博打
「……は?」
いつもはニヒルを気取ってるケレンのハトが豆鉄砲食らったみたいな顔はおちょくり案件だけど、残念ながらそんな余裕のない今は必要なことを簡潔に伝えなきゃならない。
「ボクたちマキナ族は、機工の身体に魂を宿した種族。そしてその魂は魔導機工技匠、イルヴェアナ・シュルノームがその才能によって生み出した技術によって生み出されてる」
実際のところどうなってるのかは天才のみぞ知るところだけど、イルナばーちゃんが作った魔導器からボクを始めとしたマキナ族が生まれているのは事実だ。それを途中からとはいえ、最初のマキナ族としてずっと手伝ってきたボクはその過程を知っていて、かつ再現可能な装備と条件を満たせば十分な出力を出せる魔素反応炉を持っている。
ただし、問題はある――と言うか山積みだ。
「正式な設備はない、素材も限定的だし、時間も切羽詰まってる。そもそもできるのかどうかすら怪しいし、仮にうまくいったとしてもケレンがケレンのままな保証が全然ない」
新しく生まれるマキナ族だって、ガイウスおじさん家の玄関ホールを埋めるくらいの設備と潤沢な資材を費やして、その上で発生に半年以上をかけている。そうして生まれてくるのはまっさらで純真な子たちばかりで、誰それの生まれ変わりだなんて話はそぶりすらうかがえない。
でも、それでも可能性はゼロじゃない。
「髪の毛でもまだ太すぎるって言えるくらいに細い、分が悪いにもほどがある可能性だけど――」
唯一の実例として、ボクは確かにここにいる。イルナばーちゃんにも聞いてみたけど、そうなった条件は全く不明。ついでに言えば完全な転生じゃないって薄々感じてるけど、それでも仲間が生き延びる可能性があるのなら。
「ケレン、キミが許してくれるなら、ボクはもう一度キミと朝を迎えられる可能性に賭けたいんだ」
きっとまともな人ならただの悪あがきだって言うだろう。上等だよ、理不尽を更なる理不尽でぶち壊すのがマキナ族の存在理由。このわがままを通すためなら、死神の顔面だってぶん殴って粉砕してやる!!
「お願いだよ、ケレン。『生きたい』って言ってほしいんだ」
誰かが息をのむような音が聞こえた気がしたけど、ケレンに全部の意識を傾けているボクの意識には上らない。
「――分の悪い、賭けは……嫌いじゃ、ないぜ」
果たして、ケレンは真っ白な顔で無理やり皮肉気にゆがめて笑った。
「それ、に……リクス、だ、けじゃ……頼り、ないから、な……」
相変わらず素直じゃない物言いだけど、言質としては十分だ。
その意地の張り方にほんの少しだけ笑みを浮かべ、返事の代わりに必要な言葉を紡ぐ。
「“我は我が身に課されし願いの元、危難に『全力』を以て当たるを必要と判断す。我が登録者に問う。我が判断を承認するや?”」
ケレンを救うには、今の出力じゃ魔力が全然足りない。加えて言えば邪教徒が引き起こした人為的な異常発生が絶賛街を襲撃中だ。リミッターを外すには十分すぎる理由だろう。
「承認するわ」
「しょ、承認するよ!」
過去に二度、同じ宣誓を聞いていたシェリアとリクスは即座に反応してくれた。
「……承認、する、ぜ」
そしてケレンが言葉を絞り出してくれたことでリミッターは取り払われた。
「出力変更・戦術水準」
すかさず上げた出力により全身に溢れるほどの魔力が行き渡るのを確認して、ボクは自分の身体にそれ以上を求める。
「“我が身は力の化身、我が身は理不尽の権化。
ただただ強くと創り出され、この身に適うは打ち砕くのみ。
なれど託されしは守護の願い。抱きし意志は守護の想い。
ならばこの身この力、絶望砕く刃となろう。
悪意迫れば打ち砕き、闇が覆えば吹き払い、災厄すらも滅ぼそう。
我はここに宣誓す。我が身我が力我が魂の全てを以て、
遍くこの世に守護の兵器が誇りを示さん” ――出力変更・戦略水準」
本来は専用装備であるデウスの仕様を前提とした過剰すぎる魔力の奔流が、まるで機工の身体すら蝕むような感触。周囲にまで悪影響を及ぼしかねない状態だけど、無茶を通すなら最低でもこれくらいのものが必要だ。
魔力の準備は整った、次は材料だ。学院での襲撃からこっち、出しっぱなしだったルナワイズの、本に似せた魔導器の蓋を開く。必要なのは記録晶板。ただ、容量に特化した最高級品を六枚かけることの五層でも十分とは言い難い。そしてチャンスは一回きりのぶっつけ本番。
だから、盟主との激戦でもなんとか原形を留めていた登録証の鎖を引きちぎり、余計な装飾を取っ払う。これで最高級品には劣るけどそれなりの質を持つ記録晶板が一つできた。正直これっぽっちで効果に差があるのかわからない、だけどないよりは確実にマシだと自分に言い聞かせる。
「ケレン、キミの登録証ももらうよ」
だから断りだけ入れてケレンの分も徴収して同じように素材へ。返事は聞いてる暇も惜しいから。
「ウル、記録晶板が必要なのか?」
これで用意できる最大限――と思った所で横からリクスが真剣な様子で聞いてきた。まあここまでしてたらボクが何を求めてるかはすぐにわかるよね。
「うん。できればもっと用意したいところだけど、今はこれが限界かな」
「それなら、おれのも使ってくれ!」
「――わたしのも、使って」
肯定すれば躊躇う様子もなく自分の登録証を差し出してくるリクス。そしてそれを見たシェリアも一度目を閉じたかと思うと、続くように手渡してくれた。
「ありがとう、二人とも……じゃあ、始めよう」
そうして二人の登録証を受け取りプレートを取り外すと、ルナワイズから最後の役目とばかりに二つの魔導回路を呼び出して自分の頭に刻み込んだ。これ以降、ルナワイズには外付けハードディスクとしての機能がなくなる。趣味の研究成果が丸っとパーになることが惜しくないと言えば嘘になるけど、最悪やり直しがきくものなんだから比べるべくもない。
そうしてまず起動するのは『魂器錬成』。簡単に言えば記録晶板をベースに、魂専用の入れ物へと作り変えるための魔導式だ。
ルナワイズの接続鎖を切り離し、ミストグリードに魔導回路を展開してルナワイズ本体に収まる記録晶板と、その上に重ねた四人分の登録証に手をかざす。
そうしてまるで手のひらから溢れる魔力に溶かされるように形を崩したそれらは、術式に従ってうねり集まり形を成し、やがて形成されたのは八枚の側面を持つ結晶。確か斜方立方八面体だっけ? 速度重視で生成したからちょっと心配だったけど、無事に出来上がったこれこそがマキナ族の核ともいえる機魂器だ。
ただ……やっぱり小さい、か。
本来の規格なら拳大のサイズになるはずだけど、今できたばかりのこれはその半分よりは大きい程度。これを使ってうまくいくのかはなはだ不安だけど、もとよりダメ元感が強いんだ。余計な迷いは振り払って押し通すしかない!
「ケレン、最後だからよく聞いて」
マキナ族の魂を生み出すための魔導式を創るのに、イルナばーちゃんがベースにしたのは不死体や精霊体と言った魔力生命体の生成原理だ。小難しい理屈を省いて説明するなら、『近くに高濃度の魔力がある時に非常に強い想いが発生する』っていうのが条件。その『想い』によって寄り集まった魔力が魔力生命体の核になるわけで、その時の『想い』が負の感情なら不死体、正の感情なら精霊体になるだけ。不死体の発生率が高いのは、『強い想い』になりやすい断末魔の類はどうあがいても負の感情が強くなるせいだね。
そして都合よく強い『想い』は生まれないけど、じゃあ核だけ作っておいたらそこに意志が宿る可能性もあるんじゃ? って逆説的に考えたイルナばーちゃんが突き詰めていった結果生まれたのがマキナ族。真っ新な状態で生まれてくるのは『強い想い』に影響されないせいかもしれないけど、今回重要なのはそこじゃない。
生前の影響を受ける代償に、稀なほど『強い想い』と結果の不安定さが不可避になる不死体や精霊体。機械化できるほどの安定性を代償に、大量の資材と高度な技術を要してほぼ確実に生前の影響がリセットされるマキナ族。
そしてこの場には無念を抱いたまま死にかけている若者と、完全とは言えない状態だけど魂の核となり得る機魂器……そして稀代の天才イルヴェアナ・シュルノームの遺志を継いだ救いをもたらす者。
理論は楽観頼りの穴だらけ、試行なんてできるわけもなく、結果は当然未知数。
でも、仲間がいなくなる現実を覆せるかもしれないなら――
だから少しでも確立を上げるために、最後に必要なものを求めた。ベースは魔力生命体の発生メカニズム。ならきっと『想い』の強さは鍵になるはず。
「願って、『生きたい』って。このままじゃ終われないって、自分は生きなきゃダメなんだって、ボクたちには『ケレン』がいないとダメなんだって」
「……さすが、に…………そこ、まで……うぬぼれ、られ……い、ぜ」
だけど返ってきたのはどこか自信なさげな弱々しい声。ちょっと、いつもの無駄に自信満々なキミはどうしたのさ? 頼むよ、死にかけなのはわかってるけど今だけは死んでたまるかくらいの気合でいてくれないと!
「ちょっと、何言ってるのさ! ケレンじゃないとダメなんだからね!?」
「俺ぐら、い……いく、らで、も……いる、だろ……」
いやそういうことじゃないんだよ、頭のいい誰かじゃなくて――
「そんなこと言うなよケレン!」
そう真っ先に声を上げたのは、ボクじゃなくてリクス。ボクの隣に跪くと、残ったケレンの手を自由の効く右手で握りしめた。
「ケレンがいなきゃおれは今ここにいないんだ! ケレンがいてくれたから、おれは英雄になりたいって言えたんだ!」
ボクが言いたいことを全部言ってくれたリクスは、握った手をその胸に引き寄せ、今にも泣きそうな顔で思いの丈を口にする。
「頼むよケレン、生きてくれ! それがまだ叶うかもって言うのなら、おれはこれから先も何度だって、君と一緒に朝日を見たいんだ!」
そんな魂の叫びに一瞬の沈黙。
「おま、えに……そこま、で、言わ――ら…………」
そうして応え切る前に、ケレンの体からフッと力が抜けた。マズいついにタイムリミット!?
慌てて脈を取ってみたけど案の定一切感じない。もう意識を戻すのも限界だろうけど、結局ケレンの『想い』ってどうなったの? これ大丈夫なの、死にたくないって生にしがみついてくれてる!?
ええい、なんにしても、もう猶予は使い切った。あとは野となれ山となれ、大丈夫だって信じてやり切るしかない!
「信じるからね!」
改めて覚悟を決めると、馬鹿みたいに長い魔導回路を呼び出してミストグリードに転写。協力無比な魔導式の魔導回路でも複数を余裕で描ききれる規格外の描画面積を、術式が意味をなさなくなる限界まで隙間なく余す、ところまで使い切ってようやく描ききれるそれこそがマキナ族創生の秘術、『魂魄生成』。
不完全な機魂器をケレンの身体に押し付けるようにあてがうと、即座に効果を発揮した魔導式が生み出される膨大な魔力を端から練り上げ、そこへと注いでいく。本来なら時間をかけて調整しないとだけど、そんな悠長なことをしてたら失敗するかもしれないと思うと止めることはできない。
「ホント頼むよ……!」
祈るような気持ちで魔導式を維持する。異様に長く感じられたけど、実際はたぶん十分かそこらくらい。
慎重を期す必要がある魔導式としては異例の爆速で術式の全工程を完了したボクの手の中には、薄い膜のように虹色の輝きを纏った機魂器が収まっていた。
「……終わったの?」
「まあ、ね。どうなったのかはこのままじゃまだわからないけど」
遠慮がちに聞いてきたシェリアにとりあえずの肯定を返してから、おそらくはケレンの魂が収まっているだろう結晶体を幼馴染にゆだねた。
「これはリクスが持っていてくれる? ここじゃ確かめようがないし、近いうちにカラクリに行くからそれまで」
「これに、ケレンが……わかったよ」
機魂器を受け取ったリクスが、何物にも代えがたい宝物を扱うように胸に抱くのを見届ける。よし、これで一番切羽詰まってた事には区切りがついた。ホント頼むよいるかもわからないガチ神様。これで失敗してましたゴメーンとかだったら次元の壁だろうとブチ破ってその顔面ぶん殴りに行くからね?