聖堂
レイベアを出発してから六日。ボクたちは乗合馬車に揺られてロブランにやってきた。僻地の町って話だったからもっとかかるかと思ってたんだけど、レイベアにおけるラウェーナ神霊教会の本拠地ってことで、かなり深い森の中なのに結構しっかりした交通網が敷かれてたね。
ちなみにロックたちは採取場所の最寄りの町で別れているから、今はいつものメンバーだけだ。あと、組合や出張所がある所では依頼を見たけど、ちょうどいいのはなかったよ。
それでとりあえず田舎町ってことで、のどかな風景に神殿っぽいのが建ってるのを想像してたんだけど……。
「……なんか、思ってたのと違う?」
「いや、ウル。これは違うって言うよりも――」
「……何かあったわね」
「こりゃいかにも復興中ってところだな、おい」
街の外にある停留所で乗合馬車から降りたボクたちを待ち構えていたのは、石造りの立派な外壁と質素だけどその分頑丈そうな年季の入った門。これだけでとりあえずボクが思ってた『田舎の町』とは違うってことがよくわかる。少なくとも隔てる物のない町の回りに畑がいっぱいって感じじゃなかったよ。
そこはボクの勝手なイメージだけど、リクスたちが指摘したのはたぶん、その外壁があちこち崩れてたり何かの汚れがこびりついてたりして、その周囲に足場が組まれて職人の人たちが作業中ってところだろうね。老朽化して崩れたところの修理って可能性もあるかもしれないけど、だとしたらあんな風に大きな力でぶん殴られたみたいな崩れ方が点在してるわけないだろうし。
極めつけが町に入る時に結構ガチの検問があったこと。なんていうか、前の世界風に言うならまさに『テロがあった直後の物々しさ』だったよ。そのせいで前後して街に入る人たちまでめちゃくちゃ不安そうだった。
「ひょっとして、今回の指名依頼と何か関係が……」
「いや、さすがにないだろうよ。依頼自体は三月も前のやつだぜ? 被害の具合と復旧具合から見て、どんなに長くても一月経ってないだろうな」
そんなリクスとケレン(格納中)の声を聞きつつ外壁の中を見回した。補修中とはいえ立派な外壁があるんだからレイベアみたいな町並みが広がってるんだと思ったんだけど、のどかと言うかなんというか……うん、どっちかって言うと当初想定してた田舎の町か、下手したら村って感じ。建物同士の間隔が広い上に、空いてるところは大体道か畑っていうね。野良仕事に精を出してるのは地元の人たちかな? あ、こっちに気づいて手振ってくれた。振り返しておこっと。
「なんか……大きな村に外壁だけくっつけたって感じだね?」
「そんな感じね」
何とはなしにシェリアと第一印象について話しながらも、当初の目的である大聖堂を目指して歩いて行く。一応門に詰めてた衛兵の人に場所は聞いていたけど、中に入ったら自然と目に入る唯一の大型建造物だったから、その必要もなかっただろう。というか返ってきた答えも「入ってまっすぐ行けばわかる」って大概なアバウトさだった。
神霊様のおわす大聖堂ってことで石造りの教会みたいなのを想像してたけど、遠目に見た感じでもマキナアイには大部分が木造っていうのはわかる。というか一階層が高い三階建てなのに一階部分の壁がほとんどないから中が筒抜けで、そこから見えるのが立ち並ぶ木々っていう……聖、堂?
「ねえ、大聖堂ってああいうのが普通なの?」
「ん? ウルお前、ラウェーナ神霊教会の聖堂って見たことなかったのか? レイベアにもあったぜ」
「まあ、支局だったからあんなに大きくはなかったけどね。普段ならあんまり通らない場所にあったし、ウルが気付いてなくても仕方ないんじゃないかな?」
「そうだったんだ……シェリアも見たことあるの?」
「一応は」
近づくほどにイメージとの違いが気になったから仲間に聞いてみたけど、反応からしてこっちじゃ普通っぽい。ていうかやっぱりレイベアにも支部っぽいのあったんだ。なんでわざわざ遠い別の場所に呼び出したんだろう?
そんな疑問を抱きながらも建物の前までやってきたボクたちは、ちょうどそこに通りかかった神官っぽい恰好の人に取次ぎを頼んだ。そしたら話が通っていたらしく、一瞬驚かれたけど「お待ちしてました」とニッコリ笑顔で中へ案内された。そしてそのまま建物の中の木立へ直行。うん、わざわざここだけ残して囲ってあるんだから、特別なんだってことくらいは予想してたよ。
そんな木立――というか林レベルの木々の間を縫うように敷かれた道を進むこと少し。広場のように開けた場所にたどり着いたボクたちは、思わず感嘆の声を上げていた。
「うわ、でっか!?」
「すごいな……」
「まさかこれ全部天然なのか!? そりゃこんな僻地にありがたがって本拠地建てるわけだよ……」
「……」
庶民の家なら一軒くらい建てられそうなスペースの中心に鎮座していたのは、うっすらと虹色のきらめきを纏う半透明な大岩。原材料として見慣れているから、それが様々な魔導器の基盤に使われている魔晶石だってことはわかった。ただ、大人が十人くらい手を繋いでやっと囲めるくらい大きな天然石なんて初めて見たよ。しかもそれ、よく見れば地面の下にも続いているようで、つまりは地表に見えている分が氷山の一角かもしれないレベルとか。なんか周囲が祭壇みたいに整えられてるんだけど、ぶっちゃけ質素だから巨大魔晶石のインパクトのせいでほぼ印象に残らないね。
「謹みて奉る。請われ招きし待ち人来たれり。かの者朋友と共に在りて、共に臨まんとす。御身の望むままに語り交わり給え」
そんな中でここまで案内してくれた神官の人が巨大魔晶石に近づいて口上を述べると、一拍を置いて虹色の輝きがぶわりと広がった。そしてちょうど祭壇の上で人の背丈くらいの楕円を形作ったかと思うと、そこからにじみ出るようにしてボクたちの前に人影が姿を現す。
そこに現れたのは見覚えのある中性的な人型を取った魔力生命体の極致、神霊ラウェーナご本人だった。前は若干透けてたけど、今回はケレンみたくしっかりと質感を持っていらっしゃるようで。おっと、ボクを認めてニコって感じで笑ってくれた。どうやらしっかりと覚えてくれているらしい。まあそうでもなきゃわざわざ招聘依頼なんてしないだろうけどね。
ここでおさらいしておくと、『神霊』っていうのは魔力生命体の中でも『精霊体』――正の感情に起因する思念体の最上位だ。ぶっちゃけて言えば『世界が好きすぎて、逆にそれが未練になった幽霊』の極致ってこと。
具体的にはもう少し発生条件が重ならないといけないけど、どちらにせよそんな奇特な感情を抱いたまま死ねる聖人君子はごく稀で、その証拠に下位にあたる『妖精』は動物を模るタイプがほとんどだし、『聖霊』も純粋な人型っていうのは今のところ確認されていない。本能が強い動物の方が純粋に世界を好いているっていうのは皮肉が利いてるかもね。
けれど、知性と善性を持ったまま魔力の塊に転生した存在が持つ力はすさまじいの一言。なにせ真摯に助けを求めたらどこからともなく現れて、癒しや守りを施してくれるのだから、そりゃもう神様のごとく崇められてしかるべきだろう。
なので何百年も前に神霊が現れて以降、この世界では圧倒的な現世利益をもたらしてくれる神霊を奉る、ラウェーナ神霊教会が宗教として圧倒的な勢力を誇っている。そりゃ誰だって祈りが届いてるかもわからない不確かな神様より、確かに助けてもらえる神霊様の方をありがたがるよね。
ちなみに『精霊体』だの『聖霊』だのといった魔力生命体の分類が確立されたのは、ラウェーナ神霊教会の前身が発足してからずっと後のことだったらしい。当時は教会のお偉いさんから猛反発があったって記録に残ってたけど、それもすぐに収まったようだ。その理由がなかなか秀逸で、『神様に否定してもらおうと発表内容を陳情したところ、よりにもよって神様本人がしっくりくると納得したから』だそうだ。
ついでに神霊が出現するようになった時期から逆算して文献の中から該当しそうな聖人君子の名前を探したところ、ドンピシャで『ラウェーナ』っていう生涯を施しに費やした変わり者の魔法使いがいて、本人に確認してみると『とても懐かしい感じがする』なんて感想が返ってきたもんだからほぼ確定となり、それ以降ラウェーナ神霊教会に名前を変えたらしい。この辺は神様と直接対話できるからこその面白い出来事だね。
それはそれとして思ってた以上にサラッと登場してくれたけど、宗教的にはご本尊のご降臨ってことになる。だから何か段取りとかあるんじゃないかと思って案内してくれた神官の人に視線を送ってみたけど、特に何をするでもなく一歩下がると、そのまま脇で控えてニコニコ笑顔を浮かべている。これはもう普通に話していい感じなのかな?
「えーっと……久しぶり、でいいのかな?」
さすがに前の世界の知識にも神様ご登場の時にどうすればいいかなんてなかったから、とりあえず知り合いと話す気持ちで声をかけてみた。少なくとも対話ができる知性は持ち合わせているはずだから、何かまずったらごめんなさいすればいいや。
それが功を奏したのかどうか、とりあえず神霊様は嬉しそうにしながら口を開いた。ただし何か言ってはいるみたいだけど、あの時と同じように口元がパクパク動いてるだけで、なぜか言葉の類がボクには認識できない。
「……リクス、何言ってるかわかる?」
「え? 何って、ウルに会えて嬉しいって言ってるじゃないか」
「なんでだかわからないけど、どうもボクには聞こえないみたいなんだよねぇ……」
「えぇ……?」
「……シェリアも聞こえてる?」
「聞こえてるわ」
もしやと思ってリクスに聞いてみれば、キョトンとした顔からそう返事があった。シェリアも同様のようで、念のため神官の人にも確認してみたら普通に聞こえてるらしい。そしてボクたちのやり取りを聞いていた神霊様ご本人も困り顔だ。そりゃまあ、話がしたくて呼んだ相手と肝心の対話ができないとなればそうなるだろう。
特に対策を考えてなかったらしいのを鑑みれば、いつもなら誰とでも話ができるんだろう。イルナばーちゃんの所にあった関連資料でも、神霊と話をするのに特別な手段が必要だなんてことは一言も書かれてなかったし。
だけど意外と言うかやっぱりと言うか、ボクと同じく困惑してるのが約一名。
「……その感じだと、何か喋ってるってことなんだよな、神霊様? 俺も何も聞こえないんだが」
姿を見せない状態でそんなことを言い出したのはケレン。仲間がいてちょっと安心したのは置いておくとして、せっかく考察材料が増えてくれたんだから、ここで少し原因について考えてみよう。
現状神霊の声が聞こえているのがリクスとシェリアに神官の人、聞こえてないのがボクとケレン。綺麗に生身かそうじゃないかで分かれてるから、主な原因はこれの可能性が高い。でも魔力生命体からの声って意味なら、ボクも邪霊や悪魔、それと一応ケレンの声はちゃんと聞こえてる。そこで神霊だけが除外される理由がわからない。考えられるとしたら聞こえたのは全部が不死体だから、精霊体がダメな可能性。相性の問題なのかな?
「神霊様。念のため聞きたいんだけど、ボクの声って聞こえてる?」
「――あ、ちゃんと聞こえてるって」
「ありがとね、リクス。じゃあケレンの――えーっと、そこからの声は聞こえてる?」
確認のために声をかけると、気を利かせたリクスが代わりに返事を伝えてくれた。次いでリクスの腰にぶら下がってるケレンを指さしながら聞いてみると、これも肯定が返ってきた。うーん、相性が悪いならこっちの声も届かなさそうなもんなんだけど。話し声に指向性を持たせるなんて器用な真似そうそうできないだろうから、一方からの影響のみ無効化されるなんてそういう仕組みでもなければ――
「あ……」
あったよ、そういえばその条件を満たすボクとケレンの共通点。
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