機霊
「……ケレン、さん? 死んだんじゃ……」
「ところがどっこい、ウルのおかげでこうしてピンピンしてるぜ!」
「その状態をピンピンしてるって言っていいのかなぁ……」
思わずと言った雰囲気でぼやきを漏らすリクスはガン無視で、原因として名前を挙げられたボクへ説明を求める視線が後輩ズ及びその他からいくつもぶっ刺さる。
「あー、ボクも詳しい理由を把握してるわけじゃないんだけど――」
ぶっちゃけその気持ちは痛いほどよくわかる。なにせボクも再会した時に死ぬほど驚かされたんだ。カラクリに到着してシェリアとリクスに合流したと思ったら、肩越しに死んだはずのケレンの声がして、振り返っても当然誰もいないのに、前を向きなおしたら影も形もなかった当人の変顔を至近距離で突き付けられた時は、わりと本気で心臓が止まるかと思った。いやこの程度で止まるような心臓は持ってないんだけど、ガチのホラー体験には機工の身体に生まれて初めて悲鳴を上げたもんだ。
で、色々話を聞いたり検証した結果として――
「わかりやすく言うと、『聖霊』になったっぽいんだよね、ケレン」
「え、聖霊って……精霊体の?」
「そう。もっとも、厳密には色々と違う気がするんだけど」
この世界には幽霊的な存在が確かな事実として存在している。それが魔力生命体とカテゴライズされるもので、それは大きく分けて『不死体』と『精霊体』と呼ばれる。
共通項としては『魔力に意志が宿った存在』ってことで、違いは種となる思念が持つ感情の方向性が正か負か。何かと因縁がある不死体は見てきた通りに負の方で、この前のオーラルの事件でヴィントが使役していたのが正の方の精霊体だ。
で、それらと比較して今のケレンはどうかと言うと……正直に言おう、『ケレンだ』としか言いようがないんだよね。
まず大きな違いとして、当人の意志がはっきりしている。本来の魔力生命体ならこれがまずありえないん話なんだ。不死体は例外なく核になる負の感情に囚われていて、逆に精霊体だと無垢な子供や友好的な動物に近い精神性をしているが、どちらにせよ相互の意思疎通は困難っていう研究結果がすでにある。要は妄執に囚われてるから話が通じないし、幼稚園未満の子供やペットレベルだから言い聞かせるのに骨が折れるって話。
なのにケレンは明確な自意識を持っているし、受け答えも生前とほぼ同じようにできている。ついでに趣味や嗜好に性格も幼馴染が太鼓判を押すレベルときた。この時点でこれまで定義されてる魔力生命体と大きく違う。
一応、意思疎通が可能な魔力生命体の記録がないわけじゃないけど、それは不死体なら『悪魔』で、精霊体なら『神霊』の両極だけ。一応どっちとも遭遇したことのあるボクから見ても、ケレンはそこまで極まってる感じはしない。
加えて、魔力生命体は神霊ですら以前の記憶をほぼほぼ持たないという調査結果があるのに対して、ケレンはどうやら生前の記憶をほぼ丸っと継承してるらしい。もしかしたらボクが工程のどこかで思い出インストールしちゃった可能性もあったけど、リクスが二人しか知らないエピソードをいくつも確認してくれたからそれもない。さすがに二人の子供の頃の話とか捏造するのは無理があるからね。
そしてもう一つの大きな違いが活動範囲だ。魔力生命体って前の世界で言う幽霊みたいな存在だけど、発生してしまえば意外と自由にあちこち移動できるのだ。地縛霊よろしく生まれた場所や特定の場所なんかに留まってる不死体や精霊体もいるけど、そういうのは執着や愛着があるから自らの意志で留まってるだけで、やろうと思えばいつでも場所を移せる。
それに対してケレンは、機魂器からおよそ六ピスカ以上離れると人の形を維持できなくなるようだった。どうやら核になっているらしい機魂器さえ移動させればそれに追従できるけど、自分で触ろうとしてもなぜかすり抜けるらしく、実質的に単独での移動は不可能ってことになる。
その代わりのように、さっきみたいに機魂器へ自分を構成する魔力を収容して、姿を見せずに発声なんて芸当ができるようだ。不死体や精霊体は本体になる魔力の塊を隠したり崩したりできないから、その辺も違うんだよね。
とりあえず魔力生命体には違いないようだけど、ここまで違いが大きかったらもはや別の存在だろうってことで、暫定的に『機霊』って新しいジャンルを生やしてみたけど、今のところ唯一の存在で今後も増える可能性がめちゃくちゃ低いから意味あるのかなって思ったり。
一応余裕ができてからマキナ族の有志を募って機魂器だけで活動できないか試したけど、今のところ成功例はなし。ケレンと同じパターンなら再現できるかもしれないけど、保証もないのに人死にが確定してる実験なんてできるわけもなく。解明しようにも現状じゃ本人を観察するしかないわけだ。
とりあえず、そんなわけわからない状態をいちいち説明するのも面倒だから、対外的には『特殊な感じに聖霊化した』で通すことが『暁の誓い』内で決まっていた。あとケレンの本体になる機魂器は、マキナ族と同等のプロテクトを施したうえで、二人たっての希望でリクスの腰装備として装着してある。
「とりあえず、聖霊になったからって特に変わりはないみたいだし、以前と同じように接したらいいと思うよ」
「おう、遠慮することないぞ、後輩達よ!」
そうざっくりとニューケレンの取り扱い方を伝えると、なぜか偉そうに胸を張る当人。まあ世界観的に精霊体ってわりと特別視されてるっぽいから、自慢に思うのは間違っちゃいないかな?
「……あのさ、ウル」
「なに、ベール?」
「あんたさ、その、死んだやつを聖霊にすることができるわけ?」
おおっとぉ、また答えにくいことを突っ込んできたね。さすがにそんな機能はないから『ノー』って言いたいけど、すぐ隣にケレンがいる現状じゃ嘘になるし、かといって確定でリザレクション――いや、この場合リンカーネーション? できるかどうかも判明してないわけだから『イエス』って断定もできない。
そして蘇生魔法がお伽噺なこのファンタジー世界、下手に類似手段があることを公言したら特大の面倒ごとになるのはボクにだって想像がつく。
「実例がいるから説得力ないかもしれないけど、たぶん誰でもはムリだと思うよ。ケレンはいろいろと偶然が重なった奇跡的な例外。最低限死ぬ瞬間にボクが居合わせて、その場に貴重な素材が大量にないとそもそも挑戦すらできないだろうからね。そもそも人の命がかかってるから軽々しくできないし、そんなこと仲間の緊急時以外にやる気はないよ」
だから正直なところをまっすぐに伝えた。前提条件は間違ってないだろうし、たぶんだけど魔力生命体の成立からして、本人や周りの強い意志とかが関係してそうだから、完全再現は極めて難しいと思うんだよね。
「――だから、ルカスはムリだね」
「!? い、いきなり何の話してるんだよっ!?」
「いや別に? ふと思ったことが口をついただけ」
「わ、わっけわかんねーな! ていうか誰だよルカスって!」
「こっちの話だよー」
だってベールから死者蘇生の話を振られたらそれを連想しないはずがないわけで。口ではああいってるけど、覿面に動揺してるところを見るとまさにそのこと考えてたんだろうね。ゴメンよちょっとでも期待させるようなことになっちゃって。
「まあそういうわけで、色々あったけど『暁の誓い』は大体いつも通りって感じかな」
「えーっと、心配かけたようですまないね。ウルの言う通り、おれ達はこれから以前みたいに臨険士として活動するよ」
「だな! お前らもなんかあったら、この新生『暁の誓い』に頼ってくれていいんだぜ?」
「……じゃあ、何か依頼を受けたのか、リクスさん?」
そんな感じで後輩たちにパーティ復活を伝えると、なんだか色々と言いたいこと聞きたいことを丸っと飲み込んだような顔を経て、どこか期待を含んだ様子で尋ねてくるロック。
「ああ、指名依頼が来ていてね。明日にでもロブランに向けて出発する予定さ」
「ロブラン……じゃ、じゃあさ、オレ達を荷物持ちに使ってくれないか?」
「え? いや、今回は移動が主だから、特に持ってもらいたい荷物もないんだけど……」
「そこを何とか!」
何はともあれいい機会だと思ったんだろう、何とか同行を許してもらおうと食い下がるロック。ベール以外はブロンズランクになっているってことだし、もう荷物持ちの必要もないと思うけど、よっぽどボクたちとお近づきになりたいようだ。だてにパーティ加入を望んだわけじゃないね。
リクスもリクスで、交流を約束していながら長期間音沙汰なしだった負い目が響いているのか、どうにも煮え切らない態度だ。まあリクスらしっちゃらしいよね。
「悪いけど、ボクたちは必要ない依頼をするつもりもないし、出すように頼むのもお門違いだと思うよ、ロック?」
でも依頼をするってことは、つまりは臨険士として何かしらの活躍を期待するってことだ。だからこそ荷物持ちでも少ないとはいえ対価を用意するし、面倒も見る。そこへ来て持ってもらいたい荷物もないのに依頼を出すなんて、色々違う気がするんだよね。
「だ、だけど――」
「ウルの言うとおりだぜ、後輩。俺らは『頼まれたから助ける』もんだ。そこを自分の都合で依頼をひねり出せなんて馬鹿な話じゃないか、だろ?」
「それは……」
リクスの代わりに二人がかりで正論を吐いたら、さすがにロックも言葉を飲み込んだ。どうも一気にいろいろ重なったせいで興奮してたように見えるね。理屈を聞かされたせいでちょっとは冷静になれたかな?
「あとなタウ、お前もお前で何やってんだよ」
「え、お、おいらっスか!?」
そんなロックを見てすぐ後ろでハラハラとしていたタウがホッとした顔になったけど、それがどうにもお気に召さなかったらしいケレンがそっちに矛先を向けた。
「お前こいつと仲間になったんだろ? なら明らかに暴走してるこいつを止めないでどうするよ」
「で、でも、おいらじゃロックは止められないっスよ!」
「いや身体張ってでも止めろよ。勝てない敵に突っ込もうとする時も同じこと言うのか? そのまま死ぬぞ」
「そ、その時はさすがに――」
「ばーか、いつもできないことが緊急時にできるかよ。それで自業自得とか考えるなら仲間やってる意味ないだろ。――おい、他人事みたいな顔してんなよ、ベールお前もだよ」
「……オレはまだ仲間じゃないだろ」
「ならなんでつるんでるんだよ。つーかそれ、臨時で組んだ奴にも言うつもりか? さすがにそれは臨険士舐めすぎだろ、お前」
「「……」」
「ケレン、さすがにいきなり言い過ぎだぞ」
「リクス、お前もこの程度で言い過ぎとか甘すぎるぜ? 今のうちに矯正しとかないと、その内取り返しのつかないことになるぞ。こいつらのことを考えるならなあなあで済ませようとすんなよ」
言葉でフルボッコにされた後輩ズ達が揃って沈黙した。さすがに見かねたリクスがケレンを嗜めるけど、当人は相棒にもダメ出しし始める始末。うーん、ケレンってこんなにアグレッシブだっけ? ある程度交流のある後輩と対峙するのは機霊になってから初だし、何か機霊化の影響かな?
「急に先輩しだしたね。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、親友を慕ってる後輩が馬鹿やってたら、目を覚まさせるのが人情だろ?」
「そうかもね。でも止める云々は言えた義理かな?」
「むしろだからだろうが。俺はとっくに一蓮托生って覚悟決めてたけど、付き合いの浅いこいつらにそこまで求めるのも酷だろ?」
なるほど、親しくなった相手なら案外世話焼きな面が出るのは前からだし、関係ないかもね。
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