判明
ふと思い立って本文の文字サイズを変更しました。以前より大きめになったはずです。
その後例の女は男たちとボクを置いて空き家を出て行った。わざわざ手を出さないように念押しされてたからかそれとも捕まえた時に身体をまさぐった結果女じゃないことが判明してたからか、どっちにせよそれ以上特に何かされるわけでもなく、すぐに日が沈んで辺りが暗くなる。
するとそれを待ちかまえていたかのように黒ずくめの覆面集団が現れて男たちからボクを引き取ってどこかへと運び出した。その時当然のようにボクを気絶させるのは忘れない。まあフリしてるだけなんだけど。
で、ご丁寧にでっかい麻袋に詰め込まれて運ばれてる最中なわけだけど、運び役の荒い息が袋越しでもはっきり伝わってくる。うん、重いのはわかってるけど頑張って。ちゃんと運んでくれないとボクの目的が達成できないんだから。
そんな風に心の中で励ましながらもおとなしく荷物みたいに運ばれることしばらく。運び役が歩く振動が止まり、慎重な動きで地面に降ろされた。ここまでにも何度か下ろされては運び役が交代するのを感じていたけど、今はなにやら金属がこすれ合うような音が聞こえてきた。あれだ。ドアを開ける時とかに蝶番が出すギギギって感じのやつ。
……ということはアジトに着いたのかな? いや、でもそれだとなんでわざわざボクを降ろしたんだろう。そのまま担いで入ればいいのに。
内心首をかしげていると足の方だけが持ち上げられて、袋の上からなにやらぐるぐると縛り上げられる感覚がする。元から手足は縛られてままだって言うのにさらにその上からとか、ますます意味がわからない。
本格的に混乱してきたところで今度は頭の方から引きずるように動かされて、少し移動したところで急に支えがなくなり一瞬焦る。ただ、覆面の連中も慎重にしているらしくボクの入った麻袋を支えのない場所――たぶん地面の穴の中へ逆さ吊りの状態でゆっくりと入れていった。なるほど、どうやら意識のないボクを地下に降ろすためにロープか何かをくくりつけたわけだ。
そして同時に鼻を突く悪臭に顔が引きつった。危ない危ない、これが袋の中じゃなければ起きてるのがバレてたかもしれない。しばらくの間嗅覚情報はカットしとこう。
……それで『街』『地下』『悪臭』と来れば、答えはもう出たも同然だ。どうやら人さらいたちのアジトは下水のどこかにあるらしい。まあそれっぽいって言えばそれっぽいか。
ただねぇ……地下ともなれば迂闊に盛大にぶち壊すわけにもいかなくなるんだよね。下手なことをすれば地上の建物とかも巻き添えになりそうだ。そうなるとボクにできるのは即時壊滅くらいしかなくなるけど、しかたないか。
そんな感じで今後の予定を修正している内に無事下水へと降ろされて再び運ばれること少し。途中なにやら重々しい音がした場所を通り抜けてしばらくしたところで地面に放り出された。相変わらず雑な扱いだ。ボクは大事な商品だぞ?
「おい、それは」
「はあ、はあ、ふううぅ……ああ、例の追加だ」
そう思う間になにやらやりとりが聞こえてきた。さらに袋の口を開けようとしているところからして、今度こそアジトに到着したらしい。よし、それなら目を閉じてもう一度気絶したフリだ。
「なんとか間に合ったか。これで数は足りるな」
「ああ、『遣い』のお方が不手際で取り逃がしたと聞いた時はどうなることかと思ったが……ふぅ」
「……妙に疲れているようだな。何かあったのか?」
「いや、何も。ただ、これが見た目に反した重さでな。悪いが少し手伝ってくれ、もうこいつを担ぎたくはない」
「わかった」
じっとしながら耳をそばだてていると、二人がかりでずりずりと麻袋の外に引きずり出される。
「本当に重いな、これ。一体何なんだ?」
「わからん。この髪も初めて見る。おそらくはあまり知られていない種族なんだろう」
「……まだ生きているんだよな」
「少なくとも受け取った時ははっきりとした意識を持っていた。今は気絶させているだけだ」
「ならいいが……」
そんな会話を交わしながらおそらく二人がボクを引きずって移動させる。ちょっと、重いのはわかるけどもう少し浮かせる努力はしてくれないかな? 服が傷んじゃうよ。
そんなことを思ってると金属をこすり合わせるような音と扉の開く音がして、そのままたぶん部屋か何かに放り込まれた。そのまますぐに扉と鍵が閉まる音と遠ざかる足音が聞こえる。……そろそろ起きてもいいかな?
「――あなた、大丈夫?」
行動に移すタイミングを計っているとそんな声が聞こえた。あれ、この部屋誰かいるの?
目を開いて声のした方を見れば、二十代前半くらいのお姉さんがいた。波打つ栗毛をポニーテール風にしていて勝ち気そうな榛色の目をしている。
服装からして街の一般人なんだろうけど、両手両脚を鍵付きの細い鎖で縛られているのを見れば今どういう立場なのかは察せられる。よく見れば服もあちこち汚れたり破れたりと痛んだ様子で、髪も相当荒れている。それに顔やら腕やら素肌の見えているところには痣やら擦過傷なんかまで付いている。
本人がけっこう酷い格好になってるように思えるけど、そんなことは些細なこととばかりに棚上げして放り込まれたばかりのボクを心配してくれているらしい。
とりあえず大丈夫だって伝えようとして、むーむーとしか言えないことで現状を思い出す。そう言えば猿ぐつわされたままだった。どうしよう、もうこの段階で拘束解いちゃおうか。
「あ、少し待ってね」
ただ、実行に移す前にお姉さんが鎖をジャラジャラいわせながら身体を這わせて近づいてきて、拘束されたままながら器用に猿ぐつわを外してくれた。
「――ぷはっ、ありがとうお姉さん」
「たいしたことじゃないわ。あたしはイスリア。あなた名前は?」
「ボクはウルだよ」
「ウルね。さっきも聞いたけど、身体は大丈夫? なんだかあいつらは投げ捨てるみたいに置いていったけど」
「大丈夫だよ。身体が丈夫なのは自慢なんだ」
そんな感じでお互い手足を縛られたまま――なんか改めて考えるとシュールだけど、とにかく名乗りながら身体を起こして周囲を見回した。
部屋の隅に置かれたカンテラ型の魔導器が照らし出しているのは地面が剥き出しの小部屋だった。それも床だけじゃなく、壁や天井までが完全に固められた土。そして入り口らしきところに申し訳程度に扉がはめ込まれていて、明らかに横穴を無理矢理掘って造りましたって感じがする。
そして宿の部屋より多少狭い空間に、ボクとイスリアを含めて八人の人間が押し込まれていた。まあ確かにさらって来たのがボクだけなんて保証はないよね。うん、この状況はある程度予想してた。
それにしても……子供や女の人がほとんどで一人だけ浮浪者みたいな身なりの人がいるけど、誰も彼もが薄汚れていて虚ろな視線を彷徨わせているから大差ないというかなんというか……ホントさらってきた相手の待遇悪いなぁ。仮にも商品でしょ?
「――ここにいるのって、みんなさらわれてきた人たち?」
「たぶんね。あたしも数日前に連れてこられたところだからはっきりとは言えないんだけど。ちなみにあなたが初めての後輩になるわね」
冗談めかした最後の一言に思わず笑みが浮かんだ。さらわれてきて明日も知れない身だっていうのにそんな風に言えるなんて、このお姉さんなかなかたくましい人らしい。
そしてそのイスリアはというと、笑ったボクを見てなぜか驚いた様子を見せた。
「……あなた、なんだかずいぶんと余裕そうね。さらわれてきたって自覚あるの?」
「問答無用で殴られて縛られてこんなとこまで運ばれて、それで歓迎会を開いてもらえるって思えるほど馬鹿じゃないよ。イスリアお姉さんこそ、ものすごく落ち着いて見えるけど?」
「イスリアでいいわよ。あたしは仕事の関係で荒っぽい人達には慣れてるからね。前に『万が一誘拐された時にできること』って聞かされたこともあるし」
「いやそれどんな職場?」
そんなピンポイントすぎる知識が必要な仕事がまったく思い浮かばない。
「そんなことよりも――」
やや強引に話題を変えて、イスリアはひたとボクを真剣な面持ちで見据えた。
「ウル、あなた体力に自信ある?」
「あるけど?」
潜められた声に応じて小声で返事しつつもいきなりそんなことを聞かれた疑問に首をかしげる。
そうしたらイスリアはボクを見たままなにやら葛藤していたかと思うと、やがて何か覚悟を決めたような表情で口を開いた。
「いい、よく聞いて。これからあなたの縄を解くわ。そうしたらあたしが何とかしてあいつらの気を引くから、あなたはその間にここから逃げて衛兵に知らせてきてほしいの」
思っても見なかった提案に目を丸くしていると、イスリアは切迫した様子でまくし立ててくる。
「あなたみたいな子に頼めるようなことじゃないってわかってるわ。でもあたし達にはあまり時間がないの。あいつら『儀式』は四日後とか言ってたわ。あたしも脱出しようとしたけど失敗してこんな有様だし、『贄は八人』とか言ってたからもうあなたが最後の希望なの! どうかお願い、協力して!」
そう言って頭を下げるイスリア。あーなるほど、他の被害者は普通に縄で縛られてるだけなのになんでイスリアだけわざわざ鍵付きの鎖で拘束してるのか不思議だったけど、すでに前科ありだったわけか。そりゃ厳重にもなるよね。痣とか怪我もその時のかな?
……いやまあ、それはわりとどうでもいいんだ。それより今の言葉に聞き流せないワードが混じってたことの方が重要だ。はい、意味はないけど深呼吸。一旦気持ちを落ち着けて――
「……イスリア、今、『儀式』とか『贄』言わなかった?」
「ええ、あいつらがそう言う話をしてるのを何度か聞いたの。こういう時は『可能な限り情報を集めろ』って教わったから」
顔を上げたイスリアは冗談を言ってるようには見えなかった。
「ちなみにさ、他に似たような話とか聞かなかった?」
「似たような話? そうね……『遣い』のお方が『導師様』から伝言がどうのだとか、あと何回かの『儀式』で『降臨』されるとかなんとか」
眉間に皺を寄せて記憶をたぐるイスリアの口から危ないワードがどんどん出てくることで。うん、もうこれ確定でいいんじゃないかな?
「……ねえ、これってひょっとしなくても単なる誘拐とか人身売買とかの組織じゃなくて、『異教』とか『邪教』とかそんな感じのやつなの?」
「……たぶん、そうなんだと思うわ」
最終確認の意味を込めて尋ねれば、イスリアは沈痛な表情で肯定した。
うわぁマジかー。これはちょっと予想外だ。どうしよっかなこれ。
……いや、どうするもこうするも放っておいたら百害あって一利なしなのは結局変わらない。壊滅させる方向に一切の変更はなしだ。
ただ、同時にこういうのは単純に乗り込んで暴れればいいって話でもない。根絶やしにするにはいろいろ予定を変える必要がある。
「……それで、どう? 一か八かになるけど協力してくれる?」
黙り込んでこのあとのことをあれこれと考えていると、たまりかねたように聞いてくるイスリア。一見落ち着いているように見えるけど、その目には必死さがにじみ出ていた。そりゃそうだよね、このまま座して待ってもさっきの危険ワードからしてろくな目に遭うとは思えないから必死にもなる。
……うん、こっちとしても第二段階は無事完了してるんだ。あとはタイミングの問題だけで、もしイスリアがいれば手順を繰り上げることができるかもしれない。
「ねえイスリア、それよりボクに十中八九成功する作戦があるんだけど、それに協力してくれないかな?」
逆にそう提案すると虚を突かれたようにポカンとするイスリア。けどすぐに我に返ると真剣な目つきでボクを見る。
「その話、信じてもいいの?」
「無理にとは言わないよ。協力してくれたら少し効率が良くなる程度だし。ただ、どっちにせよイスリアやここに捕まってる人たちは絶対に助け出すよ。ボクの名前に掛けて」
疑うような、それでいて縋るような眼差しを真っ直ぐに見返しながらそう宣言した。
そのまま見つめ合うことしばらく、イスリアは大きく息を吐いた。
「――わかった。ウル、あなたに協力するわ」
「ありがとう」
さて、そうと決まればさっそく打ち合わせだ。
あ、でもそうなるとマキナ族の特性とかある程度話す必要が……まあこの際だしいつかは広まることだし、しかたないよね?




