窮策
えーっと、現状は有効打入れたらいきなりブチ切れて第二形態移行ってところかな? 段階移行のきっかけがちょっと理不尽すぎやしませんかねぇ? 言ったところで意味ないってのはわかってるけどさ! あと盟主が現れてから不調気味だった『探査』の魔導式がほぼ死んだんだけど! この現象も前から色々考察してみたけど、たぶんあれだね、高濃度の魔力付近だと干渉されるせいっぽいね。簡単に言えばボス級には知覚系バフが無効化されるってことだねチクショウ!
実際のところ、盟主がガチドラゴンだったってわけじゃないだろう。邪霊も悪魔は元々不定形、魔力でできた実体なんていじろうと思えばどうにでもいじれる。だから効率を突き詰めていければ、この世界の生物に似ることはあるだろう。なんせ気が遠くなるほどの最適化の果てが今に生きる生物なんだから。
ただまあ、戦闘形態を突き詰めた結果が最強生物と名高いドラゴンってことなら、議論の余地なくヤバいよね。現にブレスが撫でただけで地面がゴリゴリ削れてってる。さっきの感じからパワーもドラゴン並なんだろうし、見掛け倒しって思わない方がいいだろうね。
「まさかのまさかだけど、みんなの憧れ邪竜退治、行ってみようか!」
無理矢理にでもはしゃいで怯える魂に活を入れ、歯を剥く笑顔で極悪ブレスをかいくぐって巨体に迫る。どうやら図体がでかくなった分だけ機敏さは落ちたみたいだね。ブレスにかまけて本体がお留守だよ!
叶う限りの全速力で突進しながら『浄化』を宿す右手を握りこみ、狙うは全生物共通で比較的柔い首の付け根! 喰らえ渾身の一撃――
「うっそーん……」
けれど響き渡ったのは拒絶の快音。ガキィンってどういうことだよ。魔力が実体持っただけだよね? 鋼殴ってもここまでいい音しないよ!? しかも当然のように無傷だし!
「そこかぁあああ!!」
気づいた邪竜が豪速で振り下ろしてくる腕は避けたけど、あっさり小さいクレータができるような攻撃の余波を受けて体勢が崩れる。おかげで追撃の薙ぎ払いは避け切れなくて、また軽々吹っ飛ばされて強制リトライだ。
いや、生身だったらリトライどころかゲームオーバー確定だろうから、文句を言えるだけマシだってくらいはわかってるけどさ。この世界でもドラゴンスレイヤーが別格で英雄扱いされる理由がよくわかるよ。悪魔が突き詰めてより凶悪化してる可能性を差し引いても、よくこんなの生身で倒せるねこの世界の人間。もうバケモンじゃん。
えーっと、とりあえず拳打は通らなかった。『浄化』も効かなかったように見えるけど、最低限接触しないとそもそも効果が出ないから仕方ない。実体化はしてても元は同じ怨念魔力なんだから、魔導式の性質上触れ続けることができれば防御デバフになる可能性はある。だけどたぶんそんな余裕はないだろうね。
あのクッソ硬い防御さえ抜けば、たぶん『浄化』は効果を発揮してくれるはず。となればあの大きさだし、一寸法師作戦は……まともな生物ならともかく、魔力の塊だからなぁ。中に入ったところで一度形を崩せば簡単に排除できるだろうし、決定打にはならないかな。
……でもその隙に『浄化』を叩き込めば多少は削れそうだから、行けそうなら狙っていこうか。丸呑み上等だ!
「――呼出・虚空格納、武装変更・壊戦士!」
前のめりに着地しながら術式登録を口ずさむ。一寸法師作戦は狙うにしても、その間逃げ回るだけじゃ兵器の名前が廃るってもの。近づいて殴りまくってれば噛みつき待ちも誤魔化せるだろうし、うまくいけば正面突破の可能性もなくはない。
そしてそのためには最大威力が必要となれば、使う武器はレインラース一択!
「お前が消えるまで、ボッコボッコにしてあげるよ!」
「ガァアアアッ!!」
返事のようにぶちまけられる怨念ブレスを『浄化』頼りで強引に突破! さっきと同じく速度を載せた全力の一撃――けど弾かれた! これでもダメとかもう笑っちゃうくらい硬いねコンチクショウ!!
そして向こうも学習したのかさっきより反応が早い――けど振り下ろされる腕をレインラースで真正面から迎え撃つ! こっちだって馬鹿力じゃ負けないからね!
再び轟く硬質な衝突音! 人外パワー同士の激突は一瞬拮抗――したかに見えたけど押し負けた! くっそ、さすがにドラゴンの打ち下ろしを下からは無理があったか。とにかく緊急回避ぃ!
間一髪のところで押しつぶされるのは避けたけど、当然クレーターを作るほどの衝撃まではどうにもならずに転がされた。なんとかレインラースを手放すことなくすかさず立ち上がったものの、追撃の薙ぎ払いはもう目の前。ええい、こなくそっ!
一瞬でできるだけの魔力を脚に集め、薙ぎ払いの方向に全力で跳んだ! 同時に体を捻った直後、打突面にあたる腕の上に足から接地。全身のバネを使って最大限に威力を殺す。ついでにレインラースの刃も腕の甲殻に引っかけて、際どいながらもぶっ飛ばされることを阻止。
そうして振り切ったことで勢いが死んだところで分離すれば、目の前にはがら空きの脇腹!
「脇が甘ぁい!」
発声の力みも載せて全力攻撃、そして当然のように弾かれる! うん知ってた! だから気にせず追撃ぃ! 四足状態で腕での攻撃をスカした直後だ、すぐには対応できまい!
「鬱陶しいぃいいい!!」
三回殴ったあたりで蹴りが飛んできたから、腹の下をくぐって反対側へ脱出! そして振り返ったところにある脇腹を殴る、殴る、殴るぅ!
「ガアアアアアアッ!」
そしてとうとう痺れを切らしたみたいで、巨体でのボディプレスを敢行してくる邪竜。確かに腕や脚を振り回すよりは単純に範囲は広いだろうけど、その程度ではねぇ!
「いらっしゃぁい!!」
バックステップで悠々と範囲から逃れて、着弾に合わせて大跳躍! そうして着地するのはわざわざ低くしてくれた背中! ヒャッハー、お前の防御が抜けるまで殴るのをやめない!
「はっはー、デカさがアダになってるねぇ!」
「グルァアアアアアア!!」
邪竜は手も足も届かないところに陣取られて振り落とそうと躍起になって暴れるけど、こんなおいしいポジションを逃す理由がないから意地でもしがみついてやる! そぉら、たんと攻撃を食らいな! ああもう、ビタ一効いてる気がしないからテンション上げていかないとイヤになるぅ!
とかやってたら邪竜の首だけがグルっとこっちを向いた。うわキモい。首長いって言ってもその角度はさすがに無理があるでしょ。さすが魔力の塊のエセドラゴン。
「砕けろぉおおお!!」
そして生き物の体の構造を頭から無視した噛みつきっていうか喰らいつき。だけどそれは待ってた攻撃、お前が喰らえ一寸法師アタック!
「おらぁああ――あ?」
迫る大口にむしろ自分から飛び込む勢いで突っ込んで――その途中で気づいた。本来食べ物を飲み込むために喉へと続く穴があるべき部分は、口内と同じ質感でのっぺりとしていた。マジかこいつ口から奥がない!? いやまあ確かに食事も呼吸も必要ないならわざわざ構造を複雑にしてまで弱点残しておく理由もないと思うけどさ!?
「ちょま――」
やる前から作戦が破綻してたことに今更気づいても後の祭り。自分から突っ込んで行った分、『待った』を言う暇もなく噛み殺すためだけに存在する顎に飲み込まれた。とっさにレインラースをつっかえ棒にして噛み潰されることは避けたけど、柄が心持ちイヤな感じにしなってる。ただでさえ破壊困難な剛性緋白金が魔力流してガッチガチになってるはずなんだけどなぁ?
とりあえず口の中に攻撃してみるけど……うん、アホみたいにゴムを巻きまくった鉄でも叩いてる気分だ。素手は厳しいね。『浄化』の効きは多少マシそうだけど――
「オオォオオオ!!」
「うわ――っとぉ!」
噛み潰せないと悟るや否や、お構いなしに顔ごと地面に叩きつけようとし出したからそんな余裕はなさそうだ。逃げなくても死にはしないけど、地面にめり込みでもしたら面倒なのでレインラースを手放して脱出。間抜けに顔面を叩きつけて自爆する邪竜だけど、魔力の塊に物理ダメージなんて大して効果がない。すぐさま顔を持ち上げてレインラースを吐き出すと、相変わらずブチ切れた様子のまま突撃を敢行してきた。
その程度をもろに受けるわけもなく、直進上から退避しつつペッされたレインラースを回収。さて、ちょっとは効くだろうと思ってた作戦がご破算になったけど……もうこれ心を殺して甲殻ぶち抜くためだけのマシーンになるっきゃないかな? 邪竜も邪竜で今のところボクへの有効打がなさそうだし、完全に千日手状態だよね。
問題は本気で千日かかりそうなことと、ブチ切れ状態が収まって冷静に攻撃とかされるとどうなるかが未知数ってこと。今のところ大ぶりでフェイントの欠片もないから余裕で避けてるけど、もしあの硬さとパワーがクリティカルヒットしたらマキナボディでも心配なところがあるんだよね。
なんにせよ、もう周辺被害がどうのなんて言ってられる状態じゃない。長引くほど戦場がどう移動するか分かったものじゃないけど、せめて近くにいる人みんなが十分離れたところまで避難していることを祈って――
「ん?」
ふと、肩を叩かれたような気がした。いやいや、こんな世紀末も真っ青な黙示録の現場で気軽に肩を叩けるような人間なんていないんだ。気のせい気のせい――
と思った直後に視界の端へ移りこむもの。今まさにボクへと向きなおろうとする邪竜に差し出されるのは、見間違いようもなく人の手。明らかにボクのじゃない上に、よく見なくてもなんか透けてるんですけど!?
そんなボクをしり目にその腕を宙に浮かぶ幾何学模様が取り巻くと、光が放たれた。魔力の光弾でも直射でもない、本当に光を照射してる感じのそれは、けれど邪竜に降り注いだ瞬間劇的な効果を上げた。
「グゥオォオオオッ!?」
今までどれだけ殴ろうがお構いなしだったのに、明らかに怯んだ様子を見せる邪竜。うっそでしょおい、ただ離れたところでピカピカしてるだけだよ? あ、でもよく見たら光がまとわりついてる? デバフか何かが通ってる?
信じられない気持ちだけど、実際邪竜が自分を覆い始めた光から逃げようとジタバタしてるのは変わりなくて。
だから思わず振り返った先、ボクの目に映ったのは全身が透けた、古風な衣装をまとったように見える人間。性別を感じさせない顔立ちと体型だけで、その目は真剣に邪竜を見据えている。確かな実体――って言うには透けてるから微妙なところだけど、とにかくいつの間に。『探査』の魔導式がほぼ死んでるからってのもあるけど、少なくとも直前までこの場には他に誰もいなかったはず。
と、視線に気づいたのか透けてる人はボクを見やると、穏やかな笑みを浮かべて見せた。ただそれだけなのに……なんだろう、この圧倒的な安堵感。現在進行形で撒き散らされてる怨念すらも薄らいだように感じるんだけど。
「君――」
何者なんだと問おうと思ったら、一度周囲に大量の幾何学模様を浮かべて解けるように光になった。そのまま大半が邪竜の方へ飛んで行ったけど、一部はなぜかボクの方に来てふんわりと取り巻いた。あ、でもなんか手の周りだけ避けてる? なんで?
まあそれはいいして、うん、これつい最近見たことあるね。神霊式によるバフ状態と同じだ。違うのは込められた魔力があの時と比べ物にならないってことくらい。
神霊式というある種の魔法を当たり前のように使う、魔力でできた身体を持つ存在。
「まさか、神霊ご本人?」
半信半疑の呟きが漏れると、まるでそれに応えるかのように周りの魔力が明滅した。あ、この状態でもまだいろいろ知覚可能なの? さすが魔力生命体、いろいろと常識が違う。
……正直いきなりすぎていろいろ意味不明だけど、戦場で使えるものは遠慮なく使うのがマキナ族。悪魔退治にこの世界の神様が手を貸してくれるって言うなら、喜んで使わせてもらうとしよう!
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