反撃
なんにせよ、これで一番切羽詰まってたのはどうにかなったと思われる。となれば次に何とかしないといけないものにとりかかろう。
「リクス、その左腕、どう?」
「……駄目なんだ、少しも動かせない。ココルが懸命に治してくれたんだけどね。たぶん、もう戦うことはできないかな」
念のため確認してみたけど、案の定というか答えながら力なく笑うリクス。達人なら片腕でも戦えるだろうけど、リクスはその領域には遠いしそもそも主武装が片手剣と盾のセット運用前提だ。ここからまた臨険士としてやっていけるくらいに戻ろうと思ったら、並大抵の努力じゃどうにもならないだろう。
だけどそんな常識はぶち壊すのがマキナ族クオリティ!
「それについてはやり様があるよ。キミがまだ臨険士を続けたいって言うなら、代わりの腕を用意してあげられる」
なんせマキナ族自体が全身機械仕掛けみたいなもんだ。イルナばーちゃんも当然のようにマキナボディを義肢転用する研究はしてたし、実際にあとは被検体待ちの段階だったはず。
……厳密に言うとボクを含めたマキナ族のみんなが身体をどうやって動かしてるのかって聞かれても「なんとなく」以上の答えを返せなくて、実際のどうやれば動かせるかの臨床研究をしないと次の段階に進めないからそこで止まってるわけだけど。
さすがに被験者を気軽に調達できるわけもなかったから不安が残るんだけど、一応理論上は実用可能なはずだから!
「それは――」
「ああ、返事はすぐでなくてもいいよ。これからの人生に関わってくるんだから、ゆっくり考えて。その間ボクは外の掃除をしてくるからさ」
「……わかったよ。必要ないかもしれないけど、気を付けて」
「うん、任せて」
そうしてリクスが考え込むように俯いたのを見て、沈黙を保っていたシェリアにスッと身を寄せると小声で話しかけた。
「シェリアは大丈夫?」
「――平気よ」
はいダウト。今ちょっと目を逸らしたでしょ? それでなくても抱えるの秘密のせいで他人を避けるけど、実は情が深いっていうことはもう知ってるんだからね。
でもまあ、そうやって強がれるくらいに余裕があるなら上々だよね。
「そっか。それならさ、リクスのそばにいてあげてくれる?」
「……どうして?」
「重い物事が立て続けだからね。きっとリクスも参ってる。だから気心の知れた相手が一人でもいてあげたほうがきっといいと思うからさ」
「……わかったわ」
よし、これで仲間内のあれこれはひとまず大丈夫かな。ならマキナ族として、今まさに直面してる絶望的な状況をぶっ飛ばしに行かないとね。
そうして振り返れば、この辺り一帯にいる人たちからガン見されていることに今更気づいた。まああれだけバカみたいな量の魔力を大盤振る舞いしてたらイヤでも注目されるか。
そんな中に一人、見覚えのある小柄な姿を見つけたからちょうどいいやと歩み寄る。
「ココルだっけ? 聞いたよ、キミが二人を癒してくれたんだって。ありがとう」
「……違う、助けられなかった」
ジュダスのパーティ所属とはいえ彼女個人にはそれほど思うこともなく、なら感謝の言葉は伝えるべきと思ったからだけれど、それに対して小柄な慈護者は首を振った。その少ない言葉尻からして、完全な治癒ができなかったことに悔いがあるらしい。
「もっと、ちゃんと、治せてたら――」
「でも、キミがいてくれたおかげでボクはギリギリのところで何とか間に合った」
だから自身の無力を責めるような物言いを遮る。そもそも神霊式って言っても突き詰めれば神霊が使うってだけで、魔導式の源流である魔法の亜種だ。例え奇跡に見えたとしても、限界があるのは誰もが知るところ。一定以上の重傷は完全治癒できないなんて常識も常識。
しかもケレンに至っては助かる見込みがなかったんだ。しかもいつだれが死人になってもおかしくない最前線。ちょっとでも理性的な人間なら、無駄なヒールはせずに温存するだろう。だとしてもきっと、リクスすら責めはしないだろう。彼らは誰もがそれを覚悟して戦っているんだから。
だけど、それをおして彼女はケレンの命を繋ぎ止めてくれたんだ。おかげでそこで死んでいたはずのケレンはボクが来るまで持ちこたえて、一か八かの賭けを受けることができた。
「だから、いくらでも伝えるよ。ありがとう、キミのおかげだ」
気持ち声を和らかくして心からの気持ちを伝えれば、口数の少ない慈護者はくしゃりと顔を歪ませて俯いた。うーん、なんだろう。こう……慰めてあげなくちゃってつい思ってしまうような健気さを感じるね。
ついちょうどいい位置にある頭を軽く撫でてあげながら改めて周りを見れば、目的の人物はすぐに見つかった。そこにいるのは周りの人間のように驚愕を浮かべるでもなく、ただ全てを見届けるとでも言いたげな微笑みを浮かべる年経たイウマ族。
「ヴィント、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな? 戦場は広いからさ、キミの『目』、少しの間貸してくれないかな?」
そう声をかければ、まるで待っていましたと言わんばかりに芝居がかった一礼。
「私の児戯が英傑のお役に立てるのであれば喜んで。代わりにと言っては分不相応ですが、その武勇を傍らにて観覧する栄誉を賜りたく」
えーっと、持って回った言い方だけど要するに――
「近くで見たいの? 危ないかもしれないよ?」
「私は『語り部』です。英傑の躍動をこそこの目に焼き付けるがこの身の使命。なればそこにこそ身命を賭す価値があるのです」
もしそうなったらそうさせるつもりはないけど一応認識を促せば、心底からの本気を感じさせる強い声。ライフワークのためなら命を懸けるって? いいね、そういうのは嫌いじゃないよ。
「さすがだねー。まあ、救いをもたらす者がこの身の誓いに基づき、この手が届くところにいる限り、キミには傷一つ付けさせないよ」
「そのお言葉、揺るがぬ大地がごとく頼もしさ。であれば、私が恐れるものはもはやありません」
オーケー本人から色よい返事も聞けたことだし、いっちょぶちかましてきますか!
やってきたのは街壁上の足場。眼下では臨険士と騎士団の混成部隊が動死体の大群と絶賛乱戦中だ。治療スペースを抜け出すまで周りの人たちが何か言いたげな視線をずっと向けてきてたけど、特に何も言われなかったんだから、今気にするのもおかしいだろう。
「聞いてはいたけど、ホントすごい大群だね。危険度低めとはいえ、どこからこれだけ用意してきたのか……」
「まったくですね。これほどの群れとなれば、異常発生をそのままに不死体へと変じたと言われても疑うことはないでしょう」
戦況を見てぼやくボクのすぐ隣に降り立ったヴィント。街の路面と一件の屋根を犠牲にして無理矢理跳び上がってきたボクと違い、明らかに不自然な空気の流れを纏って当たり前のように優雅な飛行をしてたよ。風の妖精か聖霊かな?
「妖精使い(フェアリーハンドラー)って言うんだっけ? 空まで飛べるなんてすごいね」
「そのように大仰な呼び方など。私は彼らと友であるというだけです。それに人を空に誘うのは彼らにも負担のようで、ここに飛び上がるくらいが精一杯です」
そっかー、無限飛行は無理かー。お手軽絨毯爆撃とかできたら楽しそうだったけど、ムリならさっぱり諦めよう。そもそもボクの重量を浮かばせられるかも怪しいところだしね。
「それじゃ、改めてその『目』を借りるね。戦場でも全部見渡せるんでしょ?」
「お望みとあらば力を惜しむつもりはありません。ですが、あなたであれば同様のことが可能な何らかの手段をお持ちなのでは?」
「まあ確かに持ってるけど、この状況だとちょっと不安があるからね」
もうデフォルト起動と言っても過言じゃない便利魔導式の『探査』だけど、あれ魔力を感知してる関係で、個々の区別は形状判別方式がメインだ。具体的に言うと人間と近い人型の魔物を区別するのって意外と苦手なんだよね。
今回は動死体の中にはその条件に当てはまるのがちょこちょこ見えるから、万が一でもフレンドリーファイアは避けたい。普段は目視も併用してるけど、これだけ敵味方が入り乱れてる乱戦だとそれも怪しい。精度を上げて魔力だけで判別って手もあるけど、代わりに範囲が犠牲になるし識別のためにロスが出るしで広域感知には向かない。
なので、戦場を見渡せるらしいヴィントにダブルチェックをお願いしたいわけだ。経緯を聞いてた感じだと精度の高い目視っぽいから、少なくとも人間と動死体を見分けられれば十分だ。
「だから味方がどの辺にいるか教えて欲しいんだ。頼めるかな?」
「その程度でしたらお安い御用です。ルーシェラ、お願いできますか?」
そんなヴィントの呼びかけに応えるようにして現れたのは……うん、なんだろう、一言で形容しがたい。胴体は人っぽいけど、頭は鳥でついでに両腕が翼で、でも脚は馬っぽいし尻尾は兎みたいな形。なんかいろんな動物の特徴をきれいにつないだ、無理やり言葉にするなら『幻獣』っぽい形をした魔力生命体。これが『聖霊』ってやつかな?
それは当たり前のように空中に浮かびながらクルリとヴィントの周りを一蹴したかと思うと、なんか気合を入れた後に白に近い魔力光を撒き散らした。ふむ、それが戦場の方に飛んで行って――うん? なんか乱戦のあちこちで昼間でもわかるくらいに光り出した?
「何したの、ヴィント?」
「私の俯瞰に加え、戦士の皆様がいずこで戦っているのかを一望できるよう、その頭上に光を灯しました」
つまりはマーキングしてくれたってこと? ホントだ、こっちの『探査』の識別でも光の下に誰かいるや。予想以上にいい仕事してくれるね!
「ありがとう! これなら思ってた以上にやりやすいよ。それじゃ、呼出・虚空格納、武装変更・殲滅士!」
そうしてこんな状況に最適の武装――サンダロアを召喚! 砲身を展開しつつ、いつもなら設置してぶっ放すヤツを右手一本で保持して街壁の縁に足をかけ、光のマーカーがある場所よりも奥を照準!
無尽蔵にも思える動死体の大群に強力な支援砲撃? オーケー、そっちがシンプルに絶望的な暴力を押し付けてくる気なら、こっちもそれを圧倒する理不尽で対抗だ! 数の暴力へのカウンターなら、やっぱり定番は怒涛の面制圧力だよね!
「機神の怒りを思い知れ!」
うん、仕方なかったこと割り切ったとはいえ、仲間があんなことになってお前たちに思うところがないわけないんだよ!! 滅びやがれぇっ!!
いつもなら一旦魔力を貯えないと撃てない超燃費高火力の魔導式も、『奥の手』状態の出力ならノンチャージで発射可能! だからこそ実現できるのは収束魔力放の連続放射! つまりは即死級マップ兵器乱れ撃ちぃ! 喰らえセルフ薙ぎ払えっ!
引き金を引くと同時にほとばしるのは極太の魔力ビーム! そのまま連続放射で溢れる魔力を端から注ぎ込みながらサンダロアを端から端へ振り回せば、軌道上にある何もかもが抗う暇もなく吹き飛ばされていく! はっはぁ! 見てよ、敵がゴミのようだ!
たっぷり二十秒くらい薙ぎ払いまくってから一旦止めると、戦場よりやや後方がだいぶさっぱりした。残ってるのは比較的大型だった動死体の残骸と擱座してる魔導体くらいかな? お、まだお替り来る? いらっしゃーい、そしてぶっ飛べ!
「呼出・虚空格納、武装変更・魔銃士!」
弾種を『爆裂』に変更して、バレット状の魔力弾を連射して懲りずに湧いてくる連中をあの世に叩き返しつつ、空いてる左手でナイトラフを召喚! あ、狙撃モードのまま放り込んでたっけ? まあ好都合だ。
こっちも弾種を『炸裂』に設定しながら、すぐ後ろで目を丸くしているヴィントに声をかける。
「ヴィント、窮地に陥ってる味方がいたら教えてくれる?」
「……委細承知しました。一目で知れるよう計らわせていただきます」
そんな返事があってしばらく、視界にチカチカと瞬く光が。見れば確かに乱戦状態だったから残った動死体に囲まれてピンチの人たち。ここまでよく頑張ったね、ご褒美に支援砲撃のプレゼントだよ!
連射したナイトラフの弾丸は、マキナ族がこの距離で外すはずもなく狙い通りの場所に着弾して、中型以上のヤツは四肢を吹き飛ばし、小型のヤツは木っ端微塵に。あとは戦いに身を置く戦士たち、さすがにそこまですればすぐにピンチを脱した。お、二人くらいこっちに向かって手を振ってくれた。ゴメン振り返してあげたいけど、今ちょっと両手塞がってるから勘弁してね。おっと、次はあっちか。
そのまま後続の動死体を押し留めつつ、マーカーに従ってピンチの所へ銃撃を叩き込んでいく。いやー、ヴィントがスポッターとして優秀過ぎるね。これ戦場に一人手練れのイウマ族がいたらガラリと変わるんじゃない? 問題は妖精に好かれるだけあってイウマ族自体が種族として戦いを好まないところかな。精霊体が絡む人なり種族なりってそういう傾向が強いよね、この世界。
「お?」
そんな感じで砲兵として敵を薙ぎ払っていると、これまで砲撃で耕した場所のさらに奥から砲撃が返ってきた。狙いはまさにボクのいるここ。パッと見でもなかなかの圧縮率な魔力弾だけど――こちとら格が違うんだよねぇ。
「呼出・重層結界!」
一言で展開した四重の『障壁』に着弾し、一層目すら破ることなく爆散。まあこれだけ定点から圧倒的火力をぶっ放し続けてたら、それを潰すために攻撃を加えるのは間違っちゃいないよね。
ところで狙撃の怖い所って知ってるかな?
一つ目は絶対先制ができるアドバンテージ。警戒していないところから致命の一撃を入れられるんだからそりゃ強いよ。二つ目は長距離攻撃ができるってこと。少なくともその距離で入れられる有効打があるんだから、適正距離まで詰められるまでは独壇場だ。
さて、ここで問題です。初撃が無効化されて位置バレして、こちらに相手以上の火力と長射程兵器がある場合のヘイトマックスな敵狙撃手の末路は? 正解はその身で味わってねぇ!
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なんか最近この一文入れるの忘れてた気がしますがきっと気のせいですよね。^^;