襲来
わりと大音量のそれには当然この場にいる全員が気付いたようだけど、その中でもラウェーナはどこか遠くを見るような目をしたかと思うと、露骨に不機嫌そうにムッと眉を寄せて顔をしかめた。
「またあいつらが来た……」
「あいつら?」
「生きてないのにがしゃがしゃ動くやつら。最近、依り代がある所に何度も来るんだ」
「……ひょっとして魔導体のこと?」
「そうそれ」
どうやら神霊様にとってこの世界の最先端技術の塊は馴染みの薄い物らしい。それにしても野生がいるはずのない魔導体が定期的に襲撃してくるとか、どう考えても組織立って襲撃してるようにしか思えないんだけど?
「このところ気を付けてるのに、いつもいきなり。どこの場所も、急に出てきていつの間にかいなくなる」
「待って、『どこの場所』もって、この町以外にも来るってこと?」
「うん。私の依り代があるから、急いで駆けつけて何とか追い返してもらってるけど」
「外壁が修復中だった理由ってそれかよ」
「襲撃があったなら組合から注意喚起があるはずなのに……」
納得したり首を傾げたりする仲間達が詳しく聞いたら、どうもロブランみたいにラウェーナ本人が行き来しやすい土地が大陸中にあって、教会の勢力圏なら大体拠点になってるらしいけど、そこへの魔導体の襲撃が三月ほど前から頻発しているとのこと。さすがに同時多発ってことはないみたいだけど、普通に移動するには無理のある距離と期間があるようだ。それこそ空間を繋げでもしないと辻褄が合わないレベル。うん、いろいろと心当たりのある情報だなー。
「もう来てるから、私も皆を助けに行かないと」
「えっと、ラウェーナ、様? 良ければおれ達も力になるよ」
「ちょ、リクス!?」
そんな感じで聞いた情報を整理してると、そんなことを言い出したリクスに思わず目を剥いた。元々英雄願望があるのは知ってたけど、依頼でもないのにまだ万全とは言い難い状態で自分から戦場に飛び込もうなんてさすがに言わないだろうって思ってたのに!
「ウル、おれ達なら大丈夫だよ」
「そうだぜ心配性。今ならもれなく生まれ変わった俺さままで付いてるんだからな!」
だから思いとどまらせようと思ったけど、出鼻をくじくかのようにまっすぐな目でそんなことを言われたら、『無茶だよ!』なんて言葉は飲み込むしかない。だってそうでしょ、まさに今の状況に対してだけじゃなくて、ボクがラウェーナからの依頼を躊躇った理由まで見透かした上での宣言だってしか思えないんだから。
庶民気質で推しに弱い、その上色々大変な目に合ってるけど、なんだかんだでリクスも戦う男だ。危険だからで止めようものなら仲間に対する不信を加えた侮辱だし、唯一止められそうな幼馴染も乗り気とあっちゃ、これ以上ボクがリクスの意志を変えられる手段が見当たらない。
そんなボクの肩にポンと手を載せる感触。振り返ればシェリアがいつもより真剣みを感じる表情で見つめていた。
「私もいるわ。今度こそへまはしない」
やっぱりあの時のことは彼女なりにも思うところはあったらしい。そう感じさせる覚悟を込めた言葉にため息を一つ吐くと、ボクもボクで覚悟を決めることにした。
「ラウェーナ、いくつか聞きたいことがあるんだけど、ちょっとだけいいかな?」
「何かな?」
「当たり前のことを聞くかもしれないけどさ、ラウェーナは『悪魔』の存在が許せないわけだよね?」
「うん。あれは世界の害悪、悲しい存在だからこそいちゃいけない」
「じゃあ悪魔的に神霊の存在ってどうなるの?」
「……わからないけど、絶対嫌われてる。会ったことのあるやつは全部そうだった。だからそれだけは絶対」
まあそりゃ世界憎しの権化からしたら、みんな大好き博愛主義者なんて生理的嫌悪を催しても仕方ないだろうしね。あの時も分け身とはいえ明確に敵対してたし、あの盟主って呼ばれた悪魔が邪魔者として排除に動いてもおかしくはない。たぶん、この一連の襲撃も盟主の一手なんだろう。どこからともなく戦力を送り込んでくるとか、手口がオーラル異常発生襲撃事件を連想させてくれる。
「じゃあさ、ひょっとしたらの上にうまくいけばだけど、あの時の『悪魔』の居場所をある程度絞り込めるかもしれないから、ちょっと協力してくれない?」
「依頼を受けてくれるんだね? できることならいいよ」
「報酬についてはまた後でゆっくり話そうか。でさ、ラウェーナは慈護者の持つ霊印を目印にして魔法を使えるんだよね?」
「そうだよ」
その辺の詳しい理屈はわからないけど、肝心なのはラウェーナが遠隔で魔法を使う手段を持っていると言うこと。そこに何らかのつながりが発生しているなら――
「霊印越しに使った魔法の位置とか、霊印のある場所そのものとかを感じ取ることってできる?」
「……うん、できるよ」
ボクの問いかけにできるかどうかを考えたのか、少し間を置いてから帰ってきたのは力強い肯定。よっし、それなら話は早い!
「その霊印、今すぐもらえるかな?」
「わかった」
そう言ってラウェーナがふわりと移動したのは、背後に鎮座していた巨大魔晶石の前。その手をかざした部分に魔力が集まったかと思うとあっさり分離した。そのままいくつもの魔導回路を虚空に走らせて少し。
「――これなら、どこにあっても場所がわかるよ」
差し出されたのは一見何の変哲もないように見える結晶体。だけど本人の言葉を信じるなら、神霊様だけが使える高性能発信機のはずだ。まさかこの場で作り上げるっていうのは予想外だったけど、さすが魔法を自由自在に扱う神霊、魔導式じゃ色々組み込まなきゃ実現困難な物を短時間でシンプルに作ってくれる! 調べれば色々応用できそうだからいつか解析したいなー。
「ありがとう。じゃあちょっと撃退ついでに仕込めそうなら仕込んでおくよ。報酬は弾んでね」
ボクたちが駆けつけた時には、かなりの激戦模様になっていた。と言っても雰囲気としてはバチバチに殴り合ってるんじゃなくて、一言で表すなら『攻城戦』って感じかな。
城壁の前、一定の距離を開けて二列の隊伍を組んでいる魔導体がざっと五十体。そいつらが外壁めがけて間断なく砲撃を敢行している。その外見はそろって見覚えのある邪教シリーズ。この時点で連中の仕業ってことは確定だね。
対するロブラン側は、外壁の上で精一杯魔力障壁を張って攻撃を防いでいる状態だ。あの邪教シリーズの凶悪な砲撃を問題なく防いでいる防御担当はそろって慈護者のようで、魔導式の『障壁』よりもかなり上等なところはさすがの神霊式ってところだろうか。ただ、さすがに永続はムリなようで、張り直しの隙を突かれて少しずつ被害は大きくなっていってる様子だ。
とはいえアレを相手にして短時間でも人力だけで持ちこたえるとか。さすがは守りに定評のある神霊式だね。教会の一大拠点ってこともあって慈護者の数が多いようだけど、並の町なら余裕で落とせるような戦力相手になかなかできることじゃないよ。
そしてこの場に駆けつけたのは『暁の誓い』だけじゃない。
「みんな、お疲れ様。ここからは私が守るよ」
「ラウェーナ様!」
一緒にやってきたラウェーナが必死の形相で魔力障壁を展開していた慈護者の皆さんに声をかければ、歓喜と安堵の歓声が巻き起こった。そして次の瞬間、これまで張られていたのよりもずっと強力な魔力障壁があっという間に張り巡らされた。それも戦場になってる辺りだけじゃなく、ロブラン全体をドーム状に覆ってしまっている。なんというか、もうスケールが違い過ぎるね。さすがは神霊様。
「これなら別方向から奇襲があっても、しばらくは余裕で持ちこたえられそうだね」
「怖いこと言わないでくれよ、ウル……」
「いや、戦法としちゃ理に適ってるだろ。派手に騒いで相手を引き付けてるうちに横合いを衝くとか定石だぜ?」
「え、だったらそれってまずいんじゃないか?」
「だから町全体を覆ったんだろ。いくら何でも神霊の張った防御を簡単に突破できやしないから、その間に駆けつけるなり叩き潰すなりすればいい」
「……できるなら、ね」
「普通なら厳しいだろうけど、今回はボクがいるからね。大船に乗ったつもりでいてよ」
一応範囲優先の『探査』で町の近辺を走査したけど、それらしい反応は今目の前にいるだけだったから今のところは大丈夫だと思う。連中、空間つを繋げる魔導器を持ってるみたいだから確実じゃないけどね。だからこそ、さっさとやることやっちゃおう。
「いつもはどうやって撃退してるの? さすがに守るだけで大人しく帰ってはくれないでしょ」
「その場所の騎士団の人達に協力してやっつけてもらってる」
なるほど、門の内側で騎士の人たちがじっと耐え忍ぶ顔をしていたのはそのためか。まあ迂闊にあの砲撃の中へ突っ込んで行ったら被害甚大間違いなしだから、カリスマ防御担当のラウェーナが出張ってくるまで待機は当然すぎる判断だろう。
「でも、できるだけ力を使って守っても、誰も傷つかないっていうのはできないんだ……」
「安心して。救いをもたらす者がこの身の誓いに基づき、今日ここでこれ以上傷つく人間は出さないし、出させないから――機人誓約」
悲し気に目を伏せるラウェーナにそう宣言してから仲間たちを振り返る。
「“我は我が身に課されし願いの元、危難に『全力』を以て当たるを必要と判断す。我が登録者に問う。我が判断を承認するや?”」
「「「承認する!」」」
なんかもう手慣れた感が出始めたマキナ族が『全力』を出すための儀式。できればこういうのに慣れるようなことはない方がよかったんだけど、そうも言ってられないのが世の中だよね。
「出力変更・戦術水準――呼出・虚空格納、武装拡張・機人装備、武装変更・壊戦士、銃剣士、魔法士」
外れた枷を意識しながら一気に魔素反応炉の出力を上げて、マキナ族の戦装束を身に纏い、お馴染みのレインラースとデイホープ、新調したてのルナワイズを装備。横で見ていたラウェーナが驚いたように目を瞬かせたのをしり目に要望を伝えた。
「いつもは騎士団に力を使ってたなら、シェリアにも同じのをお願いできるかな?」
「うん、いいよ。そっちの子は?」
「悪いけど、左腕がボクと似たような感じだからさ。前にそれでうまく動かせなくなってたから、同じようにしたらたぶん不具合が出ると思うんだ」
「代わりと言っちゃなんだが、俺が親身になって補助してやるから心配すんな! まあさすがに神霊様には及ばないだろうがな」
「ああ、頼りにしてるよ、ケレン」
そういうことでラウェーナはシェリアだけだけど、しっかりとバフをかけてくれた。いつかのジュダスたちみたいに魔力の光を纏ったシェリアだったけど、具合を確かめた時に珍しく「……体が軽い」なんて驚いたように漏らしたところから見て、かなりの強化率になったらしい。さすがは神霊様直々のバフ。
そうして準備を整えたボクたちはいったん門の内側で待機している騎士団に合流して、先行して敵を切り崩すから頃合いを見て打って出てほしいことを伝えた。強力な戦闘用魔導体相手に若手の臨険士だけを突っ込ませるわけにはいかないってちょっと渋られはしたけど、ラウェーナからお墨付きをもらえたおかげでその辺はなんとかクリアできた。よし、じゃあちゃちゃっと蹴散らしてきますか!
「離れないでよ、リクス、シェリア!」
「ええ」
「ああ、わかった!」
「心配すんな、俺がついてるぜ!」
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