帰国
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「――失礼します、お嬢様。お迎えが参りましたよ」
「わかりました、ウィニア。すぐに向かいます」
「よし、荷物はこれだけだよね? 持ってくよー」
「あ、お待ちくださいウル様、わたしも自分の分は――」
「いーからいーから」
どうやら公爵閣下たちが来たみたいなので、自分の分と、遠慮しようとするエリシェナの荷物まで担いで、だいぶ見慣れた寮の部屋を率先して出た。
オーラル学院に来てから早一月。留学は昨日の次点で終了して、今日は帰国するその日だ。依頼は二月じゃなかったかって? 確かにそうなんだけど、今回ばかりは事情が事情だ。
悪魔がトップにいる邪教徒集団なんて言う、世界に喧嘩売ろうと暗躍してる迷惑組織の存在が明るみになった今回。お偉いさんには国許で緊急対応しなきゃいけないことが山ほどできたようで、本来なら二ヵ月の予定だったところを必要最低限だけ済ませて短縮したらしい。そうなると、エリシェナの留学は公爵閣下が大陸大議会に出席するついでみたいなものだから、それに合わせられるのも仕方ない話ということになる。
「それにしても、不慮の事態とはいえ、お引き留めするような形になってしまい、本当に申し訳ありません、ウル様」
「元々そういう依頼だったかし、むしろ半分になっちゃったからね。エリシェナが気にすることじゃないよ」
廊下を進む中でそんなことを切り出したエリシェナだけど、ボクは手をヒラヒラ振りながら笑い飛ばしておいた。そう、大規模な襲撃の中で仲間が命を落とすなんて事態に直面してなお、ボクは短くなったとはいえ最後までエリシェナの依頼に従事していたわけだ。
実のところ、全部が終わってボクの口から事態を聞いたエリシェナからは、あの日のうちに依頼の取り下げを提案してきていたりした。そこにはきっと大切な仲間をなくし、わずかな可能性に賭けたボクへの配慮があったんだろう。冒険譚好きなだけあって、そういうところへ当たり前のように気を回してくれるのは純粋でいい子だよね。
だからボクはあえて断って護衛依頼を続けた。報酬は払ってくれるって言ってたけど、そういう問題じゃないんだよ。元々危険が隣り合わせな職業、その生き死には自業自得か運が悪かったかだ。仲間が死んだくらいで依頼破棄なんてしちゃ、それこそケレンに煽られること間違いなしだからね。
それに、ボクにやれることはあの時やり切った。結果が出るまでできることなんてないし、肝心のカラクリは無線魔伝機でとっくに連絡済みだから受け入れ態勢も万全のはず。マキナ族の総力を結集すれば後の対応も大丈夫だろう。一日も早く結果を知りたいって気持ちがないなんて言えないけど、それは依頼を放り出していい理由にはならないよね。
だから依頼契約の期間が残ってるボクと違ってフリーなリクスとシェリアは、オーラルが落ち着いた辺りでカラクリに向けて出発している。今回の交通手段は一般的な乗合馬車をメインにするって言ってたけど、邪教徒の襲撃からは二十日が過ぎてるし、道行が順調ならそろそろカラクリ最寄りの町に着く頃合いかな?
出迎えはコハクに頼んであるから問題なし。成り行きとはいえ、想い人との二人旅。リクスには是非ともを楽しんで――
「……さすがにそんな余裕はないかなぁ」
「どうかされましたか、ウル様?」
「んーん、何でもない」
首を傾げたエリシェナに首を振ってみせながら、不謹慎すぎる考えを振り払う。いやでも、あの後のリクスの落ち込み具合が半端じゃなかったから、二人旅がせめてもの癒しにはなっていて欲しいなって想いはあるんだよね。
その間、ボクはボクでキャンパスライフを満喫――できてたらよかったんだけどね……さすがに仲間が一人いなくなった直後でのんきに楽しむなんてできやしない。そつなくいち学生として過ごしていても、ふとした拍子にあの時のことが思い出されてモヤモヤが胸にわだかまる。仲間を奪っただけでなく、楽しみにしてた学生生活にまで影を落とすとか、マジで邪教徒許すまじ。
まあ、多少は胸のすくこともあったんだけど。実は途中、オーラルのあちこちで邪教徒の一斉摘発があってさ。国の重要機関に潜伏してた邪教徒がかなり捕まったみたいだった。
ビックリなのがオブリビアン寮の寮監だったグリンディアさんが隠れ邪教徒だったこと。考えてもみれば、確かに寮監の協力があるなら例の爆弾も簡単に仕掛けられるよね。
それでも聞いたときはまさかって思ったけど、なぜか公爵閣下の要請で捕縛に来た騎士団に同行してたから、事の顛末は見聞きしていた。騎士の人の詰問をあっさりと認めて、淡々と連行されて行ったんだよね。なんか亡国の貴族の末裔がどうのこうのって言ってたけど、道連れ覚悟で何かしでかす可能性もあるって言われてたボクとしては拍子抜けするレベルだった。
そのほかにも何人か講師や職員、学生までもがしょっ引かれて行ったせいで数日の間はみんなピリピリして、あわや魔女狩り勃発かってくらいの雰囲気だったね。
だけどその間、オブリビアン寮所属の生徒が主体になってそういう雰囲気を払拭して行ったからら、気付いたら元通りになっていた。さすがは未来の指導者層、人心掌握は嗜みって感じなのかな? おかげで留学については一応平穏無事に終了を迎えることができたわけだね。
「やあ、エリシェナ嬢、ウル嬢。旅立つには良き日和だな」
そうして玄関ホールまでやってきたところで、待っていたのはフィリプスとリュミアーゼを主としたオブリビアン寮の住人たち。昨日の夕食で送別会を開いて盛大に別れを惜しんでくれたんだけど、帰国するのがちょうど休養日だったからわざわざ見送りに来てくれたらしい。
「本来の就学でさえ長いようで短いというのに、一月ともなれば瞬く間だったな。しかし、其方らと共に過ごす日々は彩の多い物でもあった」
「はい。わたしも今日までのことは、まるでアーレウの花を見るからのようでした。けれども、その雫がこの身に染みわたったことは間違いようがありません」
「であれば、わずかな時とは言え並び学んだ我らにとて喜ばしいことだ。国元へ戻った後も励んでほしい」
「もちろんです」
もはやイベント時の定番でフィリプスが別れの言葉を贈ると、入れ替わるように進み出てきたのはリュミアーゼ。なんだかんだで留学中はよくエリシェナと一緒にいたから、傍から見れば一番の仲良しなんじゃないだろうか。いや、貴族的にどうなのかはわかんないんだけど。
「今日までよく学ばれました、エリシェナ様。あなたと共に学べたことは、わたくしの生涯の宝となるでしょう」
「わたしも、リュミアーゼ様と過ごせた日々は得難い宝物のようです」
「またこの学院で――と申し上げたいところですが、わたくしも卒業を控える身です。国元へ戻ればお会いできる機会は稀となるでしょう。それだけが残念でなりません」
「いいえ、そんなことはございません、リュミアーゼ様」
本心なのかはたまた演技なのか、言葉通り寂しそうに目を伏せるリュミアーゼに対して、なぜかエリシェナはその言葉を否定する。
「いずれ遠くないうちに、またお会いできることでしょう」
もう見るからに確信を持っているとしか思えないレベルの断言に、束の間珍しく目を丸くしたリュミアーゼは、それこそ華が開くような笑顔を浮かべた。
「では、またお会いできる日を楽しみにしております」
そうして学友と次々に別れの言葉を交わしていくエリシェナを少し下がって見守っていると、さりげない動きでリュミアーゼが近寄ってきた。
「ウル様も、どうぞお元気で。この時に学院へいらして下さったこと、感謝の念に堪えません」
「えっと、大したことはしてませんけど、どういたしまして」
「つきましては旅の途中、もしアトライに立ち寄ることがあれば、どうぞわたくしをお尋ねくださいませ。かけがえのないお友達として、精一杯の歓迎をさせていただきますわ」
「えー、はい。その時はよろしくお願いしますね」
別れの挨拶に社交辞令かと思ったけど、それにしては明らかなくらい声に熱が入ってる。しかも挨拶はエリシェナが一手に引き受けてる中でわざわざボクにとか。なんだろ、昨日と比べてなんか明らかに友好度が一気に上がってる気がするんだけど。
内心首をかしげながらもお澄ましモードでで対応している間に、一通りの別れが済んだエリシェナに続いてオブリビアン寮を出たのだった。
そのあと寮を出たところで声をかけてきたのは、いろいろな講義を回ってるうちに仲良くなった学生たちだった。多くはエリシェナがお目当てみたいだけど、武芸科の学生は軒並みボクに別れを惜しんでくれる。この学院、ホントいい子たちが多いよね。そのまま健やかに学び育っていくんだよー。
ところでまだ護衛中だから『探査』は起動してるんだけど、少し離れたところに反応が一つあるんだよね。ちょうど立木の陰になる位置。気になるから人垣越しにそっちを見てみたら、樹の陰からちょろっと出てるトカゲのしっぽ。見送りの中にいないと思ったらそんなところにいたんだね、ネイルズ。まああんな性格だし、素直になれないお年頃ってヤツかな? 可愛いじゃん。
だからお見送りの子たちと離れ際、その辺に転がってた小石を蹴り上げてキャッチして、振り向くことなくその木めがけて投擲しておいた。きっと「ちゃんと気づいてるよ」ってメッセージは受け取ってもらえたと思う。
そうして迎えの魔導車に乗り込んだところでボクたちを待っていたのは公爵閣下。
「無事に留学を終えられたようで何よりだ。良き学びはあったか?」
「はい。得難いものを数多く得ることができました」
「うむ……すまぬな、エリシェナ」
「お気になさらないでください、お父様。十分すぎるほどです」
言葉少ないながらもそれで通じ合う親子のやり取りだ。どうも公爵閣下的には留学を短縮せざるを得なかったことが悔やまれるらしく、その表情はやや曇り気味に見える。けど、そんな父親にエリシェナは屈託のない笑顔で応えた。想定外に機関が短くなったとはいえ、その間めちゃくちゃ満喫してたのは大体隣にいたボクには丸わかりだったから、その言葉に嘘偽りはないだろう。
「ウル、貴様も大儀であった。大過はなかったであろうな?」
「もちろんです、閣下」
「ならばよい」
たぶん裏で指示された虫除けのことだろうなって思いながら、異常なしを報告しておく。そういうのは意外にもフィリプスくらいだったし、その関係だってしばらく見てたらエリシェナ的には親戚のお兄さんくらいの関係だっていうのはなんとなく察せれたから、裏任務の対象外でいいだろう。個人的にはもうちょっと恋愛イベントがあってもよかったのにとは思うけど。
そうして乗客のそれぞれが適当な場所に落ち着いたのを見計らって魔導車は動き出した。すぐそこにある窓から外を覗けば、飽きることなく手を振ってくれる見送りのみんな。それに手を振り返しているうちに、ここ一月を過ごした学び舎が離れて行く。
魔導車に揺られながら短すぎた学生生活を思い返せば、ファンタジー世界の学校でやってみたかったことも思ったよりやれてなかったことに気づいた。
「――エリシェナ、いつかまた留学することがあったら、その時はボクに護衛依頼出してくれるかな?」
「はい、もちろんです!」
自然に口をついたお願いにノータイムで快諾が返ってきたことに、モヤモヤが少し晴れた気分になった。うん、その時はどうにかしてリクスたちも巻き込んでやろう。きっともっと楽しい時間を過ごせそうだ。
これにて7章は終了です。ここまで来てやっと物語が動き出したようで……うわぁ、私の小説、展開が遅すぎ……?
ファンタジーの独自学園ものだとか副音声ありきの貴族風会話だとか、やりたいことついでに溜めていた設定なんかも我慢しきれず一斉放出しちゃいましたけど、そのせいで章の長さがいつもの倍くらいという結果に。おかげで最後の方はめちゃくちゃ失速してました。反省しきりです。だが後悔はしない!
次の章に関しては、定例の充電期間を経たのちに再開したいと思います。予定としては二、三ヵ月くらいのつもりです。ここまでお付き合いして下さってる皆様、どうか気長に待ってやってください。
最後にいつもの。良ければ評価・登録よろしくお願いします。感想など頂ければなお嬉しいです。