惨状
「――ありがとう、恩に着るよ。じゃあ、おれ達も前に出ます!」
前衛二人が加護を受け終え、一足先に戦場へ踏み出すという言葉に気まぐれで激励を送る。
「ふん、図らずもここらの連中を鼓舞した当人なんだ。吟じた場面のようにふさわしい活躍くらいしてみせろ。物語のような勇者が不在なのは困りどころだろうがな」
「大丈夫です、『勇者』なら必ず来てくれますよ」
しかし発した内容に対する予想外の反応に、思わず目を瞬かせながら奴の顔を注視した。
「離れていてもウルならきっと気づくだろうし、そうして駆けつけてきてくれたなら、こんな動死体の大群くらい吹き飛ばしてくれるに決まってますから」
「ああ、ウルならマジでやりかねないよな」
「……間違いないわね」
「……ずいぶんな信頼だな」
パーティで一致する、ここにはいないもう一人の仲間への全幅を超える信頼。確かにあの令嬢に擬態した怪物は得体が知れないが……いや、今ここにいない戦力ならばあてにできるものではない。
「仲間を頼むのも一つの正解だろう。だがお前も臨険士なら、自らの手で栄光を勝ち取るくらいはしてみせろ」
「あ、うん、そうできるように努力はしてるんですけど、まだしばらくは難しいから――」
「リクスっ!!」
気まぐれに送った激励にも煮え切らない態度のリクスだったが、それを遮るように突如ケレンの奴が血相を変えつつ長杖を構えて飛び出した。まさか腹いせの不意打ちかという考えが一瞬頭をよぎったが、わずかに遅れたリクスが目を見開きながらも小盾をかざし、それでこいつらが何に気づいたのだと知って見定めようと――
不意に炸裂した閃光に押され、無様に体勢を崩した。
「ぐ――おおぉおおっ!?」
全身を打ち据える衝撃と激痛に歯を食いしばり、このままでは耐え切れないと判断してとっさに自ら転倒、受け身を取って何とかいなすことに成功した。
「クソっ、何が――」
半身を襲う引きつれるような痛みを無視して事態を把握しよう上げた声は、ココルの悲鳴に遮られた。同時に肉が焦げる異臭が鼻を衝く。釣られるようにそちらを向けば、今の閃光が引き起こした惨劇が広がっていた。
「ぐぅあううう――!?」
吹き飛ばされたのだろう仰向けで転がるリクスの左腕は、二の腕の半ばから先が原形を留めていない。当然のように小盾も徹底的にひしゃげて使い物ならなくなっている。だがそれでも奴は幸運な方だった。
奴より前に出ていたケレンは、右肩から脇腹に至るまでが消し飛んだ状態で倒れ伏していた。断面はまるで焼き鏝を当てられたかのようで、傷に反して出血だけはさほどでもないようだが、この状態ではあまり関係はないだろう。
さらに戦場のどこかで何度か閃光が弾け、悲鳴が上がることを考えれば何らかの攻撃だろう。二人よりも後ろにいたオレは、痛みはあるものの目立った傷はない。図らずも庇われてしまったというわけか。ならせめて元凶を突き止めなければ示しがつかない! 直前にあいつらは予兆を見つけていた、見ていたのはどこだ!?
「リクス、ケレンっ!?」
「い、今、治すから――」
「おれよりも、ケレンを……頼む――」
戦場を見据える傍らで悲鳴交じりのやり取りが交わされる。どう見ても致命傷の人間を治療など馬鹿な事をと思うが、今は詳細不明の脅威を見つけなければならず、そちらに意識を割けるほどの余裕がない。
「……請い願う。求めるは身に余る温情、散り行く命を留める腕。この身に宿るを力となし、御身の奇跡を賜らん」
高位の治癒を願う神霊式が聞こえたような気はするが、リクスの腕とて重症には変わりないと頭から追い出し、そうしてようやく未だ尽きる様子を見せない動死体の大群の向こうに異物を見つけた。
「クソっ、魔導体だとっ!?」
見るからに砲塔らしき物を備えていることを考えれば戦闘用。先ほどの一撃もあれ砲弾だったのだろう。気づいてしまえば同様の影が他にも見えるが、人の手を離れてそこらの野山を闊歩しているような、ましてや動死体が扱えるような代物でない。
しかし現に見えるだけでも複数が前線で奮闘する臨険士へ確かな殺意を向けてきている。
「聞こえる奴は聞け! 敵の後方に戦闘用の魔導体がいる! 砲撃は回避しろ! 直撃すれば致命傷になる!」
それがなぜだとかどういうことを意味するかだとか、そう言った一切合切を無視して明確になった脅威の存在を周囲に伝達。今ここで必要なのは危険を察知し敵を倒し生き残ること。仮にも臨険士組合本部に所属する連中だ、情報さえ共有すれば理不尽な状況に罵声を上げながらでも各々で対処するだろう。
「ココル、すまないが守りながら戦う余裕がなくなった! レア、フィーナ、まだ前線が持ちこたえている今のうちに一旦下がるぞ!」
こんな大規模な戦闘だ、後ろに支援のための人員が控えているのは知っている。加護を容易に得られなくなるのは痛いが、慈護者は乱戦の近くで控えているよりも支援部隊に合流した方が生存にも全体への貢献にも有効だ。それと、偶然とはいえ受けた借りは返しておかなくてはな。
「立つくらいはできるだろう、リクス。事のついでだ、お前達を『白天の明星』が送り届けてやる」
「ぐぅ……まだ、戦え――」
「要の腕を潰された臨険士なんてただの足手まといだ! そこの死にかけ共々大人しく後ろに下がっていろ!」
悲壮な色を宿した目で群れの奥を見つめながら馬鹿を言い出した奴を叱咤で遮り、無事な腕を取って無理にでも立たせる。少々扱いが乱雑になったせいかシェリアの奴が険しい目を向けてきたが、この状況でその程度のことは構っていられない。と言うかココルの治癒を受けたのなら痛みは多少マシになっているはずだろう。
「仲間なんだろう、こいつはお前が連れて行け! そっちの死にかけはオレが運んでやる、急げ!」
シェリアの奴にリクスを押し付け、まだかろうじて息のあるケレンを担ぎ上げる。さっきの痛みはまだ残っているが、戦闘しないならこの程度どうということはない。
「『白天の明星』は負傷者搬送のため一度撤退するぞ! レア、フィーナ、後ろを頼む! ココル、離れるな!」
周りの連中に聞こえるように宣言し、間を置かず戦場から離脱するために駆け出す。この場まで何とか戦線を押し戻したとはいえ、魔導体が出現したせいで混乱が広がっている。戦力は一つでも多く必要だ。さっさとこいつらを後方に放り込んで態勢を立て直し、戻ってこなければならない。
「それまで持ちこたえていてくれよ……!」
誰に利かせるともなく独り言ち、混沌とした戦場を駆けて行った。
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気ばかり急く中で入り組んだ街中を縫って走り抜けるような精神的余裕があるはずもなくて、ならどうするかって答えは簡単、無理やりにでも障害物のない所をコースにするだけ!
街一つ分はある学院の敷地を抜ける時から正門をガン無視、マキナ族の身体能力に任せて高めの塀を足蹴にし、手近な建物の上から無遠慮に屋根を踏み割りつつ大爆走した結果、そこにたどり着いたのは実際に五分かそこらだっただろう。体感時間はその十倍くらいだけど。
「どいてぇえええええ!!」
街壁に近くなったところで先導していた風の妖精が建物の間へ急降下したのを見て、警告を発しつつ躊躇いなく飛び降りた。一瞬視界に映ったのは、誰も彼もが殺気立ちながら駆けずりまわっている中で、不自然なほどぽっかりと空けられていた石畳。風の妖精が目指すのもそこで、ついでにボクの飛び降り先もドンピシャでそこの予定。
一拍を置いて舗装された地面を叩き割りながらタッチダウン。突然の轟音に驚いたのか周りで悲鳴が上がるけど気にしてる場合じゃない。すぐにぐるりと見まわせば、戸惑いを見せる人ばかりの中で唯一動じた様子のない人間が一人。
「みんなはどこ、ヴィント!?」
「こちらの臨時病棟です。他に負傷した方や治療を行っている方もいますので、ここまでのような暴挙は慎んでくださいね」
のっけから釘を刺されちゃったけど、爆走経路の惨状を思い返せば言い返す余地はないから黙って頷いた。だけど一秒でも早くって状態は変わらないわけで、はやる気持ちを抑えつつもヴィントをせっついて移動していく。
そうして案内されたのは動死体の大群が押し寄せている街門前の広場脇。最前線で負傷した騎士や臨険士を治療するために確保された一角だ。どうやら戦闘はかなり激しいようで、今もひっきりなしにどこかしら怪我をした人が運び込まれ、治療にあたる人たちが奔走している。
「――これが事のあらましです」
足早に進む間にも、気を聞かせてくれたのかヴィントがかいつまんで当時の状況を教えてくれた。さすが本職の吟遊詩人だけあって、短くまとめられたにもかかわらず語られる様子が目に浮かぶようだ。というか人伝のまとめ情報でここまで臨場感持たせられるもんなの?
「まるで自分で見てたみたいだね。前線に出てたの?」
「あいにくと自衛がせいぜいの私では、戦士の足を引いてしまうだけです。しかしながら遠見を得意とする友がおりますので、その力を借りて戦場の輝きを見つめていました。まあ、年の劫で多少指揮の真似事や、頼れる友に縋ったりと微力ながら助力はいたしましたが」
どうやら手持ちの妖精の中に映像中継ができるタイプのがいるらしい。それで後方にいながら戦場を俯瞰、危ないところがあったら指示出ししたり遠隔で妖精の力を使ったってことかな? 風の妖精でノータイム遠隔通話もできるんでしょ? サラッと言ってるけど、限定された有線通信が最先端の世界って考えたら割ととんでもないやつじゃん。イウマ族の指揮官適性が高すぎる。ひょっとしたら手持ちの中にワンランク上の聖霊がいるのかもしれない。
そんな感心も、仲間の姿を見つけた瞬間に吹っ飛んでいった。
「シェリア、リクス、ケレン!」
ヴィントが止めに入る間もなく跳躍、負傷者や衛生兵諸々を飛び越して仲間の傍らにピンポイントで着地する。そうして自分の目で初めて様子を確かめたわけだけど……クッソ、質の悪い冗談だった方がどれだけマシだったか。
「ウル……良かった、やっぱり来てくれた」
どこか力のない笑みを浮かべて迎えてくれたリクスの左腕は、一見すると元通りに見えるけど、その実だらりと垂れ下がっていて動く様子はない。
ヴィントから怪我の程度も聞いていたからわかるけど、たぶん魔力治療の後遺症だ。魔導式も神霊式も万能じゃない。抉られた肉を再生したり、あるいはきれいにスパッと切断された部位同士をくっつけるくらいならまだやり様はあるけど、ぐちゃぐちゃに潰れてしまえば完全再生はムリだ。できるのはせいぜい見た目を元に戻すだけで、腕としては死んだも同然。
「……遅かったじゃない」
そしてこんな時でも――いや、こんな時だからこそ無表情を貫いているんだろうシェリアの足元に横たわるのは、右肩から脇腹にかけてをごっそりと持って行かれたケレン。不意の凶悪狙撃に対してとっさに『障壁』を張ったことはヴィントから聞いていて、たぶんそれがなければ上半身丸ごと消し飛んでいただろう。
今も意識はないけどどうやらまだかろうじて息はあるようで、だけどよくこれで即死しなかったたなっていうくらいの致命傷だっていう事実は揺るがない。
「ゴメン……学院の方でも騒動があって、ヴィントが呼んでくれるまでこっちが大変だって知らなくて……」
「……ごめんなさい。責めるつもりで言ったわけじゃないの」
ついつい言い訳じみた言葉が口をついて、唯一掠り傷程度のシェリアは珍しく動揺気味に謝ってくる。大丈夫、シェリアにそういうつもりがなかったことくらいわかってるから。
「ごめん、おれが頼りなかったばっかりに――」
「違うよ、リクス。今回は誰のせいでもない。強いて言うなら運が悪かったってだけだね」
何かに耐えかねたように謝罪を口走るリクスを遮って言い聞かせる。聞いた限りじゃ完全に予測不能な類の奇襲だ。ただ間が悪くその標的にされてしまっただけで、ボクたちはそれぞれがやるべきことをやっていただけ。リクスに至っては予想外の活躍までしてたんだから、誰にも責められるいわれはないだろう。
――うん、わかってる。わかってたんだ。臨険士なんてやってたら仲間が傷つく可能性があって、さらに言えば取り返しのつかないことになるかもしれないってくらい、パーティを組む前からわかってた。自分を指して『守護の兵器』と言いながら、結局は一兵器だから本当に守れるのは手の届く範囲に限られることくらい百も承知だ。
もしボクがただのロボットだったなら、きっと事実は事実として割り切っていただろう。
だから、無機質な胸の奥で悔しさとか悲しみとか怒りとか、そういったものがごちゃごちゃになってぐるぐる渦巻くボクは、結局のところ『人間』なんだって思えるんだ。
だけど呆然としているわけにはいかない。こんな状況でそんな無様を晒したら自分のことが許せなくなりそうだし、何よりイルナばーちゃんに申し訳が立たない。
ほんの十数秒だけ目を閉じて、できること、やるべきこと、やらなければいけないことを頭の中に巡らせる。持て余し気味の感情が生み出す衝動のままに、ボクは行動を開始する。
「機人誓約」
マキナ族に課された制約を取り払う緋色の紋様を纏い、意識のないケレンの横に跪く。死にかけのところを申し訳ないけど、起きてくれないと始まらない。
「ケレン、寝てる場合じゃないんだよ!」
弱めの『電撃』で鞭打てば、ビクリと瀕死の身体が跳ねる。リクスが何か慌てたように言ってくるけど今は無視。
少しすると、閉じられていた瞼が痙攣するようにゆっくりと開いた。
「ウ、ル……」
「お休みのところを叩き起こしてゴメンね? 永眠する前にどうしても話がしたかったからさ」
「ハ……容赦、ねーよな……ホント……」
言葉通り死にかけの顔だけど、まだ意識ははっきりとしているみたいだ。良かった。
「聞いてケレン、君はたぶんもうじき死ぬ。さすがにこの傷は助からない」
「悪い、な……ドジ……踏んじまった……ざまぁ、ねーよな……」
こんな時までどこか者に構えたケレンへ、投げかけるのは一か八かの提案。
「だからさ――どうせ死ぬなら、マキナ族への転生に賭けてみない?」