きな爆発の花を咲かせていく。普段の状態でこのクラスの魔導式をこんな調子で乱発しようものなら魔素反応炉からの魔力供給が追いつかず一時行動不能になるような暴挙も、出力を上げた今ならやりたい放題だ。
「――おっと?」
そんな感じで調子に乗って撃ちまくっていたら、今まで出現した場所から動く気配のなかった邪霊が『爆轟』の釣瓶打ちから逃れるように空中を移動した。このままじゃ一方的にやられるだけだと学習したらしい。
そのせいで目標を見失った分が何発か地下の壁をえぐったの見て慌てて連射を中断する。魔導式の性質上単体の術式でホーミング機能なんて持たせられない以上、動く相手に遠慮のない火力はまずい。なにせここは地下で、ついでに言うと王都の真下なんだから。
――アァア゛アァア゛ア゛アアッ!!
そんな感じで攻撃を一時中断したのを隙と見たのか、さっきまでのお返しとばかりに圧倒的密度の衝撃弾が襲いかかってきた。けれど魔力が増産されている今、流れる魔力が大きいほど強い伸縮性を発揮する靭性緋白金の筋肉に包まれた身体は普段以上のレスポンスを発揮する。
軽く一蹴り横に飛んだだけで衝撃弾の雨が降ろうとする範囲から逃れ、粉砕される床材の音をバックミュージックにルナワイズから魔導式を選択。『爆轟』にも劣らない規模で魔導回路が描画され、発動した『魔氷』の薄青い弾体が軌道上の空気を白く染めながら飛んでいく。
そして命中から発揮される効果は、その名の通りに弾着した面の大半を巨大な氷で覆い尽くした。
――イィイ゛イイ゛イッ?
「へぇ、ちゃんと凍るんだ」
使っておきながらなんだけど予想以上の光景に感心したのもつかの間、あっさりとはがれ落ちた氷が地面とぶつかり重い音を鳴らす。
またも悲鳴と共に撃ち返される衝撃弾を適度なステップでかわしつつも、ボクの機工の眼はごまかされない。氷がはがれ落ちた直後、ごくごくほんのわずかだけど靄の表面が削れていた。普通の人じゃ気づけないような差だけど、それでも明確なダメージの証拠。
「やっぱり『魔氷』が有効そうか」
もともとこの魔導式、ただ単純に水分を凍らすわけじゃなく、弾体に込められた魔力を元に命中した対象の魔力を吸い上げて氷を生成させる一種の捕縛系の術式だ。魔力そのものでできた氷だから普通の手段じゃなかなか融かせず、同じく魔力で生成した炎でようやくなんとかできる高度な代物。
要は相手のMPなりなんなりにダメージを与えつつ行動阻害系のデバフをかけることができる、今目の前にいる邪霊にはまさにうってつけとも言える魔導式だ。例え外れても性質上ただの石壁には被害が少ないのもいいところ。
……まあ見た感じデバフの方はほとんど意味ないみたいだけど。
「弱点ってわけじゃないけど、これで行こう」
そう大決定してその場で連射を始めると、邪霊の動きが変わった。衝撃弾を放つのは変わらないままこっちの攻撃を避けるように空中を移動し、さらに攻撃の密度を上げて弾幕を張り出す。結果としてこっちの『魔氷』が衝撃弾と接触し、何もない空中でいくつもの氷塊を作り出すことになる。
「段々と知恵がついていってるなぁ……」
目の前の光景に若干眉をしかめる。もちろん向こうが放つ衝撃弾だって魔力を使ってるからムダにはなってないけど、やっぱり向こうの攻撃は全部避けてこっちの攻撃を当てた方が断然効率はいい。
「――じゃあ、これはどうかな」
言いながらボクも射線が被らないよう移動しつつの攻撃に移る。同時に『魔氷』の魔導回路を少し拡張して、余裕を取った部分に弾道をいじる術式をいくつも描く。
そうしておいて弾道変更の術式への適当に接続を変えつつ発動させれば、飛んでいく弾体は指先からの直線以外にも四方八方への弧を描いたり蛇行したり、あるいは角度がつく急速な方向転換を加えたりと変幻自在の動きを見せる。
多少必要な集中力が増えたものの、おかげで邪霊の弾幕をかいくぐる量がグッと増え、いくらかは回避されつつも命中弾をたたき出しては魔力を奪い氷結化していく。
これなら時間はかかりそうだけどそのうち押し切れる。
そう判断した時、邪霊が予想外の行動に出た。急に壁際まで移動したかと思うとその体積を大きく縮める。そして次の瞬間、飛び交う魔力攻撃の応酬に悲鳴を上げてうずくまっていた邪教集団の一人の身体へ飛び込むように姿を消した。
「へ?」
思わず攻撃の手を止めて目を丸くしている前で、邪霊が入り込んだように見えたそいつが絶叫を放ちながらのたうち回る。近くにいた他の奴らが必死になって距離を取ろうとする中で体のあちこちから血を吹き出しながら暴れ回り、やがて糸が切れたかのように動きを止めた。
かと思った次の瞬間には油の切れたゼンマイ仕掛けみたいなぎこちない動作で立ち上がる。その頭は白目を剥きながらガクガクと不安な感じで揺れていて、とても意識があるようには見えない。
「……まさか取り憑いた?」
ボクが口にした疑問に応えるかのように断末魔もかくやと思える絶叫がそいつからほとばしり、同時に黒い魔導回路が周囲の空中を彩る。浴びせるような衝撃弾をかわしてカウンター気味に『魔氷』を放つも、そいつは地面を蹴って人間離れした素早さでこっちの攻撃を避ける。
「人型相手には同じく人をってつもり!?」
突然の展開に驚きはしたものの、取り憑き自体は非実体不死体の十八番。まだ意識のある相手をあの短時間で完全に乗っ取ったのはさすが邪霊と言ってもいいかもしれないけど、多少的が小さくなって機動力が上がったからと言っていくらでもやりようはある。
今までは距離を保つように動いていたけど、一つ衝撃弾を避けたタイミングで一気に距離を詰める。当然向こうの攻撃へと突っ込むことになるわけだけど、ルナワイズを持つ左手を掲げてそこに魔導回路を転写。手先から二の腕半ばまでが緋色の幾何学模様に覆われて『障壁』の魔導式が発動し、ボクの目の前に広がった魔力の壁が邪霊の攻撃を阻む。
ボクの急接近に驚いたのか、不自然に動きを止める取り憑かれた邪教集団の一人。これ幸いと思ってあっという間に肉薄し――
「――せいっ!」
懐に入った瞬間『障壁』を解除すると共に、すくい上げるような蹴りでそいつの身体を打ち上げる。本体だけの時ならともかく人に取り憑いている今、空中で動きが取れるはずもなく、ここぞとばかりに放った『魔氷』の集中砲火が次々と命中していって氷の大輪を構築していき――
さすがにこれはまずいと判断したのか、わずかに氷の生成が間に合っていない部分からスルリと抜け出した邪霊の本体が、今度は一番近くの別な邪教徒へと飛んでいった。
「ああもう、別な意味でやっかいな!」
再び乗っ取った邪教徒の身体を使って邪霊が攻撃を再開するのを見て、避けながらも適度な反撃をしつつ面倒な事態に歯がみする。
ここにいる邪教徒については積極的に殺戮していくつもりはなくとも、何かの弾みで死んでしまうのならそれはそれでいいっていう程度の認識だ。自分の欲望のために誰かを犠牲にすることが当然なんて思考の『悪人』に情けかける気は一切ない。
現にチラッと見ただけで邪教徒共への被害は拡大してるのがわかるけどそのまま放置してるし、さっき取り憑かれたやつだってどう見ても再起不能だったから遠慮なんかしなかった。
ただ、今回の事件に関してある程度こいつらの身柄を確保しておかなければいけないのもわかっている。このまま邪霊が邪教徒の身体を取っ替え引っ替えしていけば、それが尽きる時には邪教徒も全滅しているのが必然だ。
せめて先に何人か証言能力の残っている奴らを確保できればいいんだけど、さすがにこんなせわしない戦闘をこなしながらそんなことをする余裕はない。だからって下手に一旦退こうものなら野放しになった邪霊が地上に出て街中で暴れるなんて事態になりかねない。
「お、おい、一体何が起こってる!?」
邪霊との魔法合戦を膠着させながらどうしたものかと思案していると、断続的な衝撃弾の破砕音の合間にそんな叫び声を耳が拾った。牽制に『魔氷』の弾幕をお見舞いしつつ声のした方に視線を向ければ、街中で見かけた衛兵の制服を着た二十人くらいの団体さんがボクも通ってきた通路の出口付近で顔を引きつらせている。
――たぶんイスリアが上手く応援を呼んできてくれたんだ。ちょうどいいところに!
叫び声に反応したのか邪霊が衛兵隊の方へと攻撃の矛先を向けたのを見て全速力で割り込んで、衛兵隊の目の前に立ちはだかると左手に『障壁』の魔導式を再展開して防御する。
「その辺に転がってる奴ら捕まえてここから連れ出して! 今回の事件を引き起こした邪教集団だから!」
魔力の壁越しに響く破裂音に負けじと声を張り上げれば、事態の推移について来れてないのか目を見開いて固まっていた隊長らしき人が我に返った。
「君は……君が彼女の言ってたウルか? これは一体――」
「ボクがウルだけど今ちょっと忙しいから先に言う通りにして! 早くしないと証言取れる奴がいなくなっちゃうよ! 言ったことが終わったら教えて!」
いろいろ聞きたそうな隊長さんにそれだけ言い置くと邪霊に向かって駆け出す。衛兵の人たちが邪教徒を確保する間はあいつを押さえ込まないと流れ弾がまずい。石材を易々と砕く威力は生身の人が受けたら簡単に致命傷になる。
途中で限界が来た『障壁』を張り直しつつ距離を詰めていくボクを、今度の邪霊は驚く様子もなく衝撃弾を乱打しつつ迎え撃つように待ち受けていた。
すぐさまなくなる距離の中で、取り憑かれた邪教徒が薙ぎ払うように腕を振るのが見えた。なるほど、物理攻撃を覚えたのか。心なしか衝撃弾の精度も上がってるみたいだし、やっぱりどんどん賢くなっていってる。
ただまあ、この瞬間に限っちゃそれは悪手だね。肉体のリミッター外した人間がかなりの豪腕になるのは知ってるけど、今のボクはブースト状態でしかも慣性を味方に付けている。
そして激突の瞬間、腕で遮って防御はしたものの思った通りそれなりの衝撃が伝わってきた以上の被害はなくて、逆に取り憑かれた邪教徒の腕はボクの見た目を裏切る重量級の常軌を逸した突進にあえなく砕け散り、そのままの勢いですくい上げるように体当たりを敢行してこの空間の反対側へと吹き飛ばした。
一度バウンドした身体がちょうど良くこの合流広場に繋がる元水路の一つに入ったのを見て一瞬背後の様子を確認。するとボクへの問い詰めができなくなったからか困った表情の隊長さんがそれでも指示を出して、部下らしい衛兵隊の人たちが大急ぎで手分けして近くの邪教徒を捕縛していった。
ひょっとしたら捕縛の時に抵抗されて思うように進まないんじゃないかと心配してたけど、むしろ邪教徒の奴ら必死の形相で衛兵隊の元を目指して移動して、逆に積極的に捕まえてもらっていたりする。まあこの場に残ってたら死亡率が高いだろうから当然っていえば当然か。あれだけのことをしておきながら、まったく生き汚い奴らだ。




