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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
18/197

進捗

 ふと顔を上げれば、傾いた太陽が空をオレンジ色に染め始めていた。


「――今日はここまでかな」


 なんとなく呟きながら背負い籠をのぞき込んで今日の成果を確認する。入り具合は九割五分といったところ。だたし溢れそうになるたびに押し込み圧縮していったからそれなりの重さになっているはず。

 まったく、連日拾い集めてるっていうのになくなる気配がないってどういうことだって言いたくなるな。まあ毎日同じ場所を回ってるわけじゃないからしかたないかな。とりあえず、衛生局まで戻ろう。

 ――情報の拡散ついでにゴミ拾いをやって早くも四日が経った。見かける人に片っ端から尋ねて回ってるから釣り出し作戦としてはたぶん順調。強いて言うならそろそろ食いついてきてもいいんじゃないかとは思うけど、残念ながらそっちはまだ音沙汰なし。

 ついでに生物無生物問わず街中のゴミ掃除もすこぶる順調だ。毎日通ってるおかげで衛生局の役人さんに顔を覚えてもらったりもできたのが地味に嬉しかったりする。まあそっちじゃフードを被ったままだから厳密に顔を覚えてもらってるわけじゃないけど。


「ああ、ウル君か。今日の分かい?」

「うん、お願いしまーす」


 衛生局の入り口をくぐればすぐに馴染みになった受付のおじさんが気づいて声をかけてきて、ボクも応じて拾ったゴミを詰め込んだ籠を引き渡した。


「今日もまた頑張ってくれたみたいだね。ほんと助かるよ」

「なりたて臨険士(フェイサー)だからね。まずはちょっとでもお金を貯めないと」

「ははは、そうだね。何においても先立つものは必要だからね」


 適当なことを言って当たり障りなく会話をしている内に受付のおじさんは大きな体重計みたいな魔導器(クラフト)でゴミの重さを量って今日の報酬を計算していく。


「ええっと、四ケートゥと二十三クルスだから……はい、五十ルミルと二十三エキュー。それと依頼票も返すよ。サインはしてあるから」

「ありがとう」


 お礼を言って報酬と依頼完了のサインが書かれた依頼票を受け取ると、受付のおじさんは妙に心配そうな表情で切り出した。


「こんなことを聞くのもなんだけど、ちゃんと貯められてるのかい? 下手したら宿代と食費でなくなりそうだけど……」

「大丈夫だよ。節約してるから」


 実際はたっぷり軍資金をもらってるからしばらく遊んで暮らせるのは内緒だ。まあ今は遊んでる余裕はないんだけど。


「それならいいんだけど……。ああそうだ、組合(ギルド)でももう張り出されてると思うけど、もしよければ三日後にある下水の定期掃討依頼を受けないかい? 衛生局から毎月依頼してるんだけど」


 そんな提案をされて組合(ギルド)の依頼掲示板の様子を思い出す。えっと、確か昨日辺りからゴミ拾いの依頼みたいにごつい束で張り出されている依頼票がそんな内容だったっけ。

 受付のおじさんが言った通り衛生局からの依頼で、概要は下水で繁殖する大型の鼠やスライムみたいな不定形生物の駆除。一日がかりだけど報酬は二百ルミルとストーンランクの依頼の中じゃダントツで高かった。

 ただまあ、いくら報酬が良くても今のボクの目的は街中じゃないとダメだからパスだね。


「下水はちょっと……」

「まあ、確かに場所が場所だけにあんまり集まりがいいとは言えないんだけどね。でもそれさえ我慢できればストーンやブロンズの臨険士(フェイサー)にとってはおいしい依頼だって評判だよ」


 うん、おいしい依頼なのはわかる。なにせ今の日収の四倍だもんね。定期的にやってるってことはそこまで危険度も高くないだろうし、依頼の形式からして複数人で行くみたいだから余計に楽だろう。釣り出し作戦がなければ受けてもよかったかもしれない。

 ……それにしても駆け出しとはいえ荒事の専門家を雇って定期的に駆除しなきゃいけないなんて、さすがファンタジーの下水だなぁ。


「気が向いたら受けるよ。それじゃ、今日はこれで」

「ああ、またぜひ来てくれ」


 受付のおじさんと別れて衛生局を出て、その足で組合(ギルド)へ依頼達成の報告に向かった。そろそろ通い慣れてきた道筋を何事もなく通り過ぎて組合(ギルド)の入り口をくぐって受付にできている列に並ぶ。夕暮れ時は完了報告に来る臨険士(フェイサー)たちで混み合うけど受付嬢の人たちも慣れたもの、しばらく待っていれば順番が回ってきた。


「こんばんは。今日の依頼、終わったよ」

「ご苦労さまですウルさん。依頼票と登録証(メモリタグ)を預かりますね」


 言われたとおりに物を渡せば、受付嬢は素早く依頼票のサインを確認してカウンター裏にある記写述機(メモリルーラー)の端末に登録証(メモリタグ)をはめこんで情報を更新する。聞いたところによると奥の本体を使うのは初期登録とか初利用者の登録とかくらいで、普段の操作ならそれで十分対応できるらしい。確かに依頼の報告をされるたびにいちいち奥まで行くのも手間だろうしね。


「はい、記録できました。お疲れ様です」

「うん、ありがとう」


 あっという間に返ってきた登録証(メモリタグ)を受け取って懐にしまいながら受付を離れる。さてと、早いとこ戻らないとついにボクより先に宿の食堂へ来るようになったエリシェナが待ちくたびれる。それに見つかればまた――


「ようウル。今日も掃除してたみてぇだな」


 ――ほら来たぁ……。

 思わずため息を吐いて声の方を見れば、何が楽しいのか傷だらけの顔(スカーフェイス)のせいで迫力マシマシな笑みを浮かべる戦闘民族のおっさん。

 この人、よっぽど暇なのかボクを見かけるたびに何かしら絡んでくるんだよねぇ。いい加減鬱陶しくてしかたない。暇なら依頼にでも行けばいいのに。


「……悪い?」


 立ち止まりながらも明らかに嫌そうな声音で返事をしたけど、おっさんが気にした様子はない。


「いやいや、街に貢献するのは大事だぜ。なんせ街がなけりゃオレらも稼ぐ意味がねぇんだからな。そこんとこわかってないヒヨコ共に見習わせてぇくらいだ。しかも、どうやらとんでもねぇ大掃除までやりてぇようだしな」


 大げさに両手を広げておどけたように肩をすくめるおっさん。けど、よく見ればボクを真っ直ぐに見据えるその目は笑ってなかった。


「……噂になってるぜ、やべぇのについて嗅ぎ回ってるらしいじゃねぇか。もう一個のゴミ掃除もその一環か?」


 低められた声で問いかけられて思わず真顔になって向き直る。そんな風に声をかけてくるってことは、この戦闘民族のおっさんが組織の回し者? ボクにずっと声をかけてたのは獲物に近づくためだった? いやでもそれ初日からだし組合(ギルド)の建物は人目ばっかりでどう仕掛けても目立たない方が難しいし……。


「おいおいそう構えんなよ。安心しろ、オレぁああいう外道共は大っ嫌いなんでな」


 そんなボクの反応を見たおっさんはそれだけで察したらしく、酷く心外だとでも言いたげに吐き捨てた。その苦々しげな表情を見るに本心からの言葉なんだろうな。


「まあ立ち話もなんだ。ちっとばかり先輩に付き合えよ、新人(ルーキー)


 そう言って顎でしゃくって示したのは組合(ギルド)の待合いスペース。どうやらそこで話をしたいようだ。建物の裏とかじゃないのを考えればまだ平和的に進められそうだ。

 ……そうだね、噂の広がり具合がどんな感じか確かめるにはいい機会かもしれない。宿に戻るのは少し遅れるだろうけど、ここは乗っておこう。


「わかった」


 頷くとおっさんに続いて適当な席に着いた。……なんだろう、妙に周りからの視線が集中してる気がするなぁ。


「回りくどい話は嫌いなんでな、ズバッと言わせてもらうぜ。――まだ遅かねぇ、今の内に手ぇ引いとけ」


 気になって軽く周囲を見回すボクには頓着せず真っ向から放たれる言葉。


「どこで何を知ったかまでは知らねぇが、お前が関わろうとしてる奴らはなりたてのガキがどうこうできる問題じゃねぇ。身の程わきまえてほとぼり冷めるまでおとなしくしてろ」


 乱雑だけど本当にボクのことを案じてくれているらしいのはなんとなく伝わってきた。厳ついおっさんのツンデレ……誰得なんだろう。

 まあそれがわかっても今更やめるわけにはいかないんだよね。悪いけどその忠告は無視させてもらおう。あとはどれくらいの話が出回ってるかだけど――


「何をどこまで知ってるの?」

「どっかのお偉い貴族様が本腰入れ始めてるのに未だ見つかってないやべぇ連中に、けしかけられたかなんかでちょっかいかけようとしてる馬鹿なガキが目の前のお前だってことくれぇだ」


 思ったより詳細な話が知られてる!? え、どういうことガイウスおじさんこっそり動いてたんじゃないの!? ボクが接触したことまで流れてるよ!?


「ナメんじゃねぇぞ、こちとら高ランク臨険士(フェイサー)だ。この程度は伝手をあたりゃ聞こえてくる。もっとも勘も入ってるが、お前の様子からしてあながちハズレでもねぇらしいな」


 思わず身体が固まってしまった様子からボクの動揺を悟ったらしく、鼻を鳴らしてそう言ってきた。

 よかった、言い方からしてどうやらこの戦闘民族のおっさんが特別らしい。けど、それじゃ普通に流れてる噂はどんな感じなんだろう。


「……ちなみに勘を入れなかったらどんな感じなの?」

「それなら『人さらいの組織が潜んでるなんて妄言をバラ撒きながらチンピラを叩きのめして回ってる怪しいガキがいる』って感じだな」


 ある意味予想通りの答えが返ってきてほっとした。だいたい狙い通りの噂になってるみたいだ。表現のされ方がちょっとムカつくけど。

 それにしてもついでのついでになるゴミ掃除の方がそこまで噂になってるとは思わなかったな。もうちょっとおとなしくしないと最悪狙う相手が釣られてくれないかもしれない。


「ありがと、参考になったよ」

「待ちやがれ」


 知りたかったこともわかったから席を立つと、ドスの利いた声が発せられた。


「お前、オレの言ったことわかってねぇだろ」


 視線を向ければ声を低めた以外には特に何をしたわけでもないのに、さっきまでとはまるで様子の違う戦闘民族のおっさんがそこにいた。まるで血に飢えた獣みたいな雰囲気を撒き散らしていて、視界の端に映る他の臨険士(フェイサー)たちが距離を取ったり身構えたりとかなりビビった様子を見せている。


「それくらいわかってるよ」


 明らかにまわりを――特にボクを威圧しているようだけど、残念ながらボクの機工の身体はそう言ったものに酷く鈍感だ。だから生身なら怖じ気づいていたかもしれない状況でも普段通りに平然としていられる。


「その上で言うよ。こういうことは放っておけないんだ」

「……多少は腕が立つみてぇだが、それだけでなんもかんも上手くいくなんて思うのは大間違いだぜ」

「じゃあ、ボクなんかよりも腕が立ってその他もいろいろ上手くやれそうな高ランク臨険士(フェイサー)が頑張ってくれないのはなんで?」


 ちょっとした揶揄を混ぜて言い返せば、戦闘民族のおっさんは苦々しげな表情になる。


「……高ランクなんて言っちゃいるが、オレの得意分野はドンパチだ。できねぇこともねぇが現にやべぇ奴らがいるなんて気づきもしなかったし、そうなると見えた段階でねぇと役立たねぇ」


 思っても見なかった言葉に思わずマジマジと顔を見つめれば、何か気にくわなかったらしく舌打ちを一つ漏らしてボクと真っ直ぐ目を合わせる。


「手ぇ引く気がねぇならせめて下手こくんじゃねぇぞ、お前はこんなところで消えちまうにゃもったいなすぎる」


 その声の真剣さでなんとなくわかった。この人がボクを見かけるたびに何かと絡んできたのは目をかけてくれてたからなんだろう。何がそこまで気に入ったのかはわからなけど、この人なりにいろいろと気を遣ってくれていたわけだ。今回の警告もその一環で、無謀な領域に踏み行っていこうとしてる馬鹿をいさめたかったんだろう。

 ――いい人じゃん。高ランクだからって驕るわけでもなく冷静に自分を評価して、数いる見習いの一人なんかを気にかけてくれる。初遭遇の時だって危ないところに迷い込んだように見えたボクを穏便に追い返そうとしてたし。ただ、言葉が乱暴すぎるのが玉に瑕かな。

 うん、そんな人が誠意を見せてくれたんだ。ボクも応えなきゃフェアじゃないよね。

半端な方を向いていた身体をしっかりと向き直らせてずっと被っているフードをはだけた。


「心配してくれてありがとう」


 心から思ったことを口にしながら深々と頭を下げる。しばらくしてから顔を上げて、目を丸くしているおっさんにはっきりと言った。


「でも、ボクは大丈夫。なにせ、こういうことのために生まれたんだから」


 そして再びフードを被り直して背を向けると、振り返らないまま組合(ギルド)を後にした。



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